◆ 弐ノ章 出陣 29
――――― 丹波・亀山城
『我の名は“土雲”。 キサマらのようなチイサキモノには理解出来まい。 我こそがオウ! 我こそが、全てをスベルモノ!』
それは、最早人の姿すら成していなかった
身の丈十尺はある、巨大な“土蜘蛛”の姿になった青年の顔だけが、沙紀を見ている――――・・・・・・
「・・・・・・・・・っ」
ぞくり、と、背筋が凍るような気がした
だが、その視界を隠すかのように鶴丸が間に割って入る
「何度も言わすな。 “土蜘蛛”の妖如きが――――偉そうなことをほざきやがって・・・・・・」
そう言って、鶴丸がその手の「鶴丸国永」を土雲に突き付ける
「覚悟するのはどちらか―――――思い知らせてやるよ」
怒気の混じった声が部屋に響く
だが、土雲を名乗った土蜘蛛は面白いものを見たかのようにあざ笑った
『ハ、ハハハ、ハハハハハ!!! ツクモガミ如きが、我二勝テル、とでも!? ――――愚カナ!!!』
そう言うなり、シュ―――と、土雲の白い蜘蛛の糸が鶴丸を捕らえる
だが、鶴丸は動じる所か平然としていた
じわり・・・・・・と、その糸が触れている所から煙と一緒に何かが焼ける様な嫌な匂いがした
「りんさん・・・・・・っ」
沙紀が溜まらず、叫ぶ
一瞬、鶴丸が沙紀の方を見た
まるで「大丈夫」だと言っているかの様に―――――・・・・・・
鶴丸がちゃりっと、刀を持つ手に絡まった蜘蛛の糸を見る
「ああ、これか――――・・・・・・」
それだけ言うと、ぐっと、腕に軽く力を籠めた
瞬間――――あれだけ絡まっていた蜘蛛の糸がぱらぱらっと乾燥でもしたかの様に、落ちていく
一体何が・・・・・・
そう思ったのは、沙紀だけではなかった
土蜘蛛も驚いた様にその目を見開いた
『バカな! バカなバカなバカな!!! 我ノ糸ガ――――・・・・・・』
そう叫ぶ土蜘蛛を鶴丸は一瞥だけすると、呆れたにも似た溜息を洩らした
「はっ・・・・・・こんな糸くずで、俺が封じれるとでも思ったのか? その考え、今すぐ捨てた方がいいぜ。 まぁ――――・・・・・・」
そう言うな否や、鶴丸が素早く床を蹴った
そのまま一気に土蜘蛛に斬りかかる
「――――考える余裕があれば、な」
瞬間
「鶴丸国永」を抜き切ったその刃が、土蜘蛛の斑の手足をバラバラに刻んだ
『アアアアアアアアア―――――我の、我のアシがアアアアア!!!』
土蜘蛛がのたうち回りながら叫ぶ
だが、鶴丸は何でもない事の様にしゅっと、刀を凪った
「言ったよな? 思い知らせてやると――――・・・・・・それとも、その耳は飾りか?」
淡々とそう言う鶴丸に対して、土蜘蛛の中にある青年の顔が醜く歪む
それは怒りなのか、恐れなのか・・・・・・
そんな土蜘蛛を見て、鶴丸が「はっ・・・・・・」と息を吐いた
「――――所詮は、たかが妖」
そう言って、一歩土蜘蛛へと近づく
「・・・・・・殺れるもんなら、殺ってみろよ」
また一歩、近づく
そして、ゆっくりと「鶴丸国永」を振り上げると
「ま、無理だろうけど――――なぁ!!!」
そう叫ぶなり、思いっきり地に這いつくばっていた土蜘蛛の脳天から刀を振り下ろした
ざん!! という、凄まじい音と共に、土蜘蛛が断末魔を上げる
『グ、ア、アアアアアアア・・・・・・ッ!!!!』
土蜘蛛の青年の額が割れたかのように、そこから、生々しい血が流れ出ていた
『アア・・・・・・ひ、め・・・・・・お助ケ、ヲ・・・・・・』
まるで、沙紀に命乞いするかのような青年の声が頭に響いてくる
「・・・・・・・・・・っ」
沙紀が、小さく首を振った
相手は妖だ
それなのに、なぜか可哀想に思えてくる
否、違う
これは私の思いではない
あの土蜘蛛が、まだ微かに沙紀の体内に残る“毒”で操ろうとしているのだ
『ヒメ・・・・・・お願イ、デス・・・・・・ぼく、ヲ―――――・・・・・・』
「あ、ああ・・・・・り、んさ・・・・・・」
身体の自由が利かない
鶴丸を止めなければ―――――・・・・・・
その思いが、どんどん肥大化していく
沙紀がまるで鶴丸を止めるかのように、手を伸ばした
瞬間――――・・・・・・
「沙紀」
不意に、鶴丸の手が沙紀の手の触れたかと思うと、そのまま抱き寄せられた
「あ・・・・・・・」
鶴丸の温もりが身体を通して伝わってくる――――
「大丈夫だから、沙紀・・・・・・俺がいる」
声が・・・・・・
あれだけ、頭に響いていた声が――――・・・・・・
消え、た・・・・・・?
「りん、さ・・・・・・」
名を呼ぼうとした瞬間――――ゆっくりと鶴丸の顔が近づいてきた
「沙紀・・・・・・」
そのまま、優しく唇を重ねられる
「ん・・・・・・・」
触れられた箇所から、鶴丸の気が伝わってくる
優しくて、綺麗で、そして清らかな気が――――・・・・・・
ゆっくりと離れた鶴丸が、何だか名残惜しくて
思わず彼に触れている手に力が籠もる
すると、鶴丸は苦笑いを浮かべると
その手が優しく、沙紀の頭を撫でた
「そんな顔されたら、これ以上の事をしたくなるだろうが」
そう言って、子供をあやすかのように鶴丸の手が沙紀の頬にそっと触れる
「・・・・・・りんさん、なら・・・」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で、沙紀がそう呟く
一瞬、鶴丸が驚いたかのように、その金色の瞳を瞬かせた
が、次の瞬間 ふっと笑みを浮かべ
「・・・・・・そういう事は、後でゆっくり聞かせてくれ」
そう言って、沙紀の頭をもう一度撫でると、再び土蜘蛛の方を見た
土蜘蛛は、悔しそうにこちらを睨んでいた
『グ、ウ、ウウ・・・・・・後、すこ、シデ・・・・・・』
息も絶え絶えにそう言う土蜘蛛に、鶴丸が冷やかな視線を送りながら
「・・・・・・残念だったな。 操ろうとした相手を穿違えてるぜ。 沙紀だけは一番手を出しちゃいけなかったって事を思い知るんだな――――」
その瞳からは、先ほどの「優しさ」など一片もなかった
そう――――土蜘蛛は、“一番手を出してはいけない場所”に手を出してしまったのだ
鶴丸は、心配そうに自分を見る沙紀の手を一度だけ握り返すと、そのままするっと手を離した
そして、ずかずかと威嚇でもするかのように死にかけている土蜘蛛に近づくと―――――ぐしゃっと、その足でその頭を踏みつけた
『ガッ・・・・・・ウ、ウウ・・・・・・』
ぎろりと最後の抵抗の様に、土蜘蛛が鶴丸を見る
だが、鶴丸は冷ややかな視線を送ると
「・・・・・・消えろ。 目障りだ」
それだけ言うと、持っていた「鶴丸国永」をその土蜘蛛に突き立てた
『アア、ア・・・・・・止メ、ロ―――――・・・・・・』
その言葉を最期に、土蜘蛛が跡形もなく霧の様に消えていった
次第に、辺りの瘴気が晴れていく
あの巨大な土蜘蛛のいた場所には、小さな蜘蛛がよろよろともがいていた
が、鶴丸はそれにとどめを刺す様に、その蜘蛛の背に「鶴丸国永」を突き立てる
びくびくっと、蜘蛛が暴れたがその動きが次第にゆっくりとなり――――最後には動かなくなった
それを確認した後、鶴丸は刀を抜くと持っていた懐紙で刃の部分を拭いてから鞘に仕舞う
それから、沙紀の元へ戻ってくると、ぐいっとそのまま彼女を横抱きに抱き上げた
「・・・・・・っ、りんさ・・・・」
沙紀が、かぁ・・・・・と、顔を赤くさせる
だが、鶴丸は気にした様子もなく
「時間が惜しい、早くこの時空間から抜けるぞ」
そう言って、端末を取り出す
時空移動しようとしているのだ
その事に、気づき慌てて沙紀が口を開いた
「お、お待ちください!!! まだ、一期さんと、大包平さんが――――・・・・・・」
沙紀の言葉に、今思い出したかのように「ああ・・・・・・」と、鶴丸が言葉を洩らした
「そういえば、一緒に飛ばされたんだったな・・・・・・って、一期は分かるとして、・・・・・・大包平?」
うちにいないであろう刀剣の名に、鶴丸が首を傾げる
「あ、えっと・・・・・・大包平さんは――――・・・・・・」
何と説明したらよいのか・・・・・・
そもそも、何故大包平は沙紀の“本丸”に来たのだろうか・・・・・・?
よくよく考えれば、何も聞いていない様な・・・・・・
そんな事を沙紀が思っていた時だった
「大包平・・・・・・か、懐かしい名前だな」
「え・・・・・・?」
一瞬、鶴丸が何の事を言っているのか分からず、首を傾げる
すると、鶴丸は「ああ・・・・・・」と軽く声を洩らすと
「ちょっとな、同じ奴かは知らねえが・・・・・・以前、政府に身を置いていた時に、な」
それだけ言うと、そのまま部屋を出た
廊下に出ると、相変わらず巨大迷路の様に時空間がぐちゃぐちゃに繋がれていた
「・・・・・・あの土蜘蛛がボスって訳じゃなさそうだな」
ぽつりと、鶴丸がそう呟く
もし、先ほどの土蜘蛛がボスならば、正常に戻っていなければならない――――だが、現実は戻っていなかった
それはつまり、他にこの時空間を支配している個体が居る事を示す
そいつを倒さない限り、この空間からは出られないのだろう
鶴丸は少し考えると
「――――こんのすけ」
そう叫んだ瞬間、柱の影からててててっと走ってくる小さな影があった
「主さま~~~~」
それは、本丸にいる筈のこんのすけだった
どうやら、戦闘の邪魔にならない様に隠れていたらしい
こんのすけは、鶴丸をつたって登ってくると、沙紀にしがみ付いた
「主さま!! わたくしめは・・・・・・主さまにもう会えないのかと~~~」
そう言って、わんわんと泣きついてきた
沙紀はそっと、こんのすけを撫でると
「心配かけてごめんね? 大丈夫だから――――・・・・・・」
すると、それを見かねた鶴丸が
「ほら、こんのすけ。 泣くのは後にしろ。 ――――それよりも」
鶴丸の言葉に、こんのすけが はっとして きりりっと顔を引き締めると(つもり)
「はい、今、この時空のMAPを開きます!」
そう言って、くりくりっと首にかけている鈴をりりん・・・・・と鳴らす
瞬間、こんのすけの前に何枚ものパネルが出現した
こんのすけは、1枚1枚必要な物だけピックアップしながら
「現在地はここです」
そう言って、ぺしっとある一か所を叩いた
が・・・・・・
「おいおい、こりゃぁ、どういう作りになってんだ? この屋敷は」
こんのすけが出したMAPは、はっきり言うとめちゃくちゃだった
しかも、時間経過と共にMAPも変化している
「この時間軸自体が、おかしいのです。 なんというか、こう大きな油揚げに色々な物を混ぜ込んだような――――いや、油揚げに罪はありません!! それはそれで美味しいと思いますし・・・・・・」
「あ~油揚げ談議は今回の一件が解決してからな」
永遠に続きそうな油揚げ語りを、すぱっと鶴丸が切ると ぽすっとこんのすけを頭の撫でた
「で? 一期と―――大包平だったか? あ、後、このおかしな時間軸になっている原因の奴の居場所を――――」
そこまで言った鶴丸の話を聞いていて、沙紀がはっとある事を思い出した
「あ、あの・・・・・・!」
「ん?」
「実は、お話をしておかねばならない事が―――――・・・・・・」
◆ ◆
―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊
―――山城・小竜寺城
「・・・・・・は?」
薬研から出された「提案」それはとんでもないものだった
一瞬、山姥切国広は自分の耳を疑った
今、こいつは何と言ったか・・・・・・
すると、薬研はけろっとしたまま
「だから、旦那は痛みが落ち着くまで、ここの奥方に気のある振りをしててくれって言ったんだ。 別に、難しい事じゃないだろう? 向こうは旦那に気があるんだ。 甘い言葉の一つや二つ言ってやれば直ぐに落ちると思うぜ?」
「・・・・いや、そう言う問題では―――・・・・・・」
山姥切国広が抗議しようとするが、薬研はそれをさらっと流すと
「その間に、俺達が時間遡行軍の狙いを探す。 まぁ、俺っちの当たりが外れていなければ――――奴らの狙いは、十中八九あの奥方だ。 だったら、ひとりはあの奥方に付いていた方がいい」
「それは―――・・・・・・」
そうなのかもしれないが・・・・・・
だからといて、気もない女相手に気のある振りをしろというのは無茶な話じゃないのか?
それもよりにもよって、この中で一番不得手であろう山姥切国広にだ
困った様に押し黙った山姥切国広に薬研は小さく息を吐くと
「旦那の気持ちは知ってる。 でも、これも“任務”だと思ってくれ」
「・・・・・・? 俺の気持ち・・・・・・?」
何の事だ? という風に山姥切国広が首を傾げる
そんな山姥切国広の態度に、一瞬 薬研が呆気に取られた様な顔になる
「・・・・・・旦那? まさかとは思うが――――隠してるつもりだったのかい?」
「隠す? 何をだ」
「い、いや、えっと・・・・・・」
これはあれか、“無自覚”という奴なのか?
あれだけ、彼女を気にしておきながら・・・・・・?
うなされて名を呼ぶくらいだ
もう自覚しているものだとばかり思っていたが・・・・・・
思わず、後ろで話を聞いていたであろう髭切と膝丸を見る
すると、髭切がのほほ~んと笑いながら
「う~ん、もしかして山姥切君が、沙紀君に想いを寄せているというのは僕たちの勘違いだったのかな?」
「いや、兄者。 そこは別の突っ込みをするところだぞ!?」
ひそひそと話す二人に、山姥切国広が苛っと不機嫌そうに見ると
「なんだ。 言いたい事があるなら――――」
そう言って、今にも二人に食って掛かりそうな山姥切国広に薬研が慌てて間に入り
「あ~とにかく、旦那はここの奥方の気を引いていてくれ、頼んだぜ!」
そう言って、ぽんっと山姥切国広の肩を叩く
「お、おい・・・・・・」
「俺っちたちは、取りあえず街で聞き込みしてくるからさ!」
そう言って、さささっと薬研が髭切と膝丸の背を押しながら部屋から出ていく
「あ・・・・・・! お、おい!!」
山姥切国広が止める間もなく、薬研がひと言
「ああ、ここの奥方様の名前。 玉子姫っていうそうだから、頼んだぜ旦那!」
それだけいうと、そのまま出ていってしまった
「・・・・・・・・・・・・」
ひとり残された山姥切国広は、前髪をかき上げると諦めにも似た溜息を洩らした
「気を引けって・・・・・・」
沙紀ならいざ知らず、何故見知らぬ女の気を引かねばならないのか
そう思いながら、薬研達が去った方を見て、また溜息を洩らした
「沙紀・・・・・・一体、どこにいるんだ・・・・・・」
やっと、夢主救出~~~
ここまで無駄に長かったな🤣🤣
さて、さてやっと、次のステップに行きましょうか~
終わり終わらぬwwww
2022.10.26