櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 二章 斬人 11 

 

 

――――薩摩藩邸

 

「痛っ……痛いわ!千景!?」

 

風間は、少女―――八雲 さくらの腕を引っ張りながらズンズンと廊下を歩いていた

 

「ねぇ…お願いっ!離して……っ」

 

さくらがそう願うも、風間はその手を緩めず、むしろ更に強めた

ギリッと腕が軋む音が聞こえる

 

「痛っ……!」

 

さくらが傷みに耐えかねて、顔を顰めた

 

風間はそのままとある一室に着くと、思いっきり障子戸を開けた

そして、ドンとさくらを室の中に突き飛ばす

 

「きゃっ…」

 

さくらは、いきなり突き飛ばされて、思わず床に手を付いた

余りにも理不尽な態度に、キッと風間を睨み付ける

だが、直ぐにギクッと表情が強張った

 

風間の赤い瞳が―――さくらを冷たく見下ろしていたからだ

 

その瞳は、今まで見た中でも一際冷淡で―――

 

怒っている……

 

それが直ぐに読み取れた

 

「ち、かげ……?」

 

さくらが恐る恐るその名を呼ぶ

声は知らず震え、言葉が上手く紡げない

 

「……………」

 

風間は冷めた瞳でさくらを見下ろしていた

ゾクッと背筋に悪寒が走る

 

「あ………」

 

さくらは、脅える様にズルッと後ろへ下がった

すると、1歩風間が近づく

再びズルッと下がるも、直ぐに壁にぶつかった

 

「ち、かげ……」

 

身体が震える

 

怒っている

怒らせてしまった

 

風間が直ぐ近くまで迫った

さくらの真紅の瞳が見開かれる

 

きっと、邪魔をしたから……

あの時、戦いに乱入して止めてしまったから…怒ってるんだ…

 

反射的に、さくらはパッと目を背けた

 

「……何ゆえ」

 

「え?」

 

低い風間の声が響く

 

「何ゆえ、あの場に出た」

 

すると、グイッと乱暴に着物の衿を横に引っ張られられた

そして、そのまま、ドンと床に押し倒される

 

「きゃぁっ!」

 

一瞬、何が起きたのか分からなかった

 

「あ………」

 

風間の掴んだ衿元ははだけ、胸元が露になる

 

「ち、ちかげ……」

 

怖いと

この時、初めて”怖い”と思った

 

今まで、怒られた事がなかった訳じゃない

それでも、”怖い”とは思わなかった

 

でも、この時は違った

風間が――男が”怖い”と初めて思った

 

「何ゆえ、あの場に出た!」

 

鋭く怒鳴られてビクッとする

さくらの真紅の瞳が困惑の色を示す

 

一体、自身に何が起こっているのか理解出来ず

どうしたらいいのか、分からなかった

 

スルッと風間の手がさくらの鎖骨に触れた

 

ビクッとさくらが反応する

 

「あ、あの……ちょっ…!」

 

「黙れ」

 

押し殺した様な声に、さくらが思わず口を紡ぐ

 

スッと風間の唇がさくらの首元に触れた

 

「っ……!」

 

ビクッと身体が強張る

 

「あ………」

 

そのまま、唇は這う様に首から胸元へ下がっていく

 

目の前が真っ白になる

思考が纏まらない

 

風間は乱暴に、さくらの着物を引っ張るとそのままそこに唇を這わせた

 

「っ……や……」

 

今されている事を、追いつかない思考で何とか理解する

 

やだ……

 

いやだ……!

 

 

「や、やめてぇ!!」

 

 

バッとさくらが抵抗しようと手で風間の身体を押し返そうとするが、びくともしない

むしろ、その手を風間につかまれ、頭の上で両の手を押さえつけられた

 

「黙れ」

 

風間の手が着物の裾から内部へ侵入してくる

スルッと足に触れる

 

「や…いやっ…!」

 

さくらは泣きそうになりながら、首を振った

 

着物が乱れる

帯を解かれていないのが唯一の救いだ

 

「なんで…っ!なんでこんな……っ!」

 

風間の事は嫌いじゃない

けれど、こんなのは……!

 

「何故?」

 

風間が訝しげに眉を寄せた

 

「お前は、”何故”と問うか」

 

風間の顔が口付けしそうな程、近くに寄ってきた

呼吸も感じるぐらい近くに来られ、さくらは涙を浮かべた瞳を大きく見開いた

 

「貴様が、分を弁えないからだ」

 

「え……?」

 

何を言っているのだろうか?

 

「ふん」

 

風間はスッと身体を離すと、そのまま起き上がった

さくらも、困惑しつつよろよろと起き上がる

 

綺麗に結い上げられた漆黒の髪が無残にも解かれ、着物もぐちゃぐちゃだった

着崩れた着物を震える手で手繰り寄せる

 

「興が冷めた」

 

風間は冷たくそう言い放つと、立ち上がった

夕日に照らされ、風間の髪が夕日色に染まる

風間が、一瞬だけさくらを見たが、興味無さそうに目を剃らした

そして、そのままさくらを残して室を出て行ってしまった

 

「な、んで……」

 

1人、取り残されさくらは乱れた着物をギュッと握り締めた

今まで、どんな時だって、こんな事しなかったのに……

 

涙が込み上げて来そうになるのを必死に堪える

 

「どう、して……」

 

手がまだ震えている

今の出来事を思い出しただけで、震えが止まらなかった

 

「どうして…っ!……千景っ!」

 

そう叫んださくらの声が、室に木霊する

 

「ち、かげ……っ!」

 

溢れた涙は止まらず

一度、感じた恐怖は消えず

 

さくらは、ただその場でギュッと着物を握り締めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日も沈み、夜の闇が濃くなっていた

空には月が昇り、その月明かりだけが唯一の道標だ

 

何故、自分はこんな所に来ているのだろう…と土方は思った

 

やる事はまだ沢山ある

今回の戦の事後処理が山の様に残っている

 

少し、疲れた

と、土方は思った

 

余り根を詰めても、成果は上がらない

少し、時間が出来たので、外へ出た

 

単なる気分転換だった

ただ、庭を眺めるだけでもいいかと思ったが、足は自然とある場所へ向いた

 

季節が季節ならそこは一面満開の桜が舞っていただろう

 

そう―――京の街の外れにある樹齢何百年ともいえる様な桜の大樹の傍まで来ていた

 

今は葉桜になり、新緑の葉がさらさらと舞っていた

確か、ここは………

 

あの少女、さくらと出逢った場所だった

 

何がどうという訳ではない

ただ、何となくここに足が向いた

 

ふと、天王山に向う最中に出逢った男と少女を思い出す

白銀の髪に黄金の瞳

 

あの少女の姿は異形の姿をしていた

 

あれは……

 

多分、さくらだと直感していた

 

確信がある訳じゃない

だが、何となくそうだと何かが告げていた

 

あいつは…なんで、あんな姿に……

 

思い当ることはただ1つ

アレを飲んだのか……

 

もし、そだとしたら――――

 

その時、だった

 

 

 

    ――――木漏……の様に………

 

 

「………?」

 

 

    ――――私は……でしょう………

 

 

歌声……?

 

微かだが、何かを口ずさむ様な歌声が聴こえてきた

 

途切れ途切れだが、それはとても切なくて、儚げだった

美しいが、胸を締め付けられる

音にもなるかならないかのその微かな、声は桜の樹に近づくにつれて、徐々にはっきりしだした

 

 

 

   ――――あなたを愛してくれた詩を歌おう 儚くても構わない………

 

 

 

ザァ…と一瞬、幻ともいえる現象が起こった

視界に入るは、一面桜の花―――

 

「なっ……!?」

 

土方は、自身の目を疑った

 

でも、それは一瞬だった

直ぐに、現実に引き戻される

 

あったのは、緑色の葉桜だった

 

そして―――その葉桜の下に少女が1人―――

 

 

 

「さくら……っ」

 

 

 

そこに居たのはさくらだった

 

淡い桜色に桜模様の着物が肩が肌蹴て乱れている

伸びる白い両の手が、その細い両肩を支えるかの様に添えられていた

無残にも解けた長い漆黒の髪が風に吹かれて揺れている

白い顔は一層白く、青白いと言った方が正しいかもしれない

 

桜色の唇が、微かに動いた

 

土方がさくらに近づくと、彼女はピクッと身体を振るわせた

ハッとした様に、振り返る

 

「……………」

 

言葉を無くした様に、さくらは口を開きかけて閉じた

 

「――――っ」

 

声にならない声を発し、その真紅の瞳からボロボロと大粒の涙を流した

 

「ひじ、かた……さ……」

 

微かに、紡がれた音は、まるで何かを助けを求めるかの様で―――

 

その瞬間、グラッとさくらの身体が揺れた

そのまま、倒れそうになる

 

「――――さくら!」

 

土方は慌てて両手を伸ばし、倒れそうになるさくらの身体をその身に受けた

 

「おい!」

 

声を掛けるが反応が無い

 

さくらの閉じた瞳から、ツゥーと一滴の涙が流れた

 

「……なんなんだ…お前は…」

 

土方はさくらをギュッと抱きしめ、そう呟いた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さくらは夢を見ていた

懐かしい夢だった

 

まだ、さくらが12だった頃

 

父が居なくなり、病弱だった母も亡くなった

江戸で暮らしていたが、さくらは1人になった

身よりも無い、行く宛も無い

これからは、1人で生きて行くんだと思っていた

 

そんな時、さくらを迎えに来たのが薩摩の風間家だった

 

その時は、何故この人達が自分を引き取ってくれるのだろうと思っていた

 

風間家へ連れて行かれ、紹介されたのは、綺麗な顔をした青年だった

名を千景と言った

 

風間の母には「将来、風間家を継ぐ子」だと教えられた

そして、自分は「その妻になるのだ」と教えられた

 

最初は、青年が怖かった

いつも、怒った様な顔をしていたから

 

でも、ある日

まだ家への道が分からず、迷って帰れなくなり、泣きながら途方に暮れていた時

青年が探しに来てくれた

 

そして

 

「心配をかけるな」

 

と怒られた

怒られたのに、なんだか嬉しかったのを今でも覚えている

 

青年は無器用で、口も悪いが、本当は優しいのだとその時知った

 

だから、自分は青年の支えになろうと思ったのだ

それは、何年経っても変わらなかった

 

 

そうだ―――千景は、私を”心配”してくれたのだ

 

 

無謀にも、戦いの最中に乱入したのを怒ったのも

すべて、さくらを心配したが為―――

 

 

そう……だった………

 

 

千景は、無器用なんだった

無器用で、自分を現すのが苦手で―――それでも、優しい―――

 

 

そんな、千景だから……私は―――

 

 

ふと、頬に触れる感触

 

誰……?

 

その手は優しくて、さくらの気持ちを穏やかにしてくれた

 

ああ……私、この手 好きだわ……

 

風間とは違う

違うけれど、優しい手―――

 

この手も、私を心配してくれている……

さくらを想ってくれている―――

 

 

「……………」

 

 

薄っすらと、さくらは目を開けた

視界に入る漆黒の揺れる髪―――

さくらを心配そうに見る菫色の瞳

 

土方さん……?

 

そうか、この手は土方さんなのか……

 

そのまま、さくらの意識は沈んでいった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちーがぁぁぁぁ!!!

野獣になった・・・∑( ̄△ ̄)

 

そして、ちょこっとだけ昔の話が入りましたw

 

…所でちー幾つなんですか・・・???

土方さんとほぼ一緒だったよね?

そもそも土方さん幾つ・・・?

・・・・・・・池田屋時点で28歳っぽい

・・・・・・ええええー10歳以上年上!?

という事は、ちー5年前・・・23歳!?

 

2010/05/02