櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 二章 斬人 3

 

 

動ける隊士の殆どが屯所を出た後、さくらと千鶴は山南に呼び出された

山南の居るであろう、大広間へ行く

 

大広間に着くと、山南が精神統一でもしているかの様に目を瞑り、上座に座っていた

 

「えっと…山南さん、来ました」

 

千鶴がおずおずと山南に話しかける

山南はふと目を開け、入り口に立っているさくらと千鶴を見た

 

「ああ、いらっしゃい。どうぞ」

 

スッと丁寧に手で誘導される

さくらと千鶴は一瞬、顔を見合わせ、そのまま、大広間へ入った

そして、何となくだが、大広間の壁際へ並んで座る

 

ちらっと千鶴は山南を見た

山南は静かに、腰にはいていた刀を横に置いた

カチャンと音が鳴る

 

その音に、ドキッとして千鶴は萎縮してしまった

それから、山南はさくら、千鶴を見て

 

「勿論、名目上の事ですが、私は局長から屯所の守護を仕切る様に仰せつかりました」

 

山南は、また皮肉げな言う回してそう言った

 

「手薄になった新選組の屯所が、何者かに狙われないとも限りません。君達は私の目の届く範囲に居て下さい。非常時には適宣、私がら指示を出します」

 

千鶴は、少し考えた

ちらっと隣に座るさくらを見る

さくらは目を瞑ったまま、静かにその場に座っていた

 

千鶴は少し迷ってから口を開いた

 

「それって……、山南さんが守ってくれるっていう事ですか?」

 

それを聞いた、山南は何故だか可笑しそうに笑った

 

「腹痛で寝込んでいる平隊士よりは、私の方がまだ使いものになりますから」

 

正直、素直に喜んで良いのかよく分からなかった

山南の笑顔は何処か悲しげで、千鶴はなんの言葉も見出せなかった

皆が戦いに赴いている今、ただ待つだけで居る事が辛いのだと思った

 

「…………はぁ」

 

千鶴は小さく、気付かれない様に溜息を漏らした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからどれくらい時間が経っただろうか…

凄く、長い時間だった気もするし、もしかしたら、殆ど時間なんて経ってないのかもしれな

 

大広間は、シン…と静まり返っていて、息をするのですら苦しく感じる程だった千

鶴は手持ち無沙汰なのが、気になるのか、幾分そわそわしていた

今頃、皆はどうしているのだろうか…そればかり考えてしま

 

ずっと、正座していたせいか足がむずむずした

不意に、横に座っていたさくらが顔を上げたと思うと、スッと立ち上がった

 

「さくらちゃん?」

 

「……………」

 

さくらは何も答えず、千鶴を見るとにこっと微笑んだ

 

「どうしました? 八雲君」

 

山南が訝しげにさくらを見た

さくらは平然としたまま、微笑み

 

「少し、所用を足してきたいのですが……」

 

一瞬、山南が目を細めたが、何の事か理解したのか少し息を吐き

 

「仕方ないですね。直ぐに済ませて下さい」

 

「………はい」

 

さくらはスッと丁寧に頭を下げると、一度だけ千鶴を見た

 

「………?」

 

視線の意図が分からず、千鶴が首を傾げる

さくらは、一度だけ向けた視線を戻すと、そのまま大広間を出ていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

さくらは、無言のまま、廊下を歩いた

部屋の近くまで来た所で後ろを振り返り、誰も居ない事を確認する

 

辺りは静まり返り、虫の音すら聞こえない

さくらは、ほっと息を吐き、足を止めた

ザザ…と風が吹いた

さくらの漆黒の髪が揺れ、結い紐の鈴がその音色を鳴らず

 

「――――ごめんね、千鶴」

 

一瞬、脳裏に土方の横顔が過ぎった

最初は、怖い人だと思った

でも、本当は思いやりのある優しい人で、新選組を何よりも愛している人だと知った

けれど――――

 

昼間、長州の間者を拷問する土方が過ぎった

 

「…………っ」

 

グッと握っていた拳に力が篭る

目をギュッと瞑り、溢れそうな感情を抑えた

それ捨て去る様に首を振る

 

私は、ここには居たくない

居たくないのよ

 

ザワ……

瞬間、さくらの纏う気配が変わった

 

「……千景、今行くわ」

 

そして、トンッと飛び上がり――――その姿は闇夜へ消えた

ただ、空にある満月だけが見ていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

大広間はシン…としていた

 

千鶴はそわそわしながら、大広間の入り口を見た

先ほど、さくらが出て行った所だ

 

さくらちゃん……遅いな……

 

所用があると言って大広間を出たさくら

多分、厠か何かだろう

 

でも、そろそろ戻ってきても良い頃だと思った

だが、さくらが戻る気配は一向に見えず、時間だけが刻々と過ぎていった

 

さくらちゃん…早く戻らないと山南さんが……

 

その内、何か言い出すんじゃないかとハラハラしていた

ふと、山南が顔を上げ――――

 

その時だった

音も立てずに襖が開いた

 

髪の短い忍装束の男が入ってくる

 

「山南総長。奴等の会合場所が、池田屋と判明致しました」

 

「池田屋……!?」

 

千鶴はさっと顔色を変えた

 

池田屋って…

確か、人数が多いのは四国屋……

 

山南はふぅ…と溜息を付き

 

「ああ、それは困りましたね。新選組は意外と賭け事に弱いのかもしれない」

 

軽い口調で言った山南だが、その表情は既に真剣そのものだった

 

本命とされていたのは四国屋の方

池田屋には、僅かな隊士しか向かってない

 

「山崎君。ひとつ頼まれてくれますか?」

 

山崎と呼ばれた忍装束の人は、浅く頷き次の言葉を待つ

 

「まず、敵の所在は池田屋であると、四国屋に向かった土方君に伝えて下さい。そして、大変お手数なのですが、その伝令にはその子も同行させて欲しい」

 

え……その子って……

 

「――――え!?」

 

もしかして、私……!?

 

千鶴はぎょっとして山南を見た

だが、山南を見る限り冗談を言っている様では無かった

山崎も驚いた様に目を見開いている

 

「お言葉ですが総長。伝令であれば、俺1人で事足ります」

 

山崎は冷えた眼差しを千鶴に向け、淡々とした声音で異を唱えた

 

「伝令に向かう途中、他の浪士に足止めされるやもしれません」

 

山南が冷静に答える

 

長州側にも、援兵の存在する可能性はある

もしも、伝令の道中に敵と遭遇したのならば、山崎は余計な時間を使う事になり、それは土方達と合流するのも遅れる事になりかねない

そう言って山南は、以前の様に柔らかな微笑を浮かべた

 

「さて……、私の言いたい事は分かりますか?」

 

山崎は頷いた

 

「自分が長州援兵の足止めを行い、最悪は彼女だけでも土方隊に合流せよ、と」

 

「!?」

 

千鶴は思わず息を呑んだ

まるで、最悪の場合には山崎が捨て駒になるみたいな言い方だった

 

「ああ……勿論、山崎君が失敗するとは思っていませんよ?」

 

山南は取り成す様に言い足した

 

「我々は人手が足りず、君には仕事が多い。会津藩や所司代への連絡も担ってもらわねば」

 

「……………」

 

千鶴は呆然と山南の話を聞いていた

 

……山崎さん1人で、土方さんと会津藩と所司代へ伝令?

 

今の新選組には、本当に人手が足りないのだと思い知らされる

今から伝令に動ける人間は、山崎を除けば、千鶴ぐらいしか居ないのだ

 

「確か、雪村千鶴君だったな。護身程度の術なら身に付けていると聞いたが」

 

「は、はいっ……」

 

声を上擦らせる千鶴に、山崎は感情の見えない瞳で告げた

 

「残念ながら君の安全は保障出来ない。それで構わないというのであれば、俺に同行してくれ」

 

もし、千鶴がこの機に逃げようとしたならば、山崎は迷わず千鶴を殺すだろう

そして、山崎は千鶴の命よりも伝令任務を重んじるのだと思った

目的の為ならに、千鶴は見捨てられるかもしれない

でも………

 

「私、行きます」

 

自分に何か出来るなら、動きたいと思った

半年近くも一緒に暮らしてきた皆を、助ける為になにか出来るというのなら――――迷ってなんていられなかった

 

「自分の身は自分で守りますから、大丈夫です」

 

グッと、拳を握り締め、千鶴は強い瞳でそう言った

 

山南が微かに笑った

誰よりも動きたい筈なのに、動けない山南の代わりに、千鶴も出来る限りの務めを果たしたいと思った

 

「あの!」

 

思い立った様に、千鶴が声を上げた

 

「何ですか?雪村君」

 

「……さくらちゃん、お願いしますね」

 

「……………」

 

山南は何も答えなかった

答える代わりに、にっこりと微笑む

 

「では――――。総長命令、しかと承りました」

山崎はかしこまって頭を下げると「全力で走れ」と千鶴に告げて部屋を飛び出す

千鶴は、ぺこっと山南に頭を下げると、山崎の後に続いて、彼の指示通り全力で駆け出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるい、望月が妖艶に輝く

 

さくらは、身軽に屋根の上を伝う様に駆けていた

 

会える……

 

鼓動が早くなる

 

もう少しで、千景に会える……!

 

逸る気持ちは収まらず、どんどん鼓動が早くなる

 

さくらの長い髪が月に照らされ、妖艶に光輝いた

 

「うぃ~ひっく。もう一軒行こうぜ!もう一軒」

 

「いいなぁ~行こう行こう」

 

飲み屋の帰りか、街道を酔っ払いの男が2人ふらふらしながら歩いていた

 

「な~んかさ、ここはぱーと吉原でも……ん?」

 

1人の男が目を凝らして屋根の上を見た

 

「どうした?」

 

もう1人が、屋根の上を見ている男に、にへへ~と笑いながら肩をガシッと掴む

 

「いや……なんか今居なかったか…?」

 

「なんだよー酔ってんな?お前!!」

 

わははと笑いながら男がもう1人の男の背をバンバンと叩いた

 

「………だよな~あんな所に人が居るわけ………」

 

 

 

ザン

 

 

 

不意に男達の前に、何かが落ちてきた

いや――――降りてきた

 

「「…………え?」」

 

男達がぽかーんと口を開けて、それを見る

それは少女の形をしたものだった

 

少女はゆっくりと顔を上げる

彼女の長い髪が月の光に反射して輝く

 

「「……………」」

 

男達は、口を開けたまま、彼女に魅入っていた

――――それ程、それは美しい生き物だった

 

明らかに、異質さを放っていた彼女の真っ白な髪が揺れる

黄金に輝く瞳が彼らを捕らえて放さなかった

 

「………池田屋ってどっち」

 

彼女の桜色の唇から甘露が零れる様な声が聞こえてきた

 

「………あっち…です」

 

男が、放心しながら、池田屋があるであろう方向を指差す

 

少女はにっこりを微笑み、スッと手を伸ばした

トンっと、男の額を叩く

 

男がへなへなとその場に倒れた

 

「ありがとう」

 

そう言い残すと、彼女は来た時みたく、スッと闇に消えていった

 

「……………」

 

男は声も発する事も忘れ、ただただ彼女が消えて方を見ているしかなかった

 

 

リン……と鈴の音だけが聞こえた――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の通りを駆け抜ける

半年間の室内暮らしで、少し身体がなまっていたのかもしれない

全速力で当然の様に長続きしなくて、千鶴は息を切らせながら只管走った

 

「何があっても、この通りを走り抜けろ。……後ろを振り向く必要は無い」

 

千鶴は何とかこくこくと頷く

答える余裕なんて無かった

でも、千鶴は屯所を出る時に既に、山崎を信じようと決めていた

だから、真っ直ぐ前だけを見た

 

「――――!」

 

不意に、山崎が懐から何かをサッと出し、傍の屋根の向かって投げた

だが、それはキンッという音と共に弾かれる

 

弾いた、それはザッと姿を消した

 

「――――っち。 桜鬼か」

 

え? 何?

 

「振り向くな!」

 

振り向きかけた千鶴は慌てて前を見る

そして、全力で走った

 

次の十字路に差し掛かった瞬間 ――――白光が煌いた

 

「君は惑うな!――――直ぐに合流出来る!」

 

「………っ!」

 

真っ直ぐに走る

後方から聞こえる剣戟の音を無視して、千鶴は歯を食いしばりながら走った

膝が折れかけても、足が縺れて転びそうになっても走りすぎて横腹が痛んでも足を止めなかった

思う様に動けない身体が、無性に情けなくて涙が出そうだ

 

その時、不意に――――

 

「っ!?」

 

横合いから差し込んだ、灯火の明るさに目がくらんだ

 

長州の浪士……!?

 

千鶴は思わず、身を固くする

だが………

 

「何やってんだ? てめぇは……」

 

聞き慣れた声に、心の底から安堵した

土方だ

 

ぷっつりと糸が切れた様に、千鶴はその場にへなへなと座り込んだ

すると、後ろから出てきた原田が手を差し伸べてくれる

 

「大丈夫か? 勝手に屯所から出ると、後で土方さんに斬られるぞ?」

 

原田の手を取って、何とか千鶴は立ち上がった

 

でも、勝手に外出した訳じゃないと主張したいが声にならな

言いたい事………伝えなくてはならない事は、そんな事じゃない

 

息をするのの精一杯の口から、絞り出す様に言葉を紡ぎ出す

 

「ほ、本命……は……池田、屋………」

 

言いかける千鶴を手振りで押しとどめ、土方の表情が険しくなった

 

「本命は、あっちか」

 

千鶴は何度も、必死で首を縦に振った

 

「………敵の会合場所は池田屋である、と?」

 

斎藤が確認する様に言葉を吐くと、土方は千鶴を指した

 

「山南さんなだ脱走を見過ごさねぇ。つまり、こいつは総長命令で屯所を出たって事だ」

 

ひゅぅ、と原田が口笛を吹いた

 

「よく俺らと合流出来たな。京の地理には詳しくないんだろ?」

 

「やま、………山崎、さん…が………!」

 

ぜぇぜぇと呼吸を乱しながら、ここまで連れて来てくれた人の名を告げる

 

「会津や所司代はどうなった? もう池田屋に行ってるのか?」

 

言葉はもう続かなくて、首を横に振って答えるしかなかった

そして、土方は短い思案の後で決断した

 

斎藤と原田は隊を率いて池田屋へ向かえ。 俺は、余所で別件を処理しておく」

 

斎藤と原田は副長の判断を信用して即座に動き出した

 

「お前もこれ以上の単独行動は危険だ。 俺達か土方さんか、どちらかに同行しろ」

 

斎藤が、千鶴に向かってそう言った

千鶴は、言葉の意味が理解出来たから、呼吸を整えながら素直に頷く

正直、ここで置き去りにされても屯所までの帰り道が分からなかったので、その申し出はありがたかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、脱走しましたよ

もう少し、でちーの出番ですね!

 

2009/12/17