CRYSTAL GATE
-The Goddess of Light-
◆ 第二夜 ルシとマギ 22
紅炎は、エリスティアをぎゅっと抱きしめると、そのままその首に顔を埋めた
「あ、あああの……っ」
いきなりの行動に、エリスティアが益々顔を赤くさせる
「エリス――――今夜はここにいろ」
「………え…」
ぎゅっと、エリスティアを抱く紅炎の腕に力が篭った
そして
「……今夜、お前を離したくない」
――――――――え…
一瞬、エリスティアは紅炎に何を言われたのか理解出来なかった
今、紅炎は何と言っただろうか
脳が麻痺して、頭が追いつかない
すると、紅炎の抱く手に更に力が篭った
「エリス―――――……」
愛しいものを呼ぶ様な、甘い声が響いてくる
ぴくんっと、エリスティアが肩を震わせた
「え、炎……っ」
知らず、頬が熱くなるのがわかる
心臓が煩い位に、鳴り響いていた
だが、瞬間的に“駄目”だと何かが警報を鳴らす
自分はシンドバッドの物なのだ
彼以外に心をあげる訳にはいかない
時間以外の全てを捧げると、彼に――――シンドバッドにあの日誓ったのだ
その思いに、今も偽りはない
これらこの命が続く限り、彼が誰を選ぼうとも変わらない
変わらず、シンドバッドに尽すだけだ
だから、“これ”は受け入れては“いけない”
そう思うのに――――・・・・・・
身体が言う事を聞かない
頭では駄目だと分かっているのに、身体が動かない
言葉が出ない
ただただ心臓が酷く鳴り響き、全身の血が沸騰しそうなぐらい熱くなっていく
身体中の神経が、紅炎を求めている
ルフが求めている
受け入れろと 囁く
私―――――……
「え、ん……あの……」
「沈黙は肯定と取るが…よいな?」
何とか振り絞った声は、紅炎の声にかき消された
紅炎はそう口にすると、するっとエリスティアの頬に手を掛ける
そして甘く囁く様に
「エリス――――お前が愛おしくてたまらない」
「え、ん……」
どうしよう……
このままじゃ、私……
そのままゆっくりと顎を持ち上げられる
紅炎のもう一方の手が後ろから抱きしめる様に首に掛けられた
「あ、の……待っ……」
「待ったはなしだ」
それだけ言うと、そのままゆっくりと紅炎の顔が近づいて来た
エリスティアが大きくそのアクアマリンの目を見開く
紅炎の美しい柘榴石の瞳と目が合った
「………だ、め…」
震える声でそう呟くが、紅炎は優しげに笑みを浮かべると
「……駄目じゃない…」
そう言って、そのまま触れる様にエリスティアの唇に自身の唇を重ねた
ぴくんっと、エリスティアが肩を震わす
「あ………」
微かに洩れたエリスティアの声が、紅炎を更に刺激する
一度目は触れる様に優しく
二度目は愛しむ様に柔らかく
そして、三度目は感じる程深く
三度重ねられた唇は、どんどん深くなっていった
「え、ん……やっ…だ、め………」
何とか抵抗する様に言葉を途切れ途切れに発するが
逆に、それが紅炎の行為を加速させた
最初は触れるだけだった口付けが、徐々に深く熱くなっていく
「…あ、はぁ……んん………っあ……」
ぐっと、首から強く押し上げられ知らず口が開かれる
そうなる事を知っていた様に、紅炎の口付けが更に深くなった
「エリス――――……」
囁かれる甘い声が、エリスティアの腦を麻痺させていく
駄目なのに――――
抵抗しなきゃいけないのに――――
そうだと分かっているのに、身体が痺れた様に言う事を聞かない
それ所か、全身の血が沸騰しそうなぐらい熱くなっていく
溜まらず、ぎゅっと紅炎の袖を掴んだ
すると、紅炎は角度を変えて更に深く口付けてきた
「………っ、あ……え、ん……んん……っあ……」
息をする事すらままならない
頭が真っ白になり、考えがまとまらない
抵抗したいのに、抵抗出来ない
駄目だと分かっているのに、身体が動かない
「……エリス………愛している―――……」
紅炎の甘い囁く声が、麻薬の様に頭に響いてくる
次第に頭がくらくらしてきて、何も考えられなくなってくる
その時だった
“エリス―――――”
紫がかった漆黒の髪の彼の人の姿が脳裏を過ぎった
瞬間、エリスティアの頭が鮮明になる
シン……っ
そう思った瞬間、エリスティアは抵抗する様に紅炎の肩を叩こうと手を振り上げた
が、それはあっという間に紅炎の手に捕えられた
まるで、抵抗は許さないという風にぎりっと力強く握られる
ビリッと手首に痛みが走った
だが、それに構っている余裕はなかった
エリスティアは身体をよじると、尚ももう片方の手で紅炎を押しのける様に胸を叩いた
エリスティアのその反応に、紅炎の動きが止まる
「エリス?」
心配そうにこちらを見てくる紅炎に、エリスティアは小さく首を振った
「…………っ、ごめんなさいっ、私、やっぱり―――」
心が痛い
本当はこんな事言いたくない
でも、駄目なのだ
こんなの許されない
だが、紅炎は特に怒るでもなく、怒鳴るでもなく、優しげにエリスティアの髪を撫でた
「すまない……やはり、急すぎたか」
紅炎のその言葉に、エリスティアはまた小さく首を振った
「ち、違うの……っ、そうではなくて――――」
言わなきゃ……
私がこの心を捧げているのはシンドバッドただ一人で、貴方ではない
どんなに想ってくれても、応えられな
言わなければいけない……
言わなければいけないと分かっているのに……
言葉が、出ない
この人に告げたくない
この人に告げたくないと、心が叫んでいる
でも……
でも、私は―――――…
その時だった、紅炎の手が伸びてきたかと思うとそのまま優しくエリスティアを包み込んだ
突然の抱擁に、エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせる
「え、ん……?」
「無理して言う必要はない」
違う
そうじゃないの
そう思うのに、あまりにも紅炎の手が声が優し過ぎて、涙がじわりと浮かんでくる
紅炎の手が優しく髪を撫でてくれる
悪いのは私なのに――――
どうしてそんなに優しくしてくれるの……
エリスティアは泣きそうになるのを堪える様に、そのまま紅炎の胸に顔を埋めた
「――――ごめ…ん、な…さ…い」
それだけ言うのが、精一杯だった
◆ ◆
何やっているのかしら……
紅炎から与えられた部屋の寝台に座り込み、エリスティアは小さく息を吐いた
紅炎は優しかった
拒んだエリスティアに対し、怒る事もせずに「ゆっくり休め」と、部屋を用意してくれた
本当ならば、蘭朱の家に帰る所なのだが
これ以上紅炎の好意を無下にも出来ず、エリスティアは今日だけこの禁城の一室に泊まる事にした
あの時の紅炎の言葉が脳裏を過ぎる
『……今夜、お前を離したくない』
あれって…そう言う意味…よね……
エリスティアだって何も知らない子供じゃない
その言葉がどういう意味を持つか位 分かる
そっと、唇に触れる
突然だった、紅炎からのキス
避け様と思えば、避けられた筈だ
だが、避けられなかった
身体が動かなかった
まるで自分自身がそうされてもいいと思っているかの様に、身体が拒もうとしなかった
頭では分かっていた
拒まなければいけない
何故なら、エリスティアが一番に想うのは紅炎ではなく、シンドバッドなのだから
これは、シンドバッドへの裏切りだ
なのに……
拒めなかった
それどころか……
「……嫌じゃ…なかった……」
紅炎からのキスを嫌だと思わなかったのだ
おかしな話だ
エリスティアの中で一番優先するのはシンドバッドの事で、シンドバッド以外考えられないというのに
紅炎に想いを告げられて、キスをされて―――少しも不快さを感じなかった
むしろ、嬉しいとさえ想ってしまった
「私――――……」
シンドバッドの事は、今でも好きだ
愛しているし、彼以外は誰も好きになる事はないとさえ思っていた
だが――――……
「……炎の事も、好きになりかけている…」
紅炎の事も、シンドバッドと同じぐらい好きになりかけている
好意を寄せられて、嬉しくさえ思ってしまっている
こんな気持ち、許される筈が無い
エリスティアは、ぎゅっと足を抱える様に丸くなった
「私…最低だ……」
シンドバッドを捨てられないのに、紅炎も捨てられないなんて…
なんて、最低なのだろう
自分はいつから、そんな人間になってしまったのか……
今までなら、シンドバッドの事だけを考えていればよかった
紅炎に出逢わなければ、これから先もそうだった そうだと信じていた
でも、出逢ってしまった
あの人に――――
美しい柘榴石の瞳を持つ、炎の様な人に
ルフが囁くのだ
彼を求めるのだ
どうして、運命は紅炎と自分を出逢わせたのだろうか……
こんなの、酷過ぎる―――
これも全てルフの導きだとしたら
エリスティアの今まで信じてきた“ルフ”とは一体なんだったのだろう
私は“ルシ”だ
ルフを生み、ルフを愛し、ルフを与える
それが、“ルシ”としての私の役目
”組織“が滅ぶその時までの、限られた時間
永劫とも思える時間
そして、一欠けらの短い時間
それが“ルシ”というもの
故に、“ルシ”は主を選ぶ
限られたその大いなる力を主の為だけに使う為に――――
エリスティアの主はシンドバッドだ
濁ったルフしか視なかったエリスティアが視た唯一の“光”
彼になら、彼ならば この身を捧げてもよいと思った
その想いが、主以上のものになるのに時間は掛からなかった
それぐらい、彼とは出逢ってからずっと共にあった
シンドバッドの為ならば、この身など惜しくない
だが、紅炎に出逢ってしまった
シンドバッドとは異なる、もう一つの“光”
きっと、シンドバッドと出逢う前ならば主に紅炎を選んでいたかもしれない
それぐらい、彼のルフは美しかっ
エリスティアは、小さくかぶりを振った
自分は、シンドバッドの“ルシ”だ
“かもしれない”などあってはならない
ちゃりっと…耳飾りに触れる
髪飾りと同じ装飾の耳飾り
シンドバッドが建国式典のあの日、贈ってくれた贈り物
彼の申し出は受けられないが、それ以外の全ては捧げるという意味でこの耳飾りと髪飾りは受け取った
大事な 大事な物だ
エリスティアはぎゅっとその耳飾りを握り締めると、また顔を埋めた
「シン……」
こんな時、どうしてシンドバッドは傍にいないのだろうか
こんな事ならば、国を勝手に出るのではなかった
でも、今、シンドバッドに逢ってもどんな顔をすればいのか分からない
紅炎からのキスを受け入れてしまったなんて、話せない
話せる筈が……
どう、すれば―――――……
その時だった、ルビーのチョーカーがパァッと光り輝いた
ヤムライハからの交信だ
「………………」
エリスティアは、チョーカーを外すとそのままじっとルビーを見つめた
きっと応信しないと変に思われる
でも、もしシンドバッドがいたら――――?
エリスティアは、ごくりと息を飲むと、震える手でそっとルビーに触れた
そして、応答の呪文を唱える
瞬間、ルビーがパァァと強く光り輝くと、ヤムライハの姿が映し出された
「数日ぶりね、エリス」
何も知らないヤムライハはにっこり笑ってそう答えると、ふと辺りを見渡してその瞳を瞬かせた
「あら? なんか、いつもと場所が違う気がするんだけど…?」
「あ、あ――うん、ちょっと……」
どう答えていいのか分からず、エリスティアは言葉を濁らせた
それで察したのか、ヤムライハが少し申し訳なさそうに
「もしかして、今、駄目だった?」
ヤムライハのその言葉に、エリスティアは慌てて首を振った
「あ、ううん、平気…今、一人だし…」
「そう…? ならいいけど……」
若干、釈然としない様にヤムライハが頷く
だが、ヤムライハは直ぐにエリスティアの異変に気付いた
「エリス? なんか、顔色悪くない……? 大丈夫なの?」
「え……? あ、うん…平気。それよりその――――……」
エリスティアは辺りを見渡すと、小さな声で
「今、シン―――いる、の……?」
ここ最近の交信には決まってシンドバッドが居た
今日もいる
と考えるのが普通である
だが、予想外にヤムライハからの返事は違った
「今日はいないわ。だから、この間言ってた相談の話をしようと思って」
そう言ってにっこりと微笑む
「ヤム……」
そうだ
ヤムライハに相談しようと思っていたのだ……
でも、事態はもっと悪化した
ヤムライハにすらどう説明していいのか分からない
だが、ヤムライハの優しさがつんっと鼻の奥を刺激した
「ヤム……」
「ど、どうしたの!?」
今にも泣きそうなエリスティアに、ヤムライハがぎょっとする
「ヤム……助けて………」
もう、今のエリスティアには自分一人じゃどうしていいのか分からなかった
うおおおおおおお!!!
紅炎が……!!!
悩んだんですけど…入れちゃいましたw
※口付けとキスで言葉を分けているのは、わざとです
2014/02/21