櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く

 

 二章 斬人 2 

 

 

「うあぁ・・・・あ・・・ぐぅううぅぅ・・・・・・っ!」

 

男の壮絶な叫び声が響いた

その声を聞くだけで、全身が震えた

 

ドンドンドン

 

「やめて・・・・やめて下さい!土方さん!!」

 

さくらは泣きそうになりながら、必死に納屋の戸を叩いた

 

 

「土方さん!!」

 

 

だが、返事は無い

返事の代わりに、男の悲痛なまでの叫び声だけが聞こえて来た

 

「やめ・・・・て・・・」

 

吐き出す様に、そう呟き、さくらはずるずると力無くその場に崩れ落ちた

最早、戸を叩く力も入らず、手がずるっと下がる

肩が震え、手をぐっと握り締めた

 

どうして・・・こんな・・・・・・!

 

男の正体など知らない

知らない人だが、目の前で拷問の様に打ち付けられる様を見るのは心苦しかった

胸が締め付けられ、知らず、真紅の瞳に涙が溢れてきた

 

「土・・・方・・・・・・さん・・・」

 

ポタッ・・・と一滴、涙が零れた

 

「土方・・・さん・・・・・・っ」

 

ポタ・・・ポタ・・・ と涙がまた一滴零れ落ちる

 

不意に、ガラッと納屋の戸が開いた

 

「・・・・・・・・・・・・!」

 

さくらははっとして、顔を上げた

そこには、原田が立っていた

 

原田は少し、申し訳無さそうに笑みを作り

 

「ほら、部屋まで送ってやるから、帰れ。 な?」

 

 

「ぎゃぁぁぁああああぁぁぁ!!!!」

 

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

 

さくらが声にビクッと肩を震わす

男の痛いほどの生の叫び声が耳に木霊した

その声は、わんわんと耳に残り、頭の芯まで響いて来る様だった

 

原田の向こう側に一瞬、土方の後姿が視界に入った

顔は見えない

だが、放つ気配が、殺気だっていて、少しでも近づいたら斬られるんじゃないかと思う程だった

 

視線を下へずらすと、絶叫しながら蹲る男の姿が目に入った

両手足に五寸釘が打たれ、その上で蝋燭の火が灯されている

血の気は無く、最早人として扱われてなどいないと思わせるほどに

まさに、地獄絵図――――

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは、言葉も無く、動く事も叶わず、ただただその場に立ち尽くした

震える手で口元を押さえた

瞳は大きく見開かれ、見たくも無いのに嫌でもそれが視界に入った

 

不意に、後ろから手が伸びてきて、原田の手がさくらの目を覆った

 

「見るな」

 

原田の優しい声が聞こえてくる

 

「原・・・田さ・・ん・・・・・・でも、土方・・・さん・・・・が、・・・・・・あの人が・・・」

 

それだけ言うのに、数分掛かった

 

「お前は見なくて良い」

 

そのまま、スッと原田が納屋の戸を閉める

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは何かに脅える様に、肩を震わせた

瞳が、焦点が定まらないかの様に泳ぎ、原田を見上げる

その目は、脅えとも懇願とも取れる瞳だった

彼女の不安を表すかの様に大きな真紅の瞳が揺る

 

原田は溜息混じりに、少し笑みを作り、ぽんっとさくらの頭を叩いた

 

「ほら、行くぞ」

 

そう言って、さくらの肩に手を回すと、そのままその場を遠ざかる様に歩き出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらと原田の気配が遠ざかったのを確認し、土方は最後の蝋燭に火を灯した

 

「うああぁぁぁ・・・・・!」

 

喜右衛門が痛みと熱さに耐えかねて、声を上げる

 

「なぁ、古高知ってるか?」

 

「あ・・・・ぐ、うぅ・・・・・・うっ」

 

地獄の業火に焼かれたかの様な、男の叫びに反比例するかの様な土方の冷たい声が納屋に響いた

 

「溶けた蝋は傷口から身体に入ると血の管を通って心の臓へと辿り着くそうだ」

 

「ぐっ・・・・・・! ――――っ」

 

喜右衛門に反応する様に、ジジッ・・・と蝋燭の火が揺れる

 

「そして、そこに少しづつ溜まり、ついには固まって心の臓を止めるらしい」

 

打たれた両手足は血に塗れ、上から射された蝋燭から蝋がじわじわと流れ出ていた

 

「――――っ、――――っ!」

 

土方は、くっと笑みを作り喜右衛門の前にしゃがんだ

喜右衛門は逃れ様と必死に足掻くが、それを永倉が押さえつけ、逃がさない

ただ、ただ震えながら涙を流して叫んだ

 

「・・・・七日七晩苦しんだ後には、全身が1本の蝋燭に・・・・・・」

 

 

「いやだぁぁぁぁぁああああ! やめてくれぇぇぇぇぇ!!」

 

喜右衛門は頭を小さく振りながら必死に叫んだ

 

「話すっ!話すから火を――――っ」

 

「消すのはしゃべってからだ。 とっとと吐け」

 

喜右衛門は「あ・・・・」「あ・・・あ・・・・・・」と声を震えさせながら

 

「こっ・・・今月の・・22日前後・・・・・・烈風の夜を選び・・・御所の風上より・・・火を・・放つ・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

俄かに、土方が眉を寄せた

 

「その混乱に乗じて・・・・参内する中川宮と京都・・・・守護職会津容保を・・・・・・討ち果たし・・・帝を長州へ———・・・・・」

 

「――――玉を奪って、京の街を焼き払うというのか――――!?」

 

話を聞いた近藤は蒼白になりながら、叫んだ

ギリッと歯を噛み締め

 

「断じて許せん!!」

 

ダンッと足を踏み、猛然と立ち上がった

拳をグッと作り、握り締める

 

「命に替えても我等新選組の手でこの暴挙を食い止めるぞ!!」

 

「おうっ!!」と皆が返事をする

 

「恐らく倒幕派は古高捕縛の報に騒然となってる筈だ。 前後策を練る会合を今夜にでも何処かで開かれるのは必至! そこをつきとめ一網打尽にする!!」

 

土方の指示が次々に飛び交う

 

「副長、会合場所の見当は?」

 

斎藤が、怪訝そうに土方に尋ねた

 

「山崎!」

 

「はっ」

 

忍装束の山崎がスッと土方の後ろに現れた

 

「現在、調査中ですが、恐らく四国屋か池田屋のどちらかかと」

 

土方はちっと舌打し

 

「戦力を2つに分けるしかねぇか」

 

「トシさん、今は病人が多くて出動出来る隊士は勇さん含めて30人足らずしかいないんだが・・・・」

 

「会津藩に加勢を頼む! 早馬を出してくれ!!」

 

井上が「分かった」と頷き、パタパタと広間から出て行く

 

時期的に、現在の新選組内では渋り腹や腹壊しが流行っていた

実際、動ける人数は34人足らずしか居なかったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、着いた」

 

ぽんっと原田に背を叩かれた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは焦点の定まらないまま、ぼぅっと顔を上げた

その瞬間

 

「さくらちゃん!!」

 

千鶴が部屋から飛び出して来た

 

「良かった~もう、何処に行ってたの!?」

 

わっと千鶴が泣きそうになりながら、さくらに飛びつく

 

「え・・・あ・・・・・千・・・鶴・・・・・・?」

 

さくらは、意識を取り戻したかの様に、瞳に息が入る

 

「いきなり、出て行くから心配したんだよー!?」

 

「・・・・・・ごめん」

 

さくらは目を伏せ、微かに震える手で千鶴の袖を掴んだ

千鶴がはっとして、さくらの顔を見た

 

「さくらちゃん? どうかしたの?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは何も答えず、ただ目を伏せた

 

「さくらの事頼むな? 千鶴」

 

原田がさくらの頭をぽんっと叩いてそう言った

 

「? あ、はい」

 

千鶴は意味が分からず、首を傾げながらもこくっと頷いた

 

「さくらも、さっきの事は忘れろ、いいな?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

原田はそう言い残すと、足早に部屋から出て行った

さくらは何も答えなかった

 

「さくらちゃん・・・・・・」

 

残された千鶴が、心配そうにさくらを除き込む

さくらは虚ろな目でゆくりと視線だけ動かした

そして

 

「・・・・・ごめん、1人にして・・・・・・」

 

「え・・・、でも・・・・・・・・」

 

「・・・・・・お願い」

 

「さくらちゃん・・・・・・」

 

さくらの表情は読み取れなかった

千鶴は躊躇いがちに、笑みを作り

 

「無理・・・しちゃ駄目だよ?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

その声に、反応したかの様に、さくらがゆっくりと顔を上げ千鶴を見た

そして、微かに笑みを作る

 

千鶴は、それが無理してるのだと分かりつつも、納得した様ににこっと微笑み

 

「じゃぁ、私自分の部屋に居るから、何かあったら呼んでね?」

 

そう言って障子戸を閉めると、パタパタとさくらの室を後にした

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

1人、残ったさくらは千鶴の足音が聞こえなくなるのを確認するとそのまま障子戸の寄り掛かりながらずるずると倒れた

顔は俯いたまま、手は力なく垂れていた

パサッと…さくらの髪が肩に掛かる

 

さくらは両の手で顔を覆い、嗚咽を漏らした

感情が溢れ出てくる様に、次から次へと涙が零れ落ちた

 

「ひじ・・・か・・た、さ・・・・・・っ」

 

嗚咽の中にそう漏らし、泣いて泣いて泣き続けた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

新選組内は騒然としていた

 

「モタモタするな!鉢金・胴・槍等の武具は各々まとめて小荷駄に預けろ!」

 

「くれぐれも長州勢に気取られぬ様、少人数ずつ平服で屯所を出るんだ!」

 

集合は夕刻 祇園石段下の町会所

市中は祇園会の宵山を明日に控え人出が増している

会所で日没を待ち、人波が引いてから会津と合同で一斉捜索を開始する

 

 

 

 

 

日が西日に傾いた頃――――

さくらは、ぼうっと室の壁に寄り掛かり窓の外を眺めていた

 

あれから、時間も経った

流石に涙は引っ込みはしたが、胸の内は釈然としない感情で一杯だった

 

目が痛い・・・・

泣き腫らしたせいか瞳は真っ赤に腫れ上がり、何とも言えない顔になっていた

 

あの人、あの後どうなったんだろうか・・・・・・

 

名も素性も知らない男だった

ただ、土方が叱咤する様だけが鮮明に頭に残っていた

 

いくら、情報を聞き出す為とはいえ、あれは幾らなんでもやり過ぎだ

見ていて気持ちの良い物では無かった

むしろ嫌悪感すら抱いた

 

あれが・・・あの人の・・・・・・

違う、新選組のやり方なんだ・・・・・・

 

ギュッと握り締めた手からじわっと血が滴り落ちた

 

 

『・・・・・・いけ・・・だ・・・・や』

 

 

「・・・・・・あれは、何だったのかしら・・・・・・・・・・」

 

目が合った時にあの男が漏らした言葉

声は小さく、さくら以外には聞こえてないみたいだったが――――

 

「いけだや?」

 

何かの暗号なのか

それを理解する術はさくらには無かった

 

はぁ・・・とさくらは息を吐き、天井を見上げた

 

「・・・・・・千景・・・・」

 

彼は今どうしているだろうか・・・・・

こんな時、どうして側に居てはくれないのだろうか

 

答えは分かりきっていた

彼は、さくらをさくら以上に必要としていない

彼にとってさくらは”道具”でしかないのだ

 

だから、捜しに来ないのも分かる

もし、私が駄目なら他を捜せば良い――――それくらいにしか思われていないのだ と

 

自問自答ばかりだった

 

でも、答えなど見つからない

さくらの欲しい答えなどくれないのだ

 

 

 

俄かに、室の外が騒がしくなった

昼間の騒がしさとは違った 

もっと別の――――

 

なに・・・・・・?

 

さくらはよろよろと立ち上がり、そっと障子戸を開けた

 

廊下を駆け抜けていく藤堂の姿が見える

 

「平助?」

 

呼ばれて初めてその存在の気がついたのか、藤堂はハッとして足を止めた

さくらは着物をグッと掴み、少し視線を剃らして

 

「・・・・・・何かあったの? 何だか屯所内が騒がしいけれど・・・」

 

思い当るのは1つ――――

 

「・・・・・・長州の間者から何か聞き出せた・・・とか?」

 

さくらが訪ねると、そうそうと藤堂は頷いた

 

「今夜、長州の奴等が会合するらしいんだ。 で、オレらは討ち入り準備中って訳」

 

「そう・・・・・・なんだ・・・」

 

少なくとも、あの拷問はもう終わったという事だろうか

少しほっとした

 

藤堂の話しによると新選組は二つの隊に分かれて、別方向から町中を捜索するらしい

池田屋に向かうのが近藤率いる十名

四国屋に向かうのは土方率いる二十四名

 

「・・・・・・池田屋?」

 

さくらがピタッとその動きを止めた

 

池田屋って・・・

 

あの時の男の言葉が蘇る

 

まさか・・・・・・

 

「土方さん達の行く四国屋が当たりっぽいよ。 ・・・・オレは逆方向だから、ちょっと残念だなぁ」

 

土方達の向かう方向が本命っぽいので、そっちの班の人数を多くしたらしい

でも・・・・・・

 

さくらは着物の影でグッと拳を握り締めた

額から嫌な汗が流れ出る

 

藤堂が、んーと頭に手をやり

 

「動けるのって今、これだけしかいないんだよなー」

 

ひーふーみーと指を数え折る

 

合計して34人

 

確かにそれは少なすぎた

病人が多いのはさくらも知っていたが、そこまで人数が少ない事に驚いた

はぁ…と藤堂は溜息を吐く

 

「会津藩や所司代にも連絡入れたんだけど、動いてくれる気配ないんだよなぁ・・・・・・」

 

違う

 

土方たちは本命は四国屋だと思っている

だから、そっちの捜索人数を増やした

でも、違う

 

 

本当の本命は――――・・・・・・

 

 

「あの・・・・・・っ!」

 

「平助!居た!」

 

向こうの方から原田と永倉がやって来た

 

「こんな所で油売ってる暇はねぇんだぞ?」

 

「おら、平助! 行くぞ!!」

 

ぐいっと、永倉が藤堂の耳を引っ張る

 

「いてっ! いてぇって、新八っつぁん!!」

 

「・・・・・・・・・・・っ!」

 

ずりずりと藤堂が引きずられて行くのを止めようとしてさくらはハッとした

待って

 

天霧はあの時、何て言ってた?

 

必ず連絡する――――と、そう言わなかったか?

 

あれから、天霧が新選組内に侵入した形跡はない

今後も接触を図ってくる可能性は低い

 

 

まさか・・・・・・

 

 

「さくら?」

 

藤堂がキョトンとしてさくらを呼んだ

 

「え・・・・・・?」

 

「え? じゃないだろ?何か言いかけてなかったか?」

 

一瞬、さくらの顔が強張った

さくらは、少し視線を逸らし

 

「あ、いいえ、何でもない・・・わ。 その・・・気を付けて・・って言おうと思って———」

 

狼狽を隠しながら、かける言葉を捜す

 

「おう!」

 

藤堂がにかっと笑った

 

「ほら! 行くぞ平助!」

 

「じゃな! さくらちゃん」

 

原田と永倉がそう言いながら手を上げ、藤堂を引っ張って行った

さくらも笑みを作り手を上げる

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

3人が居なくなり、さくらの表情から笑みが消えていった

上げていた手がゆっくりと下りる

 

さくらは、慌てて自室へ戻った

パンッと障子戸を閉める

 

そうよ・・・・そうだわ・・・・・・

 

手が震えた

こんな事を考える自分がおぞましい

しかし、現実は違った

 

もし、間者という男がわざと捕まったのだとしたら・・・・・・?

さくらにあの言葉を残す為に新選組に近づいたのだとしたら

 

ううん、確証は持てない

 

あの男は確かに「池田屋」と言ったが、それが天霧の伝言だとは限らない

 

でも――――

 

ドクドクと心臓が早鐘の様に脈打つ

 

待って・・・・池田屋・・・・何処かで・・・・・・・・・・

その言葉には聞き覚えがあった

 

あれはいつだったか

薩摩藩邸から帰った風間に茶を勧めた席で出なかったか?

 

あの時、千景は池田屋か四国屋だと・・・・・・

 

ううん、でも、あれから二月も経つ

いくらなんでも二ヶ月も後の事をあの場で話す?

でも、もしこの会合が初めてじゃなかったら?

何度も会合を重ねていて、毎回場所を変えていて、今回は池田屋なのだとしたら・・・・・・?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

全ての付点が合う――――

 

つまりは、私に池田屋に来い――――そういう事?

千景が・・・・来る

 

グッと拳を握り締めた

 

今夜、屯所内は人が出払っている

その機に乗じれば・・・・・・あるいは

 

でも・・・・・・

 

この事を黙ている事は即ち、新選組を危機に晒すという事だ

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは目を閉じた

そして、ずるずるとその場に座り込む

 

確かに、最初は無理矢理だったけれど・・・・・・

二ヶ月も一緒にいれば情も沸く

 

悪い人達じゃないのも分かる

彼らが傷つく所など見たくない

 

 

 

    それでも・・・私は――――・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一部、小話(櫻狩り)のネタが入っております

一応、読んで無くても分かると思いますが、読むと更に理解しやすいですw

 

土方さん・・・悪役の様だよ( ;´・ω・)

いやいや、彼はメインヒーローですよ!!

 

2009/11/11