櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 序章 桜鬼 2

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

千鶴が懐刀をさくらに渡した後、部屋を出て行って、どのくらいたっただろうか

 

さくらはそっとその懐刀に触れた

そして、優しく撫でた

 

あの人は…土方と言ったか…素直帰す訳にはいかないと言った

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは出口の方を見た

 

特に誰かが見張りをしている訳でもない

自分を拘束するものがあるでもない

 

さくらは立ち上がり、そっと障子に耳を当てすました

 

人の気配は無い

 

さくらは懐刀を胸元にしまい、すっと障子に手を掛けた

その時だった、何故か自然に障子が開き――――

 

「ぬあっ!?」

 

「・・・・・・きゃっ!?」

 

見知らぬ男に正面から衝突してしまった

さくらは慌てて身を庇い、その男を凝視する

 

男はびっくりした様な顔をしてさくらを見た

 

「おや・・・・・・随分大胆な方ですね。まさか逃げるおつもりだったんですか?」

 

もう1人、優しげな表情の男が現れる

 

「勝手に動かれては困ります。君の身が余計に危うくなるだけですよ?」

 

表情は優しげだが言っている事は優しくなかった

目が全然笑っていない

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは無言のまま2人の男を睨み付けた

 

不意に、拘束されなかった理由に思いつく

 

・・・・・・それはきっとこの人達がさくらから目を離さない状況を作っていたからだ

 

「逃げれば斬る。 ・・・・・・俺は確かにそう言ったはずだが?」

 

土方の低い声が響いた

声は静かだが声色に怒りの念を感じる

 

「残念だけど、殺しちゃうしかないかな。 約束を破る子の事なんて信用出来ないからね」

 

沖田がひょっこり現れて、残念そうな様子も無く、さくらに微笑み掛けた

 

「・・・・・・総司」

 

その後に斎藤が現れ呆れ顔で沖田を見た

 

「・・・・・・約束なんてしていません」

 

さくらはじっと沖田を見て、静かにそう呟いた

 

「土方さんが、ただそう仰っただけです」

 

キッと5人の男を睨みつけ、さくらはそう呟いた

 

「だってさー近藤さん、殺しちゃいましょうよー」

 

沖田がくすくすと笑いながら、さくらがぶつかった男に語りかける

 

「いや・・・・・・しかし、女子をだなー」

 

近藤と呼ばれた男はうう~むと悩みながらさくらを見た

 

「口さがない方で申し訳ありません。 あまり、怖がらないで下さいね」

 

優しげな男がにっこりと微笑みながらそう言った

 

「何言ってんだ。 一番怖いのはあんただろ、山南さん」

 

土方は何言ってんだという感じに呆れ顔を浮かべて、からかう様な口調で言った

その言葉に沖田がうんうんと頷いている

 

「おや、心外ですね。 沖田君はともかく、鬼の副長まで何を仰るんです?」

 

山南という男は、心外と言いながらも微笑んだままだった

土方も薄く笑い特に何も言おうとしない

 

「トシと山南君は、相変わらず仲が良いなぁ・・・・・・」

 

近藤がほくほく顔で言う

・・・・・・・・・・・・

 

どこが仲が良いのか

微妙にぴりぴりした空気を感じながらさくらは無言のまま彼らを見た

 

少なくとも発言した本人はそう信じ切っている

 

近藤はさくらに向き直り

 

「ああ。自己紹介が遅れたな。俺が新選組局長、近藤勇だ」

 

「・・・・・・どうも、ご丁寧に」

 

さくらは、小さく頭を下げた

 

・・・・・・この人が、新選組で一番偉い人

 

「それから、そこのトシが副長で、横に居る山南君は総長を務めて――――」

 

「いや、近藤さん。何で色々教えてやってんだよ。あんたは」

 

土方が間髪いれず突っ込む

 

「・・・・・・む? ま、まずいのか?」

 

「情報を与える必要がねぇだろ。 黙ってる方が得策じゃねぇか」

 

「わざわざ教える義理はありませんね」

 

うろたえる近藤を見て、土方と山南が呆れ顔で言った

 

「ま、知られて困る事じゃないよねー。 もっともそのぐらいの事知ってるかも知れないけど?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

沖田がにやりと笑いさくらを見た

さくらは何も言わず、表情1つ変えず、沖田を見た

 

近藤は少しの間しょんぼりしていたが、気を取り直した様に居住まいを正した

 

「・・・・・・さて、本題に入ろう。 まずは改めて昨夜の話を聞かせてくれるかな」

 

近藤に視線を向けられた斎藤がかしこまった仕草でこくりと頷き

 

「昨夜、京の街を巡回中に桜鬼と遭遇。 これを追跡。 その際彼女を発見したそうです。 彼女は意識が無かったそうです」

 

そう言った斎藤が、ちらりとさくらに視線を投げてきた

さくらは無表情のまま黙っていた

 

「そして、先ほど彼女の口から”あれ”についてと思われる発言を聞きました」

 

”あれ”とあえて斎藤は言った

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは無言のまま5人を男を順番に見た

近藤はう~んと考え

 

「君は、何か知ってるのかな?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「何故、知っているのか教えてもらえないだろうか」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

次の瞬間、さくらはバッと駆け出した

近藤の横をすり抜け、そのまま廊下に出る

 

だが――――

 

「・・・・・・おまえ、本気で逃げ出せると思ったのか?」

 

「っ・・・・・・!」

 

あっさり土方に捕縛され、さくらは手首を掴まれた

 

「は、離して!」

 

「離したら逃げるんだろうが、このアホウ」

 

じたばたと動くさくらに土方は酷く苛立った声を出した

 

「でも! 居たら殺すんでしょ!? 私は、死ぬ気はありません!!」

 

怖さを誤魔化す様にさくらは声を張り上げた

 

「それに、私にはしなければいけない事が――――」

 

「ふん・・・・・・年端も行かねぇ小娘が、夜の街を徘徊して何を果たそうってんだ?」

「・・・・・・貴方には関係ない」

 

キッとさくらは土方を睨み付けた

土方はふんっと鼻を鳴らし

 

「命を賭けられる理由があるんなら、全部吐け。 ・・・・・・いいな」

 

土方の真っ直ぐな眼差しを見返して、さくらは無言のまま下を向いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さくらは広間に集められた新選組幹部連中に囲まれていた

 

「しっかし、女なら殺しちまうのも忍びねぇやな・・・・・・」

 

永倉が考え込む様に腕を組んで言った

 

「男だろうが女だろうが、性別の違いは生かす理由にならねぇよ」

 

永倉の呟きに、素早く土方が釘を刺す

ごもっともですと山南も同意する

 

「女性に限らず、そもそも人を殺すのは忍びない事です。 京の治安を守る為に組織された私達新選組が無益な殺生をする訳にはまいりません」

 

「結局、女の子だろうが男の子だろうが、京の治安を乱しかねないなら話は別ですよね」

 

沖田が微笑んで言う

 

・・・・・・元々、新選組自体評判は良くない

”あれ”の存在が広まれば、きっと大変な事になるだろう

新選組は京で活動しづらくなる

そうすると、結果として人々の守り手が居なくなり、京の治安が乱れる

 

彼らはそう考えている様だった

 

「それを判断する為にも、まずは君の話を聞かせてくれるか」

 

近藤の視線を受けて、さくらはその重苦しい口を開いた

 

「・・・・・・私は、八雲 さくらと申します」

 

さくらは順序立てて、要点だけを簡潔に述べた

 

元は江戸の出身である事

母が死に、幼い頃出て行った父を探している事

京には知り合いのつてで来た事

 

「そうか・・・・・・、君も江戸の出身なのか! 父上を探して遠路はるばる京に来たのか!」

 

近藤は、感極まった様に目を潤ませた

 

「して、その父上はなにをしに京へ?」

 

「・・・・・・分かりません。ただ母が”父上は京に居る”と――――」

 

「で? 夜の京を徘徊してい理由は? 何故あの事を知っている」

 

土方が低い声で言った

 

「それは・・・・・・」

 

さくらはそこまで口走り、押し黙った

土方の鋭い眼光がさくらを射抜く

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは黙ったままそれ以上何も言わなかった

 

「だんまりかよ」

 

土方は はぁーとため息を付き立ち上がっ

そして、さくらの前に来て、その手をぐいっと引っ張った

 

「・・・・・・っ!」

 

「黙ってりゃぁ世話ないわな。 全部吐けつっただろ」

 

「い…痛い…」

 

ぐいっと手首を引っ張られ、さくらの顔が歪んだ

 

「言え」

 

言葉に怒りが感じられた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

だが、さくらはぎゅっと目を瞑り口を開こうとしなかった

 

「ト、トシ…女子に幾らなんでもその様にしては……」

 

「近藤さんは黙ってろ」

 

思わず止めに入った近藤を、土方が押し殺した様な声で黙らせた

 

「言ったほうが良いですよ」

 

山南がにっこり微笑みながらさくらに促した

 

「やっぱ、殺しちゃおうよ」

 

沖田が楽しそうにそう言い放つ

 

「おいおい、総司そりゃぁまずいだろ」

 

「総司はすぐそれだかんなー」

 

「全くだ」

 

原田、藤堂、永倉が口を揃えて言う

 

誰も、止める気はない様だ

 

「・・・・・・どうした。 言わねぇか!」

 

土方の怒りの声が聴こえてくる

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは唇をぎゅっと閉じ、だんまりを通した

 

「おい」

 

「・・・・・・言いたくありません」

 

さくらが低くそう呟いた

 

「なんだと?」

 

土方がぴくっと眉を上げる

 

さくらはキッと土方を睨み付け

 

「言いたくありません!!」

 

さくらは声を張り上げてそう言い放った

 

「・・・・・・てめぇ」

 

土方が怒りの表情で声を荒げようとしたその時だった

 

「トシさん、そのぐらいにしちゃぁあげんかね?」

 

「・・・・・・・・・・・・?」

 

声のした方を見ると、人の良さそうなおじさんがこちらを見ていた

 

「源さん」

 

源さんと呼ばれたおじさん――――井上源三郎はよっこらせと立ち上がると、こちらに歩いてきた

 

「幾らなんでも、年端もいかないお嬢さんにこれ以上手荒な事をするのは見てて忍びないよ」

 

そう言って、そっと、さくらの手を掴んでいた土方の手をやんわり離させる

 

「大丈夫かい?」

 

「・・・・・・は・・・・い」

 

さくらは安堵の息を漏らし、すとんっとその場にへたり込んだ

 

手首を見ると、赤く跡が付いている

そっとその跡に触れ、ぎゅっと掴んだ

 

土方は はぁーと大きくため息を漏らしどかっとその場に座り込んだ

 

「全く・・・・源さんには敵わねぇよ」

 

口元に笑みを浮かべ、そう呟くともう一度ため息を付きさくらを見た

 

「悪いが、言うまではここから出せねぇからな」

 

「・・・・・・そんな・・・・っ!」

 

今更ながらにあの事を口走ってしまった事を後悔する

だが、時既に遅いのだ

 

「帰る事は許さねぇ。 お前は今日からここで監視下に置かせてもらう」

 

「……………」

 

さくらはキッと土方を睨み付けた

土方はくっと笑い

 

「お前が睨んだって怖くねぇよ」

 

くくっと笑い、さくらの頭をぐしゃぐしゃとした

 

「殺されずに済んで良かったね。 ・・・・・・とりあえずは、だけど」

 

沖田は相変わらずにこにこ笑顔でそう言った

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

色々思う事があり、その言葉は素直に喜べなかった

 

「本来であればこの様な男所帯より、所司代や会津藩に預けてやりたいんだが・・・・・色々女の子だと不便だろう?」

 

近藤は悩む様に腕を組んだ

 

どうしてもさくらの身柄は、新選組に置くしかない様な口振りだった

 

「ま、まぁ、女の子となりゃぁ、手厚く持て成さんといかんよな」

 

「新八っつぁん、女の子に弱っちいもんなぁ……でも、だからって手のひら返すの早過ぎ」

 

「良いじゃねぇか。 これで屯所が華やかになると思えば、新八に限らず、はしゃぎたくもなるだろ」

 

原田が笑いながら永倉と藤堂に口を揃えた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「隊士として扱う訳にもいきませんし、彼女の身柄については少し考えなければなりませんね」

 

山南はさくらの置き場に付いて考えている様だった

 

困るぐらいなら帰してくれればいいのに…とも思うが、あえてそこは黙っていた

 

「なら、誰かに雑用として付けりゃぁ良いだろ。 近藤さんか山南さんとか――――」

 

土方が面倒くさそうに顔を歪めると、沖田が笑顔で口を挟んだ

 

「やだなぁ、土方さん。そういう時は、言いだしっぺが責任取らなくちゃ」

 

「ああ、トシの傍なら安全だ!」

 

即座に賛同する近藤も笑顔だ

 

「そういう事で土方君。彼女の事、宜しくお願いしますね」

 

駄目押しする山南も、きらきらの笑顔だ

 

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・てめぇら・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

こんなやり取りを見ていると、更に不安になってくる

 

さくらは皆に気付かれない様に小さくため息を付いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

障子を開けると、清々しい朝の空気が流れ込んできた

空は厚い雲に覆われていて、吹く風もいつもより強い様だ

 

「・・・・・・あれから7日・・・」

 

さくらは、はぁ・・・・とため息を漏らし、庭の桜の樹を眺めた

 

 

 

さくらの処遇が決まったあの日の夜――――

 

「お前の身柄は新選組預かりとする。が、女として屯所に置く訳にゃいかねぇ」

 

新選組に匿われている女が居る――――

そんな話が万が一にも広まれば、良くない勘繰りが生まれるかもしれない

千鶴はその為に男装をしているらしい

彼女もまた新選組に居なければならない理由があるのだろうか……

 

「だから、悪りぃが大人しくしててもらう」

 

土方の言葉は、理に叶ってる

 

「たとえ君にその気がなくとも、女性の存在は隊機を乱しかねませんしね」

 

山南はまるで冗談の様な、柔らかい口調でそう言い足した

 

「ですから、私達幹部の他、隊士達へも君の事情は話しません」

 

情報はそれこそ何処から漏れるか分からない

 

「じゃぁ…どうしろと・・・・・・」

 

どうしろというのだ

居ろと言ったのはそちらでは無いのか

そのくせ、女として置けないとか矛盾しているのではないか

まさか、自分も男装しろというのか?

冗談ではなかった

 

「屯所では何もしなくていい。 部屋を1つくれてやるから引き篭もってろ」

 

「あれ?おかしいなぁ。 この子誰かさんに付くんじゃなかったですか?」

 

・・・・・・・・・・・・

 

沖田の明るい声に、土方の顔が引き攣った

 

「・・・・・・いいか、総司。てめぇは余計な口出しせずに黙ってろ」

 

 

 

――――そんな感じで現在に致るのだが・・・・・・

 

 

「はぁ・・・・・・」

 

さくらは縁側に座って大きくため息を付いた

 

「・・・・・・千景・・・心配してるかな・・・・」

 

ぽつりと呟きながら、彼の人を思い出す

 

もう、連絡が途絶えて1週間・・・・・・

もしかしたら、探しているかもしれない

 

「・・・・・・そんな訳ない・・・・わ、よね・・・」

 

千景は探さないかもしれない

案外、気が付いてないとか・・・・

それはそれで悲しい

 

ぷるぷるとさくらは首を振った

 

「はぁ・・・・・

 

もう一度ため息を付く

 

はっきり言って言う気はない

つまりは、ここから出してもらえないという事だ

 

「いつまでこのまま・・・・・」

 

小刀を取り出し、手でなぞる

 

「千景・・・・・・会いたいよ」

 

声は風になり消えていった

さくらはもう一度ため息を付き、天を仰いだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土方さん好感度悪っ!

印象悪いですねー

 

2009/06/01