CRYSTAL GATE

　　－The Goddess of Light－

　

 

◆　第二夜　ルシとマギ ２

 

 

青藍の丘

 

そこは、この辺ではあまり知られていない珍しい花の咲く丘だった

だが、地元人はあまり近づかない

それは、その花には毒素があると言われていたからだ

以前、その花を薬草と聞いて口にした者が死んだという

 

その為、地元人はその丘の花を恐れた

それに、その丘に行くには深い森を抜けなければならなかった

 

近頃では、帝国の兵がうろついているのをその森で何度も見られていた

そのせいか、ますます地元人はその丘や森に付か付くのを恐れた

 

エリスティアは、そんな丘に一人籠を持って向かっていた

深い森を抜け、山道を歩く

 

歩きなれない山道は困難を要した

だが、シンドバッド達と迷宮(ダンジョン)を攻略していた事に比べれば、全然マシだった

迷宮(ダンジョン)の方が、森よりももっと険しい

だが、森自体を一人で歩いた事が無いので、やはり少し心許なかった

 

森は深く、とても広い

だが、木陰から差し込む日の陽射しはキラキラとしていて綺麗で

沢山の、動物や植物などが溢れている

 

時折、野兎や野鹿などが姿を見せる

その光景が、たまらなく幸福な気持ちにさせた

 

こんな素敵な場所を恐れるなんて、地元の人はどうかしていると思う程に

 

だが、実際、煌帝国の軍人がたまにうろついているのは事実らしく

エリスティア自身は会った事はないが、幹の傷や、葉の乱れ具合をみれば、自分以外の誰かが出入りしているのは間違いない様だった

 

そうこうしている内に、開けた場所に出た

思わず、その光景に目を奪われる

 

少し下った崖の下

一面に広がる紫色の花

 

何度見ても、溜息ものだった

 

エリスティアは、小さく「疾風(ハースィハ・リーフ)」と唱えると、ふわりとその崖を飛び降りた

ゆっくりとそのまま着地すると、奥へと進む

 

出来るだけ花を潰さない様に歩きつつ、目的の物を探した

 

この紫の花の中に少しだけ咲く ”それ” はとても貴重なものだった

だが、同じ色の花をさがすのは困難を要した

 

毎日通っているが、いつも時間が掛かってしまう

だが、間違える訳にはいかなかった

一歩間違えれば、死を呼び寄せてしまう

 

エリスティアは、籠を置くとその場に座った

そして辺りを見渡す

 

「あ……」

 

一輪、見つけた

 

エリスティアは借りてきた円匙を取り出すと、その花の根からとる様に掘り始めた

極力、根には傷をつけない様に優しく掘っていく

 

数分、そうしている内にようやっと一株掘り起こせた

エリスティアは小さく笑みを浮かべると、それを籠の中に入れた

 

そして、再び歩きはじめると、またその花を探しはじめる

 

ただでさえ少ない花だ

一度に大量に掘って無くなっても困る

 

そう思いながら場所を移動しながら探していく

気が付くと、森の近くまで来ていた

 

エリスティアはその場に籠を置くと、再び座り込んだ

そして、辺りを見渡す

 

その時だった

 

ガサリ…と、森の奥から音が聴こえてきた

エリスティアは、ハッとして籠を庇う様に慌てて立ち上がる

 

そして、身を隠せそうな場所を探すが

拓けた場所の為、目の前の森以外に身を隠す場所はなかった

しかし、その森から音がするのだ

森には入るのは自殺行為になる

 

「………………」

 

ごくりと息を呑み、森をじっと見つめた

最悪、熊かなにかだったら目くらましの魔法でも何でも使って逃げようと思った

もしくは帝国の兵士だったら、花を摘みに来ただけだと言えばいい

 

第一、 ここは有毒植物あると思われている場所だ

おいそれと、兵士が近づくとも思えないが――――

 

警戒しながら、じっと細部まで神経を尖らせて森を見るが……

一向に何かが出てくる気配はなかった

 

「……………？」

 

気のせい…だったのだろうか……？

だが、微かにだが何かの気配がする

 

どうしよう……

 

近づいて確認するべきか…

それとも、このままやり過ごして今日はこれで諦めて帰るべきか

だが、出来るならあと２～３株は欲しかった

 

エリスティアは、ごくりと息を飲みゆっくりと音のした方へ近づいた

そのまま森の中へ入っていく

 

森の中は静寂に包まれており、微かに鳥の鳴き声だけが聴こえていた

見れば、野兎もひょっこり現れては消えていく

鳥や小動物がいるという事は、危険なものはいないという事になる

彼等は危険には敏感だ

危険を察すれば、即座にいなくなる

だが、その気配はない

 

「やっぱり、気のせい…だったのかしら……」

 

少し神経質になっていたのかもしれない

そう思って戻ろうと思った時だった

 

バタバタバタと、鳥が大きく音を立てて飛び立った

ハッとして、思わずそちらの方を見ると――――

 

 

「―――――え」

 

 

人が―――倒れていた

 

いや、正確には木に寄り掛かって、意識を失っていた

エリスティアはぎょっとして慌ててその人に駆け寄った

 

「あの…大丈夫ですか？」

 

声を掛けるが返事はない

 

それは、シンドバッドと同じぐらいか、もう少し下かぐらいの赤銅色の髪をした若い男だった

男は目を閉じたまま、ぴくりとも動かない

 

思わず、彼の身体を見る

だが、意識を失う程の怪我などはどこにも無い

唯一、手に切り傷が少しあるだけだ

 

もしかしたら、その傷が原因なのだろうか

ここには、有毒植物も多くある

知らず、それらで切ったのだとしたら……

 

ぞくりと、嫌な考えが頭を過ぎる

 

まさか…死………

 

そこまで考えて、慌てて首を振った

まだそうとは決まっていない

もしかしたら、意識を失っているだけかもしれない

 

エリスティアは、その男の手を掴むと脈を図った

そして、そっと胸元に耳を当てて心臓が動いているか確かめる

 

とくん…　とくん…と確かに音がしていた

 

良かった…生きてる……

 

ほっとして、離れようとした時だった

不意に、男の手が動いたかと思うと、いきなり抱きしめられた

 

「……………っ」

 

ぎょっとしたのは、エリスティアだ

意識がないものだと思っていたのに、まさか動いたのだ

自分が取っていた大胆な行動が裏目に出てしまった

 

慌てて離れようともがくが、がっちり固められて離れられない

それどころか、ますます、強く抱きしめられた

 

「あ、あの……っ！」

 

エリスティアが顔を真っ赤にさせて叫んだ

その時だった

 

「ん………」

 

微かに、男の唇が動いた

そして、ゆっくりとその瞳が開かれる

 

「あ………」

 

口付け出来るんじゃないかというぐらい間近に迫ったその端正な顔が、微かに微笑んだ気がした

瞬間、かーと頬が熱くなる

 

「誰だ……？」

 

男の唇が微かに動く

 

ぼんやりとした雰囲気があるのに、何故かその神秘的な柘榴石の瞳がこちらを見ていると思うと

動けなくなる

 

エリスティアは、顔を真っ赤にさせたまま口をぱくぱくさせた

その様子がおかしったのか、男がふっと微かに笑った

 

「……まるで、金魚の様だな」

 

その言葉にかちんっと来たのか、エリスティアがむっとなって叫んだ

 

「あ、貴方が放して下さらないから――――っ」

 

その言葉で男は初めて気付いたのか

「ああ……」と声を洩らすと、エリスティアを拘束している手を離した

 

慌ててエリスティアが男から離れる

 

そして、キッと睨んだ

だが、男はぼんやりとエリスティアを見つめたまま、ぴくりとも動かなかった

 

「……………？」

 

その様子がおかしくて、エリスティアは首を傾げた

そういえば、この男は毒にやられていたのではなかっただろうか

 

「あの……大丈夫…なのですか…？」

 

エリスティアが警戒しながら、恐る恐る尋ねた

すると、男はその柘榴色の瞳を一度だけ瞬かせた後

 

「大丈夫……？」

 

何故か、聞き返してきた

 

「…………？」

 

何故、聞き返されるのか分からず、エリスティアが益々首を傾げる

 

「や、あの……だって…、貴方そこに倒れて――――」

 

いたじゃないですか　と、言おうとした時だった

男が「ああ……」と声を洩らしたかと思うと

 

「少し、寝ていたらしい……」

 

「は？」

 

寝ていた……？

 

「……………」

 

この森の中で？

危険な動物もいるし、兵士もうろつく様な森で？

 

「寝て…いた……だけ……？」

 

思わず、そのアクアマリンの瞳を瞬かせる

男がエリスティアの動揺に不思議に思い、首を傾げる

 

寝ていただけって……

 

じゃぁ、別に毒で倒れていた訳でも

怪我をしていた訳でもなく……寝ていただけ

 

そう思った瞬間、へなへなと力が抜けた様にその場にへたり込んだ

突然へたり込んだエリスティアに、男が一瞬驚いた様にその柘榴石の瞳を瞬かせる

そして、ゆっくりと起き上がると近づいて来た

 

「おい……」

 

「………良かった…」

 

一瞬、エリスティアが何を言っているのか分からず、男が首を傾げる

 

「良かった？」

 

「あ、いえ…何でも……」

 

まさか、寝ていただけの人に死んでいるのかと思ってしまいました

とは言えず、エリスティアは口籠りながら視線を反らした

 

今思えば、自分はなんと恥ずかしい行動をしてしまっていたのだろうと、今頃になって恥ずかしくなってきた

思い出しただけで、顔が赤くなる

 

目を逸らした途端、頬を赤く染めたエリスティアを疑問に思ったのか

不意に、男の手が伸びてきた

 

瞬間、エリスティアがぎょっとして、慌てて後退る

 

「な…何…っ！？」

 

エリスティアに伸ばされた手が、彼女に触れる事無く宙を切る

男は、ぼんやりとその手を眺めた後、微かに笑った

 

「それだけ、元気なら問題はないか…」

 

「は？」

 

何を言っているのだろうか？

 

エリスティアには、男の言っている意味がまったく理解出来なかった

ふと、男が傍にあった籠に目をやった

 

「ん……？　これは―――……」

 

「あ！　か、返して下さい……っ！」

 

エリスティアは、慌てて駆け寄ると男の手が伸ばされかかった籠もぎ取る

ぎゅっと大事そうにその籠を抱きしめて自分を睨むエリスティアを見て、男は一度だけその柘榴石の瞳を瞬かせた

 

「桔梗か？　…病気の者でもいるのか？」

 

男の言葉に、エリスティアはハッとした様に目を見開いた

 

「分かるの……？」

 

エリスティアの言葉に、男は小さく頷いた

 

「確かに、桔梗は毒素も持っているが、正しく煎じれば痰や咳止め解熱や痛み止めの効果がある筈だが…」

 

この人……

 

地元の人は、この桔梗を有毒植物だと思って絶対に煎じないという

だが、実際生で根を口にするのではなく、熱を通し煎じれば薬として色々な効果を生み出す

それを知っているだけでも珍しい事だった

エリスティアは、シンドリアの書庫で本を読んで知っていただけだ

 

誰なの……？

 

雰囲気からして、地元の人とは違う気がした

彼の纏う空気が違う

 

それに

 

ルフが酷くざわつく

だが、不思議と嫌な感じでなかった

むしろ、彼のルフはとても流れる水の様に綺麗だった

 

こんなルフの持ち主、シン以外で初めてだわ…

 

決して、シンドバッドと似ている訳ではない

だが、何処かで似ている様にも思えた

 

瞬間、ザァッ…と風が吹いた

エリスティアの美しいストロベリーブロンド髪がなびく

男は、それを目で追う様に見つめていた

 

何かしら……

 

胸が酷くざわざわとする

彼のルフに惹かれる様な、惹かれてはいけない様な不思議な感覚だった

 

「貴方……誰………？」

 

知らずそう口にしていた

 

男が一度だけ、その柘榴石の瞳を瞬かせる

そして、微かにその口元に笑みを浮かべた

 

「誰…か、そう問われるのは久しいな」

 

「え？」

 

一瞬、何を言われているのか意味が分からなかった

エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせた時だった

不意に、スッと伸びてきたかと思うと、男の手がエリスティアの髪に触れた

 

「……………っ」

 

動けなかった

その吸い込まれそうな柘榴石の瞳に見つめられて抵抗する事すら出来なかった

 

こんな事、シンドバッド以外で一度だってなかったのに

 

男は静かにエリスティアの髪を撫でる様に手を動かした

さらさらと、彼女のストロベリーブロンドの髪が男の手から零れ落ちていく

 

「お前こそ、何者だ……？　この国の者ではなかろう…？」

 

「わ…私…は……っ」

 

一瞬、ぎくりとエリスティアが顔を強張らせたのを、男は見逃さなかった

男は微かに くっと喉の奥で笑うと、そのまますっと手を離した

 

「まぁいい…それで…？」

 

「え？」

 

「明日も、その桔梗を採りに来るのか？」

 

「――――え」

 

ずばり言い当てられて、またエリスティアが表情を硬くする

だが、別に隠している訳でもないし、採ってはいけない訳でもない

エリスティアはごくりと息を飲み

 

「来ます…けれど……駄目…ですか？」

 

なんとか、その言葉だけを絞り出す

すると、男が一瞬驚いた様に大きくその柘榴色の瞳を見開かせた

そして、次の瞬間ふわりと優しく笑みを浮かべると

 

「いや……？　ならば、もしまた会えたその時は――俺の名を教えてやろう」

 

それだけ言うと、男はそのまま森の奥へと消えて行ってしまった

 

「………………」

 

エリスティアは、力が抜けた様によろめくと、そのまま木の幹にどんっと身体をもたれ掛った

ぎゅっと、持っていた籠に力が篭る

 

「なん…なの…あの人………」

 

ルフが鳴いている

触れられた所が、まだ微かに熱い

 

エリスティアは髪を押さえて、その場にうずくまった

知らず顔が赤くなる

 

激しく鳴り響く心臓の音を押さえる事が出来なかった

心臓だけじゃない

肩も喉元も、指先さえも 全身が脈打っている

 

 

 

　　『エリス』

 

 

 

頭の奥で、懐かしいシンドバッドの声が木霊する

 

 

 

 

「シン……っ」

 

 

 

 

 

吐き捨てる様にそう呟く声は、森の中で静かに消えていったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

　続

 

 

ついに来たー！　あの人、登場！

誰かなー誰でしょうなｗｗ

名乗ってねェよｗｗ

でも、あの人以外いないっしょ！！

 

という訳で、最初の出逢い編でしたｗｗ

 

実は、シンドバッドと同様にルフを感じるのには意味があります

それは、いずれ分かるｗｗ

 

2013/09/20