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◆ 第九話 神の依り代
―――――月齢1.9:三日月 京都・椿寺――――
鶴丸に寄り掛かった状態で、沙紀は辺りを見渡した
人ひとりいない―――――こんなに美しい場所なのに
でも、美しい中に何か・・・・禍々しい気配を感じる
するのに――――それを“怖い”とは思えない
不思議と何故そう思ったのかは分からないが――――
知っている気がした
“それ”を―――――・・・・・・
“矛盾”
そんな言葉が頭に浮かんだ
そう―――“矛盾”しているのだ
禍々しい中に見える一陣の光―――――・・・・・・
その“光”がなんなのかはわからない
分からないけれど――――・・・・・・
このままではいけない―――――
そんな気がするのだ
「・・・・・・りんさん」
もう―――時間もない
闇雲にこの広い庭園を探している時間はない
しかも、今完全に沙紀自身が足手まといになっている
そう思うと、いたたまれなかった
「あの・・・・・・、私は―――――」
「置いて行ってくれって頼みなら聞けないぜ」
「・・・・・・・・・っ」
完全に見透かされている―――――・・・・・・
でも・・・・・・
「これ以上、無駄に時間を割く訳には――――」
そう言いけた瞬間、鶴丸の手が沙紀の唇に触れた
「・・・・・・・・・・っ」
そのまま、くいっと顎を持ち上げられる
突然の行為に、沙紀がかぁっと頬を赤く染める
「り、りんさ――――・・・・・・」
「それ以上言うなら――――この口塞いでやろうか?」
そう言って、鶴丸の綺麗な顔が近づいてくる
流石にその後に続くであろう行為に気付き、沙紀が慌てて鶴丸から距離を取ろうとする
だが、いつの間にかがっちり腰を掴まれて身動きが取れない
「あ、あの・・・・・・っ」
沙紀が慌てて口を開こうとした時だった
鶴丸の前髪が触れられるほど近くなった
「ま、待っ―――――んっ」
そのまま、唇を塞がれた
「・・・・ぁ・・・・・・」
鶴丸からの口付けに、ぴくんっと身体が反応するのが分かった
「ま、待っ・・・・・・今、は―――・・・・・・んっ」
こんな事をしている場合ではないのに――――――・・・・・・
そう思うも、突き放すことが出来なかった
「は・・・・ぁ・・・・りん、さ・・・・・・・・・」
徐々に深くなる口付けに、沙紀の思考が追い付かなくなってくる
「沙紀―――・・・・・・」
甘く囁く様に名を呼ばれ、沙紀がぴくんっと肩を震わせた
「ぁ・・・・、は、あ・・・・・・んんっ・・・・・・・・・・」
たまらず、沙紀が鶴丸の袖を掴んだ
そんな先の様子に、鶴丸は気分を良くしたのか、更に深く口付けられた
「り、りん、さ・・・・・・」
流石に身の危険を感じたのか、沙紀が顔を真っ赤にしたまま鶴丸の背を叩いた
「ん? どうした、沙紀」
「ど、どうしたじゃありません・・・・・・っ、今は時間が無くて――――」
「知ってる」
「だったら―――――きゃぁ!」
抗議しようとした瞬間、ぐいっと抱き上げられた
まさかの鶴丸の行動に、沙紀がぎょっとする
「あ、あの・・・・・・っ、降ろし――――」
「降ろして」という言葉は鶴丸の言葉によって遮られた
「―――――おい、ここにいるのは分かってるんだ、さっさと出て来い! 三日月宗近!!」
え・・・・・・?
沙紀が驚く間もなく、鶴丸が叫んだ
「そんなに折れたきゃ、俺がお前を折ってやるよ!! ――――—望み通り、沙紀の目の前でな!!!」
「りん、さん・・・・・?」
瞬間――――
当たりの瘴気が一層濃くなった
これは―――――・・・・・・
「この偏屈じじいが! お前の考えそうなことぐらい分かってんだよ!! “本丸”の代わりに囮になって守たつもりか? 笑わせんな!!」
一体、鶴丸は“何に向かって”語りかけているのか――――
だが、鶴丸が叫ぶたびに、周りの瘴気が濃くなっていく
そう――――まるで、その言葉に反応しているかの様に・・・・・・
「・・・・・・安心しろよ。 俺はお前を助けに来たわけじゃない。 お前がこのまま折れようがどうなろうと知った事じゃねえよ。 ただな―――――」
ぐっと、沙紀を抱く鶴丸の手に力が籠もる
「――――こいつを・・・・沙紀を悲しませる奴は、たとえ誰であろうと許さねえ! ――――それが、あんたでもなぁ!! 三日月宗近!!!!」
ざわりと、瘴気が揺れた
まるでそれが分かっていたかのように鶴丸がすらっと刀を抜く
そして――――・・・・・・
「―――――かくれんぼは、おしまいだぜ!!!」
そう言うなり、瘴気の渦に刀を振り下ろした
瞬間、きらっと何かが瘴気の奥で光った気がした
あれは・・・・・・っ
「――――沙紀!!!!」
鶴丸が叫ぶのと同時に、沙紀は素早く「大祓詞」を唱えた
それと同時に、ぱんっと両の手を叩いた
「布都御魂大神、布留御魂大神、布都斯魂大神・・・・・・その力をもって、我が身に宿りし剣にその霊力を顕現させよ」
瞬間、それは起きた
沙紀の胸元がまぶしい嫌いぐらいに光りだした
ぱぁぁぁぁという、光とともに沙紀の胸元から三振の剣が姿を現した
「神代三剣」
そう呼ばれる古来の剣で、沙紀に身体に宿る神剣でもある
それこそが、“神凪”であり、石上神宮の隠し巫女である、沙紀の“霊力”だった
現出した、剣はくるくると弧を描くと、どん!! という大きな音と共に沙紀を中心に三方に突き刺さる
瞬間――――
ざああああと、瘴気が一瞬にして消える
そして、その瘴気のあった中心には――――――
「・・・・・・三日月宗近・・・・・」
それは、三日月宗近だった
ひとの身体を保てなかったのか、刀の姿になってはいるが
触れると、どくん・・・・どくん・・・・ と、鼓動を感じた
生きている――――――と
沙紀はそっと、その三日月宗近を握りしめると、ほっとした様に息を吐いた
「よかった・・・・・・」
折れていない・・・・・・
そう思った時だった
びし、びしびし・・・・と、ここの空間に亀裂が走った
それを見た鶴丸が「ちっ」と舌打ちすると、素早く簡易転送装置と端末を取りだす
「沙紀、時間がない! 空間が閉じ始めやがった!!!」
鶴丸のその言葉に、沙紀が頷く
だが、ここには転送装置も“鍛刀部屋”の様な補助も期待できない
しかし、この空間から出なければならない
閉じられたら一巻の終わりだ
かといって、今ここで“鍛刀部屋”で描いた転送の術式の構築紋を描く余裕はない
ならばできるのは――――・・・・・・
「三神の力を借ります!!」
そう言って、素早く自らの手の中に「神代三剣」を呼び戻す
「布都御魂大神、布留御魂大神、布都斯魂大神。 ・・・・・・・・我が前に姿を現したまえ!」
沙紀がそう叫んだ瞬間―――――
三本の神剣が沙紀の前に並ぶと、その剣がひとの形を模した姿で現れた
『我らを呼ぶのは久しいな、“神凪”よ』
『――――7年ぶり・・・・と言った所でしょうか?』
『あら、それで何か緊急みたいね? どうして欲しいの?』
と、3人が同時に話しだす
それを見た、鶴丸が大きくその金の瞳を見開いて
「こいつは、驚きだぜ・・・・・・」
それはそうだろう
彼らは、天地創造時代の神だ
本来であれば、“神凪”である沙紀ですら、めったに呼び出さない
だが、今はそんな悠長な事を言っていられない状態である
「失礼を承知でお願いいたします。 三神のお力で私達を今閉じようとしているこの空間から出していただけないでしょうか?」
沙紀の言葉に三神が顔を見合わせる
『それは可能だが・・・・・・相当の負荷が掛かるがよいか? “神凪”よ』
と、確認する様に布都御魂大神が尋ねてきた
沙紀は小さく頷くと
「――――構いません、お願いします」
沙紀の躑躅色の瞳がまっすぐに三神を見る
それで、沙紀の“決意”が伝わったのか・・・・・・
観念した様に布都御魂大神が
『あい、分かった』
そう答えるなり三神が光り出すと
しゅんっと、光の玉になって全て沙紀の身体にどん!!! という音と共に降りてきた
「・・・・・・・・・・・・っ」
沙紀が一瞬、苦しそうに顔を顰める
「沙紀!?」
鶴丸が慌てて沙紀の方を見た――――瞬間、驚いた様に大きく目を見開いた
沙紀の身体はきらきらと光を放ち、その瞳は金色に変わっていた
漆黒の髪も、銀糸のように変わり―――――そう、まさに先ほど目の前に現れていた三神の姿そのものだった
「・・・・・・沙紀・・・・?」
鶴丸がそう声を掛けると、ゆっくりとした仕草で沙紀がにこりと微笑んだ
『大丈夫です―――――初めてではありませんので』
その声は、沙紀であって沙紀ではなかった
沙紀はすっと大きく天へ届くかの様に手を上に伸ばすと―――――・・・・・・
『―――――参ります』
そう言った瞬間、どん!!!という、霊圧が鶴丸に押しかかった
今にも潰されそうなくらいの霊圧だった
「く・・・・・・・・・っ」
思わず、膝を付きそうになった瞬間――――沙紀の手が鶴丸の手を取った
そして
『りんさん、目を閉じてください』
「目を・・・・・・?」
鶴丸がそう尋ねると、沙紀が小さく頷いた
刹那
ふわりと、優しい風が鶴丸と沙紀を包み込んだ
そして――――そのままその空間から姿を消したのだった
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―――――月齢1.9:三日月 大鳥居前・最前線防衛ライン・本陣―—――
「――――待ってくれ!!!」
本陣内に山姥切国広の声が響いた
だが、目の前の男は時計を見て
「時間ですので。 ――――貴殿の要求はのめません」
そう言って、その男はそれだけ言うと山姥切国広の横を歩き去って行った
「・・・・・・・・くそっ」
山姥切国広がだんっと、壁を叩く
「沙紀君、まだ戻っていないんだよね?」
「・・・・・・ああ」
なのに、あの男は今から「京都・椿寺」の空間を閉じると言ってきたのだ
時間だからと
だが、あの空間には未だ沙紀と鶴丸がいる筈だ
今閉じられたら、二人は出られなくなる
「待って欲しい」と頼んだが、返答は「待たない」だった
「待てない」ではなく「待つ必要がない」というのだ
きっと、彼らにとって“審神者”と、刀剣男士が1振消える事など、微塵も影響ない事なのだろう
だが・・・・・・
ぐっと、山姥切国広が拳を握りしめた
沙紀・・・・・っ!!!
行けるものなら助けに行きたい
しかし、転送装置が使えない今、その方法がない
しかもその空間は閉じるという――――・・・・・・
まさに、八方塞がりだった
どうすれば―――――・・・・・・
その時だった
外にいた大包平が慌てて戻ってきた
「おい! 今、政府のやつらが来て――――――」
「・・・・・・知っている」
「たった今、“京都・椿寺”への空間を完全遮断して閉じた―――――と」
一応 脱出できたのか、出来なかったのか・・・・・・
まて、次号!!笑
2022.05.09

