櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

◆ 一章 疑心 1

 

 

「さくらちゃん」

 

部屋の小窓から外を眺めていると、千鶴が声を掛けて来た

千鶴は、手にお茶とお饅頭を持って、部屋に入ると障子の戸を開けたままさくらの傍に腰を下ろした

 

「お茶しない?」

 

「・・・・・・・・・」

 

そう言って、湯呑を差し出す

さくらは無言のまま、その湯呑を受け取った

 

湯呑からほのかな昆布茶の匂いがする

 

「梅昆布茶だよ」

 

千鶴は、お饅頭をうまーと頬張りながら、梅昆布茶をこくりと飲んだ

さくらも、こくっと手の中の湯呑に口付ける

 

口の中に梅の酸味が広がっていって、温かい昆布茶の甘みが染み渡っていった

 

「天気、悪いね」

 

「・・・・・・・・・」

 

そう言いながら、千鶴は空を見上げた

 

どんより雲が厚く掛かり、今にも雨が降り出しそうだ

四月とは思えない様な、生暖かい空気が肌に付く

 

さくらは小さく息を吐き、ことんと湯呑を畳の上に置いた

 

「千鶴・・・・・・」

 

「ん?なに?」

 

サァ・・・と風が吹き、さくらの長い漆黒の髪を揺らした

リリン・・・・と結い紐の鈴が鳴る

 

「千鶴はどうしてここに居るの?」

 

「・・・・・・え?」

 

千鶴がきょとんとして首を傾げた

さくらは、つと前を見据え真面目な顔で千鶴を見た

 

「男装してまで、新選組に居る理由は何?」

 

「・・・・・・・・・」

 

真面目に聞いているのが伝わったのか、千鶴の表情が硬くなる

無言のまま、持っていた湯呑を膝の上に置き少し俯いた

 

聞いてはいけない事だったのだろうか・・・・・・

 

と、今更ながらに、自分の軽率さに後悔する

 

先日の自分の軽率な発言が、今のこの状況を作っているのに

今また”言ってはならない事”を言ってしまったのだろうかと思ってしまう

 

「・・・・・・別に、言いたくないなら―――・・・・」

 

「あ! ううん。 違うの!!」

 

言い掛けたさくらの言葉を千鶴が遮った

慌てて手を振り、否定する

 

「えっとね・・・・・・、私父様探して江戸から来たんだ・・・・十二月ぐらいだったかな?」

 

思い出す様に千鶴が話し出した

 

「でね、危ない所を土方さん達に助けてもらったの。 それで、新選組も父様を探してて、娘の私が居たら探しやすいんじゃないか…って。 それで厄介になってるんだ。 頼ろうと思ってた先が留守でどうしようかって思ってた所だったから、助かったんだけど――――」

 

そこまで言い掛けて千鶴が言葉を切った

 

「・・・・・・・・・?」

 

「・・・・そこまでは良かったんだけど…あ、男装してるのはそうしないと置けないって言われたからね。 多少不便はあるけど、それは仕方ないって思ってるから良いんだけど・・・・・・はぁ」

 

恐らく、千鶴が男装する理由は自分が言われた事と大差ないだろうと予測が付いた

 

「私は、そこまでしろとは言われなかったわ」

 

でも、さくらは男装までしろとは言われなかった

千鶴だけするのは不公平じゃないかと思う

 

千鶴は苦笑いを浮かべ

 

「あーうん。 元々、江戸から京に来るまで安全の為男装してきてたんだ。 だからじゃないかな。 そのまま続けろって言われたし」

 

「・・・・・・そう」

 

千鶴は、お饅頭を頬張りながら、はぁーとため息を付いた

 

「まぁ、それは良いのよ。もう、慣れたし。それは良いんだけど・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・?」

 

何だか煮え切らない様子だった

さくらは疑問に思い、首を傾げた

 

「土方さんからねー外出禁止令が出てるのよ」

 

ぴくっとさくらが反応する

 

外出禁止令――――

 

じゃぁ、千鶴はわざわざ京まで来たのに、未だに新選組の屯所から出た事無いのか?

それは余りにも酷ではないだろうか・・・・・・

 

「実はね、何度か抜け出そうとも思ったんだけど・・・・」

 

こそっと千鶴が声を落とした

 

「土方さん、怖いでしょ?あの目で睨まれたら・・・・ねぇ」

 

命令無視は出来ない――――と、千鶴は呟いた

 

千鶴は、はぁーと大きくため息を付き

 

「本当は、父様探しに行きたいんだけど・・・・・・街に出ようにも許可が下りないし、一応お世話になってる身としてはね――――」

 

「でも、部屋でぼーとしてるのも何だかあれだし、出来るなら何か役に立てればと思うんだけど、隊内の事も屯所の事も余り分からないし」

 

千鶴の話だと、屯所内で個別に部屋を持っているのは、幹部の中でも限られているらしい

得体の知れない子供が突然現れて、幹部並の扱いを受けるなんて……

 

「不満に思うの、分かる気がするし・・・・・」

 

はぁ・・・・・・と千鶴はため息を付いて、お饅頭を頬張った

 

「それに、土方さんからは、出来るだけ部屋から出ない様に言われてるでしょ? たまに、幹部の人から呼ばれて、雑用を手伝う事もあるんだけど・・・・・小姓みたいに身の回りのお世話をする訳でも、近習みたいに身辺警護する訳でもないじゃない? もっと、何ていうか・・・・・・家事手伝いみたいな? それがねー幹部から可愛がられている様に見えるらしくって、余計に隊士の人達から疎まれているみたい」

 

千鶴はお饅頭をぱくっと食べて

 

「・・・・・幹部の人達は、ただ見張ってるだけなんだけどな」

 

見張り・・・・・・

 

さくらは少し考える様に、手を口に当てた

 

確かに、千鶴の言う通りここ数日、幹部の連中が代わる代わる様子を見に来ていた

最初は、物珍しいからかとも思ったが…やはり、見張られていた様だ

 

そんな気はしてたけれど・・・・・・

 

実際に、そう言われると心中穏やかではなかった

 

さくらが余計な事を口走らない様に、代わる代わる監視しているという事だ

 

さくらは、はぁ・・・と小さく息を漏らした

 

「どうせしばらくお世話になるんだし、屯所の人達とも仲良くしたいんだけどなー。 でも、本当の事は話せないし・・・・・・」

 

出来るだけ、隊士さん達と関わらない様に、ひっそり生活していくしかないのかもと千鶴はぼやく様に呟いた

 

「ひっそり、生活するなら部屋から出ないのが一番なんだけど・・・・・・やっぱり、父様探しに行きたいんだよね・・・・何だか足止め食らってる様な気分」

 

苦笑いを浮かべならが、千鶴は頭をかいた

 

「・・・・・・行かないの?」

 

「え?」

 

「土方さんなんて無視して行けばいいのに」

 

我ながら無責任な事を言っているな……とさくらは他人事の様に思った

でも、本当にそう思ったのだから仕方ない

 

千鶴は、んーと少し考え

 

「行けるんならそうしてる。 でも、やっぱ無理かなーそんな度胸無いよ」

 

あははと笑いながら千鶴は手を振った

 

「さくらちゃんはどうして新選組に厄介になる事になったの?」

 

「それは・・・・・・」

 

言い掛けて、さくらは言い淀んだ

ここで不用意な事を言えば、千鶴にまで害が及ぶかもしれない

 

さくらは、少し考え

 

「・・・・千鶴と似たようなものかな」

 

「え? さくらちゃんも父様探して京に来たの?」

 

こくとさくらは頷いた

 

「へぇー凄い偶然だね!」

 

「・・・・・・そう・・・ね」

 

探してるのは、ずっと前からだけど………

京に来たのも、京に来る予定があったからそれに付いてきただけだと言えばそうなる

 

幼い頃出て行った父など、さくらにとっては今はさして重要じゃなかった

今更、見つけた所でどうにかなるものでもない

 

むしろ、今自身にとって重要なのは

 

千景・・・・・・

 

あの人に会えない事だった

 

さくらはぎゅっと手を握りしめ、視線を落とした

 

「そっかそっかーさくらちゃんも父様探してるんだ。 お互い見つかると良いよね

 

「・・・・・・・・・」

 

”そうね”とはさくらは言えなかった

 

千鶴は少し考え

 

「さくらちゃんになら教えてもいいかな・・・・」

 

そう言って、腰にはいている小太刀を取り出す

そして、スッと鞘から刀を抜いた

 

キラッと銀色の刃が光る

 

「見てて」

 

千鶴はスッと人差し指に刃を当てると、スッと刃を引いた

 

「・・・・・・っ」

 

じわっと血が滲み出てくる

 

「千鶴?」

 

「ほら」

 

千鶴がスッと切った人差し指を差し出した

すると、不思議なことに傷口が見る見るうちに塞がっていく――――

 

「千鶴・・・それ」

 

「はは、変でしょ? でも、小さい頃からなんだ」

 

千鶴は、指でサッと血を拭いた

もう、傷は残ってはいなかった

 

「体質なのかは分からないけど、小さな傷なら直ぐ…大きな傷なら翌日には治っちゃうんだ。 小さい頃は気にしてなかったけど、流石に今は普通じゃないって自覚してる」

 

千鶴は小太刀を鞘に仕舞い、床に置いた

 

「昔、父様に相談したら、それは天からの授かり物だって言われた。 で、人には言わない様に言われたの」

 

「・・・・・・どうして、私には言ったの?」

 

「んーどうしてかな。 さくらちゃんなら良いかなって思ったの」

 

さくらは、ふっと表情を和らげそっと千鶴の手に触れた

 

「痛いでしょうに・・・・・・」

 

「・・・・・・気持ち悪くないの?」

 

ぷるっとさくらは首を振った

 

「・・・・・・気持ち悪くないわ」

 

だって、私も――――

 

「そっか」

 

千鶴は、にこっと笑って

 

「さくらちゃんは良い子だね。うん。 やっぱり、さくらちゃんとは友達になりたいな」

 

そう言って、千鶴は微笑んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

さくらは部屋の片隅で、小窓から見える外を眺めていた

 

さっき、千鶴が言った言葉

 

”さくらちゃんは良い子だね”

 

良い子・・・・・・?

私が・・・・・?

 

滑稽過ぎて笑いが込み上げてくる

良い子は嘘なんて付かないわ・・・・・・

 

こんな自分と友達になりたいと言った千鶴

千鶴こそ良い子じゃないか

 

千鶴の先ほどの傷が消えた事が思い出される

 

千鶴は恐らく――――

いいえ、傷を見なくても気配で分かっていた事

千鶴本人は気付いていないけど・・・・・・彼女は――――

 

彼女は言った”雪村”と

 

恐らく、雪村家の生き残り――――

 

まさか、純血が生き残ってたなんて・・・・・・

もし、この事を千景が知ったら・・・・・・?

 

 千景は、私から離れていく――――?

 

さくらはぷるっと首を振った

 

言わない 言えない

千鶴の為にも・・・・・・?

 

違う、自分の為 だ

 

自分の保身の為、重要な事を見逃そうとしている――――

 

さくらはそんな考えしか出来ない、自分が 醜くて 嫌いだった

 

「こんな私、千鶴に相応しくないわ・・・・・・」

 

友達になど なれる訳がない

 

こんな自分・・・・・・・・・・

 

さくらはギュッと手を握り締めた

サァ・・・と風が吹き、さくらの高く結い上げた髪を揺らした

 

「千景・・・・・どうにか、なりそう」

 

このまま、ここに居たら もっと自分が嫌いになりそう――――

 

嫌な自分 嫌な感情 嫌な言葉

自分で自分が嫌になる

 

千鶴に対しても、新選組の幹部の人達に対しても

 

ふと、土方の怒った顔が浮かんだ

 

あの人――――

 

「怒ってたのよ、ね・・・・当たり前・・・・か」

 

あんな態度を取れば、誰だって怒るだろう

 

幹部連中が入れ代わりで様子見に来るが、土方だけは、一度として現れなかった

近藤ですら、現れたというのに

あの人は、一瞬でも、ほんの一時でも自分の前に姿を現す事は無かった

 

嫌われてるのかも・・・・・・

 

あんな態度を取ったのだ、嫌われていても仕方がない

 

別に、構わないけれど・・・・・・・

 

土方に嫌われたからといって、これといって何かが変わるわけでもない

 

別に、私は傷付かない

だから、平気だ

これといってどうという事はない

 

だから、大丈夫――――

 

どうせ、直ぐにここから去るのだから・・・・・

 

そう――――長居はしない

去るのだから、親しく関わる必要も ない

 

必要・・・・・・ない・・・

 

 

  『逃げれば斬る』

 

 

不意に、土方の言葉が脳裏に浮かんで 消えた

 

斬られる・・・・・・の、かしら・・・・

 

あの人は脅しで言ったんじゃないと分かる

多分、いや、恐らく 逃げれば斬られる――――

 

 

『その覚悟があるのなら逃げればいい』

 

 

 

 

 

「その覚悟があるのなら逃げればいい」

 

「――――え?」

 

さくらは耳を疑った

顔を顰め、土方を見る

 

土方は何事も無かったかの様に、ただ真っ直ぐさくらを見据えていた

 

「別に、逃げたっていいんだぜ?その覚悟があるなら、な」

 

くくっと笑いながら土方は笑った

 

「・・・・・・・・・・っ!」

 

馬鹿にされてる・・・・・・っ!

 

反射的にさくらは頬を赤らめた

 

「逃げません」

 

無意識にそう言い放っていた

 

「逃げません」

 

真っ直ぐ、土方を睨み付け、口にする

 

「そうかよ」

 

くっと土方は笑い、そのまま席を立った

そして、そのまま部屋を後にする

その後に、続く様に幹部連中も部屋を出て行った

 

 

 

 

あの時――――

 

土方はさくらが逃げないと分かっていて、そう言ったのだ

 

くやしい・・・・・・

 

何もかも、土方の思い通りじゃないか

 

さくらはぎゅっと唇をかみ締めた

じわっと涙が込み上げてくる

 

あんな人のせいで泣くものか・・・・・・!

 

さくらはごしごしと目を擦った

 

でも、一度関を切った感情は止まらず、次から次へと溢れ出てきた

 

「・・・・・・っふ・・・っく・・・・」

 

ぼろぼろと溢れ出てきては、その長い睫を濡らした

 

千景・・・・・・千景、千景

 

 

千景・・・・・・・・・・!

 

 

『お前が睨んだって怖くねぇよ』

 

何故、あの男の言葉を思い出すのか・・・・

 

『なら、誰かに雑用として付けりゃぁ良いだろ』

 

何故、あの男の事を思い出すのか・・・・・・

 

あんなひと 私は、知らない――――

知りたく――――ない

 

「千景・・・・・・」

 

溢れ出た感情は浪波の様に揺れ動き、さくらの心を揺さぶっていった

 

「会いたい、よ・・・千景・・・・・・」

 

さくらは、ただ ただ1人 泣き続けた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「土方さんは?」

 

「大阪だろ?」

 

「あ、そっか」

 

夕食の時間、幹部連中は広間に集まっていた

当番制で作ったお手製の夕食を頬張る

 

「でもさーさくら、ちゃんと食べてるかなー」

 

藤堂が思い出した様に呟いた

 

「そういやぁ・・・昨日も箸を付けてなかったな」

 

原田がうーんと唸りながら、ぼやいた

 

「だろ? 一度きちんと言った方がいいと思うんだよねーオレ」

 

「食事は大事ってか?」

 

「そうそう、食事は――――「でもさーさくらちゃんからしてみれば余計なお世話かもしれないよ?」

 

そこに沖田が割って入って来た

 

「食べるか食べないかは彼女次第でしょ?」

 

「そうだけどさーやっぱ食べないともたないじゃん」

 

ぶぅ・・・・と膨れながら藤堂がぼやいた

 

「ま、確かに平助の言う事も一理あるよな。 全然食べてないみたいだし・・・・そろそろやばくね?」

 

原田が言い聞かせる様に沖田に言った

 

「だよなー流石、左之さん! 話が分かるー」

 

藤堂が銜え箸をしながら、原田の肩を叩いた

 

「ま、勝手にしたらいいよ。 僕は知らないよ?」

 

沖田はそう言い放つと、すたすたと自分の膳がある方へ歩いて行った

 

「仕方ない。 後で様子見に行ってみるか」

 

原田がおかずの小魚を頬張りながら呟いた

 

「オレもオレもー」

 

藤堂がはいはーいと手を挙げる

 

「左之の世話焼きが始まったぜ」

 

永倉がにやにやしながら原田をおちょくりつつ、隣の藤堂のおかずに箸を伸ばす

 

「言ってろ」

 

「ちょっと新八っつぁん! さり気なくオレのおかず取らないでよ!!」

 

「ふっふっふ、甘いぞ平助! 世の中弱肉強食だ!!」

 

永倉と藤堂の攻防が繰り広げられる中、原田は呆れてため息を付くのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土方さん…少しか出てこず( ̄▽ ̄)ノ_彡☆バンバン!

今、大阪に居るらしいですよー

 

左之が世話焼きです

趣味です

 

2009/06/14