桜散る頃-紅櫻花-

 

◆ 月と桜の理 1

 

 

ザァァァ・・・

 

ザワザワザワ・・・

 

風が吹く

木々がざわめき、その幹を鳴らす

空を覆っている雲の間から、微かに覗く月明かりが木々の間からその手を伸ばす

そのせいか、周りは返って暗く見えた

 

 

はぁ・・・ はぁ・・・

 

 

息が切れるのを感じながら、1人の少女が木々の間をすり抜けるかの様に駆け抜けていく

夜の闇で蒼く染まった木々が、まるで彼女の進路を阻むかの様に生えていた

 

彼女の腰まであるかと思われる長い漆黒の髪が揺れる

体には走ってきた時につけたのか、無数の傷跡があった

 

着ている・・・というより、無造作に羽織ったような衣は乱れ、彼女の股すらをも露にする

 

手には見事なまでの装飾が施された細剣を握り締めていた

 

「―――――・・・・・・っ!?」

 

不意に、木の幹が彼女の頬を掠めた

 

その瞬間、頬に何ともいえない痛みが走る

つぅ・・・・・ と熱いモノが流れ出てくるのを感じた

血だ

確認するまでもなかった

だが、少女はそれを拭き取ろうともしなかった

触れ様ともしない

いや・・・むしろ気にしている暇は無いという感じだった

 

少女はまるで痛みを忘れたかの様に走り続ける

 

 

はぁ・・・・・ はぁ・・・・・っ

 

 

呼吸が乱れているせいか、肩が上下に揺さぶられる

正直、どこをどう走っているのか彼女には分からなかった

自分が一体、何処へ向かっているのかさえも・・・・・・

 

「あ・・・・・・・・・っ」

 

足が縺れる

そう思い、転びそうになるのを必死で耐えた

立ち止まる事もせず、そのまま体制を立て直そうとする

だが、それは叶わなかった

そのままバランスを崩し、倒れそうになってしまう

思わず側にあった木に手を掛け、何とか地へ付くのだけは免れた

 

 

莉維リイ!! こっちだ ここから行け!!』

 

 

不意に、脳裏に甦る

 

最悪の状態だった自分をいつも導いてくれた低い声

その先に待っている隻眼の男の顔が

 

自分を逃がして彼は大丈夫なのか・・・・・・?

 

以前にも何度か助けてもらった事はあった

だが、今回は今までとは状況が違う

今までの様にはいかない

 

もし、この事があの男に知られたらどうなる

いくらあの男の腹心とはいえ無事でいられるのだろうか・・・・・・?

 

いくら考えても答えは見つからなかった

前例がないのだ

自分に関わることで生きていた男の前例が・・・・ない

 

唯一あの男以外で自分に話しかけ、名を呼ぶ事を許された男

それはあの男の彼に対する絶対の信頼からくるものなのか

それは分からない

 

過去、自分のせいで幾人もの人間があの男の手に掛けられていくのを見てきた

敵も味方も関係ない

 

自分に声をかけてきた者・・・・・

その名を口にした者・・・・・

関わってきた者全てを ――――――――・・・・・・・・・

 

まるで思い知らすかの様に、彼女の目の前で人だったモノがただの塊と化していく

震え、涙を流す彼女を捕まえ

そして、不敵な笑みを浮かべ言うのだ

 

 

 『おまえはワシの物だ・・・他の誰にも心許す事も、その名を刻ませる事も許さん・・・・よいな?』

 

 

その残虐な行為を続けるあの男・・・・・・

あの狂っているとしか言いようがない執拗なまでの目眼

笑う口元

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は否定するかの様に首を横に振った

唇をきつく噛み締める

にわかに剣を持っていた手に力が篭る

 

まるで何かを吹っ切るかの様にその場から動こうと足を前に出した

 

こんな所で立ち止っていてはいけない・・・・・・

 

何が彼女を後押しするのか

だが、一度止まってしまった足は自分の意思とは裏腹に動こうとはしなかった

 

「・・・・・・・・・・っ!?」

 

咄嗟の事でバランスを保てなかったのか

再び木を掴もうと手を伸ばすも、空しく宙を切る

そして、そのまま地へ倒れこんでしまった

 

ドォ・・・・ と音をたて、砂煙がもうもうと舞う

 

 

はぁ・・・・・ はぁ・・・・・・

 

 

まるで呼吸と比例するかの様に心臓が激しく波打つ

少女は一度目を伏せ、呼吸を整えるかの様に大きく息を吸った

 

・・・・早く立ち上がらなければ・・・・・

 

そう思うも体が動かない

取り分け足は棒の様で彼女の意思には従ってはくれなかった

 

無理も無かった

 

数刻前まで自分は戦場にいたのだ

白い月毛色の馬に乗り、剣を振るった

抵抗する敵兵士達を無残にも切って捨てた

 

たとえそれが自分の意思では無くとも・・・・・・

 

その上、今の今まで走っていたのだ

彼女の身体は精神的にも、肉体的にも限界に近かった

 

 

 

 

 

 

 

あの男に連れてこられて早15年・・・・・・

 

あの男の為に、あの男の望む様に・・・・と、ありとあらゆるものをこの身体に叩き込まれた

武術や兵法はおろか、歌舞や笛・筝にいたるまで

 

肌は毎夜のごとく磨かれ、艶やかな髪には輝かんばかりの装飾が飾られる

それが彼女の漆黒の髪を一層際立たせた

 

あの男の好みなのか、白い彼女の御脚が露になる様な作りの豪華な衣装を着せられ

後宮の奥の間に押し込まれる毎日・・・・・・

 

自分と関わるのは数人の侍女と、彼の腹心ともいえる隻眼の男

そして、あの男のみだった

 

あの男は彼女の事を 『莉維』 と呼び、毎夜彼女の前に姿を現した

そして、彼女に舞だ笛だと所望する

何をするでもない

ただ、彼女の顔を見に来ていただけなのか

はたは、実が熟すのを今か今かと待ちわびていただけなのか・・・・・・

 

 

 

 

 

戦場では呼名を 『蒼子ソウシ』 変え、姿を隠し、その口を開くことさえも禁じた

蒼き衣を着せ、頭の上から足の先まですっぽりと隠れるような白銀の布に、

金と青の刺繍が施された闘蓬を羽織らせる

彼女のその美しい姿が他の者に見えぬ様、その麗しい声が他の者の耳に残らぬ様

彼女のその名を他の者の口が語らぬ様に・・・・

 

そして、自分の傍らに彼女を置き、離れることすら許さなかった

 

兵士や他の武将達には、その男の傍らに立つ彼女がどこの誰なのか

男か女なのかすら分からなかった

 

 

ただ月夜の晩のみ男の傍らを離れ、単騎で戦場に赴く彼女の姿だけが異質さを放っていた

 

 

分かっていた事は、彼女が赴いた戦地では誰一人生き残っている者はいなかったという事

そして、彼女の姿を見た者は味方であろうと生きてはいないという事だった

 

返り血1つ浴びる事無く、無傷でその場にたたずむ彼女の姿は瞬く間に三国中に知れ渡っていた

 

  彼の者に会った者は誰一人として生きて帰ってはこない

  蒼き衣を身に纏い、まるで踊っているかの様に剣を振り回す・・・

  情けも慈愛もない月夜の晩に現れる残虐非道な鬼神 

 

 


       ―――――――― 『月夜叉』 ――――

 

 

 

そう呼ばれ出すのに時間は掛からなかった

 

    情けも慈悲も無い残虐非道な鬼神 ――――――――・・・・・・・・

 

そう呼ばれる度に彼女の心は痛んだ

 

本当は殺したくなど無かった・・・・

それが敵であろうとも

降伏の兆しを見せた者は逃がしてやりたかった

 

だが、それは叶わない事だと彼女は知っていた

 

 自分が逃がした者の末路を知ってしまったから ――――――――・・・・・・・

 

そう・・・・あの時と一緒・・・・・・

いや・・・あの時より酷い

それは・・・・人で在らざる モ ノ・・・・・・・・・

 

  『そなたのその下の真の姿を見たものは敵、味方問わずに許さぬ・・

   たとえ逃しても草の根を割ってでも探し出して今以上に残虐な殺し方をしてやろう・・・・

   意味がわかるな?』

 

そう言いながら笑うあの男の顔・・・・

 

 

あの男が言うそれは不可能だった

 

戦いの最中、いくら深く闘蓬を羽織っていようとも

下の姿が見えないはずがないのだ

剣を振るえば必ず身体も動く

 

それはつまり

彼女と刃を交えたものは誰一人として生きてはいられない・・・・・・という事だった

彼女が逃がしても、あの男が殺してまう・・・・

それも、拷問より酷い殺し方で ―――――――――・・・・・・・・・・

 

 

 あんな無残な殺され方をされるぐらいなら・・・・・いっそ ――――――・・・・・・

 

 

それが、今の自分に出来る唯一の方法だと思った

 

たとえどんなに言われようとも・・・・・

それが彼女の性格を知った上で、あの男がわざと言っている事だとしても

そうするしか無いと思ったのだ

 

 

 

 

 

 

 

倒れた時に手から離れたのか

目の前に転がっている 彼女の持っていた剣が視界に入る

 

少女は手を伸ばし、その剣を掴んだ

 

  「天をも貫く」と言われた あの男が対をなす様に作らせた2本ある宝剣の片割れ

 

      「倚天イテン」―――――――・・・・・・・・・

 

 

・・・・こんな物・・・・受け取るんじゃなかった・・・・っ!!

 

ぐっ・・・ と持っていた剣に力が篭る

たとえ、それが彼女の母の形見だったとしても・・・・・・

 

だが、今更後悔しても

 

 

   ・・・もう・・・遅い・・・・・・・・・

 

 

ふと見ると、鬱蒼と茂った木々の間から川が見えた

そう・・・先ほどまで自分が水浴びをしていた湖の上流かなにかだとすぐに分かった

 

・・・・いっその事死んでしまえば良かったかも・・・しれない・・・

 

このまま川に身を投げて死ねたならどんないよかっただろうか・・・

自分が生きている事で数多の命が消えていく

 

 

ならば、自分が消えればいいのではないのか・・・・・?

 

 

何度そう思った事か・・・・・

 

だが、彼女はそうする事が出来なかった

彼女の母が死に際に言った言葉…

 

 

 

  『あなたは・・・生きなさい』

 

 

 

・・・・私など・・・・生きていても仕方ないのに・・・・・

つぅ ――・・・ と一滴の涙が零れ落ちる

 

何故かは分からない

悲しいからではない事は分かった

 

ぼつ・・・・

 

「・・・・・・・・?」

 

何かが彼女の頬に落ちてくる

彼女はそっ・・とそれに触れてみた

 

水・・・・・・・?

 

ぼつ・・・ ぼつ・・・・

 

今度は何粒も落ちてきた

 

・・・・あぁ・・・・・・・

 

彼女は納得したかの様にゆっくりと目を閉じる

 

 

雨だ

 

 

雨が降り出したのだ

 

雨はまるで彼女の悲しみを表すかの様に徐々にそのひどさを増していった

雨粒が彼女の身体にあたっては弾けていく

 

だが少女はそこから動こうともしなかった

なすがままに雨にうたれていく・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれぐらいそうしていたのだろうか・・・・・・

 

 

気づけば、彼女の美しかった漆黒の髪はバサバサになり

衣はぐっしょりと濡れ、肌にまとわりついている

色艶のよかったピンク色の唇はもはやその色すら留めていない

寒いのか、微かに身体が震えていた

 

意識が無かったわけではない

ぼんやりとだが意識はあった

ただ、身体は動かなかった

 

いや・・・・動こうとはしなかった

 

このまま死ぬのか・・・・・・?

 

そんな考えが頭を過ぎっていく

でも、それもいいかも知れない・・・・・・

 

母との約束を違える事になるが・・・もう・・・いい・・・・・

 

そう思った

 

でも・・・・

 

せめてもう一度あの御方を見れたら・・・・・・

 

脳裏に浮かぶ一人の青年

それは少女の唯一の願い

 

 

誰にも明かす事のできないたった一つの願いだった

 

 

何度か戦場で見かけた武人・・・・・

主の傍らにいて、真っ直ぐ澄んだ瞳の青年だった

 

彼女の周りの者たちは淀んだ黒い目をしているものばかりだった

だからなのか、余計にその青年の瞳は彼女の瞳に止まった

澄んだその青年の瞳を綺麗だとも思った

 

 

話したいなどと望まない

知って欲しいなどと望まない

 

 

ただ見ている・・・・それ以外は何も望まない・・・・・・・・

 

望めばどうなるか・・・そんな事は分かっていた

 

 

だから、望むのをやめた

誰にも気づかれない様に・・・・・知られない様に・・・・・

 

 

この秘めた想いを・・・・・・・・・・・

 

 

 

少女はゆっくりと微かに目を開けてみた

だが、雨のせいか

傍は意識がはっきりしていないせいか 視界がはっきりと見えなかった

 

「・・・・・・・・・・?」

 

不意に雨音とは違う別の音が彼女の耳に入る

 

何・・・・・・・?

 

微かだが、その音は徐々に近づいてきている様な気がした

その音はどんどん大きくなってきて、彼女の耳にもはっきり聞こえるほどになってきた

 

馬の蹄の音・・・・・!?

 

そして、遠くにだがゆらゆらと見える松明の火の色・・・・・・

 

あぁ・・・・・・・追っ手か・・・・・?

いや・・・・もしかしたら敵の兵士かもしれない・・・・・・・

 

 

そんな考えが脳裏を過ぎる

 

 

随分、ここにいるのだ

追っ手が掛かってもおかしくなかった

それに、どう走ってきたのか覚えていないのだ

もしかしたら、敵陣営の方に来てしまったのかもしれない・・・・・・

 

どっちにしても彼女にとってはよくはなかった

 

追っ手に捕まれば、再びあの男の前に連れ出される

先ほどの悪夢が甦るのだ

敵兵に捕まっても捕虜になって拷問に掛けられるかもしれない・・・・・

 

 

このまま気づかずに通り過ぎてくれればいいのだけど・・・・・・

 

構ってほしくなどなかった

1人になり1人で生きていくのが最良の選択だと思った

きっと他の国に逃げてもあの男の目が光ってる

誰かに頼ればきっと今までと同じ結末になる・・・・

 

 

ならば、誰にも関わらず一人で生きていくしかないのだ・・・・・・

あの蹄の音が遠のいたら遠くへ行こう・・・

 

 

 

 

そう思った

 

 

 

だが、彼女の期待を裏切るかの様に蹄の音はどんどん近づいてくる

そして、そばで止まった

馬上から降りて自分に走り寄ってくる足音が聞こえる

 

何かを叫んでいる様にも聞こえるが何を言っているのか分からなかった

ゆらゆらと松明の火が近づいてくる

ぼんやりと見える青い鎧に身を纏った青年・・・

意識がはっきりしていないせいか顔はよく分からない

 

 

あぁ・・・・・・最悪・・・・

追っ手だ・・・・

 

 

少女はそう思った

 

青は彼女のいた軍・・・・あの男の兵士たちが着ていた色だった

またあの男の所に戻されてしまうのね・・・・

それだったらまだ捕虜になった方がましだったかもしれない

 

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

 

今度はその青年の声がはっきりと聞こえた

 

大丈夫・・・・?

何を言ってるの?この追っ手は・・・・

 

少女は不思議に思った

追っ手なら「見つけた」とか言うのではないのか・・・?

そう思ったが今となってはどうでもいいことだった

分かっている事は自分にとって一番最悪な状態に陥ってしまったという事だけだった

 

 

バシャ・・・

 

雨水を跳ねる音がすぐ側で聞こる

その瞬間、ぐい っと抱き起こされるのを感じた

 

 

「しっかりするんだ!!」

 

 

彼女のすぐ真上で青年の声が聞こえる

まるで自分を心配するかの様に叫ぶその声は自分が思っていたものとは違う言葉だった

そっと彼女の頬に青年の手が触れる

 

・・・冷たい・・・・・

 

きっと彼も雨の中、馬を駆ってきたのだろう

その手は冷え切っていた

 

自分が生きていることが分かったからなのか

その青年が安堵するのが分かった

 

 

変な追っ手・・・・・

 

 

そう思いうっすらと目を開けてみる

だが、やはりぼやけて顔ははっきりとは見えない

分かるのは、青い鎧を着ているという事だけ・・・・・・・・・

 

一瞬追っ手ではないのか?とも思ったが

彼女が見た色はやはり青だった

やはり追っ手なのだと、再確認したようなものだった

 

 

 

・・・・そういえば・・・

 

少女はふ と思い出す・・・・

あの御方も青い鎧を身に纏っていらっしゃった・・・・・

 

でも、それは自軍のような汚れた青じゃなく・・・・澄んだ青色・・・・・

まるで彼の瞳を表しているかのような綺麗な青色だった

 

 

そう思うと無性に”会いたい ”と思った

せめて、あの男の前に連れ戻される前に一目でもいいから ――――――・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・趙・・雲・・・・・・・様・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・え?」

 

 

不意に青年が反応する

だが、その声は少女の耳には届かなかった

 

 

そのまま少女の意識は薄れていった ―――――――――――・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁぁ~~~~すいません・・・・かなり長くなってしまいました(汗)

当初の予定ではこんなに長くなるハズではなかったのだが・・・・

気がつけばこんな事に・・・・・

切りがわるいので、ど~~してもココまでいれたかったのです。ゴメンナサイ(涙)

(しかも、まだ名前変換場所出てないし・・・+趙雲夢なのに・・・それらしい影がちょっとだけ)

 

内容の方は・・・・すいません・・・・まだ謎だらけですね(汗)

まぁ、それはおいおいバラしていくとして・・・・

ちなみに、あの男とか隻眼の男~とか・・・誰の事かバレバレですね(汗)

でも一応、ココは伏せておくと言う事で!!(笑)

 

2008/04/11