櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 二章 斬人 1

 

 

 

「トシいるか?」

 

トントンと障子戸を叩く音が聞こえて、近藤がひょっこり副長室を訪ねて来た

文机に向かっていた土方は怪訝そうに近藤を見た

 

「近藤さん? どうした、こんな時間に」

 

それは、夕日の差し込む夕暮れ時だった

暑い位の日差しが、窓から差し込む

 

土方は持っていた筆を硯に置き、書いていた書類から目を逸らした

そして、近藤を招き入れる

 

近藤はにこにこと笑って、室に入ると、どっかりと腰を下ろした

 

「まぁ、少し休憩しないか?」

 

そう言って、懐からひと包みされた懐紙を取り出した

中を広げてみると・・・・

 

「花林糖じゃねぇか」

 

懐紙の中には、黒砂糖の蜜を絡めた花林糖が入っていた

 

「西の屋の花林糖だぞ。 さっき巡察から帰って来た原田君から貰ったんだ」

 

近藤は得意そうに、そう言うと、ぱくっと花林糖を一掴みして食べた

 

「うん、美味い。 トシも食べるだろう?」

 

そう言って、もう一口花林糖を口に運ぶ

 

「甘い物は疲れた時に良いんだぞ。 ほら!」

 

近藤がそう言いながら、花林糖を1つ土方に差し出した

土方はまじまじとそれを見て、それを受け取ると、そのまま口に運んだ

 

カリッと噛む音が聞こえる

噛んだ瞬間、じわっと花林糖の甘味が口の中に広がった

 

「どうだ?美味いだろ?」

 

「・・・・・・だな」

 

土方がふっと笑いもうひと齧りする

 

ボリボリ

 

花林糖を噛む音が部屋に響き渡る

 

ボリボリ

 

「しかし、今日は暑いな」

 

花林糖を齧りながら近藤が片手で仰ぐ様な仕草をした

 

確かに、今日は暑かった

夏の日差しが照っていて、湿気が多く、じめっとした感じだ

 

「もう、6月だからな」

 

土方が花林糖を食べながら、そう呟く

 

「うむ・・・・もう夏だな」

 

窓の外から虫の鳴き声が聞こえてくる

 

「うーんしかし、失敗したな」

 

近藤がうーんと腕を組みながらそう呟いた

 

「失敗って何が?」

 

「いやな、こう暑いと冷たい茶を飲みたくならぬか?」

 

「まぁ・・・・」

 

「しかも、花林糖を食べているせいか余計に喉が乾く。 茶も一緒に持ってくれば良かった」

 

失敗したなーと唸りながら、近藤がバリボリと花林糖を齧る

喉は渇くが、食べる手を緩める気はない様だ

 

「誰かに持ってこさせれば良いだろ?」

 

土方が半ば呆れた様な声を上げながら、そうぼやいた

「ううむ…」と近藤は唸り

 

「しかし、皆に迷惑が掛かるのではないか?」

 

「別に、茶ぐらい誰だって入れられるだろ」

 

「いやいや、そういう訳にはいくまい。それなら俺が入れてこよう」

 

「あんたが厨に立つなよ」

 

いそいそと立ち上がろうとした近藤を土方が止めた

 

「何故だ?」

 

「何故って・・・・・逆に局長が今行ったら夕餉の準備してる隊士達が驚くだろ」

 

時間的に、今頃厨は今日の夕餉の準備中だろう

 

「むぅ・・・じゃぁどうすれば・・・・・・。 そうだ! 八雲君に頼んではどうかな? 彼女なら大丈夫だろう」

 

名案だ!と近藤は顔を上げた

 

「却下」

 

「何故だ!? 彼女の淹れる茶は美味いぞ? それに彼女はトシの側仕えなのだろう?」

 

「・・・・・・そんなものにした憶えはねぇな。 第一、そういう問題じゃねぇ。 あいつは基本部屋から出るなと言ってあるんだ。 わざわざ人の多い時間帯に多い場所に行かす訳にはいかねぇに決まってるだろ」

 

「なに!?」

 

近藤は大げさに声を荒げて、ずずいと土方に詰め寄った

 

「彼女はトシの側仕えになると言っていたではないか!」

 

「噛み付く所はそこかよ」

 

「むぅぅ…そうか側仕えではないのか…」

 

そこで近藤がはたっと止まった

顎の手をやり、じっと土方を見る

 

「まさか・・・・妾か?」

 

「なんでそうなる」

 

「だが、他にトシの側にいる理由がないではないか」

 

「・・・・・・だから、俺の側に居る必要性がないだろ」

 

土方が半ば呆れながら盛大な溜息を付いた

 

「いかん! いかんぞ!!」

 

くわっと近藤が声を荒げた

 

「妾だけはいかん! 彼女をそんな風に扱うなど、彼女の身柄を預かっている新選組の局長として許す訳にはいかん!」

 

「・・・・・・は?」

 

「いいか、トシ。 確かに彼女はこの俺でもぐらっとくるくらいの美人さんだ。 だがな、彼女の事はもっと真面目に――――!」

 

「人の話聞けよ」

 

その時だった

 

「近藤局長、土方副長。 少し宜しいでしょうか」

 

薄荷色衣を纏った1人の男がが副長室の外から声を掛けてきた

 

「ん?」

 

はたっと近藤が我に返る

 

「おお! 山崎君ではないか」

 

山崎と呼ばれた男は一礼し

 

「お二方にお耳に入れたい事が・・・・・・」

 

男の名は山崎烝

新選組の隊士の動向調査や情報探索の任を全うする諸士調役兼監察方である

 

「山崎、聞こう」

 

土方の低い声が響いた

山崎はもう一度頭を下げ、室に入ると小声で

 

「木屋町四条の薪炭商の”桝喜”――――桝屋喜右衛門を早急に詮議して下さい」

 

「!?」

 

サッと近藤と土方の顔色が変わった

 

「桝屋か…前からきな臭ぇと思ってたんだ」

 

そうぼやき、それから――――

 

「山崎、至急永倉と原田を呼んでくれ」

 

「わかりました」

 

山崎が一礼し、スッと下がる

 

「近藤さん」

 

土方がにやりと笑い

 

「久々の大捕物だぜ」

 

そう言った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元治元年6月5日(1864年7月8日)――――

 

その日は朝から蒸し暑い

とてつもなく暑い1日だった――――

 

 

 

 

 

 

洛西壬生村

京都守護職会津肥後守

御預 新選組屯所――――

 

 

 

「――――吐け!!」

 

 

バシッ

 

棒で叩く嫌な音と血生臭い匂いが漂っていた

 

屯所の一角にある、納屋

男―――桝屋喜右衛門は縄で縛られ、棒で叩かれていた

髪はぐちゃぐちゃに解け、至る所が叩かれ腫れ上がり、血が流れていた

 

納屋の周りを平隊士・幹部が神妙な面持ちで様子を伺っていた

勿論、土方と近藤の姿もある

 

喜右衛門を棒で打つのは永倉と、原田の2人

それに縄を引っ張る隊士が1人

 

そう――――これは拷問

 

桝屋喜右衛門から内情を聞きだす為の責問いであった

 

バシッ

バシッ ビッ!

 

「倒幕派は何を企んでやがる!?」

 

バシンッ

 

喜右衛門は唸り声1つ上げなかった

ただ、やられるがままに口を閉ざしていた

 

それが、ますます永倉の行動を加速させて行く

 

 

「とっとと吐かねぇか!」

 

バシッ

 

「・・・・・・知らん!」

 

「知らねぇ訳あるか!!」

 

バシ バシッ

 

「てめえの家の蔵から武器、弾薬、甲冑 果ては倒幕派連中とやり取りしてた密書まで出てきてるんだ!!」

 

永倉が怒声の混じった声で叫んだ

「秘密裏に終結して何か事を起そうとしやがったのは明白だろうが!!」

 

バシンッ

 

原田が少し呆れ声で

 

「おい、いい加減吐ちまった方が身の為だぜ?」

 

喜右衛門は、ぜーぜーと息を吐きながら ただ「知らん」とただけ言った

 

「ふざけてんじゃねぇぞ!!」

 

 

バシッ バシッ

 

 

その様子を遠目に見ていた土方が、はぁ…と息を吐きながら腕を組んだ

 

「もう、一刻も経つのに、吐いた事と言えば・・・・”本名は古高俊太郎、生国は近江”だけ・・・か」

 

「うむ…敵ながら天晴れだな」

 

近藤が、うむむ・・・・と顔を顰めながらぼやいた

 

「感心してる場合じゃないぜ、近藤さん」

 

「なぁ・・・近藤さん、土方さん。 あいつ本当に何にも知らねぇんじゃないかな?」

 

見かねた藤堂が、そう近藤と土方に話し掛けた

土方が訝しげに藤堂を見る

藤堂は、少し小声になりながら

 

「あそこまでされて何も話さねぇのは…さ……」

 

喜右衛門は相変わらず「知らない」の一点張りだ

藤堂の言う事も一理ある様に見えた

 

だが――――

土方は、は…と溜息を付き

 

「馬鹿か平助」

 

くいっと土方が顎をしゃくる

 

「本当に何も知らねぇなら、知ってる限りのどんな瑣末な事でもしゃべってる筈だろうが!」

 

「あ……!」

 

藤堂がハッとする

 

「名前以外何も吐こうとしねぇのが何よりの証拠だ」

 

くらっと、喜右衛門が気を失い掛けた

そこへ、水をぶっ掛ける

意識を保たせる為だ

気など失わせない

 

「奴は必ず知っている。 恐らく要人の暗殺か、守護職本陣への焼き討ちか・・・・・・」

 

 

 

 

「局長! 副長!!」

 

 

 

 

そこへ、平隊士の1人が慌てて翔って来た

 

「今、番屋(消防、自警団の役割をしていた自身番の詰所)から知らせで、つい先刻我々が封じた桝屋の蔵が破られ、多量の武器、弾薬が盗まれたと――――!」

 

「何っ!?」

 

倒幕派は今日にでも動く――――!?

 

 

 

もう時間は無かった

 

土方はちっと舌打し

 

「新八、左之助! 責問いは俺が代わる!」

 

「近藤さんは会津藩に次第の報告を! それから総司は直ぐに幹部連中を集めろ!」

 

「えー」

 

「えーじゃねぇ! やれ!!」

 

不満を述べた沖田に土方の怒声が飛ぶ

沖田は仕方ないという感じに

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

土方の的確な指示が飛ぶ

皆が慌てて動き出した

 

納屋には土方と喜右衛門だけになる

 

土方は棒を持ち

 

 

「さぁ、こちとら時間がねぇんだ。 吐いてもらうぜ」

 

 

「――――っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

「だからね、今日初めて外出許可が貰えたから、巡察に同行させてもらったの!」

 

千鶴が嬉しそうにさくらに話し掛けた

 

千鶴が新選組に来てから半年、やっと貰えた外出許可だ

父を探して、京へ来たのに、半年も外に出して貰えなかったのだ

それは嬉しいだろう

 

千鶴は嬉しそうに話を続けた

 

さくらはふっと笑みを作り

 

「そう、良かったわね」

 

「うん! 父様は見つからなかったし、1人じゃ危ないから外出出来ないけど、でも、やっぱり少し前進出来た気がするんだ」

 

千鶴は本当に嬉しそうに話した

そんな、千鶴を見ているとさくらも何だか嬉しくなる

 

「あ、でも、ごめんね。さくらちゃんはまだ外出許可出てないのに……」

 

千鶴が少し申し訳無さそうに、肩を落とした

そんな、千鶴を見てさくらはくすっと笑い

 

「気にしないで、私は構わないから」

 

そう言ってにっこりと微笑んだ

 

その時だった

俄かに屯所内が騒がしくなる

 

さくらと千鶴は顔を見合わせた

 

「何か、騒がしくない?」

 

「そう・・・ね」

 

ひょっこり千鶴が廊下を見る

 

丁度、永倉がそこへ通り掛かった

 

「永倉さん!」

 

千鶴が、永倉を呼び止めた

永倉は、「ん?」と声を上げ

 

「なんだ? 千鶴ちゃんに、さくらちゃんじゃねぇか」

 

「どうかしたんですか?・・・・・・って、なんで蝋燭と五寸釘なんか持ってるんですか?」

 

さくらも気になって、廊下を見た

 

永倉の手の中には五寸釘と蝋燭があった

 

永倉は「ああ」と答え

 

「長州の間者を捕らえたんだけどよ、中々口を割らねぇんだ。副長が直々に相手にする事になったんだが、道具が足らねぇって言うから持って行くとこよ」

 

「・・・・・・よく、分かりません」

 

間者を捕まえたのは分かるが、何故五寸釘と蝋燭が必要なのか・・・・

 

「こういう事は、分からねぇ方が幸せだって」

 

そう言って、永倉は笑った

そして、そのまま何処かへ行ってしまった

 

「何だったんだろうね?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「さくらちゃん?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは顎に手を当て、少し目を伏せた

そして

 

「ごめん、千鶴はここに居て」

 

「え!?」

 

そう言い残すと、さくらは永倉の後を追い掛けた

 

「さくらちゃん!?」

 

千鶴の制止も聞かず、さくらは走り出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確か・・・こっち・・・・・・

 

さくらは、乱れた呼吸を整えながら、辺りを見回した

 

 

バシッ

 

 

不意に、嫌な音が聞こえた

 

「・・・・・・・・・・・・?」

 

音のする方に足を向ける

 

 

バシ バシッ

 

 

音は更に大きくなっていく

それに混じって、耐えしのぐ様な叫び声が微かに聞こえて来た

 

何かを叩いている・・・・・・?

 

そのまま、音のする方へ向かう

 

 

バシンッ!

 

「・・・・・・うぁ・・っ!」

 

そこは屯所の端にある納屋だった

 

納屋の入り口に永倉と原田が立っている

 

「あ・・・・・・」

 

それを見た瞬間、思わず声が漏れた

 

ハッと原田と永倉がさくらを見る

 

「お前っ・・・・・なんで!」

 

「おいおいおい、まじかよ」

 

中は騒然としていた

縄に縛られ身体は赤く腫れ上がり、至る所から血が流れている男が1人と・・・・・

 

「さくら・・・・・・?」

 

ゆらっと額から汗を流して、無表情の土方がゆらりと振り返った

その瞳に色は無く、表情が読み取れない

ただ、土方から発する気が全てを物語っていた

 

「・・・・・・・・・・っ!!」

 

顔面蒼白になりながら、さくらは口を押さえた

知らず、身体が震える

 

「土・・・方・・・・・さん・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

土方はさくらを睨む様に目を細め

 

「・・・・・・なんでお前がここに居る?」

 

「・・・・・・・・あ・・・」

 

ただ一度、そう問い掛けると、興味が無いという感じに、視線を逸らした

土方はちっと舌打し、棒で肩を叩くと

 

「・・・・・・どんだけ打っても一向に吐きやがらねぇ」

 

「逆さ吊りにでもしてみるか?」

 

「とりあえず、持って来た道具使ってみたらどうっすか?」

 

土方の言葉に、原田と永倉が答える

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

コノ人達ハ何ヲ言ッテイルノダロウカ――――

コレハ・・・・・・拷問・・・ダ・・・・・・・・・

 

先ほどの永倉の言葉を思い出す

長州の間者

それがあの男なのだろう

それで、あの人達は内情を吐かせ様と・・・・・・

 

「・・・・・・っ」

 

知らず、さくらは走り出していた

 

納屋に入り、縛られている男に駆け寄る

 

「そんな・・・・・・! 無茶です!! こんな状態で吊るすなんて・・・・・・話すより前に死んでしまいます!」

 

身体が震える

さくらは泣きそうになりながら、必死で土方に訴えた

 

不意に、添えていたさくらの手に反応する様に男がピクッと動いた

目が合う

 

「・・・・・・いけ・・・だ・・・や」

 

「・・・・・・え?」

 

それは蚊の鳴く様な声だった

一瞬、何を言われたのか分からず、さくらは男を見た

 

土方達には聞こえていない様だった

 

ふと、土方が何かに気付いた様に目を見開き、そしてニッと笑った

 

「・・・・・・ふ、道理だ。お前もたまには良い事言うな、さくら」

 

「・・・・・・・・・・え?」

 

何・・・・・・?

 

「ほら、さくらは外に出ろ」

 

原田がさくらを引っ張る様に納屋の外へ連れ出す

 

「あの・・・何を・・・・・・」

 

「新八、古高の縛めを解いてやれ」

 

「土方さん・・・・・・!」

 

さくらがほっと胸を撫で下ろす

良かった・・・・・・

 

そう思った時だった

だが・・・・・・

 

「それから」

 

土方がくっと笑い

 

「うつ伏せにして手足を押さえ、足の甲から五寸釘を貫け」

 

――――なっ・・・・!?

 

「そこに蝋燭を立てて火を灯すんだ」

 

 

!?

 

 

「土方さん!?」

 

さくらはさっと顔色を変えて土方に詰め寄ろうとした

それを原田がぐいっと押し除けた

 

「お前は外に出てろ!!」

 

「待っ・・・・・・!!」

 

「いいから出ろ!!」

 

原田の声が響く

 

 

「土方さん! 原田さ・・・・・・っ!!」

 

 

 

 

 

「や…やめてぇぇぇ――――!!」

 

 

 

 

 

 

  「うぎゃぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

           ガシャ――――――――ン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて…新章・池田屋事件です

 

それにしても・・・・土方さんの印象・・・・悪化してる気がするよー

拷問の蝋燭と五寸釘は史実通りですよーあしからず

 

2009/10/30