櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 二章 斬人 12

 

 

「……………」

 

時間が過ぎる

どのくらいそうしていたのだろうか…

 

さくらは、ゆっくりと瞳を開いた

 

視界に薄っすらと入る、漆黒の髪

 

「……………」

 

頭がボゥ…とする

 

私、どうしてたんだろう……?

 

一生懸命記憶を辿るが…思い浮かばない

肩に触れる、暖かな優しい手から何かが伝わってくる様で

 

「……………」

 

誰かが 居る

傍に、誰かの気配を感じる

 

「だ、れ……?」

 

さくらは、重い口をようやっと開く

 

「ん……?」

 

その人が、振り返った

菫色の瞳が視界に入る

 

「やっと、気がついたか」

 

その人は、少し安堵した様に、小さく息を吐いた

 

「ひ、じかた、さ…ん……?」

 

思考が停止する

 

え……?なんで……?

 

「なんだよ?幽霊でも見た様な顔して」

土方は少し困った様に笑みを浮かべた

 

 

「……………」

 

 

朧気だった意識が、次第に覚醒する

さくらは、土方の膝に寝かされていた

 

「………っ!」

 

驚いて、さくらは慌てて起き上がった

瞬間、クラッ…と眩暈が起こる

 

「………っ」

 

「………っと」

 

ボスッとそのまま土方の胸元へ倒れた

 

「バカ。直ぐに起きるからだ」

 

やんわり窘められ、さくらは少し頬を赤らめた

 

「す、すみません」

 

何とか、頭を回転させ起き上がる

抱きとめられた、手が背中にあって熱い

 

「平気か?」

 

「はい」

 

さくらは、スッと離れる様に土方から少し距離を取った

土方の前に座り、じっと菫色の瞳を見る

 

「ん?」

 

訝しげに、土方が眉を寄せた

 

「あ、あの・・・どうして、土方さんが……」

 

何故、自分の目の前に居るのだろうか…?

そもそも、ここは何処なのだろうか…?

 

状況が理解出来ず、土方を覗き込むと、土方は少し瞳を逸らし

 

「そういうお前こそ、こんな時間にこんな所で何してやがる。…しかも、そんな格好で…」

 

最後の方が少し小さくなる

 

「え……?」

 

言われて、改めて自分の格好を見る

着崩れて露になった肩に、解かれた髪

 

「あ……!」

 

恥かしさの余り、サッと頬が赤くなる

さくらは慌てて、着物の衿を手繰り寄せた

髪を少し押さえ、少し視線を落とした

 

「す、すみません。お見苦しい所お見せしてしまって…」

 

顔が熱い

 

そうか、私…あのまま……

 

あの時の、風間を思い出す

乱暴な手、押し殺した様な声

 

ゾクッと背筋に冷たいものが走った

 

千景……

 

気付けなかった

風間が怒った理由に、気付けなかった

 

本当は、心配してくれていただけなのに……

 

「おい?」

 

不意に伸ばされた手に、さくらはビクッとした

思わず、身体を強張らせる

 

伸ばされた土方の手が空中で止まった

ややあって、そのまま引っ込められる

 

「……………」

 

じっと菫色の瞳に見つめられて、さくらは息を飲んだ

 

「……何があった?」

 

ピクッ

問われ、さくらの身体が反応する

 

「――――っ」

 

何かを発しようとして、口ごもる

そして、そのまま俯いた

 

お互い無言になってしまう

 

サァ…と風が吹いた

さらさらと葉桜が舞う

 

ややあって

 

「……すみません」

 

さくらから出てきたのは、そんな言葉だった

 

「……すみません、ごめんなさい」

 

何度も何度も謝る様にその言葉を漏らす

じわっと真紅の瞳に涙が溜まる

 

「……ごめんなさい……ごめん、さな、い…」

 

溢れた涙は、ボロボロと雫になって零れだした

 

「ごめ……っ……」

 

止まらない

止まらない

 

「ごめ、ん…さ……」

 

「もう、いい」

 

ふわっとさくらを優しい手が包む

 

「分かったから、もう泣くな」

 

「……っ…ふ、くっ……」

 

優しくしないで欲しい

今、そんな優しくされたら……

 

土方の胸に顔をうずませ、さくらを嗚咽を洩らした

 

背中に回された手に力が篭る

 

「……うっ…あ、ああ……」

 

どんどん涙が溢れ止まらない

 

脳裏に、フラッシュバックの様に風間の手や声が鮮明に蘇る

ギュッとさくらは土方の着物の袖を掴んだ

 

泣くなと言い聞かせるも、止まらない

次から次へと溢れて 止まらない

 

「うっ…うああっ……ああっ……」

 

さくらは土方の胸に埋もれる様に大声で泣いた

泣いて泣いて、泣き続けた

 

そっと、そんなさくらを土方が抱きしめる

 

「……泣くな」

 

土方の優しい声が響く

 

サァ……と風が吹いた

 

大樹がざわめき、新緑の葉桜が舞っていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのくらい泣いていたのだろうか……

気がつけば、さくらはボーとする頭を土方の肩に寄り掛かけていた

肩に回された手が優しくて、さくらは何も考えられない気がした

 

「………泣き止んだか?」

 

「………はい」

 

申し訳なさと、恥かしさが込み上げてくる

 

人前であんなに泣くなんて……

 

きっと、迷惑を掛けてしまったに違いない

さくらは、土方の肩に寄り掛かりながら「…すみません」と呟いた

 

本当は、自分の力で起き上がらなければと思うも、泣きすぎて身体が言う事を聞いてくれない

ズシンと重く感じる

 

「別に、謝らなくてもいいさ」

 

土方は少しぶっきらぼうにそう言い放った

 

「どうせ、理由なんざ予想付くしな」

 

「……………」

 

「大方、あの風間って奴に何かされたんだろ?」

 

「……………」

 

じっと、菫色の瞳がさくらを覗き込む

 

「言う気も無さそう、だしな?」

 

「………すみません」

 

さくらは申し訳なくて、俯いた

さくらが何度目か分からない謝罪を言うと、不意にくつくつと土方が笑い出した

 

「お前、それは散々聞いたよ」

 

「……すみませ…」

 

「もう、それはいい」

 

謝罪を口にしようとしたさくらを土方が止めた

 

「……………」

 

思わず、土方を見てしまう

 

ああ…私は、また……

 

「あ、あの…怒らせてしまったのなら…ごめんなさ……」

 

「別に、怒ってねぇよ」

 

言い終わらない内に、土方に言い返された

 

「……本当に?」

 

何も言わないさくらに怒りを感じてたのではないだろうか?

不安げに見上げるさくらを見て、土方が訝しげに眉を寄せた

 

「?別に、怒る理由なんざねぇだろ」

 

「そ…そうです、か…」

 

何だか少し、ホッとしてしまう

 

「怒って欲しいなら別だか?」

 

少し意地悪気に土方が言うと、さくらは慌てて首を横に振った

 

「お…怒らないで、欲しい、です」

 

途切れ途切れにそう口にする

 

「そうかよ」

 

そう言うと、また会話が途切れた

正直な話、何を話して良いのかさくらには分からなかった

 

何故なら、自分は勝手に新選組から逃げ出した身で……

彼らにとって、秘密を知る重要人物で

 

責められても仕方ないと思った

殺されても、文句は言えない

今、この場で刀を向けられても、きっとさくらは抵抗出来ないだろう

 

だって、私は…逃げたんだから……

 

風間の傍に戻りたくて

ただ、それだけを思って、新選組という檻の中から逃げた

 

だから、斬られてもおかしくない

 

最初土方は言った

「逃げれば斬る」と

 

そして、事実 自分は逃げたのだ

斬られる理由ははっきりしている

 

死ぬ…のかな、私

 

そう思うと、少し怖い気がした

この優しい手が、いつか自分の命を断つのだとしたら………

 

それもいいかもしれない

と、さくらは思った

 

土方になら、斬られても構わない―――

そんな気がした

 

このまま、千景に嫌われてしまうのなら、いっそ―――

 

ここで死ねば、風間は悲しんでくれるだろうか?

それとも、何も感じないのだろうか?

 

分からない

 

近いと思った風間の心が見えない―――

それでも、私は………

 

「……なぁ」

 

「はい?」

 

不意に、土方が口を開いた

 

「聞きてぇ事があるんだが…」

 

「………はい」

 

この時が来た…と、さくらは思った

遅かれ早かれ聞かれるだろうとは思ってた

 

何故なら、池田屋でも天王山へ向う途中でも、あの姿を見られているのだから

 

普通に考えてあんな姿を見て、疑問に思わない筈が無い

 

それが、あの薬の存在を知っている新選組の幹部なら尚更だ

間違いなく、あの薬を服用した時の姿を酷似しているのだから……

 

でも、違う

 

私の、あれは―――

 

「聞きたい事というのは、あの姿の事ですよね?」

 

「ああ」

 

やっぱり……

そう思うも、意外と冷静な自分が居る事に気付く

 

もっと、慌てると思ったが…

意外と何も感じないものだと、さくらは思った

 

「池田屋で…確か、風間…とか言ったかあいつは。あいつと一緒に居た女はお前だな?」

 

「………はい」

 

「天王山に向う途中に乱入して来たのもお前だな?」

 

「………はい」

 

そう―――あの姿も、私だ

 

白い白銀の髪

輝く黄金の瞳

 

もう1つの、私の姿―――

 

「お前はあれを飲んだのか?」

 

「……いいえ」

 

さくらは、はっきりと否定の言葉を口にした

 

「いいえ」

 

もう一度、口にする

飲んでいない

 

「私は、飲んでません」

 

「なら、あの姿は―――?」

 

「そ、れは―――」

 

言ってもいいのだろうか?

 

もし、言う事で土方を自分達の問題に巻き込んでしまうのであれば?

言わない方が賢明だ

 

でも………

 

「……………」

 

さくらが悩む様に黙ると、土方ははぁ…と盛大な溜息を付いた

 

「お前、巻き込むとかくだらない事考えてるんじゃねぇだろうな?」

 

「くだらないって……」

 

くだらなくない

これは重要な事だ

 

「……くだらなくないです」

 

そうさくらが口にすると、また盛大な溜息が聞こえて来た

 

「あのなぁ、もう既に俺らは当事者なんだよ。巻き込むとか、巻き込まれるとかそういんじゃねぇんだ」

 

「でも……」

 

やっぱり言い淀む

 

「あの薬に関わっちまった時点で遅いんだよ」

 

半ば諦めたような台詞だとさくらは思った

いや、もう彼らは諦めているのかもしれない

 

「お前のあの姿はあの薬を服用した姿にそっくりだ。無関係と考える方がおかしいだろうが」

 

「……………」

 

確かに、そうだろう

あれだけそっくりなら、無関係とは考えにくい

 

「……そう、ですね」

 

もう、言い逃れは出来ないのかもしれない

 

「洗い浚い吐け。いいな」

 

有無を言わさない

土方の言葉がさくらに圧し掛かる

 

さくらは一瞬、躊躇うように土方を見て、それから視線を外した

 

「あれは……」

 

言うべきか

 

「あれはあの薬の影響じゃないです」

 

言わざるべきか

 

「……私は、いいえ私達は薬とは関係なくあの姿になる」

 

本当は……

 

「あの姿も、本当の姿とは言えない」

 

言ってはいけないのだと

 

「あれはまだ力を抑えた姿で本当の姿じゃない」

 

知られてはいけないのだと

 

「本当の姿はもっとおぞましい」

 

それでも

 

「私は、私達は人ではない…」

 

私は―――

 

 

 

 

           「”鬼”なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん…

思ったほど、進まなかった・・・_(‘ω’;」∠)

予定ではもっと入る筈だったんですけどね・・・

 

という訳で、夢主ちゃんは鬼でした

って、予想通りですよね?(薄桜鬼やってる人なら気付くだろうし)

あ、でも、ただの鬼じゃないですよー

その辺は、次回へ持ち越しです

 

あーしかし・・・どの辺までバラそう・・・

 

2010/05/09