Reine weiße Blumen
-Die weiße Rose singt Liebe-
◆ 1章 前奏曲-volspiel- 11
――音が……。
忘れられない。
昨夜聞いた、あの音。
あのピアノの音が楽の頭の中から離れない。
あれが。
あれが、本当の“ピアノの音”。
今まで自分が弾いていた音は、まがい物だと思った。
心の入っていない、ただの外堀だけを模った“まがい物”。
そんなものを、世に出すなんて。
八乙女楽として、そして“久我志月”として絶対にあってはならないと思った。
そう思い、無心になって鍵盤を奏でた。
弾いて、弾いて、そうして――いつか、あの音に近づけるのだとしたら……。
何度だって、何度だって、チャレンジするだけだ。
ここで、リタイアなんてごめんだった。
俺は。
俺の“志月”の“音”は……。
その様子を部屋の隅で、監督が見ていた。
見ていて痛々しかった。
楽が苦しんでいるのがわかる。
妥協すれば、いいだけかもしれない。
だが、‟八乙女楽“に“妥協”の二文字はなかった。
それなら、この映画の監督として。
最大限のバックアップと、彼が心穏やかに弾けるようにしてあげるのが、自分の仕事だと思った。
その為には――。
ふと、先日のキャラメルブロンドの髪に深海色の瞳の少女が脳裏をよぎる。
“白閖あやね”
彼女こそ、その鍵を持っている気がした。
彼女が関わると、楽の表情が優しげになる。
声音も、ピアノの音も。
彼女が関わると、驚くほど変化をする。
もう――迷っている時間はない。
やはり、この映画の鍵を握っている“ましろ”役は……。
と、ふと部屋の扉の小窓に視線を送った。
相変わらず、人だかりが出来ていた。
先ほどよりも増えている気がする。
「あ……」
その時だった。
ふと人ごみの後ろに、見覚えのあるキャラメルブロンドの髪の少女のが見えた気がした。
監督が慌てて、扉の方へ行く。
「監督?」
それに気づいた楽が、長椅子から立ち上がりかけた。
が、監督がそのまましっと人差し指を立てて制する。
「?」
訳が分からないまま、楽は再び長椅子に座った。
すると、監督が練習室を出ていってしまった。
なんだ?
楽が不思議そうに、首を傾げる。
スタッフの誰かが呼びに来たのだろうか?
そんな事を考えていた時だった。
こんな時、姉鷺がいると確認とれるのだが……。
基本、楽がドラマや映画撮影時には姉鷺は同行しない。
他の仕事もあるのと、天と龍之介の方もあるからだ。
だから、代わりにサブマネを付けるという話も上がっていた事はあったが……。
ミーハーなサブマネは仕事にはならない。
そういう理由もあって、結局その件はなかったことになった。
だが、監督を追いかけようにも、外のギャラリーが凄くて、とてもじゃないが練習室から出られそうになかった。
あやねは、今日は学院に来ているのだろうか……。
ぼんやりとそんな事を考えている時だった。
「いえ、あの……ですから、私は――」
「まぁまぁ、そう言わずに」
不意に、扉が開いたかと思うと監督が誰かを連れて戻ってきた。
そこには、キャラメルブロンドの髪に深海色の瞳の少女が1人……。
それを見た瞬間、楽はその灰青の瞳を大きく見開いた。
「あやね……?」
そこにいたのは、楽がずっと逢いたくて、逢いたくてやまなかったあやねだった。
**** ****
―――時は、少し前の時間に遡る。
練習室の小窓から見えていた楽に、驚きつつも、はっと自分の行動に気づいた。
いけない……っ
このままでは、秋良に言われた事を守れなくなってしまう。
そう思い、慌ててその場から離れようとした時だった。
「あ、待って! 白閖さん!!」
不意に練習室から以前、楽が「監督」と呼んでいたい男性が出てきた。
ぎょっとしたのは、あやねだ。
まさか、こんな大勢の場所で名前を呼ばれたら……。
(「え? 白閖さん?」)
(「ええ~~~楽様とどういう関係なの!?」)
ああ……。
女生徒の嫉妬にも似た眼差しと、声があやねに突き刺さる。
耐えられなくなって、あやねはその場から逃げ出そうとした。
すると、何故かその監督の男性があやねの腕を掴んだ。
「ちょっと、待ってくれるかな。八乙女君の事で少し話があるんだ」
「あ、あの、私は話など別に……」
周りの視線が痛い。
早くここから立ち去りたい。
そんなあやねに気づいたのか、監督が不意にあやねを第一練習室に入るように促した。
「いえ、あの……ですから、私は――」
「まぁまぁ、そう言わずに」
そう言って、無理やりあやねを練習室に押し入れると、誰も邪魔出来ない様に鍵をかける。
そして、小窓にもカーテンを閉めた。
あ……。
ピアノの長椅子に座る楽と目が合う。
あやねに気づいた楽が思わず立ち上がった。
あやねはあやねでどうしていいのかわからず、一度だけ楽を見た後、そのまま俯いてしまった。
それを見た、楽はくすっと笑みを浮かべ、
「あやね、顔。見せてくれ。あやねの顔が見たい」
「……っ」
瞬間的に、かぁ……と、あやねがその頬を赤く染めた。
「わ、私は……」
どうしよう。
どうしたら……。
その時、ふと今朝の秋良の言葉が脳裏をよぎった。
『まぁ“偶然”は仕方ないと思うけれどね』
『うん……、頑張りなさい』
「……」
偶然……で、片づけていいか迷うが。
あやねが、ゆっくりと顔を上げる。
すると、楽が嬉しそうに微笑んだ。
「久しぶり……なのか、迷うところだが……その、今俺らとは接触禁じられてるんだろう? ここに来てくれるのは嬉しいが、怒られたりしないのか?」
「あ、それは……その……」
思わず、半強制的に練習室に連れ込んだ監督を見る。
すると、監督はにやにや笑いながら。
「んん~?“偶然”だから、いいんじゃないかな?」
と、まるで秋良と似たようなことを言い出した。
それを聴いた、あやねは一瞬驚いた顔をした後、“その事実”に気付きつつも、気付かない振りをして、
「あ、その……“偶然”は仕方ないと、お父様も仰っていたので――」
と、そこまで聞いて楽も気づいたのか、
「そうか、“偶然”は仕方ないよな!」
と、屈託のない笑顔を見せた。
その表情が、あまりにも皆が言っている“八乙女楽”のイメージと違っていて、一瞬驚きもするも、あやねは内心、少しほっとした。
あの時の、楽のマンションで見た楽と同じだったからだ。
不思議と、心が満たされそうになる感じ。
これは……なに……?
春樹のとは違う、もっと別の“もの”。
ほのかに温かくて、優しい“気持ち”になる。
「あ……その、ピアノはどうして……?」
ふと、思ったことを口にする。
楽は“TRIGGER”というアイドルグループのリーダーだと噂していた女生徒が言っていた。
つまりは、“奏でる”よりも、“歌う”ことがメインな筈だ。
なのに、昨夜といい、今日といい、彼はピアノを弾いていた。
そこが結びつかなくて、あやねが首を傾げる。
すると、楽は「ああ……」とそれに気づき、ピアノの方に歩いて行った。
「今、映画の撮影中なんだ。それで俺の役――“久我志月”はピアノを弾く役なんだ。ピアノのシーンだけ代役を立てるのだけはしたくなくてな……こうして、猛練習してるんだよ。あやねは? 親父さんの謹慎命令解けたのか?」
そう言われて、あやねは小さく頷いた。
「あ、はい……今朝急にそう言われまして。それで、学院に来たのですが……」
練習室を使おうと思ったら、第一練習室前に人垣が出来ていたという事を話した。
「それは、すまなかったね」
と、何故か監督に謝られた。
なんでも、宣伝になるから練習中だけは、カーテンを開けていたのだという。
「あの、映画というのは……?」
あやねがそう尋ねると、監督がまるで用意していたかのように、あやねにいそいそと1冊の台本を渡した。
「……これは?」
「タイトルは『スノードロップ』。主人公“久我志月”と、謎のヒロイン“ましろ”との恋愛映画だよ」
「あの、見ても?」
「どうぞどうぞ」
監督がにこにこ笑いながらそう言う。
なんだか、その笑みに深みを感じつつもあやねは ページを1枚1枚丁寧に捲っていった。
それは、とても綺麗な物語だった。
たったワンシーンを読んだだけなのに、その世界に吸い込まれそうだった。
「でも、まだヒロインの“ましろ”役が決まってなくてね~」
と、監督がわざとらしく唸った。
「そうなのですか?」
楽が相手なら、立候補者は山の様にいそうなのに……。
先日も中庭で公開オーディションしていたのではないだろうか?
てっきり、そこで決めているものとばかり思ったのだが。
だが、監督は渋い顔で、
「みんなピアノは上手かったよ。流石は、有名な音楽学院の生徒さん達だよ。でも、上手いけれどこうイメージと違うんだよねぇ」
「イメージ……?」
「そう! “ましろ”のキャラクターのイメージと、音が合う子がいなかったんだよ。残念だけどね。でもね――」
その時だった。
「あやね」
不意に、楽があやねを呼んだ。
あやねが不思想に首を傾げる。
すると、楽がこいこいと手招きした。
監督と話をしている最中なのに、楽に呼ばれて一瞬どうすればいいのか、あやねが迷う。
だが、監督から「行ってあげて」と促されて、あやねはゆっくりと楽に近づいた。
すると、ぽんぽんっとピアノの長椅子を叩かれる。
そこに座れというとだろうか。
少し迷ったものの、あやねは誘われるままに楽の隣に座った。
「あやね……」
すっと楽の手が、あやねの柔らかなキャラメルブロンドの髪に触れる。
「ピアノ……聞かせてくれないか? あやねの“音”が聴きたい――」
「……っ」
間近でそう求められて、あやねが一瞬息を呑む。
私のピアノ……?
「……」
あやねは、少し躊躇いを見せた。
秋良以外の前では、今はほとんど弾かない。
せいぜい試験の時ぐらいだ。
春樹からの最期の国際電話の後から、人前ではピアノを弾くのをやめた。
それなのに……。
私が、ピアノを……?
思わず、楽を見る。
すると、楽は優しそうな笑みを浮かべ、
「俺の音はまだ“志月の音”になれてないんだ。だから、あやね――お前の“音”を聴かせてくれ。……だめか?」
そう、優しく囁かれる。
「……っ」
そう言う風に問うのは狡いと思った。
でも……。
「私……今はもう、誰かの為に弾くことは――」
「できない」と言おうとした時だった。
不意に、楽に頭を撫でられた。
「楽……さ、ん?」
楽の行動の意図が読めず、あやねが首を傾げる。
すると、楽は優しげな笑みを浮かべ、
「誰かの為じゃなくてもピアノは弾ける」
「え……?」
「俺の為に弾いて欲しい――なんて、おこがましい事は言わない。ただ、聞きたいんだ、あやねのピアノが。あやねのピアノには俺にはない“心”がある。だから弾いてくれないか?」
「でも……」
それでも、躊躇いがちにあやねはピアノに触れようとはしなかった。
すると、見兼ねた監督が、
「弾いてやってくれないかな? 彼――結構“音”に煮詰まっちゃっててさ、白閖さんの“音”は凄くいい刺激になるんだ」
まるで、経験の様に語る監督に、あやねが首を傾げる。
「あの、それはどういう――」
「自分の音に納得がいってないんだよ、彼。僕らシロートから見たら、充分すぎるぐらい上手くなってるんだけどね。八乙女くん今回初だから、ピアノ弾くの」
「え……!?」
初めて聞くその事実に、あやねが驚きを露にする。
あれだけ弾けているのに、初心者だというのだ。
でも、確かに。
初めてピアノに触れた時、どう音に感情を乗せて弾けばいいのか分からなかった。
楽もそれで、悩んでいるのだろうか……。
そう思い、楽を見る。
そして。
「……そこまでの音は出せませんが……」
そう言って、ゆっくりと鍵盤に指を置く。
あやねがその深海色の瞳を閉じて、ゆっくりと息を吸った。
そして、吐く。
ぽ―――ん……。
1音。
音が練習室に響いた。
「……っ」
楽が、そして監督も息を呑む。
それから、あやねはゆっくり奏でだした。
綺麗で硝子の様に精細な音―――。
その指が鍵盤に触れるたびに、音となって響き渡る。
これは……っ。
楽は言葉を失った。
想像以上のあやねの“音”に飲まれそうになる。
「……」
惹かれる――音に。
知らず、楽は目の前の鍵盤に手を伸ばした。
そして、あやねの後に続く様に弾き始める。
驚いたのはあやねだ。
まさか、楽が弾き始めるとは思わなかったからだ。
思わず、弾くのを止めようとするが、楽が、
「そのまま、続けてくれ」
そう言われて、止めかけた手を再度 鍵盤に重ねる。
それは、美しい“連弾”―――。
「―――っ」
それを見ていた監督の顔が、確信に変わる。
やはり“彼女”しかいない。
白閖氏の言われた通りだ!!
彼女にしか、あやねにしか“ましろ”は出来ない―――。
ついに、ここまできたが・・・・・・
こっから、出演承諾するまでがね~~~
ま、ちゃちゃっとOKする子なら、こんなに葛藤しないwww
つか、これ書いてるとき、BGMで只管TRIGGERの「My Precious World」聴いてた~~~
いい曲やねぇぇぇぇぇぇ~~~~・
ま、個人的にはクレライ以上のはないと思ってるけどな!!!
新:2024.01.21
旧:2020.11.20