◆ 月の宴 2
「こちらでございます」
女官に案内され、紗羅と趙雲は宮殿の広間の前に連れて行かれた
扉の前で紗羅はごくりと息を飲んだ
緊張しているのか、微かに手が震える
趙雲をそっと見る
趙雲はそれに気づくと、紗羅を見てにっこり笑った
「?」
笑顔の意味が分からず紗羅は首を傾げる
「きっと、驚きますよ」
「趙雲様?」
「見てからのお楽しみです」
そう言うと、趙雲はにっこりと笑い扉に手を掛けた
キィ…と音を立てて扉が開かれる
扉が開けられると同時にわぁ…という歓声と沢山の光 拍手喝采が聞こえてきた
それが皆、自分に向けられているのが分かる
「え……?」
呆気に取られ紗羅は何が起きているのか分からずきょとんとしてしまう
これは…何……?
「ようこそ紗羅殿」
上座に居た劉備が立ち上がり、パンパンと手を叩きながら笑っている
「劉備様…?」
「さぁ、紗羅殿」
呆けていると趙雲が紗羅の背中を押した
紗羅は趙雲に促されるままに、上座近くにある席に座った
「趙雲様…これは?」
未だに自分の置かれている状況が理解できず、紗羅は趙雲に答えを求めるように視線を送った
趙雲はにっこりと笑い
「歓迎の宴ですよ。紗羅殿 貴女の」
「え!?」
「内緒ですよ?実は殿の発案なんです」
しーと指を立てながら小声で趙雲が耳打ちしてくる
紗羅は劉備の方を見る
劉備はにっこりと笑い
「さぁ、皆の者。宴を楽しんでくれ!」
その声に呼応する様に わぁ!と歓声が上がり、皆が杯を上げた
それぞれが思い思いに宴を楽しみだす
紗羅の所にも人がその美声を一声聞こうと押し寄せてきた
紗羅はそれに一人一人丁寧に挨拶をし、笑顔で返した
怒濤の様に押し寄せてくるそれは、紗羅の緊張を忘れさせるほどだった
隣を見ると、趙雲も皆からの質問攻めに苦笑いしながら答えていた
その姿が可笑しくて紗羅はくすりと笑ってしまった
「紗羅殿、笑い事じゃありませんよ」
「ごめんなさい」
趙雲が困り顔で紗羅の方を見ながら言う
くすくす笑いながら紗羅は答えた
一区切り付いた所で、紗羅は立ち上がり劉備の元に趙雲と共に行った
「劉備様」
劉備の前に行き、一礼する
「おお、紗羅殿。宴は楽しんでおられるかな?」
「はい。挨拶が遅れまして、申し訳ありません」
そう言って、にっこりと笑い、頭を垂れる
劉備は「よい、気にするな」と笑いながらその手で制した
「本日はこの様な宴を開いて頂き、有難う御座います。大変嬉しく思います。感謝の言葉もございません」
すっと頭を下げる
「劉備様には、その節は大変お世話になりました。有難う御座います。書物も大変うれしゅう御座いました」
「そうか、喜んでくれたのなら結構だ」
劉備はにこにこしながら答えた
そして、ふと思い立った様に
「そうだ。紗羅殿、紹介しよう 孔明だ」
そう言って、そばに居た青年に手を翳す
青年は持っていた羽扇をぱさりと鳴らし、一礼する
「お初にお目に掛かります。綝 紗羅殿。諸葛亮孔明と申します」
諸葛亮孔明…
紗羅は諸葛亮をじっと見据えた
この人が あの臥龍とも伏龍とも呼ばれる天才軍師
紗羅はにっこりと微笑み
「諸葛亮様ですね。噂はかねてより聞き及んでおります。初めまして、綝 紗羅と申します」
そう言って、紗羅はゆっくりと頭を下げた
「こっちの2人は私の義弟達、雲長に翼徳だ」
今度は劉備の横に居た武将を紹介される
「関 雲長と申す」
「張 翼徳だ。宜しくな」
「関羽様に、張飛様ですね。お2人の活躍は良く聞き及んでおります。初めまして、綝 紗羅と申します」
紗羅はにっこりと微笑み、丁寧に頭を下げた
シャランと髪飾りが音を鳴らす
関羽将軍に張飛将軍…2人ともかなりの豪傑だわ…
劉備の義兄弟であり、両翼ともいえる2人
まず、己があのまま魏に居たのなら、蒼子として戦わなくてはならない2人だろう
そして、諸葛亮の軍略とも
紗羅はごくりと息を飲んだ
俄かに手が汗ばむ
「なぁなぁ、紗羅」
張飛が興味深々という感じで紗羅に声を掛けてくる
紗羅ははっとして我に返った
張飛の方を見る
張飛はにやにやしながら紗羅の方を見ていた
「はい?」
張飛の笑いの意図が掴めず、紗羅は首を傾ける
「趙雲は優しいか?」
張飛が相変わらずにやにやしながら聞いてくる
紗羅は意味が分からずきょとんとしてしまう
「趙雲様…ですか…?」
紗羅は少し頬を赤らめはにかみながら「はい」と小さく答えた
張飛がにや~と笑い、趙雲を肘で突付く
「おい、趙雲。上手くやってるみたいだなぁ」
「ちょ…張飛殿っ」
趙雲が頬を赤らめながら抗議する
「そうかそうか、上手くいってるのか。良い事だ」
劉備がにこにこしながら嬉しそうに言う
「殿!」
趙雲が必死になって抗議するが、逆効果の様だ
2人ともにこにこ(にやにや)しながら笑っている
趙雲の抗議など聞いちゃいない
紗羅も少し頬を赤く染め恥ずかしさのあまり俯いてしまった
微笑ましいなぁ…と思いながら劉備は紗羅と趙雲を見ていた
趙雲が紗羅を陣内に連れてきた時の彼女の顔面蒼白の様子を見た時は驚いたが、今は顔色も良く それに笑っている
いい事だ と劉備は思った
「趙雲。今後も紗羅殿を宜しく頼むな」
「は…はいっ!」
趙雲がキリッと顔を正し、劉備に一礼した
紗羅もそれに習う様ににっこりと微笑み、一礼する
席に戻り紗羅はほぅ…と息を漏らした
趙雲が椅子を引き、紗羅を座らせる
「少し疲れましたか?」
「はい…流石に少し緊張してしまいました」
ほっとし紗羅は苦笑いを浮かべながら答えた
「そうですか。では、少し失礼して何か冷たい飲み物でも貰ってきましょう」
「あ、有難う御座います」
そう言うと、趙雲は手を振りながら去って行った
趙雲が去ると、紗羅はふぅ…と息を漏らし椅子の背もたれに背を預けた
少し疲れたかな…?
辺りを見回し趙雲を待つ
周りは相変わらず宴のムード一色で、皆が皆思い思いに歌い騒いでいる
見ているだけで楽しくなってくる
…こんな気持ち知らなかった……
魏に居た頃は常に後宮の奥で1人居る事が多かったし、話題には上っても紗羅自身が表立った宴に出る事など一度として無かった
ただ、毎夜の如く訪ねて来るあの男の相手をし、歌舞や詩を披露するだけ
そして、蒼子として ”月夜叉”として戦に駆り出されるだけの日々
ただそれだけだった
宴の…ましてや自分が主役などと誰が思っただろう
紗羅はゆっくり目を閉じ、そして開け辺りを見渡した
不意に見知った顔が近づいて来るのを見つけた
馬超と姜維だ
「よー姫さん。楽しんでるか?」
「紗羅殿、お久しぶりです」
「馬超様、姜維様。ご無沙汰しています」
馬超が手を振りながら、姜維を引き連れて紗羅の元にやってくる
紗羅はにっこりと笑い一礼した
馬超は持っていた杯をぐいっと飲み干し、その杯をだんっと勢い良く机に置くと、ぐいっと紗羅に顔を近づけてきた
紗羅はその勢いに少し驚き、思わず後ずさる
「姫さん、その後趙雲とはどうなった?進展はあったか?」
「えっ……?」
にやにや笑いながら馬超が言う
明らかに酔っている
「さぁさぁ!白状するんだ」
「え……と…」
先日の桜の樹の下での出来事を思い出し、思わず頬が熱くなる
それを見逃す馬超では無かった
にやりと笑い
「そうかそうかぁ~あったかぁ~良かったな、姫さん」
「ばっ…馬超様!!」
紗羅は頬を赤く染め抗議するが、馬超には聞こえていない
姜維の肩をがしっと掴み、ほろ酔い気分で馬超はますます絡んでくる
「で、どこまでいったんだ?」
「でっ…ですから……っ!」
「隠すこと無いだろう?俺は知ってるんだから姫さんの気持ち――――「馬超様!!」
紗羅が必死になって言葉を遮る
「何を知ってるんですか?馬超殿?」
姜維が不思議そうに馬超に訊ねる
が、馬超はにやりと笑い
「姜維は駄目だ。俺と姫さんだけの秘密だから な?」
「馬超様っ!」
「えーずるいですよ、2人だけの秘密って!気になるじゃないですか」
「い~や、これは俺と姫さんとの約束だからな、駄目だ。諦めろ」
ははははと笑いながら馬超は姜維の頭をぐりぐりとした
「馬超殿~痛いですよ~っ!」
姜維が抗議するが馬超は聞きやしない
さらにぐりぐりする
「……お前等…何やってるんだ?」
後から趙雲の声が聞こえてきた
絡み合っていた2人が振り返る
そこには、両手に飲み物を持った趙雲が訝しげに2人を見ていた
「趙雲様…」
紗羅は帰って来た趙雲を見てほっと胸を撫で下ろした
趙雲は持ってきた飲み物を机に置き
「紗羅殿に失礼な振る舞いをしてたんじゃないだろうな?」
ぎろっと2人を睨み付ける
だが、馬超はにやにやしたまま、もう片方の手で趙雲の肩をがしっと掴む
「馬ちょ…」
「趙雲~上手くやってるみたんだな?ん~?一体、姫さんと何があったんだ~?」
「お前…飲みすぎ…」
「隠すなよ~何かあったんだろう~?」
「そうですよ!白状しちゃって下さい!!趙雲殿!!」
「お前等!絡むな!!」
目の前で繰り広げられる3人のやりとりに紗羅はくすくすと笑いだした
その瞬間、3人の視線が紗羅に向けられる
「あ、御免なさい 楽しそうでつい」
くすくすと笑いながら紗羅は答えた
「紗羅殿、これは絡まれてるんです!」
「違うだろ~?親睦を深めてるんだよな~?な?姜維」
「ですよね」
「お前はどっちの味方なんだ!」
「俺様派に決まってるだろう」
馬超がははははと笑いながら答える
「しっかし、姫さん。今日は一段と綺麗だな…思わず見惚れるほどだ」
「あ…有難う御座います」
改まって褒められると照れてしまう
「趙雲、ちゃんと褒めてやったか?」
「そ…それは…」
趙雲がどもる
その一瞬で全てを読んだ馬超は はーとため息を付き
「かー!なってないな。褒めるべきは褒める!女を落とす基本だぞ?そんなんだと誰かに取られちまうぞ?」
「なっ……」
「周りを見ろ、皆狙ってる目だ。うかうかしてられないなぁ?」
趙雲はごくりと息を飲み辺りを見る
確かに…紗羅は注目の的だった
元々美しかったが、今日は着飾っているせいか一段と美しい
彼女が微笑むだけで華が咲く
趙雲は息を飲み無言になった
「な?皆目がギラギラしてるだろう?あれは獲物を狙う目だ。お前がしっかりしてないと姫さんは取られちまうなぁ~」
「絶対にそれはさせない」
趙雲が戦場に居るかのごとく低い声で言う
馬超がにやりとして
「その意気だ!お前なら姫さんを守れる!!」
馬超はばんばんと趙雲の背中を叩きながらはははと笑った
「紗羅殿」
「は…はい」
いきなり話を振られ紗羅は慌てて姿勢を正した
「必ずお守りします。ご安心を!」
紗羅の前でぐいっと片手を胸の前に翳し、趙雲は強く言った
「は…はい」
趙雲の後で馬超がにかっと笑いVサインをしている
馬超様~
やる気満々の趙雲を他所に馬超と姜維は笑いながら去って行った
2人きりになり、趙雲も少し落ち着いたのか席に座った
紗羅もほっとし趙雲の持ってきた飲み物に口を付ける
「……!美味しい」
思わず言葉がこぼれた
桃酒は桃の甘みと酸味が利いていて、とても美味しいものだった
甘さが口の中に広がり溶けていく
「喜んでもらえたなら良かったです」
趙雲はにっこりと微笑み自らも、持ってきた飲み物に口を付けた
「うん 美味い」
「それは?」
「これですか?これは葡萄酒を発酵させて酸味を強くした酒ですよ。好きなんです」
そう言いながら、もう一口 口を付ける
「…………」
紗羅の視線に気付き趙雲はにっこりと笑った
「気になりますか?飲んでみます?」
「あ…はい。是非」
余りにも嬉しそうに返事をするので、趙雲はくすくすと笑ってしまった
可愛らしい反応だなと思ってしまう
「はい、どうぞ」
趙雲は笑いながらすっと自分が持っていた杯を差し出した
「…………」
受け取ろうとして、紗羅の思考が停止する
え…と………
「どうかしましたか?」
「い、いえ」
紗羅は慌ててその杯を受け取った
受け取ったがまたそこで停止してしまう
てっきり他の杯に移すか、新しいのを持ってきてくれるものとばかり思っていたのだが…まさか、そのまま差し出されるとは…
これって…趙雲様が…飲んだ杯…だ よね
ごくりと息を飲み趙雲を見る
だが趙雲はいたって平然としている
普段の趙雲なら気付きもしただろうが…酒が入っているせいかそこまで気が回らなかったらしい
これを飲むという事は…間接……
そう思った瞬間ぼっと頬が熱くなった
「美味しいですよ?」
趙雲はまったく気づかず薦めてくる
飲まないわけには…いかないわよ…ね これで
紗羅は早くなる心臓の音が聞こえやしないかと思いながらそっとその杯に口をつけた
こくり…と一口飲む
「――――酸っぱいっ!」
「ははは、でしょう?その酸味が良いんですよ」
でも――――酸味の後にじわ~と葡萄の甘みが広がってきた
「…酸っぱいけど…甘くて美味しい?」
「後味がまた格別なんですよ」
「はい」
思いのほか、美味しくて紗羅はもう一口飲んだ
趙雲が微笑みながらその様子を見ている
「趙雲様?」
「良かった。紗羅殿にも気に入っていただけた様で」
「はい。すっごく美味しいです」
紗羅もにっこりと微笑み返す
そうして、こくりともう一口飲んだ
趙雲は嬉しそうに微笑みながら
「じゃぁ、それは紗羅殿に差し上げます。私は新しいのを取ってきますね」
「え?でも…」
「いいんですよ。紗羅殿も気に入ってくれたんで嬉しいんです」
そう言い残し、趙雲は手を振りながら去って行った
紗羅は残った杯をそっと手で触れた
趙雲様が飲んだ杯に口付けてしまった…
そう考えただけで、頬が熱くなった
思わず顔がほころんでしまう
そして、もう一口 口付けた
「ふぅ…少し飲みすぎたかな?」
紗羅は酔いを覚まそうと、広間から続きにある中央庭園に出てきていた
中央に東屋があり、遅咲きの桜が満開になっていた
薄桃色の桜の花びらが夜風に舞う中、花水木や雪柳、木蓮など白い花達が咲き誇っていた
「綺麗…」
薄桃に白のコントラストが夜の庭園を一層美しく際立たせていた
池に月が映り、そこに桜が舞う
白い花達が発光するように光輝き、なんとも幻想的な風景だった
気持ちの良い風が紗羅の頬を撫でる
火照った頬には心地よかった
「紗羅殿」
不意に後から声を掛けられる
紗羅は声のする方に振り返った
向こうの方から趙雲が歩いてくる姿が見えた
「趙雲様」
紗羅はほっとし笑みを浮かべた
何故だろう…趙雲の姿を見ただけで安心と心の中に暖かさが広がっていった
「気持ちの良い風ですね…」
「はい」
紗羅の髪が風に靡いてさらさらと音を立てる
その時、そっと趙雲が紗羅の頬に触れた
ドキン…
鼓動が 跳ねた
「ちょ…趙雲様…?」
どきどきしながら紗羅は尋ねた
サァ…と2人の間を風が吹きぬける
「……………」
趙雲は無言のまま紗羅を見つめた
熱い…熱くなる……
そっと趙雲の手が紗羅の頬を撫でた
「…………っ」
ピクッと紗羅が反応する
心臓の音が早くなる
「紗羅殿…」
趙雲が声を漏らした
目と目が合う
目が――――離せなかった
少し酒が入り艶かしげに染まった頬に、潤んだ瞳 艶やかな唇から零れる自分を呼ぶ囁くような声
全てから目が離せなかった
彼女に添えた手から感じる温もりが趙雲の思考を麻痺させる
「紗羅殿」
趙雲はもう一度その名を呼んだ
その呼びかけに応えるかの様に紗羅が細く微笑み「はい」と答える
そっと腕を回し、この小さな身体を抱きしめてしまいたくなる
この感情を何というのか
この気持ちを何というのか
これ程までに人を愛しい――――と
ずっとこの手で守り続けたいと願う日が来ようとは………
衝動に駆られそうになるのを必死で押さえ趙雲はにっこりと微笑み
「髪が…掛かってましたよ」
そう言って、そっと頬から手を放し、紗羅の柔らかな髪に手を掛けた
サラ…と髪が指の間から零れ落ちる
「あ………」
紗羅の小さな唇から声が漏れた
趙雲はにっこりと笑い
「あちらの東屋で休みませんか?立ちっぱなしも辛いでしょう?」
そう言って、紗羅の背に手を回す
「有難う御座います」
紗羅はにっこりと微笑むと趙雲に進められるままに東屋に向かった
東屋の椅子に2人して腰掛ける
サァ…と心地よい風が吹いた
「見てください、月が綺麗ですよ」
趙雲に言われ、紗羅も空を眺める
満天の星空に、まあるい月が浮かんでいた
「本当…満月ですね…綺麗……」
その月が庭園の池に映り、その美しさを一層際立たせていた
「…月に叢雲 花に風……」
「え?」
「言葉としては綺麗ですけど、月には雲が掛かるように、花には風が吹く様に 何事も良い事には障害が多いという事なんでしょうね」
「障害…ですか?」
紗羅はもう一度月を眺めた
雲1つ無い星空に浮かぶ月は障害など無い様に見えた
でも――――
私は”月夜叉”で、蜀の…趙雲様の敵であり、あの男の呪縛からも逃れられないでいる
どんなにこの人を想い恋焦がれようと結ばれる事は決して無い
無いのだ――――
そう言われている様だった
紗羅は趙雲を見た
それでも―――― それでも一緒に居たいと… この人の傍に居たいと願う事は罪なのか……
――――違う。願ってはいけない
この人の為にも、この人の愛するこの国の為にも 願ってはいけないのだ
私の名を呼んだだけで、姿を見たと言っただけで 肉の塊と化した人達
戦場で助けただけで、人を逃がしただけで 死んでしまった人達
皆、なんの罪も無いのに、私に関わっただけであの男に殺されてしまった――――
この人は――――この国の人には、そんな想いして欲しくない
死んで欲しくない
私は…私は――――………
「――――っ!?」
不意に紗羅の手に趙雲の手が重ねられた
「趙…雲………様?」
「何故、そんな泣きそうな顔をなさっているのですか?私では力になれませんか?今、この場所この時間には 掛かる雲も、花を散らす風も吹いていないというのに」
「――――っ」
それは…今、この時だけは この人に…趙雲様に思いを寄せても良いと…
貴方にこの身を預けても良いと いう事ですか…?
涙が…零れた
月の雫の様に次から次へと流れ出る涙は止まる事を知らなかった
「趙…雲……様………私……」
「紗羅殿」
その瞬間、ぐいっと趙雲に抱き寄せられた
「趙……?」
「何が悲しいのか私には分かりませんが、貴女が涙を流す姿は見たくない。・・・泣き止んで欲しいとは言いません。でも、肩を貸すぐらいは出来ます」
そう言って、きゅっと紗羅を抱きしめた
「今は誰も見ていません。好きなだけ泣いてもいいんですよ」
「――――っ」
今だけ許されるのだろうか……
今だけこの人を好きでいてもいいのだろうか……
「ちょ…うん…さま………」
紗羅は泣いた
趙雲の背に腕を回し、声を殺して泣いた
今だけ…たとえ今だけだとしても――――私は…それでも構わない………
*******
「よし!」
岩場の陰から覗き見していた馬超はガッツポーズを決めた
「馬超殿~見えません~」
下から姜維の声が聞こえるが無視だ
良くやった趙雲 と言わんばかりに馬超はうんうんと頷きながら2人の様子を見ていた
「趙雲にしては上出来ではないか」
馬超の上からひょいっと劉備が顔を出す
「ですよね~殿。良い雰囲気じゃないですか」
「うむ」
「馬超殿~殿~僕も見たいです」
「お前は足場」
「すまぬな、姜維」
間髪入れず馬超と劉備から言葉が発せられる
「えぇ~~~!?」
姜維の抗議の声が聞こえるが2人は聞いちゃいなかった
2人きりかと思いきや…
しっかり出歯亀されてます(笑)
2008/07/06