櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 一章 疑心 5 

 

 

暇を持て余していたさくらは、少し部屋から出てみる事にした

よく考えたら、自分が屯所の造りを知らない事に気付く

 

居るにしても、逃げるにしても造りを知っていて損はない

そう思い、さくらは思い切って部屋を出たのだが・・・・・・

 

「誰も居ない・・・・?」

 

がらんとした広間を見回して、さくらは首を傾げた

 

部屋から抜け出してきた手前、人が居ないのはありがたい事だが

 

でも、何だか逆に後ろめたい気分になる

 

「やっぱり、部屋に戻ろうかしら・・・・・」

 

下手に屯所内を歩き回れば、余計なものを目にしてしまうかもしれない

あの日、私が口にしてしまった新選組の秘密――――

そんな物を近づけてしまうかもしれない

 

「知らないよりも、知っていた方が私の為になるかもしれない。 けれど・・・・」

 

あの事は一切黙秘を通すと誓った

自分の身の安全の為にもその方が良いと思った

けれど

 

「どうしよう・・・・・」

 

素直に部屋へ戻ろうかと思い、さくらが廊下へ出ようとした時だった

 

「・・・・・・・・・・?」

 

ふと、玄関の方を覗き込むと、そこには――――今から出かけるつもりの様な原田と永倉の姿がある

 

「――――すみません」

 

「ぬあっ!?」

 

声を掛けたさくらに対して永倉がびっくり声を上げた

バクバク鳴る心臓を押さえ、目を見開いている

 

「あの・・・・・・」

 

声を掛けたのがまずかったのだろうか

さくらは少し心配になり、小声になった

 

「何処かへ、お出かけ・・・・・ですか?」

 

「ん? ああ、ちょっとな」

 

外へ出るなら・・・逃げれるかもしれない・・・・・・

 

一瞬、そんな考えが頭を過ぎった

 

「あの! ・・・・私も、一緒に連れて行ってもらえませんか?」

 

そう思った、瞬間、さくらはそう声を掛けていた

 

原田と永倉が顔を見合す

 

「そりゃぁ別に構わねぇけど・・・・・お前は行っても楽しくないんじゃねぇかな」

 

「ばっ・・・・・! 連れて行けるか、馬鹿!」

 

永倉が声を上げて、原田を小突く

 

「ん?ああ、外出禁止なんだっけな、お前。 ・・・・・見張り無しで部屋から出ても良いのか?」

 

「うっ・・・」

 

さくらが声を詰らす

 

そりゃぁ・・・・土方さん辺りに見つかったら何を言われるか分かったもんじゃないけれど・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

 

「え、ええっと・・・・・その、原田さん達は何処に行くんでしょうか?」

 

話を逸らしてみる

 

「誤魔化すなよ。 ・・・・・・ま、いいけどな」

 

原田がさくらの頭をぽんぽんと叩きながら言う

 

「俺らはこれから島原に行く所だけど?」

 

「島原?」

 

島原って言ったら・・・・・・

 

「花街ですね」

 

さくら達のやり取りを見ていた、永倉が、呆れた様に大きなため息を吐いた

 

「左之~女の子に向かって島原に行くとか、わざわざ本当の事言うなよ・・・・・・」

 

「嘘吐けねぇんだよ、俺。 知ってんだろ? 花街に繰り出すくらい別にやましくもねぇし」

 

「お前は酒目当てだろうから、後ろめたくもねぇだろうよ」

 

「・・・・・・永倉さんはお酒目当てじゃないんですか?」

 

さくらの質問に、永倉は「うっ…」となり、思いっきり目を逸らした

 

・・・・・・島原と言えば、綺麗なお姉さんだもの・・・

 

お酒目当てだという原田の方が、島原の客層としては珍しいのだろう

 

「でも、こんな時間から行くのですか?」

 

「ま、男の夢ってやつなんじゃねぇの?」

 

原田が永倉を見ながら、他人事の様な口ぶりで言う

 

「はぁ・・・・・・」

男の夢・・・・・・

 

「昼間からお酒を飲むのは、私はどうかと思いますが・・・・・」

 

夢だろうが何だろうが、やはり良い事とは思えない

世間の新選組に対する目が、余計に厳しくなると思う

 

・・・・・・もっとも、新選組の風評なんて私が心配する事じゃないのだけれど

 

永倉がはぁーと息を漏らしながら

 

「あのよ、昼から遊びに行くのはあまり常識的じゃない、ってお前の言う事も分かるけどよ」

 

「・・・・・・はい」

 

常識的じゃないのかは、自信無いが・・・・・・

 

「だがよ、近頃の京は何かと物騒なんだ。俺達新選組だって、うかつに夜遊びできねぇ」

 

「・・・・・・はい」

 

「だから、常識に縛られずに行きたい時に行く! 真っ昼間から遊びに行く事を迷わねぇ!」

 

「・・・・・・・・・・」

 

永倉は鼻息荒く、そう言い切った

 

・・・・・・・・・・・・

 

それ、とても凄く間違ってる気がするんですけど・・・・・・

そう思いながらも、さくらはいつの間にか永倉の無茶苦茶な理屈に流され始めていた

 

たまの息抜きは悪い事じゃないと思う

 

夜が駄目なら、昼に行くしかないのかもしれないけど・・・・・・

そんな事を考えていた時、ぱたぱたと藤堂が走って来た

 

「――――あれ、さくら? まさか、お前も行くの?」

 

「いえ、私は・・・・まだ、外出禁止されてますし」

 

行けないのと答えて首を振ると、藤堂は少し残念そうな顔をした

 

「・・・・・でも、藤堂さんも島原に行くんですか?」

 

「ああ、そうだけど・・・・・・って、さくら。 藤堂さんとか他人行儀な呼び方止めようぜ」

 

「え? ですが・・・・・・」

 

「平助で良いよ。 皆もオレの事そう呼ぶし」

 

「え・・・・・・でも、その・・・・良いの・・・ですか?」

 

藤堂はうんうんと大きく頷いた

さくらは、少し考え

 

「・・・・・・じゃぁ、平助・・・で良いかしら」

 

「そうそう。んじゃ、さくら。 今日から改めて宜しくな」

 

「え・・・あ・・・・・・はい」

 

少し躊躇いがちにさくらは藤堂の挨拶を受けて

 

「でも・・・・・結局、平助も島原に行くんですよね?」

 

そう尋ねると、藤堂はうっと言葉に詰まった

 

「でも、女って訳じゃねぇよ! 皆で酒飲んで馬鹿騒ぎしたい気分なんだ」

 

「・・・・・・・・・・」

 

弟分として皆に可愛がられているから忘れがちになるけれど、藤堂も立派な成人男性だ

お酒も結構強いらしい

 

藤堂の晴れやかな笑顔を見ていると、止めるのも野暮の様に思えてしまう

 

ふと、原田がくすっと笑い

 

「今でも充分目の保養だけど、お前が今よりもっと・・・・・それこそ技芸ぐらい着飾ってくれればそれだけで充分に目の保養なんだけどな」

 

「え!?」

 

「あ、オレも絶対可愛いと思うー! 今度見せてくれよ」

 

「・・・い、いきなりそんな事言われましても・・・・・・!」

 

かぁーと頬が熱くなるのが分かった

急に女の子扱いされると、何だか妙に照れてしまう

 

2人の笑顔に押されて、さくらはぎこちなく頷いた

 

「・・・・・・その内、機会があれば、ですけど」

 

やった、と藤堂が歓声を上げた

 

「約束だぞ? さくら、忘れんなよ?」

 

原田が笑顔でさくらの頭を叩いた

 

「・・・・はい」

 

何だか気恥ずかしくなってさくらは俯いてしまった

 

「ま、そういう訳で察してくれよ、さくらちゃん」

 

なーと永倉がさくらの肩をぽんっと叩く

 

「俺らは汗水垂らして京の治安を守ってんだぜ?」

 

「・・・・何がそういう訳なのか、私には全然分からないのですけれど・・・・」

 

でも――――

 

多分、我侭を言っているのはさくらで

島原で遊ぶのも男の人なら普通の事だし、遊びに行く皆を止める権利はさくらには無い

昼から花街に行くのはどうかと思うが、新選組の幹部が「問題ない」と判断したのだ

新選組にただ居るだけのさくらが、幹部の行動に口を挟む方が筋違いなのだ

 

なのに、さくらが納得するまで説得を続けてくれている永倉達はすごく裏表の無い人なんだと思った

 

さくらは一呼吸置き

 

「・・・・・分かりました」

 

そう言って、頷いた

頭では理解したつもりだけれど、まだ少し彼等が羨ましい

 

私だって外へ出たい

千景の下へ帰りたい

 

「さくら。 土産、何か買ってきてやるから。 お前、何が食べたい?」

 

「・・・・・どうして食べ物限定なんですか」

 

複雑な心地になりつつも、何が食べたいか考えてみる

 

「それなら・・・・・・みかんがいいです。 明日の午後にでも皆で食べましょう?」

 

原田は淡く笑い、分かったと頷くと、さくらの頭をくしゃくしゃとした

 

「土方さんから外出許可が下りたらさ、お前の好きな所へ連れてってやるから!」

 

藤堂は真面目な顔でそう言ってくれた

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

にっこりと微笑んでみせる

藤堂は申し訳無さそうに眉を寄せたが、直ぐに頷き返した

 

そして、さくらが3人を見送ろうとしたその時・・・・・・

 

「おや、これから皆で出かけるのかい?」

 

玄関に集まっていたさくら達を見つけた、井上が声を掛けて来た

 

「う・・・・よりにもよって源さんかよ・・・・・・!」

 

原田が小声で悪態を吐いた

やはり島原へ行くのは後ろめたいらしく、彼等は分かり易く浮き足立つ

 

何とか、助け舟を出してあげたくて、さくらが沈黙を埋める様に口を開いた

 

「えっと・・・私は出かけるわけではないのですが・・・・・・」

・・・・・・・・・・・・

 

続ける言葉が思い浮かばない・・・・・・

 

「ほら、あれだよ、源さん、あれ! ・・・・・・み、皆で素振りでもするかなぁって!!」

 

藤堂が何か閃いた様に声を張り上げた

それに永倉が大きく頷いて同意する

 

「そ、そうそう。それだよ平助、よく言った! 今日は天気も良いし風が暖かいからな!!」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

今日は、少し肌寒い気がするのですが・・・・・・

 

永倉がそう思うなが、さくらは何も言わないでおこうと思ったが・・・・・・

そんな事言ったら井上さんが・・・・・・

 

そんな言い訳を聞いた井上はほくほく顔で

 

「いやはや、永倉君達は勤勉だなぁ。 折角の機会だ、私も付き合わせてくれるかい?」

 

・・・・・・・・・・・・

 

感心した様に目を細めて、満面の笑みを浮かべたのだった

私は・・・・・・絶望に打ちひしがれる彼等に、なんと声を掛ければ良かったのか

 

「あの、素振り・・・・・・頑張ってください・・・・・・

 

ここで何も見なかった振りをするのも、惨たらしい気がしてさくらはもごもごとそう呟いた

その瞬間、藤堂が口を開いた

 

「あ、ごめん! オレも皆と素振りしたいけど、今日は先約があるから付き合えないんだった!」

 

先約?

 

「こいつに屯所の中を案内してやるって約束。 ・・・・・・そうだったよなぁ、さくら!?」

 

「・・・・・・え?」

 

そんな話、聞いた事もないのですが・・・・・・

 

さくらが訝しげに藤堂を見ると、捨てられる仔犬みたいな必死の哀願を込めた眼差しで藤堂が見ている

 

「・・・・・・そうだった、かしら・・・

 

藤堂がきらきらと瞳を輝かせ、がしっとさくらの両手を握った

 

「待て平助、1人だけ逃げようなんざ――――」

 

そんなさくら達に向けて、永倉が物言いたげに口を開いた時

彼の台詞を遮って、原田がにやりと笑った

 

「さくら、俺も付き合ってやるよ。 平隊士に絡まれちゃ面倒だろ?」

 

「え・・・・・・!? そ、それは、そうです、けど・・・・」

 

「そうか、そうか。 原田君の言う事ももっともだ。 彼女の事はお任せするよ。 ・・・・・・じゃぁ、永倉君、我々は中庭に行こうか」

 

「平助のみならず、お前もかー左之・・・・・・っ!!」

 

永倉の握り締められた拳が、ぷるぷると震えている

 

「よし、逃げるぞ」

 

「え!?」

 

「新八っつぁん、直ぐ怒るからなー」

 

原田に肩を押され、藤堂に手を引かれ…

さくら達は玄関から逃走したのであった

 

後ろから永倉の怒鳴り声が聞こえたけれど、2人ともすっごく楽しそうに笑っていた

釣られてさくらも、少しだけ笑ってしまった

 

そして、永倉は・・・・・・

井上と2人真面目に素振りの練習をしたらしい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜――――

 

ふと、さくらは目を覚ました

何かの前触れかの様に、辺りがざわついている

 

庭の草木がざわざわとざわめき、虫の声が聞こえなった

風が凪いで、音がしない

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

なに・・・・・・?

 

さくらは布団から起き上がり、障子の戸に手を掛けた

瞬間

 

 

 

「桜姫」

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・!」

 

声が聞こえた

一瞬、気のせいかとも思うが、ふと見ると、外に人影1つ――――

 

「――――っ!」

 

上がりそうになる悲鳴を何とか押し殺した

ごくと息を飲み、恐る恐る障子の戸に手を掛けた

 

「そのままで」

 

そう影に言われて開けかけた手が止まる

 

「・・・・天・・霧・・・・・・?」

 

声が震えた

 

その声は聞き知った声だった

 

風間千景の元に居た

天霧九寿

 

「お探ししました、姫」

 

「天霧・・・・・・」

 

さくらははぁーと息を吐き、へなへなとその場にへたり込んだ

身体がまだ震えている

 

「千景は・・・・・・?」

 

やっとの思いでそう呟く

 

一瞬、間が開き

 

「変わらず」

 

「そう・・・・・・」

 

少しほっとする

 

「風間は来ていません。私のみです」

 

「・・・・・・・・・・」

 

千景は来てはくれたなかった

 

場所を考えれば懸命な判断かもしれないが、複雑な心境だった

 

でも、これで帰れる

そう思うと、嬉しさが込み上げてくるようだった

 

「連れ出してくれるのでしょ?」

 

そう尋ねるが、天霧は返事をしなかった

・・・・・・・・・・・・?

 

「天霧?」

 

違うのだろうか?

彼は迎えに来てくれたのではなかったのだろうか?

 

そんな不安が過ぎる

 

「天霧?」

 

もう一度、その名を呼んだ

天霧は一呼吸置き

 

「此度は桜姫の身の確認をしに来ただけです」

 

「・・・・・・・・・・っ!」

 

「ど……っ!」

 

どうして!

 

「お静かに」

 

「・・・・・・・・・っ」

 

さくらはぎゅっと拳を握り締めた

唇をぎゅっとかみ締める

 

じゃぁ・・・・・

 

「いつなら……」

 

いつならここから出してくれるのか!?

 

天霧は少し間を置き

 

「今しばらくお待ち下さい」

 

そこまで言い切った所で向こうの方がざわめき出した

 

人の声や足音が聞こえる

 

天霧は少し、息を殺し

 

「気付かれた様です」

 

何人かの人が近づいてくる気配があった

 

「必ず、ご連絡します。では――――」

 

「天――――っ!」

 

 

ザァ・・・・・・

 

 

障子を開けた時、そこには既に天霧の姿は無かった

そこへ、どやどやと幹部連中がやってくる

 

さくらは ハッとして、佇まいを直した

 

「何かあったのですか?」

 

平然を装い、やって来た土方に問い掛ける

土方は少し辺りを見回し、怪訝そうに眉を寄せた

 

「ここに誰か居なかったか?」

 

「・・・・・・いいえ、誰も」

 

「副長」

 

そこへ斎藤がやって来た

土方は丁度良いという感じに斎藤に手をやり

 

「侵入者だ。 もう、居なさそうだが警備を怠るな」

 

「………はっ」

 

斎藤が一礼して下がる

土方はもう一度、さくらを見て「ちっ」と舌打ちをすると、踵を返した

そのまま、斎藤が消えた方へ消えて行く

 

「・・・・・・・・・・」

 

誰も居ないくなってさくらは、はぁ…と安堵の息を吐いた

 

多分、気付かれてる

 

侵入者がここへ来た事も

さくらに用があった事も――――

 

それでも・・・・・・

 

さくらは空を見上げた

 

真っ白な三日月がさくらを見下ろしていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天霧登場です

 

そして、土方さん最後にちょっとだけ・・・(T^T)

 

2009/08/23