序章 桜鬼 1

 

 

 

「桜鬼が出たぞ――――――――」

 

 

 

 

血の匂いが強かった

夜の京の街を新選組隊士が行き交う

 

「いたか?」

 

「いや、いないな」

 

「とにかく、探せ!」

 

バタバタと足音を立てて走り回る

 

 

 

桜鬼――――

 

それは、京の街を跋扈する”鬼”――――

 

血を食らう悪しき”鬼”なのだ

 

彼ら新選組は京の治安を守る為、会津藩の藩命により桜鬼を追っていた

だが、桜鬼はその姿すら確認する事が出来ず、男か女なのか、はたまた子供なのか大人なのかすら分かっていなかった

分かっているのはただ1つ――――桜鬼の去った後には生きてはいるものの、首すじに噛まれた跡が残る――――という事だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらさらさら――――・・・・・・

 

桜が舞う

 

サァ・・・・・・

 

風が吹いた

 

ふわっと少女の長い漆黒の髪が揺れた

 

リリン…と赤い結い紐に付いている鈴がその音色を奏でる

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

少女はつと 面を上げた

 

「――――・・・・・・・・」

 

言葉を発したのか、その声は音にはならなかった

 

夜の闇に、少女の淡い桜色の着物が風に吹かれて揺れる

 

白い手を伸ばして、その桜の大樹に触れた

 

ゆっくりと大きな真紅の瞳を閉じる

 

まるで、そこだけ時間の流れが切り離されているかの様だった――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土方はふと何かに呼ばれた気がして、立ち止まった

不思議に思い、振り返る

誰も居ない街道が広がっていた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

土方は疑問に思い、首を傾げた

 

「・・・・誰だ・・・・・・・・・・?」

 

気のせいかとも思ったが、微かに 本当に微かに誰かが 呼ぶ声にもなっていない様な声が聴こえる気がした

 

「・・・・・・・・・・・」

 

土方は少し考え、その足を声のする方に向けた

 

 

 

 

 

 

どのくらい歩いただろうか

気が付けば、土方は京の街の外れにある樹齢何百年ともいえる様な桜の大樹の傍まで来ていた

 

 

――――木漏・・・・・・の様に・・・・・・・・・・・・

 

 

「・・・・・・・・・・・・?」

 

 

――――私は・・・・・・でしょう・・・・・・・・・・・・

 

 

歌声……?

微かだが、何かを口ずさむ様な歌声が聴こえてきた

 

途切れ途切れだが、それはとても切なくて、儚げな だが、美しい声だった

音にもなるかならないかのその微かな、声は桜の樹に近づくにつれて、徐々にはっきりしだした

 

――――あなたを愛してくれた詩を歌おう 儚くても構わない・・・・・・

 

 

誰だ?こんな時分に・・・・・・?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

土方は無言のまま、相手に気取られない様にゆっくりと気配を消して近づいた

 

桜の樹の下――――1人の少女の姿が視界に入った

 

淡い桜色に桜模様の着物から伸びる白い両の手が、桜を包み込むかの様に伸びていた

高く結い上げた長い漆黒の髪が風に吹かれて揺れている

桜色の唇から紡がれるその歌は美しく、まるで現世のものではないかの様だった

 

土方は惹かれるがままにその少女に近づいた

 

 

――――届けて どこまでも信じて あなたが生きている事が真実・・・・・・・・・・・・

 

 

後数歩という所まで近づいた時だった

 

パキッ・・・・・・

 

不意に小枝を踏んだのか、何かの音が必要以上に大きく辺りに響いた

 

その瞬間、ピクッと少女が身体を強張らせた

 

声が止み、辺りが静寂に包まれる

 

少女が目を見開き、ゆっくりと振り返った

大きな真紅の瞳が、印象的な少女だった

 

少女と目が合う

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

その瞬間、土方は彼にしては珍しく動揺した

 

ドクンと心臓が大きく脈打った

 

何だ・・・・・・?

 

何かを感じさせる様な、何ともいえない感情が湧き上がってくるかの様だった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

少女は無言のまま、土方をじっと見ていた

何も感じる事の無い様な無感情にも似た彼女の真紅の瞳が土方を捕らえて離さなかった

 

「――――・・・・・・」

 

不意に音にならない声が響いた

 

「――――?」

 

土方が聞き返そうとしたその時だった

突如、少女の身体がふらっと土方に向かって倒れてきた

 

「――――危ねぇ!」

 

土方は慌てて両手を伸ばし、倒れそうになる少女の身体をその身に受けた

 

「おい!」

 

声を掛けるが反応が無い

 

土方の腕の中で眠る様に倒れた少女から 微かに血の匂いがした――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は元治元年4月・京――――

 

昨年、壬生浪士組は、会津藩主・京都守護職松平容保より、主に尊攘激派(勤王倒幕)浪士達による不逞行為の取り締まりと市中警護を任される

同年8月に起きた八月十八日の政変に出動し、壬生浪士組はその働きを評価される

そして、新たな隊名「新選組」を拝命する

 

そして、その新選組局長の名が近藤勇

副長・土方歳三

総長・山南敬助

一番隊組長・沖田総司

二番隊組長・永倉新八

三番隊組長・斎藤一

四番隊組長・松原忠司

五番隊組長・武田観柳斎

六番隊組長・井上源三郎

七番隊組長・-

八番隊組長・藤堂平助

九番隊組長・-

十番隊組長・原田左之助

 

 

 

新選組屯所・八木邸――――

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

鳥のさえずりが聴こえて来た

庭の桜の樹が風に吹かれ、その花びらを舞わせる

 

「ん・・・・・・」

 

「あ、気が付いた?」

 

少女が目を覚ますと、枕元に袴姿の1人の少女が座っていた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

少女はゆっくり身体を起こし、その袴姿の少女を見た

腰に小太刀をはいた少女はにっこりと微笑み

 

「名前、聞いても良い?私、雪村千鶴。貴女は?」

 

千鶴と名乗った少女はにっこりと微笑み、高く結い上げた髪を揺らした

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

少女は自分の置かれている状況を理解しきれていないのか、その大きな真紅の瞳でまじまじと千鶴を見た

少女は少し目を伏せ

 

「さくら。 八雲 さくら」

 

鈴の様な でも、消えそうな声でそう呟いた

千鶴はぱっと嬉しそうに笑い

 

「さくらちゃんって言うんだ! さくらちゃん具合はもう良い?」

 

「……具合?」

 

「憶えてないかな?昨夜、目の前で急に倒れたんだって土方さんが言ってたの」

 

「・・・・・土方さ、ん・・・・・・?」

 

「あ、土方さんって、さくらちゃんをここまで運んでくれた人だよ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは辺りをゆっくり見回した

 

見慣れない風景

見慣れない建物

 

「・・・・・・ここは?」

 

「あ、ここは――――」

 

「あ、起きたんだ?」

 

不意に聞き慣れない男の声が廊下の方から聞こえて来た

 

「あ、沖田さん」

 

千鶴は振り返り、その名を呼んだ

沖田総司はさくらを見てにこっと笑い、千鶴の横に腰を下ろした

 

「もう、平気なんだ?」

 

「・・・・・・え?」

 

さくらは意味が分からないという感じに聞き直し、首を傾げた

 

「昨日、あの土方さんが女の子を連れて来るんだもん。 びっくりしちゃったよ。 しかも、こんな美人! 土方さんも隅に置けないよね」

 

あれこれ話す沖田について行けず、さくらは少し躊躇いがちに口を開いた

 

「あの・・・・・・」

 

「何? 僕の名前? 僕はね沖田総――――「あー総司!!」

 

不意にどやどやと数人の男達が部屋に入って来た

 

「総司! ぬけがけすんなよな!」

 

「そうだぞ総司」

 

「お、起きたのか」

 

3人の男が次から次へと話すので、さくらはびっくりして目を見開いた

 

「もー平助君、永倉さん、原田さん、さくらちゃんがびっくりしてるじゃないですか!」

 

 

千鶴が3人の男性――――藤堂平助、永倉新八、原田左之助に注意する

 

「悪いな、千鶴。 ほら、平助も新八も謝れ!」

 

原田が藤堂と永倉の頭を押さえる

2人は顔を見合わせて

 

「「すんません」」

 

ぺこりと頭を下げた

沖田はむーと少しふくれっ面になり

 

「ちょっとー新八さん、平助君、僕にも謝ってくれないかな。 自己紹介の最中だったんだよ?」

 

「お、そうかそうか」

 

と永倉が軽く沖田をあしらった

 

「俺は原田左之助。 宜しくな」

 

原田がにっこり優しく微笑みながら、さくらに挨拶した

 

「あー左之さんだけずりぃー!」

 

藤堂が間髪入れず抗議する

 

「いや、ずりぃ……ってお前……」

 

名乗るのにずるいもへったくれも無いと思うのだが、という感じに原田は藤堂を見た

藤堂は、はいはーいと手を挙げながら

 

「オレ、オレはね藤堂平助!」

 

「俺は永倉新八だ」

 

藤堂と永倉が千鶴と沖田の間に割り込んできて、元気良く名乗った

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは呆気に取られ目をぱちくりさせた

それから、くすりと笑い

 

「ご丁寧に、ありがとうございます。 八雲 さくらです」

 

にっこりと微笑み、長い漆黒の髪を揺らした

 

「さくらちゃんかー」

 

藤堂はへぇーという感じにさくらの名を呼んだ

 

「もー平助君も永倉さんも原田さんも良いでしょ! さくらちゃん起きたばっかりなんですよ!? ほら部屋から出て出て! 沖田さんも!」

 

千鶴が4人の背中をぐいぐい押しながら部屋から追い出す

その時だった

 

「お前ら…何やってるんだ?」

 

また聞き慣れない男の声が聞こえて来た

障子の向こうを見ると、見目麗しい男が訝しげに顔を顰めながら立っていた

その後ろにも、髪を1つに束ねた男が立っている

 

「「土方さん!!」」

 

藤堂と永倉の声が重なる

 

土方と呼ばれた男は部屋の中を覗き、「ああ・・・・・・」と声を漏らした

 

「なんだ、お前起きたのか」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

土方歳三は顔色1つ変えず、そう呟いた

 

さくらは、土方を見て小首をちょこんと傾げた

 

「もう、良いのか?」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「なんだ?しゃべれねぇのか?」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

さくらは黙ったまま、じっと土方を見た

土方は訝しげにさくらを見ると

 

「おい…何とか言ったら・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・ここは何処でしょうか?」

 

凛とした声が、部屋に響いた

 

土方ははぁ…とため息を付き

 

「なんだ、しゃべれるじゃねぇか」

 

髪をかきながらそう呟くとはぁ…と2度目のため息を付いた

 

「ここは、新選組の屯所だ」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

新選組・・・・・?

 

「・・・・・・ああ」

 

さくらは ぽつり と驚くべき事実を呟いた

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・まがい物の”鬼”を作っている”人斬り集団”」

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

土方、沖田、原田、永倉、藤堂の顔が一瞬にして硬直した

 

「・・・・なん、だと!?」

 

土方の表情が見る見るうちに変わる

 

「え? まがい……?」

 

千鶴は何の事か分からないのか、きょとんとしていた

 

さくらはつと土方を見て

 

「あれは、人の手に余る物。 止めておいた方が良いと思います」

 

土方は目を見開き

 

「ふ…どうやら、あんたを素直に帰す訳にはいかない様だな」

 

「副長」

 

土方の後ろに控えていた男が土方に声を掛けた

土方はその男を見て、こくりと頷く

 

「おい、女」

 

そして、さくらを見ると、腰にはいていた刀に触れ

 

 

 

「逃げれば斬る」

 

 

 

ぴくっとさくらが反応する

 

「斎藤、総司、左之助、新八、平助、来い!」

 

そう言い放つと、どすどすと足音を立てて部屋から出て行った

その後に、土方の後ろに控えていた斎藤一が続く

 

「あーじゃぁ、俺ら行くな?」

 

藤堂は気まずそうに苦笑いを浮かべると、それに続いた

 

「またな、さくら」

 

原田がさくらに声を掛けて部屋を出る

その後に、永倉、沖田も続いた

 

「・・・・・・・・・・・」

 

さくらは無言のまま、彼らを見送っていった

千鶴と2人きりになる

千鶴は何が何だか分からないという感じに、困惑した表情を浮かべていた

 

「あの・・・さくらちゃん? 何の事・・・・・・?」

 

恐る恐るさくらに尋ねる

さくらは千鶴を見て

 

「・・・・・・・・千鶴」

 

「あ…そうだ、これ! さくらちゃんの?」

 

千鶴は話を逸らそうと、ある物を取り出した

 

「あ・・・・・・」

 

それは1本の懐刀だった

 

赤い紐を装飾にした黒塗りのその懐刀は美しい、光を帯びていた

 

「さくらちゃんが倒れた時に、落ちたらしいんだけど…」

 

さくらはそっとそれを受け取り、手でなぞった

 

「・・・・・・・・・・・そう」

 

そして、つと千鶴を見て

 

「ありがとう」

 

と呟いたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土方夢開始です

お付き合い下さいw

 

2009/06/01