櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

一章 疑心 6

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは自室に篭ったまま、書を読んでいた

何となく、文を目で追う

ぱらりと書を捲った

 

「・・・・・・ふぅ」

 

小さくため息を付いて、パタンと書を閉じる

そして、開いている戸から外を眺めた

 

庭には満開の梔子の花が咲き誇っていた

晴れ渡った空に太陽が丁度真ん中に差し掛かっていた

 

「・・・・・・・・・・・」

 

もう一度、小さく息を吐き、さくらは書をぱらぱらと捲った

でも、直ぐに閉じてしまう

 

集中出来なかった

 

あの日、天霧か来てから4日――――

 

あの時、必ず連絡すると天霧は言ったが、依然その気配は無かった

それ所か、まるで何事も無かったかの様に日にちが過ぎていく

 

それが、歯痒くもあり、もどかしかった

 

何処へ向けて良いのか分からない苛立ちがさくらを襲う

 

連絡を寄越さないのは、やはり風間の指示なのだろうか

天霧独断とは考えにくい

 

でも、この新選組の屯所にこの短期間で再度侵入するのは難しいのでは無いのだろうか

そう考えると、やはりあの日無理にでも連れ出して貰った方が良かったのではないか

いや、あの時そんな暇は無かった

それは不可能に近い

しかし、再度侵入する方こそ不可能に近いのではないだろうか

そもそも、どうやって連絡するのか・・・・・

 

考えれば考えるほど分からなかった

 

「千景のバカ・・・・・・」

 

傍に居られないのがこんなに苦しいなんて・・・・・・

今、千景はどうしているだろうか

少しは心配してくれているのだろうか

 

じわっと込み上げてくる悲しみを拭う様にさくらは首を振った

 

リリン・・・・・・

 

結い紐の鈴が哀しげに鳴った

 

一体、自分はいつまでここに――――

 

「探したぞ、八雲君!こんな部屋に居るとは思わなんだ!」

 

突然、まばゆい笑顔の近藤が、お盆を片手に現れた

 

「え・・・・・・?」

 

さくらは近藤の言わんとする意味が分からず首を傾げる

近藤は笑顔のまま部屋に踏み入り、そこで立ち止まると不思議そうに首を傾げた

 

「・・・む、いや、待てよ?もしや、ここが君の部屋なのか?」

 

・・・・・・・・・・・・


思えば、近藤とこうして会うのは初めて会ったあの日以来だった

 

「・・・・・・はい。 一応、こちらのお部屋を使わせて頂いております」

 

さくらが肯定すると、近藤は思いっきり目を見開いた

分かり易く「しまった!」という顔をして、おろおろと視線を彷徨わせる

 

「・・・・・・な、なんと。俺は女子の部屋に、無断で立ち入ってしまったというわけか・・・・っ!」

 

「あ、いえ・・・・・別に大丈夫ですが」

 

じりじりと後退して行く近藤に、さくらは苦笑いを浮かべ、軽く手を横に振った

そして、殺風景な自室をちらりと見やる

 

「・・・・・・見られて困るものとか、ありませんし」

 

もごもごと言葉に詰っている局長にさくらは手振りで部屋の中に戻る様に勧めた

 

「むむう。トシの側仕えというからには、トシの隣部屋かと思っていたのだが・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

そんなものになった憶えはありませんがと言いそうになるが、ここはあえて黙っておく

 

さくらを側女に付けなかった事、土方はまだ伝えていない様だ

近藤は側女の案に悪気なく賛成していたし、伝えられなかった理由も分かる様な気がした

何となく、事情が飲み込めた

 

「・・・・・何のお構いも出来ませんが」

 

さくらが改めて招き入れると、近藤は嬉しげに表情を緩めた

 

「いや、そう、かしこまらんでくれ。君は我等が新選組の客人の様なものなのだから」

 

「・・・・・・・・・・」

 

そう思っているのは、近藤だけじゃないだろうか

そう思うが、流石にそれを言ってしまえば、じゃぁ何なのかと問われても答えられないので憚られた

近藤はほくほく顔でお盆を置いた

 

「これは・・・・・・?」

 

お盆に乗せられていた物の正体を知り、さくらは首を傾げた

近藤は「おほん」と咳払いをひとつ

 

「・・・・・甘い物は好きかね? 茶菓子の棚に金平糖があってな」

 

「・・・・・好き・・・ですけど・・・」

 

さくらが少し恥かしそうに頬を染めて、こくりと頷いた

近藤はますます嬉しげに目を細めた

 

色とりどりにの可愛らしいお菓子と、まだ湯気が立ち昇っている濃いめの緑茶

 

「どうかね? 八雲君。 嫌いじゃなければ、是非食べてくれまいか」

 

近藤がじっとさくらを見つめてくる

遠慮は無用、と言われている様な気がした

 

「・・・・・ありがとう、ございます」

 

ぺこりと頭を下げ、さくらは金平糖にスッと手を伸ばした

 

「・・・・・・・・・・」

 

可愛らしいお菓子を摘み上げると、つい顔が綻んでしまう

近藤局長はそんなさくらを笑うでもなく、ただ暖かい眼差しで眺めていた

 

「そういえば・・・・・・まだ、外出の許可が出ていないそうだな」

 

「・・・・・・はい」

 

近藤は気遣わしげな顔でそう言った

さくらは、金平糖を摘んでいた手を膝の上に置き、視線を下に向けた

 

「ああ見えてトシは昔から、他人に世話を焼かないでいられない性分でな」

 

「・・・・・・・・・・・・?」

 

土方さんが世話焼き・・・・・?

少し違和感を感じる言葉だが、近藤がそう言うなら信じられる気がした

 

「ちょっと厳しい所があるかもしれんが、今回の件も君を思っての事だろう」

 

・・・・・・・・・・・・

 

「そう・・・・・ですね。 土方さんが【まだ時期じゃない】と判断するなら、それが正しいのでしょう」

 

土方がとても頭が回る人だという事は少しの間しか一緒に居なかったさくらにも分かった

 

・・・・・・少し怖いけれど、多分悪い人じゃないのも分かる

 

「俺からもトシには言っておく。退屈だろうが、もう暫く我慢してくれ」

 

「・・・・はい。 ・・・・・・有難う御座います」

 

そう言って、さくらは頭を下げたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

その日は寝苦しかった

何度も、寝返りをうつ

 

暑い訳じゃない

でも、何故か無性に喉が渇いた

 

喉の奥から渇きを訴える鼓動が聞こえてくる様だった

 

「・・・・・・ん・・・・んん」

 

ドクン ドクン と心臓が脈打つ

 

「・・・・・・はぁっ」

 

喉が 渇く

口の中が、身体が求める

 

瞬間、ハッとさくらは目を覚ました

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

ゆっくりと起き上がり、首を押さえる

 

「喉・・・・渇いた」

 

水でも何でもいい

何かが欲しかった

 

分かっている この喉の渇き

求めるものは――――

 

パッと視界が赤く染まった

 

さくらはぎゅっと目を瞑り、頭を左右に振った

 

ダメダ・・・・・・ここでは駄目――――

 

よろりと立ち上がり、障子戸を開けた

空には上弦の月が昇っていた

 

月明かりが梔子の白を一層際立たせている

 

「・・・・・・・・・・」

 

さくらは荒くなる呼吸をおさめるかの様に、スゥーと深呼吸する

 

ぴく・・・・・・

 

ふと、甘い蕩ける様な香りがした

 

「あ・・・・・・」

 

この香りは・・・・・・

 

自然と、足がそちらの方へ向く

いけないと心の中で思うも、それを求める身体は言う事を利かなかった

 

何かに取り付かれたかの様に、さくらはそちらの方へ歩を進めた

たどり着いたのは、八木邸と前川邸の丁度真ん中辺りだった

 

「――――だ」

 

不意に人の声がして、さくらはハッと我に返った

慌てて建物の陰に隠れる

 

「――――だけか?」

 

「はい」

 

土方さん・・・・・・?

 

その声は土方ともう1人

さくらはそっと建物の陰から覗き見た

 

そこには、土方ともう1人、忍装束の男が1人立って話をしていた

ふと、足下に倒れている影に目が行く

 

「――――・・・・・っ!」

 

上げそうになる悲鳴を押し殺す

さくらは口を手で覆ったって、慌てて視線を逸らした

 

そこには、人が倒れていた

 

血が流れていて、生きているのか死んでいるのかすら分からなかった

 

 

 

 

   ドクン

 

 

 

 

 

心臓が鳴った

 

血が・・・・・・

 

さくらの真紅の瞳が血色に光り出す

 

 

 

 

  ————ドクン

 

 

 

 

血 ガ

 

 

「あ・・・・・・」

 

押さえていたものが溢れ出てきそうになる

 

駄目・・・・・・!

 

さくらはぎゅっと両の手を握り締めた

 

 

 

 

    血

 

 

 

 

 

「あ・・・ああ・・・・・・

 

 

 

 

 

  喉ガ乾ク

 

 

 

 

「駄目・・・・駄目よ・・・・・・」

 

ここでは駄目――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰だ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っ!!」

 

ドクン

 

心臓が跳ねた

 

気付かれた!!

 

慌ててその場を離れ様とするも、足が言う事を利かなかった

ザッザ・・・と近づいてくる足音

 

さくらはぎゅっとその場に縮こまった

 

瞬間、ぐいっと肩を引かれる

 

「お前・・・・・・っ」

 

「あ・・・・・・」

 

土方と目が合った

瞬間、土方が眉間に皺を寄せ、不機嫌な顔になる

 

「こんな所で何やってやがる」

 

土方が怒りを露にして、さくらに言い募った

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは、真紅の瞳を大きく見開き、土方を凝視したまま、動かなかった

 

 

 

   ————喉ガ乾ク

 

 

 

 

視線が、ゆっくりと下がり、着物から露になっている首筋に注がれた

 

「おい? 言い訳もなしか?」

 

 

      喉ガ渇ク

 

 

スッと、さくらの手が土方の首筋に伸びた

ひんやりとした感触が手に触れる

 

「おい、人の話聞いてんのか? お前・・・・・・」

 

 

 

  喉ガ――――

 

 

 

上から下へ

静脈から動脈へ

 

手が、ゆっくりと動いた

 

 

 

 

    欲シイ

 

 

 

 

 

一瞬、さくらの瞳が血色に光った

ゆっくりと、さくらの牙が土方の首筋に――――

 

 

 

「さくら?」

 

 

 

「・・・・・・・・っ!!」

 

我に返り、さくらはハッとした

 

土方と目が合う

 

「あ・・・私、わたし・・・・・・」

 

「おい」

 

頭が真っ白になる

 

 

私、今――――

 

 

「――――っ!!」

 

瞬間、ドンッとさくらは土方を突き飛ばした

 

「おい! 何し・・・・・・」

 

「いや!!」

土方から伸ばされた手をさくらは思いっきり弾いた

そして、そのままその場から逃げる様に走り出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・・・・」

私 私・・・・土方さんに・・・・・・っ

何とか、部屋まで戻って来て、その場にへたり込む

 

「・・・ふ・・・・・くっ・・う・・・・」

 

ボロボロと涙が零れ出てきた

 

「う・・・うぅ・・・・・・」

 

さくらは顔を手で覆った

 

「私・・・・最低・・・・・・」

 

止められなかった

求める自分を抑えられなかった・・・・・・!

 

「もう・・・・こんな、身体・・・嫌だ・・・・・・」

 

溢れ出た思いは消えず、さくらの身を侵食していったのだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちらっと出てきたのは彼です!

名前出す予定が・・・出なかった∑( ̄△ ̄)

ごめん山崎

 

2009/09/07