櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 二章 斬人 10

 

「……あーあ、オレも行きたかったかなぁ。別命あるまで屯所で待機とか退屈過ぎ!」

 

「…………」

 

藤堂は不貞腐れながら、そう声を洩らした

沖田がそれを見てクスリと笑った

それを山南が窘める

 

「そりゃぁ確かに怪我は痛いよ?屯所守備が大事ってのも分かるけど……」

 

藤堂は前髪を弄りながら呟いた

 

「君は傷さえ癒えれば、直ぐに新選組の表舞台へ戻れますよ」

 

宥める様な口調で話していた山南は、不意に皮肉げな笑みを浮かべた

 

「……それに比べて私には、日陰者の道しか残されていない……」

 

しまった、という感じに藤堂が硬直する

 

「つまりは、大人しく寝てろって事だよ」

 

すかさず沖田の肘が藤堂の鳩尾にめり込んだ

 

「なっ!何すんだよ!?総司!?」

 

「ほらほら、行くよ」

 

沖田がひらひらと手を振りながら広間から出て行く

 

「待てよ!総司!」

 

藤堂もそれに続く様に出て行った

1人広間に取り残された山南は、思う様に動かなくなった左腕を摩る

 

「…しかし、あの薬を使えば…私も再び剣を取る事が出来るかもしれない」

 

ぽつりを呟いたそれは、虚しく広間に消えた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土方率いた隊は、天王山へ逃げ込んだ浪士達を追いかけていた

重い打刀と脇差を差しているのに、決して走る速度は遅くない

 

その時だった―――

 

市中を駆けていた新選組の前に、1人の人影が立ち塞がった

影は猫柳色の髪に白の着物を纏った男の形をしていた

男は、路地からゆらっと深淵から出てきた様に、現れ道の真ん中に躍り出た

腰には刀―――

男は、腰の刀に手をやり、ゆっくりとこちらを見た

赤い瞳がキラリと光る

 

それまで先陣を切って走っていた土方は、その男に異様な空気を感じ足を止めた

そして、手をバッと上げ他の隊士達にも、止まる様に手振りで合図する

 

だが、血気にはやる隊士がの1人が、その合図を無視して駆け続けようとし―――

 

ズバッ

 

「うぎゃぁあっ!?」

 

一刀のもとに切り伏せられた

 

男が血の付いた刀を振り、血を払った

 

「てめぇ、ふざんけんなよ!―――おい、大丈夫か!?」

 

永倉が声を荒げながら、倒れた隊士を抱えて起した

……だが、隊士には既に意識が無いようだった

 

斬られた彼の身体から、じわっと血溜りが広がっていく

突然に攻撃に驚きながらも、隊士達全員が男に殺意を向けた

 

「その羽織は新選組だな。相変わらず野暮な風体をしている」

 

からかう様な男の言葉に、隊士達の怒気は益々高まった

 

「あの夜も池田屋に乗り込んで来たかと思えば、今日もまた戦場で手柄探しとは……」

 

男はくっと笑い、ゆっくりとこちらを向いた

 

「田舎侍にはまだ餌が足りんと見える。………いや、貴様らは侍ですらなかったな」

 

新選組の神経を逆撫でする様な、失礼な台詞が次々と彼の唇から語られる

 

「………お前、池田屋に居た奴だな。しかし、随分と安い挑発をするもんだな」

 

土方は厳しい眼差しのまま、凍り付く様な冷笑を浮かべた

 

「『腕だけは確かな百姓集団』と聞いていたが、この有様を見るとそれも作り話だった様だな」

 

男は、倒れた隊士を見下ろして笑った

 

「池田屋に来ていたあの男、沖田と言ったか。あれも剣客と呼ぶには非力な男だった」

 

土方は目を細め、ギリッと奥歯を噛み締めた

 

「―――総司の悪口なら好きなだけ言えよ。でもな、その前にこいつを斬った理由を言え!」

 

殺意をみなぎらせた永倉が刀に手を掛けた

彼の足元では隊士が1人気を失っていた

 

「その理由が納得いかねぇもんだったら、今直ぐ俺がお前をぶった斬る!」

 

怒鳴る永倉を、ふんっと男は鼻でせせら笑った

 

「貴様らが武士の誇りも知らず、手柄を得る事しか頭に無い幕府の犬だからだ」

 

彼の声音にもまた、微かに怒りがにじんでいる

男は、一度天王山の方を見て

 

「敗北を知り戦場を去った連中を、何の為に追い立て様というのだ。腹を切る時間と場所を求めて天王山を目指した、長州侍の誇りを何ゆえ理解せんのだ!」

 

恐らく、長州の連中は腹を切るつもりなのだろう

だが、土方は驚いた様子も無くただじっと男を見ていた

きっと、土方は予想していたのだろう

 

この男が怒っているのは、恐らく、自分とは無関係な長州侍の為

この男は、長州侍の誇りの為に、新選組の足止めをしようとしているのだ

 

「はっ!笑わせんな!誰かの誇りの為に、他の奴の命を奪ってもいいって事かよ!」

 

永倉が怒声の混じった声で叫んだ

1歩前に出る

 

男が、ゆっくりと振り返った

 

「他の奴に誇りを守ってもらうなんざ、それこそ誇りがずたずたになるってもんだぜ!!」

 

誇りは自分で守るものだ

心の中にある大切なものは、他人の手が触れた瞬間に変質する

 

「…ふん。ならば新選組が手柄を立てる為であれば、他人の誇りを冒しても良いというのか?」

 

男が苛立たしげに言葉を紡いだ

 

「……んだとっ!」

 

永倉が飛び出しかねない形相になる

そんな永倉たちのやり取りを見ていた土方が、その顔に分かりやすい呆れを浮かべて笑った

 

「偉そうに話し出すから何かと思えば……。 戦を舐めんじゃねぇぞ」

 

「何……?」

 

刀の柄を握り直す彼に対して、土方は平然と言葉を重ねていく

 

「身勝手な理由で喧嘩吹っ掛けてきたくせに、討ち死にする覚悟もなく尻尾巻いた連中が、武士らしく死ねる訳ねぇだろうが!」

 

土方の声がその場に響き渡った

 

「罪人は斬首刑で充分。、……自ら腹を切る名誉なんざ、御所に弓引いた逆賊には不要のもんだろ?」

 

凛とした声音が、理路整然とした論を紡いでいく

 

「……自ら戦いを仕掛けたからには、殺される覚悟も済ませておけと言いたいのか?」

 

ギリッと男が刀の柄を握り締めた

 

「死ぬ覚悟もなしに戦いを始めたんなら、それこそ武士の風上にも置けねぇな」

 

土方が刀を抜き放つ

そのままズイッと刀の切っ先を男に向けた

 

「奴らに武士の誇りがあるんなら、俺らも手を抜かねぇってのが最期のはなむけだろ?」

 

とうとうと語る土方の言葉は、彼の誇りを理由に紡がれているのだろう

この2人は相反するものを抱えている

きっと、いくら言葉を重ねても互いの線が交わる事はない

 

ザザザっと隊士達が男を取り囲む様に陣形を作った

今にも斬り掛かりそうだ

 

「バカ野郎共が、てめぇらの仕事も忘れたのか!?」

 

土方の怒声が響いた

永倉がハッとした様に、表情を変えた

 

土方が永倉を見る

永倉はそれで何かを察した様に、薄く笑みを浮かべ頷いた

 

「土方さんよ。この部隊の指揮権、今だけ俺が借りておくぜ!」

 

にやっと永倉が笑った

隊士達も頷く

 

永倉達へは視線を寄越さず、土方は敵だけ見据えていた

 

「いくぞ!」

 

「「「おう!」」」

 

永倉が号令を掛けると、隊士達は声を上げて了解の意を示す

 

「貴様ら……!」

 

男が、走り去る永倉に視線を向けて刀の切っ先を向けようとしたその時

 

「おっと!」

 

一気に、間合いを詰めた土方が男に斬りかかった

紙一重で男がその太刀を避ける

 

「余所見してんじゃねぇよ!真剣勝負って言葉の意味を知らねぇのか!!」

 

男が俄かに表情を変えた

土方はにやりと笑い、カチャッと刀を構える

 

「で、お前も覚悟は出来てるんだろうな。俺たちの仲間を斬った覚悟を―――よ!」

 

ギィィン

 

「口だけは達者らしが…まさか、俺を殺せるとでも思っているのか?」

 

男が、刀の柄を握り締めた

 

2人の視線が交錯した、次の瞬間―――

土方が一気に間合いを詰めて斬りかかる

 

ギン

 

 一合

 

ギィイイン

 

 二合

 

 

金属同士のぶつかり合う音が、真昼の町中に響き渡った

かみ合った刀と共に身を離し、土方は慎重に彼我の距離を取る

 

そして、再び一気に間合いを詰めると大きく斬りかかった

男がそれを片手で受け流し、弾く

だが、土方はその手を止めなかった

横から振り切り、男のわき腹を掠める

 

「っおうぁっ!」

 

「はぁあ!」

 

 

ガキィィィィン

 

 

振り切った土方の刀が男の刀を弾いた

男の手から刀が離れ、飛ぶ

 

刀はそのまま勢いよくズドッと家屋の壁に突き刺さった

土方はその瞬間を見逃さなかった

 

「終わりだ!!」

 

一気に、刀を振り切る

その時だった――――

 

 

一陣の風が舞い込んだ―――と、思うと、それは土方と男の間に入り―――

 

 

ガキィィィンン

 

 

一瞬―――視界に入る、白銀の髪

光る、黄金の瞳

 

「――――なっ」

 

気が付くと、土方の刀を小さな懐刀で受けとめる少女が1人―――

 

少女は震える手で土方の刀をその懐刀で受け止めていた

少女の白銀の長い髪が揺れる

キッと睨まれた黄金の瞳が土方を捕らえた

 

一瞬、脳裏に過ぎる―――池田屋の風景

舞い降りた白銀の髪の少女と、それに寄り添う猫柳色の髪の男

 

「……お前っ……!」

 

一瞬、ほんの一瞬、土方の刀を持つ手が緩んだ

少女はそれを見逃さず、一気に懐刀で土方の刀を弾いた

 

「………っ!」

 

いきなり弾かれ、間合いを取る

少女はくるっと向きを変えると、少し怒った様にいきなり男を怒鳴りつけた

 

「馬鹿千景!! あれほど勝手な事しないでって言ったでしょ!! なのにどうしてこんな事しているのよ!!」

 

男は、少し迷惑そうに表情を歪ませた

それを見て、少女がさらに怒った顔になる

 

「ちょっと!聞いてるの!? 大体、貴方は―――っ!」

 

「煩い。すこし黙れ」

 

いきなり冷たく反論されて、ぐっと少女が押し黙る

 

男は少女を押しのけるとズイッと前に踏み出した

 

「あ! ちょっ……!」

 

「黙れと言っている」

 

ぴしゃりと言われ、少女が開きかけた口を閉じた

それでも、何か良い募ろうとして口を開きかけた時―――

 

 

「風間。そこまでです」

 

 

「ん?」

 

低い男の声が響いた

 

声のした方を見ると、赤褐色の髪に体格の良い風体をしたと男が、風間と呼ばれた男の刀の傍に立っていた

赤褐色の男は風間の刀を壁から抜くと、そのまま風間に向って投げつけた

 

「薩摩藩に組する我らが、新選組と戦う意味が無い事ぐらいは百も承知の筈」

 

風間はその刀を受け取ると、ふっと笑みを作ってそのまま刀を鞘に仕舞った

 

「姫もお怪我はありませんか?」

 

赤褐色の男が少女の傍に来て尋ねる

少女は「はい」と頷き

 

「助かりました、天霧」

 

天霧と呼ばれた男は、軽く頭を下げた

少女がそれを受けてにこりと微笑み返す

 

風間は一度、土方を見る様に、振り返ったが……そのまま踵を返した

 

「千景……」

 

少女の傍まで来ると、ふんと鼻を鳴らしそのまま通り過ぎて行った

少女は、一瞬だけ土方を見て軽くぺこりと頭を下げると、そのまま風間の後を追いかけた

 

天霧と呼ばれた男も、それに習う様に土方に頭を下げ、そのまま立ち去って行った

 

土方は3人が立ち去るまで刀を納めなかった

腕を下ろし、持っていた刀の柄を強く握り締める

ただ、持ったままずっとその背を見つめていた

 

 

 

「さくら……」

 

 

 

 

土方の紡いだ声が、辺りに響き渡り―――そして、消えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は経ち―――夕暮れ

山の間から、太陽が沈みかけていた

 

土方は天王山の麓に歩いて来ていた

 

麓で待機していた島田魁達一部の隊士達と合流する

 

どうやら、永倉達は多くの隊士を連れて、長州の浪士達を探しに山を登っているらしい

可能性は高く無いが、浪士達が山を降りてきた場合に備えて、数人の隊士が麓で待機を続けていた

 

「状況は?」

 

「はい。 現在、永倉さん達が―――「土方さん!!」

 

その時、永倉達が隊士を率いて山から降りてきた

永倉達は土方の姿を見ると、僅かな安堵の表情を浮かべた

 

「……上に行って見て来たんだけどよ、長州の奴ら、残らず切腹して果ててたぜ」

 

「自決か。敵ながら見事な死に様だな」

 

土方が、そう呟いて薄く笑う

 

「あの……宜しいのでしょうか?」

 

島田が少し躊躇いがちに口を開いた

罪人は斬首が当然と言っていた土方が切腹した彼らを称えたのだ

 

すると、土方はサバサバした表情で返答をする

 

「新選組としては良くねぇよ。奴らに務めを果たさせちまったんだからな」

 

「潔さを潔しと肯定するのに、敵も味方もねぇんだよ。分かるか?」

 

「……はい」

 

納得した様に島田が頷くと、何故か土方は表情を柔らかくした

 

「町が!燃えてるぞ……っ!」

 

隊士の1人が慌てた様に声を荒げた

言われて振り返ると―――

 

山間から見える京の町から火の手が上がっていた

 

 

 

 

 

 

御所に討ち入った長州の過激派指導者たちは戦死 息絶えた

そして、逃げ切った者が京の町に火を放たのだ

運悪く北から吹いた風は、御所の南方を焼け野原に変えてしまう

市中の民家27511棟、土蔵1207個、寺社230が消失

 

 

これ以降、長州藩は朝廷に歯向かう逆賊と扱われていく事となる

 

 

この事件は、後に「禁門の変」と呼ばれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禁門の変終了ー

でも、まだこの章は続きます

 

残りの後始末がちょこっと残ってるので

 

2010/04/25