櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 二章 斬人 13 

 

 

「……………」

 

「……………」

 

沈黙が流れた

何故だか、この沈黙が酷く息苦しい…

 

ああ…呆れられたと思われているだろうか…

それてとも、本気で相手にしていないと思われただろうか…

 

そう思われるのが、酷く 辛い

苦しい……

 

さくらは、知らずギュッと着物の裾を掴んでいた

ややあって土方が小さく息を吐いた

 

「…鬼、ね……」

 

ピクッとさくらの肩が震える

呆れとも取れるその声音は、清々しいぐらい冷たく、冷淡だった

 

「…信じてもらえないですか?」

 

「……………」

 

少しの沈黙

それから、土方は自虐的にふっと笑みを浮かべ

 

「いや……」

 

そう呟くと、さくらを見た

 

「……信じて、くれるのですか?」

 

さくらは信じられないという感じに、その真紅の瞳を見開いた

 

「……あの姿を見てなかったら、信じられなかったかもな。でも……」

 

ふと土方が月を眺めた

 

「見ちまったからな…信じるしかねぇだろ」

 

その笑みはなんなのか

まるで、全てそうだった様に、土方は目を細めた

 

「それで?その”鬼”とやらは、皆あの姿になるのか?あの風間達も”鬼”なのか?」

 

「……はい」

 

一度、そう答えるも、ややあって

 

「……いいえ」

 

と答えた

 

土方が訝しげに眉を寄せる

 

「どっちなんだよ?」

 

「……姿が変わるのは、血の濃い鬼族のみです。人との交わりで血が薄くなってしまった鬼族は殆ど人と変わりません」

 

「……それで、あの風間っていけすかねぇ野郎も、てめぇも、”濃い鬼”なんだろう?」

 

「……そう、です…ね」

 

さくらは悲しそうにその瞳を瞑った

 

「……千景は鬼族でも西日本最大の風間家の純潔の鬼の頭領。それに比べて、私は……」

 

そこで一旦さくらは言葉を切った

いう事を躊躇っている様な…そん感じだった

 

そう…私は、違う……

 

さくらはギュッと着物の裾を握り締めた

それから、意を決したように、顔を上げて土方を見る

 

「……正確には、私は純粋な鬼族ではないんです」

 

「……どういうことだ?」

 

土方が訝しげに眉を寄せた

 

「……私は…」

 

「……………」

 

「……わたし、は……」

 

「さくら……」

 

言いたくないなら言わなくて良いという感じに、土方がさくらの肩に手を置いた

さくらはハッとして、土方を見た

彼女の真紅の瞳が揺れている

 

「……いいえ、いいんです」

 

そっと、肩に触れる土方の手に自分の手を重ねる

 

「……私の家、八雲家は東日本で屈指の雪村家と二分する勢力を持つ家です。 …ただ、それはあくまで父の実家がそうだとい言うだけ…」

 

さくらは視線を一度、逸らし俯いた

 

「……私の母は人族でした。対する父は東日本で勢力を二分する八雲家の頭領の息子。 次期頭領へと望まれた方です。 父と母が出会い、そして私が産まれた」

 

それから顔をへ上げた

揺ぎ無い力強い瞳―――

 

 

 

「私は、人と鬼の間に産まれた。人でもない、鬼でもない者―――」

 

 

 

それが、八雲 さくら

私 だ

 

「……つまり、お前は人と鬼の…」

 

「混血です」

 

さくらはふっと寂しそうに笑った

 

「私は人にも鬼にも属さない。行き場の無い”もの”でした」

 

人にもなれず、鬼からは疎まれる

そんな存在―――

 

「元来、鬼族は血を最も尊きものとします。人族と交わった私を同族とは認めてはくれない」

 

それは、人である母を選んだ父も一緒

私達は、隠れ住む様にひっそりと暮らす事を選んだ

 

「その頃、八雲家には父以外嫡子が産まれず、跡継ぎをどうするか悩んでいたそうです」

 

そこで目を付けられたのは―――

 

「八雲家は再び、父・八雲道雪を八雲家に迎え入れる事を決めた」

 

微かに、さくらの声が震えた

 

「八雲家は、私達が暮らす家を焼き、母を追い出し、父を奪って行った」

 

今でも残る

父が母をさくらを呼ぶ声

忘れたくとも忘れられない

 

「それから父の消息は分かりません。恐らく八雲家に居るとは思うのですが、どうなったかまでは…ただ、千景から今の八雲家の頭領は八雲道雪だと聞きました」

 

「……それが”父を探している”か…」

 

「はい」

 

さくらは、自虐的に笑みを作り

 

「探している…というよりは、会いたい…のですけど」

 

居場所は分かっている

ただ、会う自信が無いだけ……

 

だって、もしかしたら父は変わってしまったのかもしれないから……

あんなに拒否し続けた”家”を継いだという事は…

 

「……………」

 

さくらは一瞬だけ目を閉じた

 

「……父が居なくなり、元々病弱だった母が死に、私は江戸で1人になった」

 

それでもいいと思っていた

これからは、人にも鬼にも関わらず、ただひっそりと生きて行こうと

そう思っていた

 

「……そんな時、私を迎えに来たのが風間家です。 風間家は私を千景の妻となる様に迎え入れた」

 

「待て」

 

そこで土方はさくらの言葉を切った

 

「鬼は血を最も尊きものとすると、さっき言ってなかったか?」

 

そう―――鬼族は血を最も尊きものとする

 

「……だから、不思議だったんです。混血の…鬼としては純粋でない私を、何故風間家の様な大きな家が迎え入れるのか…と」

 

今思えば、彼らも所詮囚われているのだと分かる

 

「……”鬼の血が絶えし時、原初の力顕現し、再び時を刻む―――”」

 

「………?」

 

「……鬼族に伝わる伝承です。”鬼の血が滅びを迎えようとする時、原初の鬼が再び姿を現し、一族を滅びから救う”と言う意味だそうです」

 

ゆっくりとさくらがその美しい面を上げた

まっすぐ、土方を見据える

そっと、胸に手を当て

 

「……その”原初の鬼”が私」

 

「…な、に……?」

 

「”原初の鬼”とは”全ての鬼族の始まりの鬼”、何の束縛も持たず、有り余る力を持つ鬼―――その鬼の生まれ変わりが、私です」

 

今でも、覚えている

風間家に引き取られて風間の母が嬉しそうに話していた事を

 

”やっと原初の鬼を捕まえた!”―――と

”これで風間家に逆らえる鬼族は居ない”―――と

 

「”原初の鬼”の出現は、全ての鬼族の悲願。どんな事をしても手の入れたい力。それが私の中に封印されている」

 

好意からではない

初めから、私は”利用”される為に風間家へ受け入れられた

 

「表立っては皆、言いませんが…皆、私を恐れている。恐怖と敬い、敬意と軽蔑。そんな思いが入り混じっていました」

 

原初の鬼としては、その力を求め

その逆では、混血であるさくらを軽蔑している

 

「何の因果か、鬼族の求めた力は、人との混血である私の中に生まれた」

 

鬼族が最も、求めてやまなかった力―――

だが、それと同時に混血を受け入れるのは、血を最も尊きものとする鬼族にとっては受け入れ難い事だった

 

「…じゃぁ、風間はお前を利用して―――」

 

「それは、違います!」

 

さくらがいつにも増して大きな声で叫んだ

 

「ち、千景は……私が”原初の鬼”だからとか関係なく…私を―――」

 

風間だけだった

なんの打算もなく、さくらに声を掛けてくれたのは―――

 

「…そんなの分からねぇだろ。あいつだってその力とやらが欲しいんじゃねぇか?」

 

「そ、それは……」

 

それでも、心のどこかで思っていた”いつかこの人も力を欲するんじゃないか――”と

でも、それとは逆に信じたい気持ちもあった

 

この人は違う―――と

 

あの時、道に迷っていた時声を掛けてくれた風間の様に

いつか、心を開いてくれるんじゃないか―――と

 

それは、私の願望なのか……

希望なのか……

 

「ち、かげは……」

 

さくらの手が震えた

本当は、私のチカラだけを欲している―――?

 

「……悪ぃ…。混乱させちまったな」

 

土方が少し躊躇った様にそう口にした

 

「あ、いえ……」

 

風間との事はさくら自身の問題だ

土方を巻き込むのは道理ではない

 

「…話、脱線させちまったか?」

 

「……いえ」

 

そうだ、今は私の気持ちなど―――

 

「以前、薩摩が西洋と戦い大敗したのをご存知ですか?」

 

「ああ」

 

「あの時、西洋から持ち帰った西洋の鬼の血、それに”原初の鬼”である私の血を混ぜ、それを薄めた物。それがあの薬――変若水です」

 

「な、に…?」

 

土方の表情が変わった

 

「変若水は人を鬼に変える劇薬。その人体の構造を作り変え、爆発的な力と治癒力、そして―――」

 

「血に、狂う…か?」

 

こくっとさくらが頷いた

 

「西洋の鬼には吸血衝動があります。そして―――」

 

私にも

 

「それが”血に狂う”原因です」

 

真っ白な白銀の髪

血に植えた赤い瞳

 

それらを幕府の密命として新選組はずっと裏で実験し続けていた

 

「あの薬は失敗作です。幕府はそれを認めようとしない。貴方方もです」

 

さくらはじっと土方を見た

 

「あの薬の実験は止め下さい。あれは、人の手には余ります」

 

「……………」

 

土方は考える様に、腕を組んで黙った

 

「土方さん!」

 

さくらが懇願する様に、土方に詰め寄る

土方の着物の袖を掴んだ

 

「……それは、出来ねぇ」

 

「何故ですか!?」

 

「……あれは、上からの命令だ。勝手に中止する事は出来ねぇんだよ」

 

「そんな……っ!」

 

さくらが力なく袖から手を離す

 

「私が…私が鋼道さんの実験に手を貸したから……」

 

だから、あんな物が出来てしまった―――

さくらが後悔のあまり、自身を責めていた時だった

不意に、ガシッと土方に肩を掴まれた

 

「今…何て言った!?」

 

「え……?」

 

「鋼道…だと!?」

 

土方がさくらの詰め寄る

掴まれた肩に力が入った

 

「い、痛い…っ」

 

「鋼道さんを知っているのか!?」

 

「え……?」

 

さくらがハッとした様に目を見開いた

 

「鋼道さんを…あ…」

 

そういえば、以前鋼道は新選組内で変若水の実験をしていた事を思い出す

 

「俺達は鋼道さんの行方を捜してる。そして、千鶴の父親だ」

 

「千鶴…の…?」

 

そんな筈……

確かに、同じ”雪村性”だが、彼は―――

 

「居場所を知っているのか!?」

 

「……はい」

 

さくらはゆっくりと瞳を閉じ、そして開けた

 

「鋼道さんは、今私達と共に居ます」

 

「なん、だって……?」

 

土方が信じられない物を見る様な目でさくらを見た

 

「薩摩、だと…?」

 

「……はい」

 

「それは、倒幕派に付く、と言う事か…!?」

 

薩摩は今、微妙な立ち位置だ

禁門では幕府に味方したが、いつ倒幕派に変わってもおかしくない

 

「……鋼道さんは、幕府を見限ったんです」

 

「…………」

 

土方は言葉を失った様に、力なくその手をさくらから離した

 

「…・・・すみません、土方さん」

 

「……何故、お前が謝る」

 

「……何となく…」

 

きっと彼らにとって、予想し得なかった事だろう

 

いや、勘のいい土方の事だ

もしかしたら薄々気付いていたのかもしれない

 

だが、それを千鶴に言うのは、酷な気がした

 

「……千鶴が父を探しているというのは知ってます。私は行方を知っていて言わなかった。だから、ごめんなさい」

 

「……さくら」

 

土方がぽつりと呟いた

 

「はい」

 

「お前も、薩摩の人間…なのか?俺達の敵――なのか?」

 

「……………」

 

さくらは答えなかった

ただ、じっと下を向いている土方を見つめていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら、彼女は人間と鬼の混血だったらしい

しかもそれだけじゃないです

 

この辺や、変若水設定はオリジナル要素ですので!

あしからず

14話へ続く

 

2010/05/16