櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 二章 斬人 14 

 

「お前も、薩摩の人間…なのか?俺達の敵――なのか?」

 

「……………」

 

さくらは答えなかった

ただ、じっと下を向いている土方を見つめていた

 

遅かれ早かれ恐らく、薩摩は幕府に反旗を翻す

それは遠くない未来の話

 

そうなれば、彼ら新選組とは―――土方とは、敵 だ

 

「……今では私も薩摩の者です」

 

静かにさくらは答えた

 

「薩摩が幕府に反旗を翻すなら、敵―――となるでしょう」

 

「……そうか」

 

土方は、自虐的な笑みを浮かべた

 

「お前は、俺たちを探る為に、新選組に―――」

 

「それは違います!!」

 

予想以上に大きな声が出た

土方が思わず、その菫色の瞳を見開く

 

「違います!!そんなつもりは……っ!!」

 

さくらが訴える様に、そう口にした

今にも泣きそうな顔をしている

 

「新選組の方達には本当に良くして頂きました。でも、でも、私―――」

 

風間の傍に帰りたかった

 

最初は無理矢理、新選組に縛られたけど、あの人達も悪い人じゃない事は触れ合っていて良く分かった

それでも、風間の事が忘れられなかった

 

あの人の元へ帰りたい

ただ、その一心で屯所を出た

単なる、自己満足だ

 

土方の言いつけも守らず、自身の望みの為だけに、姿をくらました

 

「き、斬られても文句が言えない立場だって分かってます。でも……」

 

死にたくない

本当は、死にたくなどない

 

知らず、涙が零れた

 

「勝手な事ばかり…すみませ……っ」

 

不意に、ふわっと土方の手がさくらの頭に乗せられた

 

「ひじ、かた、さ…ん?」

 

「泣くな」

 

「そ、れは……っ」

 

「お前に、泣かれるとどうしていいのか分からなくなる」

 

「す、みませ……っ…」

 

「ほっんと、お前は謝ってばかりだな」

 

「すみま…せ…ん……」

 

優しく、頭を撫でられる

 

「お前の意志は伝わったから、もういい」

 

「……は、い」

 

さくらが涙を拭こうとすると、スッと伸びてきた土方の手に遮られた

 

「………?」

 

そのまま、スッと土方の手が涙を拭う

 

「泣いてばかりだな、お前は」

 

くつくつと土方が笑いだす

一瞬、キョトンとしたけれど、さくらもつられて笑みを零す

 

「…そう、ですね」

 

微笑んださくらはとても美しかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、お前はこれからどうする気だ?」

 

「それは……」

 

土方に問われ、さくらは一瞬迷った

 

普通に考えたら藩邸へ帰るべきだろう

でも―――

 

あの時の風間の所業が脳裏を過ぎる

 

「………っ」

 

反射的にさくらは頭を振った

 

違う

あれは本当の千景の姿じゃない

 

「さくら、お前さえ良ければ―――」

 

土方の言わんとする事が分かり、さくらは小さく首を横に振った

 

「いえ、薩摩藩邸へ帰ります」

 

これ以上、迷惑を掛けてはいけない

それに千鶴の事もある

 

さくらが千鶴に近づき過ぎ、彼女の正体がバレない可能性はない

恐らく、それを知ったら風間は動き出すだろう

 

そうなれば、自分は―――

 

「…………」

 

これは、千鶴の為なのか

それとも自分の為なのか―――

 

さくらは小さくかぶりを振った

 

今は、考えない

とにかく、出来るだけ時間を稼ぐ

 

「………あんな目に合ったのに…か?」

 

土方が少し表情を変えてさくらを見た

さくらは強がる様ににこっと微笑み

 

「……はい」

 

その桜色の唇からそう呟いた

 

「……大丈夫です」

 

自分に言い聞かす様に、そう呟く

 

「あの人が―――千景が必要としてくれている限り、あの人の傍に居ます」

 

「……それは、本当にお前の望みか?」

 

「え……?」

 

余りにも予想外の言葉にさくらは一瞬瞳を瞬かせた

 

「それは、てめぇの本当の望みかって聞いているんだ」

 

「あの…それは、どういう……」

 

意味なのだろうか?

 

さくらは土方の意図する意味が分からず困惑顔を浮かべた

土方は、はぁーと盛大な溜息を付き

 

「だから、それはてめぇの意思かって聞いてるんだ」

 

「意思…?」

 

「てめぇが考えて出した答えなのか?ただ単に、そう刷り込まれているだけじゃねぇのか?」

 

「……………」

 

さくらは言葉を失った

心の中を見透かされている様な気分だった

 

 

”刷り込まれている”

 

 

風間家に引き取られた時から、風間の妻になると教え込まれてきた

茶や華、礼儀作法など色々教え込まれた

全ては、完璧な風間の妻となる為

 

そういう風に作り上げられてきた

それが今の”八雲 さくら”だ

 

「わ…私、は……」

 

それは、さくらの意思なのか

それとも風間家の意向なのか

 

今となっては分からない

ただ、そうだと言われたから今までそうだと思ってきた

 

でも、それはさくらの意思じゃない

 

もし、風間がさくらを傍に置くのを頭領だからだと言ったら?

もしも、純潔の女鬼が現れたら…?

 

それでも千景は私を傍に置くだろうか…?

一度浮かんだ疑問は、どんどん大きくなり、さくらの心を蝕んでいく

 

「ち、かげ…は……」

 

傍に置いてくれる―――?

それでも、傍に居るのは私の意志―――?

 

「てめぇはそれでいいのかよ」

 

土方の言葉が胸に突き刺さる

彼の言葉は的を射ている

的確で容赦ない

彼の言葉はさくらの言葉だ

 

「言ってみろ!てめぇの望みはなんだ!?」

 

「わ、私……」

 

頭が混乱する

本当は、本当は―――

 

土方を見た

意志の強い瞳―――

 

道を誤らない

自身の信じた道を突き進む、強い瞳

 

「望み・・・は……」

 

愛されたい

人に愛されたい

 

原初の鬼だからとか、混血だからとか関係なく

誰かに愛されたい

 

私は私で

 

本当の私を見て欲しい

 

でも……それは―――

 

さくらはかぶりを振った

 

駄目…

それは望めない

 

皆は私が”原初の鬼”だから必要としてくれている

もし、ただの”人”だったら見向きもしてくれない

 

誰も必要としてくれない

 

だめ、だ

 

ギュッと着物の裾を掴む

 

私は、”そこ”にしか存在出来ない―――

 

「私は…戻り、ます…」

 

震える声でそう呟いた

 

「千景の元へ戻ります」

 

土方が溜息を洩らす

 

「……それがお前の本当の”望み”か?」

 

「……はい」

 

そうだ

風間の意志は関係ない

 

彼がさくらを利用しているのだとしても

さくらのこの”想い”は変わらない

 

変わらず、傍に居る事―――

それがさくらの”望み”だ

 

「千景が必要としている限り、千景の傍に居ます」

 

今度は、はっきりとそう言った

 

「……必要とされなくなったら?」

 

「……その時は…」

 

なんと意地悪な言葉だと思った

風間がさくらを必要としなくなったその時は―――

 

さくらはゆっくりと胸に手を当てた

 

「その時は、潮時なのかもしれません」

 

そう囁いたさくらの表情は、すっきりしたものだった

意志は決めた

 

風間が必要としなくなるその時まで、傍に居よう―――

すると、土方がくっと笑った

 

「すっきりした顔しやがって…」

 

「そうかもしれんません」

 

さくらも満足そうに微笑んだ

そして、スッと立ち上がる

 

「さくら?」

 

「長居し過ぎました。もう帰らなくては―――」

 

そう言って、歩き出した

 

「さくら」

 

不意に呼ばれ、振り返る

 

「本当に帰るのか?」

 

「……………」

 

さくらは答えなかった

その代わり、柔らかく微笑む

 

「そうか」

 

土方が納得気に目を細めた

 

「……止めないんですか?」

 

「なんだよ、止めて欲しいのか?」

 

「……いえ」

 

さくらはかぶりを振ると、ゆっくりと頭を下げた

 

「きっと、もうお会いになる事は無いと思います。さようなら、土方さん」

 

そう言い残すと、さくらはそのままもう一度頭を下げ、歩いて行ってしまった

土方は止める事も、返事をする事もしなかった

さくらの行ってしまった方向を見やる

 

ザァ…と風が吹いた

 

サラサラと土方の髪が揺れる

 

「……いや、俺達はまた逢えるさ…」

 

それは土方の望みなのか

それとも、予感なのか

 

知るのは、彼のみだった———————・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだと!?本気か!トシ!?」

 

屯所に帰って最初に訪れたのは近藤の部屋だった

 

「ああ、本気だ」

 

土方は茶を啜りながらそう呟いた

 

「し、しかし…八雲君の捜査を打ち切るなど…もし、彼女になにかあれば…っ!」

 

近藤は納得していない様だった

 

さくらの捜査を打ち切る

土方は近藤にそう進言しに来た

 

「あいつは、大丈夫だ」

 

「むぅぅ…」

 

探さなくても、さくらの居場所は分かっている

だが、それを近藤に言うのは躊躇われた

 

無駄な疑いを掛けたくなかった

 

「とにかく、そういう事だ。詮索はしないでくれ」

 

それが土方がさくらに出来る精一杯の事だった

近藤は、むぅぅ~と唸ると、はぁーと大きく溜息を付いた

 

「トシがそう言うのなら…仕方ないな」

 

最終的に近藤も折れてくれた

 

「悪いな」

 

少しバツが悪そうに、土方が謝る

だが近藤は、にぱっと笑い

 

「いや、構わんよ。トシがそう言うのなら、何か考えのあっての事だろう?」

 

「ん?あ、まぁ…な」

 

「俺はトシを信じるよ」

 

「ああ」

 

「それで、トシ。話とはそれだけか?」

 

「ん?ああ、いや……」

 

土方は少し考え

 

「あの薬……まだやってんのか?実験」

 

「ん?あれか?」

 

近藤は少し考え

 

「確か、山南君がなにやらやっていた様な……」

 

薬の総責任者の雪村鋼道が失踪して、事実、実験は中止している様なものだった

でも、どうやら山南がその実験を続けているらしい

 

「山南さんが?」

 

土方が訝しげに顔を顰めた

 

「……………」

 

土方が少し考えるように、顎に手をやった

 

「トシ?」

 

「……その実験、止めさせられねぇか?」

 

考え抜いて出した答えはそれだった

さくらの話が事実なら、あれは恐らく人の手には負えない

 

しかも、山南がその改良を続けている

 

「嫌な予感がする」

 

腕を怪我して剣を握れなくなった山南

その治癒力を爆発的に上げる薬

 

もしかしたら、山南は………

 

「むぅ…一応、山南君にはそれとなく打診してみうよう」

 

「ああ、頼む」

 

ただの思い過ごしならそれでもいい

だが―――

 

『変若水は人を鬼に変える劇薬。その人体の構造を作り変え、爆発的な力と治癒力、そして―――』

 

『血に、狂う…か?』

 

さくらと交わした言葉が脳裏を過ぎる

馬鹿な考えは起すなよ、山南さん―――

 

「ああ、それと―――」

 

「ん?まだ、何かあるのか?」

 

土方は少し躊躇って

 

「もしかしたら、鋼道さんの居場所が分かったかもしれねぇ」

 

「そ、それは本当か!?」

 

ガバッと近藤が身を乗り出した

 

「落ち着けって、近藤さん」

 

土方がやんわり、近藤を制する

 

「そ、それで鋼道さんは何処に…!?」

 

「…薩摩だ」

 

「薩摩だと!?」

 

近藤が驚いた様に、目を見開いた

 

「まだ、確信がある訳じゃねぇ。ただ―――な」

 

さくらの話を信じるなら恐らく事実だろう

あの状況で、嘘を教えるとは思えにくい

 

「一応、この件に付いてはもう少し調べてみる。皆に教えるのはそれからだ。それまでは、あんたの胸の内に閉まって置いてくれ」

 

「む…分かった。トシを信じよう」

 

「ああ、悪いな」

 

土方はニッと笑うと、唸る近藤の肩をトントンと叩いた

 

「話はそれだけだ、邪魔しなた」

 

それだけ言い残すと、土方は席を立った

障子戸に手を掛けると、近藤に呼び止められた

 

「あまり無理はするなよ?」

 

「…ああ、分かってる」

 

軽く手を上げて、土方はそのまま室を後にした

廊下を歩いていると、ふと、月が目に入る

 

「……………」

 

 

土方はじっと月を眺めて、そして、再び歩き始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――薩摩藩邸

 

藩邸に戻ると、風間は留守だった

代わりに天霧が出迎えてくれた

 

「桜姫、こんな時間に言付けも無く出歩くのは関心致しません」

 

と、軽く注意された

自室に戻り、さくらはその場に座り込んだ

 

疲れた……

何故かは分からないが、酷く疲れた気がした

 

きっと、もう、逢えないわね……

 

別れ際に見た土方の顔を思い出す

真っ直ぐな力強い瞳

 

『きっと、もうお会いになる事は無いと思います』

 

何故、あんな事を言ってしまったのか…

何故かは分からないが、言わなければならない気がした

 

言って自身を制御しなければ、また甘えてしまう

土方の優しさに付け込んでしまう

 

それだけは絶対にしたくなかった

 

土方さん……

 

胸の奥が痛い

 

それは風間に対するそれとは違う感情

 

どうしてかしら

酷く、悲しかった

 

もう、逢えないのだと思った瞬間、悲しくなった

 

私は千景の傍に居ると決めたのに、何で今更……

 

これは後悔なのか

それとも、思い過ごしなのか

 

今は、まだ、分からなかった

 

窓の外を眺める

 

 

空には月が昇っていた―――――・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二章終了ー

長かった二章も終わります

 

次回から、三章に入りますー

三章はもうちょっと短く…なるといいなぁ~(希望)

 

でも、やっぱりちー様を選ぶ夢主(※これは土方夢です。ちー夢じゃないです)

まだ、新選組には行かせません!!←鬼

 

2010/05/16