櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 一章 疑心 3

 

 

「・・・・・・・・・・・・!」

 

さくらは口元を押さえた

 

気持ち悪い・・・・・・!

 

気持ち悪さで、顔が歪む

肩が震え、顔が青ざめた

 

グラッ・・・と倒れそうになる

 

 

「さくら!」

 

 

遠くで土方の声が聞こえた様な 気がした

鼓膜に蓋をされた様に、上手く聞き取れない

 

「おい! どうした!?」

 

倒れそうになる寸前、土方の腕がさくらを支えた

さくらは口元を押さえたままぷるぷると首を振った

 

吐きそう・・・・・・

 

何もない胃の中の胃酸が喉を伝って上がってくる

 

「う・・・・・・・」

 

吐く

 

そう思った瞬間、さくらはドンッと土方を押しのけ、縁側から外に向かってしゃがみ込んだ

 

「・・・・げほっ・・・げほ・・・」

 

上がってきた胃液が外に吐き出される

胃がきゅーと締め付けられる様な感覚に襲われた

胃酸が分泌され、何もない胃の中を襲そう

 

「はぁ・・はぁ・・・・

 

呼吸が荒くなる

肩が上下に揺れ、体温が上昇していくのが分かった

 

「あ・・・・・・」

 

クラッ…と 眩暈がした

 

視界が陽炎の様に揺れ、定まらない

 

「お前・・・・・・」

 

土方が驚いた様な声を上げた

 

ああ…こんな所を見られるなんて最悪・・・・・・

 

さくらはぐいっと口元を拭き、よろよろと立ち上がった

だが、足下が覚束無い

 

グラッ…となり、再び土方に支えられる

 

「お前、具合悪いのか?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは何も答えなった

答える代わりに、グイッと土方の腕を押しやり

 

「・・・・・何でも・・・ない、です」

 

血の気の失せた真っ青な顔で、さくらはそう言い放つとぺこっと頭を下げ踵を返した

だが、1歩踏み出した瞬間、また眩暈がさくらを襲う

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

ヨロッ…とよろけ、壁にもたれ掛った

ドンッと壁に肩が当たる

立っていられなくなり、そのままずるずるとその場にしゃがみ込んだ

 

背中に土方の気配を感じる

 

こんな弱い自分見せたくないのに、身体が言う事を聞いてくれなかった

 

不意に、グイッと土方に肩を掴まれたと思うと、そのまま横抱きに抱き上げられた

 

「・・・・・・・・・・・・!?」

 

そのままズンズンとさくらの部屋に向かって歩き出す

 

「ちょ・・・・・・降ろして下さい!」

 

「うるせぇ! 黙ってろ!」

 

さくらが真っ赤になって抗議するが、一喝されてしまう

じたばたと手足をバタつかせ、さくらは暴れた

 

「降ろして! 降ろして・・・・・・っ!」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

土方は答えなかった

答える代わりにそのままさくらの部屋まで行くと、部屋の障子を開け部屋に入った

 

「ったく、うるせぇ奴だな。 ほらよ」

 

そう言い放つと、まだ畳んでなかった布団の上にさくらを降ろした

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらはどうして良いのか分からず、無言のまま土方を見た

土方は面倒くさそうにはぁ…と息を吐くと、グイッとさくらの頭を押した

そのまま、ポスっと横にさせられる

 

「具合の悪い奴が、無理してんじゃねぇよ。 良いから、寝てろ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらはムッとして、そっぽを向くと布団をガバッと被った

背後で、土方が大きなため息を付く音が聞こえる

 

「可愛げがねぇぞ」

 

ボソッとそう呟くと、土方はこつんとさくらの頭を叩き、そのまま部屋を出て行った

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらはちらっと土方が出て行った方を見た

 

「どうせ、可愛げが無いわよ・・・・・・」

 

不貞腐れた様にそう呟くと、さくらは布団を深く被った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また夢を 見た

 

空に満天の星空にまんまるな真っ白いお月様

傍には樹齢何百年か知れない桜の大樹

 

夜の闇に浮かぶ様なその白い桜の花は、大きな花弁を開き瞬いていた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

夢か現か――――

 

錯覚しそうになる

 

夢の様にも思えるが

その手に触れる樹の感触や、頬を撫でる風の感触は本物の様だった

 

だが、これは夢だと 思う

 

さくらは目の前の桜の大樹に触れた手をそっと離した

つと、大樹を見上げる

 

さらさらと宙を舞う様に、花弁が舞っていた

 

サァ・・・・と風が吹いた

さくらの漆黒の髪が揺れ、風が頬を撫でる

 

着物の裾が揺れ、パタパタと靡いた

 

 

―――あなたまるで木漏れ日の様に――――

   光が差した 私に生きる希望くれた――――

 

 

さくらはぽつぽと口ずさんだ

さくらの詩に呼応するかの様に、桜が一斉に舞いだす

 

 

 

――――私が私らしく居られるのは あなたが居るから――――

 

 

 

その時、ザァ・・・と強めの風が吹いた

 

「――――・・・・!」

 

不意に吹いた風が、さくらの視界を遮った

 

桜がバッと舞い、辺り一面に舞い散る

 

 

 

「………綺麗な歌だな」

 

 

 

不意に声が聞こえて、ハッとして声のした方を見ると

また――――土方が立っていた

 

土方は、桜の中に居て 一層際立って見えた

そこだけ、ぽっかりと光が差し込んだ様だ

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは思わずそれに魅入ってしまった

 

綺麗――――と 思った

 

そこに立つ、土方の姿が

桜の中に立つ、土方の姿が 綺麗 と

 

揺れる黒髪が

着物から見える腕が

腰にはいている刀が――――

 

美しい と

 

「どうした?ぼぅとして」

 

不意に話しかけられ、ハッとする

 

「――――・・・・・・!」

 

さくらは思わず、顔が熱を帯びていくのが分かった

ぱっとさくらの頬が桜色に染まる

 

さくらは、ぷいっとそっぽを向き

 

「・・・・・・何でもありません」

 

「何でない・・・ねぇ」

 

くくくと笑いながら土方は腕を組んだ

思わずむっとしてしまう

 

「・・・・・・笑わないで下さい」

 

さくらは視線を逸らし、そう言い放った

土方はくくくと笑いながら、手を伸ばし ぐしゃっとさくらの頭を撫でた

 

「怒るこたぁねぇだろ」

 

「・・・・・・別に、怒ってなんか・・・」

 

「そうかぁ?」

 

くつくつと笑いながら、土方はさくらの頭をぽんぽんとする

 

さくらは子ども扱いされている様な気がして

むぅ…難しい顔になた

 

眉間に皺が寄っている

 

不意に、ザァ・・・と風が吹いた

 

さくらと土方の間を風が駆け抜けて行く

桜の花弁がバッと舞った

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

桜の中に居て、土方はふっと微笑んだ

 

「お前には、桜が似合うな」

 

いいえ 貴方こそ”桜”が似合う――――

 

さくらはそう思った

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

お互い、無言になる

目と目が 合う

 

さくらは何だか気恥ずかしくなって、パッと視線を逸らした

 

何だか、優しい と思った

夢の土方は優しい と

 

纏っている空気が 穏やかだと思った

 

ふと、さくらは土方を見た

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

また 目が合う

 

ずっと見ていたのだろうか?

 

そう思うと、かぁ・・・と頬が熱くなった

朱に染まった頬を押さえ、俯く

 

「・・・・・・あまり、見ないで下さい」

 

「何故だ」

 

「・・・・・・何故って・・・」

 

恥ずかしいから

 

とは言えなかった

 

視線が 気配が さくらの身体に伝わる

 

見られている――――

 

そう思うと、益々頬が熱くなった

白い、首筋が朱に染まる

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは俯いたまま何も言えなくなってしまった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

また、沈黙が続く

だが、”不快”では無かった

 

穏やかな ゆっくりとした 時間――――

 

「――――・・・・・・」

 

何かを言おうと顔を上げた時

そこで、目が覚めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――・・・・・・」

 

さくらは薄っすらと目を開けた

見覚えのある天井が視界に入る

 

私 寝てた・・・・・・?

 

そう思い、身を捩った時声が聞こえた

 

「起きたか」

 

「・・・・・・え?」

 

声のした方を見ると、土方が座ってじっとさくらを眺めていた

 

「・・・・・・っ! 土方さ・・・」

 

 

 

「この、どあほうが!!」

 

 

 

いきなり、怒鳴られさくらはビクッとした

恐る恐る目を開けてみると、眉間に眉を寄せた土方がさくら見ていた

 

怒ってる・・・・・・?

 

何で・・・・・・?とも思うが、口が開かない

 

「怒鳴られる意味。分かってるだろうな」

 

土方は、大きく息を吐き、腕を組んだままため息を付いた

 

「・・・・・・・・・・?」

 

さくらは意味が分からず、首を傾げた

すると、益々土方の眉間の皺が寄った

 

「おめぇ、まさか、分からねぇ訳じゃねぇだろうな」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

分からないので答え様が無い

 

さくらは、少し俯き

 

「・・・・・・分かりません」

 

ぼそっと呟く

 

はぁ・・・と土方が盛大なため息を付いた

そして、キッとさくらを見て

 

「お前、まともに飯を食ってないんだって? どういうこった。 俺は飯を食うなとは言ってねぇよな」

 

「あ・・・・・・」

 

言われてハッとする

 

そうだ

それで私、倒れて――――

 

「そんなの倒れて当たり前だろうが!」

 

また怒鳴られた

 

さくらはビクッと身を縮こませた

盛大なため息が聞こえてくる

 

「お前な、何で飯を食わない?」

 

「それは・・・・・・」

 

さくらが言いよどむ

 

「………ん?」

 

「……………」

 

さくらはギュッと布団の端を掴んだ

 

「・・・・・・ので」

 

「何だって?」

 

「食してしまったら、帰れなくなる気がしたので・・・・・・」

 

「は?」

 

「ですから、一緒に頂いてしまったらもう、戻れなくなる気がしたからです・・・だから――――・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

土方がその菫色の瞳を大きく見開いた

次の瞬間、また盛大なため息が聞こえて来た

 

「バカかお前」

 

土方の呆れ声が返って来る

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらはしゅんっとなって俯いた

 

「たかが、飯食ったぐらいで帰れないとかアホかってんだよ。 いや、バカだな」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「バカらしい。 そんな下らない理由で身体壊してちゃ世話ねぇはな」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「アホらしい。どんな理由かと思ったら、そんな下らない理由かよ」

 

「・・・・・・バカとかアホとか言わないで下さい」

 

さくらはむっとして、負け惜しみを言う

土方は、ハッと笑い

 

「減らず口を叩くな」

 

そう言って、スッと小さな土鍋を差し出した

 

「ほら、食え」

 

「え?」

 

「俺様が作ったんだ。ありがたく食えよ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

土鍋を受け取って蓋を開けた

中からほかほかのお粥が出てくる

土方さんがこれを作った・・・・・・?

 

さくらはぽかんとしてその粥と土方を見比べた

 

「・・・・・・料理、出来たんですか?」

 

「ああ?」

 

出てきたのはそんな言葉だった

土方の眉間に皺が寄る

 

「俺たちゃぁ自炊だぜ? 料理ぐらい出来るに決まってんだろ」

 

自炊だったのね・・・・・

知らなかった

 

「とにかく、お前は食え」

 

照れ隠しの様に、土方はこほんと咳払いをすると、そう言った

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは、無言のまま粥を掬おうと蓮華を持とうとした

だが、持ったつもりの筈の蓮華がからんと落ちた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

手を見ると、手が震えていた

手が震えて上手粥を掬えない

 

はぁ・・・・とまた盛大なため息が聞こえて来た

 

「ったく、しょうがねぇな」

 

土方はそう言うと、さくらから土鍋と蓮華を取り上げた

そして、土鍋から粥を掬うとスッとさくらの口元に差し出した

 

「・・・・・・え!?」

 

「良いから、食え」

 

そう言われて、さくらは蓮華の中の粥を見つめた

そして、恐る恐るそっと口付ける

 

粥が喉を通って行くのが分かった

普通の粥なのに、今まで食べてなかった分、一層美味しく感じる

 

「どうだ?」

 

「・・・・・・美味しい・・・・です」

 

「そうか」

 

そう言うと、土方はもうひと掬い粥を掬った

そして、さくらの口に運んだ

 

「・・・・・・ん」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

ぱく

 

粥が喉を通る

 

「・・・・・・土方さん・・・あの・・・・・」

 

「言うな。俺も恥ずかしい」

 

土方は少し顔を赤らめながら、そう言った

 

そうして、気が付いた時には土鍋の粥は空になっていた

 

「よし、食ったな」

 

さくらが少し頬を赤らめ、こくと頷く

 

「じゃぁ寝てろ」

 

こつんっと額を押され、さくらは横になった

 

「いいか。今度からちゃんと飯食えよ」

 

そう言いは放つと、土方は恥ずかしいさを隠す為かさっさと部屋から出て行ってしまった

 

「……………」

 

さくらは無言のまま、頬を少し朱に染めた

そして、ゆっくりと目を閉じ、眠りの淵へと落ちていった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土方さんの手ずからゴチですww

今回は、土方さんばっかりだ(今までが出ずだっただけに)

 

2009/07/01