CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 30

 

 

 

 

「―――エリス、俺の妃にお前を望む。俺と共にこれからあり続けろ」

 

 

 

ザァ……と、風が吹いた

エリスティアの、ストロベリーブロンドの髪が揺れる

 

今……なん、て―――――

 

「え、ん……?」

 

エリスティアは、そのアクアマリンの瞳を大きく見開いて紅炎を見た

紅炎の柘榴石の瞳が真っ直ぐにこちらを見ている

 

迷いのない、澄んだ美しい宝石の様な赤い瞳――――……

 

「エリス――――……」

 

不意に すっと紅炎の手が伸びてきたかと思うと、エリスティアの頬を撫でた

ぴくんっとエリスティアの肩が揺れる

 

「出来る事なら、今すぐに俺の物にしてしまいたい。このまま城へ連れて行きお前の全てを俺の物にしてしまいたいのだ。心も身体も、全て――――だ」

 

「な…ん………っ」

 

言われている意味を悟り、エリスティアの頬がどんどん高陽していく

それを見た紅炎は、ふっと微かに笑みを浮かべて

 

「―――安心しろ、今はしないでおいてやる。だが、俺はそう気は長い方ではない。欲しいものも必ず手に入れる主義だ。意味が――――分かるな?」

 

「……………っ」

 

エリスティアが、息を飲んだ

 

頭が混乱する

何が何だか分からなくて、何も考えられない

 

炎が私を……?

 

確かに、今まで冗談の様に「愛しい」だとか「愛している」だとか言われ続けてきたが

それでも、そこに紅炎は明確な“答え”をエリスティアには求めてこなかった

だが、今回は違う――――

 

紅炎は言った

 

『妃に望む――――』 と

 

妃って……

 

紅炎は、そこら辺の一般男性とは違う

この煌帝国の第一皇子で、皇位継承権第一位の筈だ

そんな人の、皇妃になれというのか

 

煌帝国人でもない

皇族でも、貴族でもない自分が……?

 

どう考えても、無理な話だ

周りが許す筈が無い

 

それに――――……

 

ぎゅっと胸元の手を握り締めた

 

私は、シンドリア国王・シンドバッド王のルシで

その王に、“先の未来”以外の全てを捧げると誓ったのよ

 

いや、シンドバッドの事がなくとも同じ事だ

自分は“ルシ”だ

 

“誰かと共に歩む未来”などあってはならない

“同じ時間”を歩めないのに、約束など出来よう筈がないのだ

 

瞬間、脳裏にあの時のシンドバッドの言葉が過ぎった

 

 

 

  『俺の後ろではなく、俺の隣で、俺の妻として―――共にこの国を支えて欲しい』

 

 

 

もし、“共に歩める”のならば、あの時頷いていた

今頃、シンドバッドの隣に立ち、彼と共にシンドリアを見守り続けていた

 

だが、現実はそうはならなかった

 

エリスティアは、こうしてシンドバッドの傍を離れる事もあり

その流れから、こうして煌帝国に飛ばされ紅炎と出逢った

 

シンドバッドと同じ、眩しいルフの輝きを持つ人に――――……

 

二度と無いと思っていた湧き上がる感情と、眩しいルフに魅入られてしまった

 

“好き”だなんて…

シン以外思う筈が無いって思っていたのに――――……

 

気が付けば、紅炎の事もシンドバッドと同じぐらい好きになりかけていた

こんな気持ち、許される筈が無い

 

どくん…っと、心臓が大きく跳ねる

 

私………

 

真っ直ぐ紅炎を見る事が出来ず、ぎゅっと目を閉じた時だった

不意に、紅炎がその瞼に口付けを落とした

 

「悩む事はない。俺の物になればいい――――エリス。お前以外の女など欲しくない」

 

そう言って、何度も口付けを落としていく

エリスティアが戸惑った様に、紅炎から距離を取ろうと手を伸ばすが

その手は、あっという間に紅炎に絡め取られてしまった

 

有無を言わさない威圧感が、その手から伝わってくる

 

「え、炎……っ、離し――――」

 

慌ててそう言い募ろうとするが、それは紅炎の声によって遮られてしまった

 

「“否”は、きかぬ」

 

そう言うなり、ぐいっと手首を引っ張られたかと思うと

あっという間に、紅炎の腕の中に抱き留められた

 

「炎……っ」

 

それでも、尚も抵抗しようとするエリスティアに、紅炎が苛立つ様に無理矢理頭を押さえつけたかと思うと、そのまま唇を奪い取った

 

「………っんん! ……あっ……やめ……っ」

 

なんとか、途切れ途切れにそう言うが

紅炎には一切通じなかった

 

そのまま力強く顎を持ち上げられたかと思うと

 

「エリス―――口を開けろ」

 

「え――――」

 

一瞬、何?

と思ったのもつかの間、その口は紅炎のそれに深く絡め取られた

 

「え、ん………やっ………あ、はっ……」

 

「ん……エリス――――」

 

紅炎の吐息が、感じられるぐらい近くにある

 

こんな紅炎知らない

こんな、無理矢理など今まで一度だってなかった

 

なにの、どうして――――……

 

頭の中が、真っ白になる

色々な事がぐちゃぐちゃになって、考える事すらままならない

 

 

「エリス―――俺の物になると言え。言うまで離してやる気はない」

 

 

「そ、んな………っ」

 

そんな事言われても、頷く訳にはいかない

頷けない

 

 

 

 

    シン―――――

 

 

 

 

脳裏に、紫がかった漆黒の髪の男性の姿が過ぎる

 

「おねが……やめっ……はっ……あ……」

 

尚も、深くなっていく口付けに、朦朧としていく意識の中

一人の男の声が響いた

 

 

  “忘れちゃいけないよ? 君は世界唯一の“ルシ”なんだ。 “ルシ”の“使命”は――――”

 

 

瞬間、はっとした様にエリスティアはどんっと思いっきり紅炎を突き飛ばした

突然、はっきりとした拒絶を露わにしたエリスティアに、紅炎が驚いた様にその柘榴石の瞳を瞬かせる

 

「エリス――――?」

 

紅炎がそう名を呼ぶと同時に、エリスティアが大きく首を横に振った

 

「………っ、ごめんなさい…っ」

 

吐き捨てる様にそう叫ぶと、エリスティアは自身の顔を手で覆った

 

「駄目なの……っ、駄目なのよ……!」

 

普通でないエリスティアの様子に、紅炎が一瞬戸惑いの色を見せる

だが次の瞬間、エリスティアの肩に手を掛けると、そっと顔を覆っている彼女の手をどかせた

 

エリスティアは、泣いていた

その大きなアクアマリンの瞳から大粒の涙をぽろぽろと零し、涙で頬を濡らしていた

 

紅炎は、そっとその涙を手でぬぐってやると、優しく語りかけた

 

「どうした?」

 

「…………っ、やさしく、しない、で……」

 

優しくなどして欲しくなかった

今、優しくされたらその人を頼ってしまう――――

 

叶わない願いを、願ってしまう――――

駄目なのに―――――

 

願ってはいけない

思ってはいけない

考えてはいけない

 

分かっているのに、そう思わずにはいられなくなってしまう

 

「私は……私は、誰かと共に先の未来は歩めないの……っ、だから、誰とであろうとも一緒には歩めないのよ……っ」

 

「エリス……?」

 

紅炎が、微かに目を細めた

 

「炎の気持ちは嬉しいと思っているわ。でも……でも、私はもう――――」

 

約束をした人がいる

“先の未来”以外の全てを捧げると誓った人がいる

その人以外にこんな気持ち、抱くなんて――――

 

「それに……私は―――――」

 

“ルシ”だから

“ルシ”の“使命”からは逃れられない―――――

 

“ルシ”は相手が誰であろうとも、共に歩む事など出来は無い

“同じ時間”は過ごせない

 

 

 

 

 

   それが、“ルシ”というもの

 

 

 

 

 

その時だった

紅炎が小さく息を吐いたかと思うと意外な言葉を口にした

 

 

 

「……そうか。そうやって、あのシンドバッドの求婚も断ったのだな」

 

 

 

え―――――……

 

ばっと、エリスティアが思わず紅炎を見る

紅炎は、真っ直ぐにエリスティアを見据えていた

 

この男は今、何と言っただろうか……?

 

 

 

  ”シンドバッド の キュウコン も コトワッタノダナ”

 

 

 

「な……」

 

瞬間、脳裏にシンドバッドの顔が過ぎる

微笑み「エリス―――」と優しく名を呼んでくれる彼の姿が―――

 

「どう、して――――?」

 

どうして、紅炎がその事を知っているのか

だが、紅炎は至って冷静だった

 

「どうして? 別段、不思議はない。 シンドリア国王・シンドバッドが建国式典の日、その恋人である“ルシ”に求婚して断られたというのは有名な話だ」

 

「―――――っ」

 

今度こそ、眩暈がした

この男は、何と言ったか

 

 “ルシ”

 

確かに、紅炎はそう言ったのだ

エリスティアの事を“ルシ”―――――と

 

ぐらりと今にも倒れそうになる身体を必死に保つ

頭が、ぐらぐらする

意識が遠のきそうだ

 

「じゃぁ……じゃぁ、炎は最初から気付いて………」

 

私が…“ルシ”だから……?

世界唯一の“ルシ”だから

だから、“欲しい”のだと……?

 

眩暈がした

身体が知らず震える

声が震えて、上手く言の葉に乗せられない

 

「炎は……炎は、私が“ルシ”だから………」

 

その先の言葉は、声にはならなかった

不意に捕まれた紅炎の手に制されたからだ

 

 

 

「違う!」

 

 

 

その言葉に、エリスティアは大きくそのアクアマリンの瞳を見開いた

 

「お前が“ルシ”かどうかなどは関係ない! 俺が欲しいのは、“エリスティア・H・アジーズ”という一人の女だけだ!!」

 

ぐっと、紅炎の持つ手に力が篭る

 

「エリス――――お前だけだ。お前だけが欲しい」

 

ザァ……と風が吹いた

白い花が一斉に舞い上がる

 

「炎……」

 

「俺は、シンドバッドとは違う。お前が“ルシ”だからという理由で身を引いたりしない」

 

「………っ、違うわっ。シンは身を引いたとかではなく――――」

 

「俺に言わせれば、同じ事だ。だから、お前はこうして今俺の手の中にいる――――違うか?」

 

「そ、れは……」

 

確かに、紅炎の言う事は正しいのかもしれない

シンドバッドはエリスティアを想うあまり、彼女の意思を尊重した

だが、紅炎は関係ないと言う

 

どちらが正しくて、どちらが間違っているのか

判断するには、難し過ぎた

 

「“ルシ”の“使命”とやらは知っている。だから、“誰とも先の時間は歩めない”か…成程な。だが、俺にしてみれば些細な事だ」

 

「………っ!?」

 

些細な事……?

“誰とも先の時間が歩めない”事が……?

愛する人と、同じ様に歩んでいけない事が……?

些細な事なの……?

 

ぎゅっと、思わず唇を噛み締めた

 

瞬間、バシッと紅炎の手を払いのける

 

「些細な事じゃないわ!! 貴方に何が分かるのよ!!!」

 

気が付けば、そう叫んでいた

いや、叫ばずにはいられなかった

 

「好きな人と同じ時間を歩む事も、一緒に死ぬ事も許されず、一人永遠ともいえる時間を過ごすのよ!!? この命は、“組織”の消滅と共に終わる運命! もしかしたら明日までかもしれない、何十年、何百年後かもしれない。 その間、ずっと一人で孤独に生きていく苦しみが分かる!? 私は、そんな強い人間じゃないわ!!」

 

一人残していくかもしれない

一人残されるかもしれない

永劫ともいえる時間を、永遠生き続けなければいけないかもしれない

そんな孤独に耐えられるほど、自分は出来た人間じゃない

 

だから、“先”は“約束”出来ない

求められても、応える術がない

 

明日とも分からぬこの命で、どう応えられようか

 

その時だった

ふわりと、紅炎がエリスティアの頬を撫でた

 

「それなら問題ない。“組織”は我が一部だ、“消滅“する事はない。 だが―――もし、その時は、この命、お前にくれてやろう」

 

え………

 

 

一瞬、紅炎が何を言っているのか分からなかった

だが、紅炎は真っ直ぐにエリスティアを見据え

 

 

「お前の命が終わる時、共に死んでやる。その代り、俺が死ぬときはお前の命を貰う」

 

 

「炎……?」

 

微かに、紅炎が笑う

 

そして――――

 

 

 

 

 

 

        「これが、お前にしてやれる俺の――――“約束”だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あえて、曖昧な締め方にしました

 

これは、きちんと断れているのかなー?

いないのかなー?

どっちだろうww 

 

2014/05/14