深紅の冠 ~鈺神朱冥~

 

 第1話 紅玉 10

 

 

―――宿儺の生得領域

 

 

凛花は、息を呑んだ。

 

「……両面、宿儺」

 

そこには、虎杖の上に座ってこちらを見ている、宿儺がいた。

宿儺は、凛花に気付くと面白いものでも見たかのように、にやりと笑みを浮かべた。

 

「これは これは、神妻の姫巫女じゃないか」

 

「……」

 

凛花は、その言葉に返事をしなかった。

 

油断、した……。

生得領域は、いわば“心の中”――それは、迷宮と同じなのだ。

本来、“心の中”は その持ち主の“心”に左右される。

 

一般的には、迷路のように広く、迷いやすい。

そして、持ち主が“拒否”すれば、それは更に複雑化する。

 

だから、宿儺と虎杖を見つけるのには時間が掛かると思っていた。

それなのに――。

 

こんな、一直線で繋げてくるとは、誰が思っただろうか……。

だが、宿儺は気にした様子もなく、

 

「あの、いけ好かない男ならどうしてやろうかと思ったが、貴様ならまぁよかろう」

 

「……?」

 

いけ好かない?

先程も、似たような事を言っていたが……。

一体、誰の事を指しているのだろうか。

 

凛花がそう思っていた時だった。

突然、血の水にがぼがぼ言いながら、宿儺に顔を押さえつけられていた虎杖が、「ぶはっ!」と、顔を上げてこちらを見た。

 

瞬間……。

 

「あ――――! 伏黒の彼女さんじゃん!!」

 

「え?」

 

一瞬、凛花は虎杖が何を言っているのか分からず、その深紅の瞳を瞬かせた。

すると、虎杖が慌てて、

 

「駄目だよ、伏黒の彼女さん!! ここは危な――ごぼっ!!」

 

「少し黙っていろ小僧。俺はあの女と話し中だ」

 

そう言って、叫ぶ虎杖を宿儺の手が押さえつけた。

いきなり、後頭部からまた押さえつけられて、虎杖が「がぼがぼ」言いながら再び血の水の中に埋まる。

 

だが、宿儺は気にした様子もなく、にやりと笑みを浮かべ、

 

「それで? 貴様は何をしにここ・・まで来たのだ。神妻の姫巫女よ」

 

「……」

 

凛花が、視線だけを虎杖に一瞬向ける。

ふと、それに気づいた宿儺が「ああ……」と声を洩らした。

 

「……なんだ。俺に会いに来たのではないのか」

 

と、何故か残念そうに呟くと、自分の下にいる虎杖を見る。

そして、何故か虎杖の横っ腹を蹴り飛ばした。

 

「……ぐはっ!」

 

突然蹴られて、虎杖が思わず呻き声を上げる。

それを見た凛花が、不愉快そうに眉を寄せると、

 

「……虎杖君に、当たらないで」

 

「つまらん。あの式神使いといい、オマエといい。どいつもこいつも、この小僧の何処が良いのだ」

 

そう言って宿儺が溜息を洩らすと、げしげしと何度も虎杖の横っ腹を蹴り上げた。

 

「ちょっ……! 蹴るなよ! 痛いでしょーが!!」

 

流石に理不尽に何度も蹴られて、虎杖が抗議する。

が、宿儺は気にした様子もなく、何度も虎杖の横っ腹を蹴りながら、

 

「それで? 神妻の姫巫女、オマエはこの小僧を助けに来たのか?」

 

「……」

 

宿儺がそう問うが、凛花は答えなかった。

すると、宿儺は「ふむ……」と少し考える素振りだけを見せると、

 

「確かに、貴様の術式ならそれも可能かもしれんな。その様子だと、小僧の身体はもう元に戻しているのだろう? だが――」

 

不意に、ふわっと宿儺が飛んだかと思うと――凛花のすぐ目の前に現れ、

 

「――それだと、俺が困るのだ」

 

「……っ!」

 

まさかの宿儺の行動に、凛花が思わず身構える。

しかし――。

 

宿儺はそれを見越していたかのように、凛花の腕を掴んだ。

 

「……っ、離し――」

 

「離して」と言おうとするが、そのまま宿儺が凛花の腕を引っ張ると、自分の方に引き寄せたのだ。

驚いたのは、他ならぬ凛花だった。

 

慌てて距離を取ろうとするが、腕を強く掴まれていてびくともしない。

そんな凛花の気持ちを知ってか知らでか、宿儺はにやりと笑うと、そのまま凛花に顔を近づけ、

 

「俺には俺の計画・・というものがあるのだ。それを勝手に崩されては困る」

 

「計画……?」

 

虎杖に聞こえないぐらいの小さな声で、そう言われる。

凛花が聞き返すと、宿儺は「そうだ」と答えた。

 

「オマエが小僧の身体を元に戻してしまっては、その条件・・は使えぬではないか」

 

「何を……」

 

言っているのだ。

この男は。

 

計画? 条件?

宿儺は、一体何をするつもりだったのか――。

 

凛花が困惑した様に眉を寄せると、宿儺はにやりと笑って、

 

「だから――別の条件・・・・を今から作ろう・・・と思うのだ」

 

「!」

 

まさ、か……。

 

そこで、凛花は気付いた。

宿儺の言う「条件」の提示という意味に。

 

「貴方は、虎杖君に縛り―――」

 

そこまで言いかけた時だった。

宿儺がにやりと笑うと、そのまま凛花の顎を持ち上げたかと思うと、その唇を奪ったのだ。

 

「……っ。んんっ……!」

 

突然の宿儺からの口付けに、凛花がぎょっとした。

それはそうだろう。

まさか、宿儺がそんな事をしてくるなどとは夢にも思わなかったのだから。

 

だが、現実は違った。

宿儺はその赤い目を開けたまま、無理やり凛花の唇に触れてきたのだ。

 

「ゃ……っ、ン……んんっ」

 

凛花が抵抗しようと手を振り上げるが、その手はあっという間に宿儺に絡め取られた。

それだけでは飽き足らず、宿儺の手が凛花の腰に回される。

そして、囁く様に、

 

「抵抗するな、神妻の姫巫女――俺は、聡い女が好きだ」

 

「な、にを――っ」

 

凛花が必死に逃れようとする。

しかし、腰も腕もがっちり掴まれて、力では敵わなかった。

 

このままじゃ……。

 

凛花は必死に混乱する頭で考えた。

だが、それを消し去るようにどんどん宿儺からの口付けが激しくなる。

 

何度も繰り返され、どんどん深くなっていく口付けに、凛花の思考が麻痺しそうだった。

身体の力が唇から吸い取られていくかのように、徐々に力が入らなくなる。

 

「ぁ……ン、やめ……っ」

 

必死にやめさせようともがくが、最早それは意味を成していなかった。

瞬間、不意に脚を絡められたかと思うと、そのまま引っ張られた。

 

「……っ!」

 

いきなり、片脚を引っ張られて態勢を保てなくなった凛花の身体が、ぐらりと揺れる。

そして、そのまま ばしゃーん という音と共に血の水の中に倒れこんだ。

 

駄目……っ!

 

何とか起き上がろうとした瞬間――。

いつの間に動いたのか……宿儺が凛花の上に覆い被さる様に、乱暴に手を付いてきたのだ。

 

「……っ」

 

押し倒される様な形になり、凛花がぎくりと身体を強張らせる。

それを見た宿儺が、面白いものでも見たかの様に、にやりと笑った。

 

そして、凛花の長く艶やかな漆黒の髪をその手に絡めとると、そのままその髪に口付ける。

 

「は……っ、いい顔だな、神妻の姫巫女よ。貴様は今から俺のものになるのだ」

 

「な……ん……」

 

何を言っているのだ、この男は。

最早、凛花には宿儺が何を言っているのか理解出来なかった。

 

と、その時だった。

 

 

 

「こら―――――!!!」

 

 

 

突然、後ろにいた虎杖が叫んだ。

 

それに驚いたのは凛花だけでは無かった。

宿儺が訝しげに振り返る。

 

「なんだ、小僧。“無粋”という言葉を知らんのか」

 

「オマエ、俺無視して何気取ちゃってんの! ってか、その人は伏黒の彼女さんだぞ!? 人様の彼女に手を出したらいけませんって言葉知らねーのか!!」

 

虎杖のその言葉に、宿儺が首を傾げる。

そして、半分呆れた様に、

 

「知らんな。誰の言葉だ」

 

宿儺がそう返すと、虎杖がドヤ顔で……。

 

 

 

「俺の、じーちゃんに決まってるだろ!!!!!」

 

 

 

し――――ん。

 

一瞬にして、辺り一帯が静まり返った。

すると、宿儺は「はぁ~」と面倒くさそうに溜息を洩らすと、

 

虎杖こぞう、勘違いしている様だから教えてやろう。この女は伏黒恵の女ではないぞ」

 

この女から感じるこの気配。

これは伏黒恵のものではなく、もっと別の――。

 

その時だった。

ひゅん……っ! と、突然何かが宿儺の髪を掠った。

 

「おっと」

 

が、宿儺はあっさりと“それ”を避けると、攻撃の来た方向を見た。

それは、凛花の脚だった。

 

「く……っ」

 

躱された……っ!

凛花は、素早く身体を反転させると、手を軸にして そのままもう一撃宿儺めがけて蹴り上げた。

しかしその攻撃も当たる事なく、宿儺に躱される。

 

それ所か、宿儺はその伸びてきた脚を手で掴むと、そのまま引っ張ってきた。

だが、それで大人しく引っ張られる凛花では無かった。

 

そのまま、宿儺が掴んでいる脚を起点に、今度は反対の脚で真反対から攻撃したのだ。

 

「ほぅ……」

 

宿儺が避けながら、面白いものでも見たかのように声を洩らす。

瞬間、ぱっと宿儺の手が離れた。

 

それを見た凛花が、素早く宿儺から距離を取る。

 

「面白い、オマエは体術も出来るのか。ますます欲しくなった……っ!」

 

そう言って、宿儺がにやりと笑いながらそう言った。

だが、言われた側の凛花としては、とても喜べる内容では無かった。

 

「……丁重にお断りします」

 

凛花がそう言うと、宿儺はくつくつと笑いながら、

 

「まぁ、そうつれない事を言うな、神妻の姫巫女。何故なら――」

 

そう言うなり、すっと宿儺が凛花のいる方向へ手を伸ばした。

 

刹那――。

 

「きゃ……っ」

 

突然、何処からともなく血の様な赤い鎖が現れたかと思うと、凛花の両手を絡め取り、ぐいっと上へ引っ張り上げたのだ。

天井から吊るされる様な形で、引っ張られて身動きを封じられる。

 

その時だった。

 

「う、わ……っ!!」

 

突然、虎杖のいた方向から叫び声が上がった。

はっとして、凛花がそちらを見ると――いつの間に出したのか、虎杖も赤い血の様な鎖でがんじがらめに縛られていた。

 

にやりと宿儺が笑う。

 

「忘れている様だが……ここは俺の・・生得領域だぞ?」

 

「……っ」

 

その言葉は即ち、宿儺の思いのまま・・・・・・・・に出来る事を意味していた。

凛花は息を呑み、宿儺を睨み付けると、

 

「……私と、虎杖君をどうするつもり……っ」

 

その言葉に、宿儺がにやっと笑う。

そして、ゆっくりと片手を上げるとくいっと手招きをした。

 

瞬間――、気付くと凛花は宿儺の目の前に移動させられていた。

縛られたまま――。

 

「……っ、宿、儺……っ」

 

ぎりっと凛花が奥歯を噛み締める。

だが、宿儺はそれすらも気に留めず、凛花の縛られている手に自身の指を絡めると、

 

「いい格好だな――神妻の姫巫女よ。ふ……そんな気の強そうなところも、俺好みではあるな」

 

そう言って、宿儺が凛花の首元に唇を寄せたかと思うと、吸い上げてきた。

 

「ん、ぁ……っ」

 

ぴくんっと、凛花の身体が反射的に反応する。

 

「やっ……め……っ」

 

何とか声を絞り出そうとするが、音になっていなかった。

すると、それを見た宿儺が面白そうに笑う。

 

「てめ―――!! 伏黒の彼女さんから離れろ――――っ!!!」

 

後ろで虎杖が叫びながら暴れているが、最早 今の宿儺にとっては興味をそそられなかった。

 

宿儺は、凛花の頬に触れるとそのまま引き寄せた。

そして、その唇を貪るかのように口付ける。

 

「……っ、……っ」

 

凛花は、必死に口を開かまいと抵抗していた。

そんな必死な姿が、ますます宿儺の行動を加速させていくとも知らずに――。

 

宿儺は、くつくつと笑いながら、

 

「どうした、神妻の姫巫女。もっと泣いて、喚いて、俺に許しを乞え。そうすれば――お望み通り貴様を俺のものにしてやろう」

 

凛花が、首を横に振る。

その瞳には、薄っすら涙が浮かんでいた。

 

「ああ、そうだ」

 

ふと、宿儺が何かを思い出したかの様に虎杖を見る。

そして、凛花に口付けたまま、

 

虎杖こぞう。お前が条件を呑めば、この女を開放し、貴様の心臓も治して生き返らせてやろう――」

 

「……は!?」

 

突然言われた話に、虎杖が素っ頓狂な声を上げるが、

凛花の顔色が、さぁっと一気に青くなる。

 

やられた……っ!!

 

虎杖は、既に自身の身体が治っている事を知らない。

その上で、凛花自身と虎杖の身体を盾に取り、条件を呑ませる気なのだ。

 

「虎杖君! 話を聞いては、だ―――んんっ」

 

「駄目」と言おうとした瞬間、宿儺の舌が口の中に侵入してきた。

突然の出来事に、対応が遅れる。

 

「……っ、ぁ……」

 

宿儺の舌が、凛花の咥内を蹂躙し、犯していく。

 

一気に、口付けが深くなり、頭がくらくらしだした。

だが、宿儺はそれを楽しみながら、虎杖に告げた。

 

「条件は2つだ。――俺が“契闊”と唱えたら、1分間身体を明け渡す事。そして、この“約束”を忘れる事」

 

「……それを、呑めば。伏黒の彼女さんを解放するのか?」

 

虎杖のその言葉に、凛花が首を横に振った。

 

「だ、め……っ、ぁ……ンっ、聞いちゃ…っ」

 

必死にそう訴えるが、宿儺の邪魔で上手く言の葉に乗せられない。

そんな凛花に、宿儺がにやりと笑う。

 

「その1分間は、誰も殺さんし、傷付けんと約束してやろう。――これは、“縛り”。いわば誓約だ。守らねば罰を受けるのは俺」

 

そう言いながら、宿儺が凛花の脚を撫でた。

 

「駄目……っ、虎杖く――ン、ぁ……っ」

 

ぴくっと凛花の身体が反応する。

 

「……呑まぬなら、この場でこのままこの女を抱く」

 

その言葉に、凛花の顔がぎくりと強張るのを、虎杖も気付いてしまった。

 

「待っ――」

 

思わず、虎杖が声を上げようとした瞬間―――。

 

びりびりびり……っ! と、凛花の身に着けていた衣が無残にも破られた。

露になった、彼女の肩に宿儺の手が伸びる。

 

「や……」

 

凛花が何かを叫んでいる。

それが、遠くで煩音していた。

 

凛花を助ける為には、宿儺の条件を呑むしかない。

しかし、その目的も一切分からず、正直キナ臭かった。

 

それでも……。

 

「やめろ……」

 

この際、生き還るとか、死ぬとか、そんな事どうでもいい。

 

「やめてくれ……」

 

脳裏に、死んだ祖父の言葉が蘇る。

 

『悠仁。オマエは強いから人を助けろ』

 

俺は……っ!

 

 

 

 

 

 

「やめろおおおおおおおお!!!」

 

 

 

 

 

 

 ―――ドゴオオン!!

 

 

虎杖が叫んだ瞬間―――。

凛花の後方から突如、轟音が響き渡った。

 

濛々と爆煙が立ち籠め、ぱらぱらと何か欠片の様なものが落ちてくる。

一瞬、何が起きたのか……虎杖には分からなかった。

 

「何が……」

 

そう思った時だった。

その爆煙の中から出てくる人影が見えた。

 

「え……」

 

その人影を見た瞬間、虎杖が大きく目を見開く。

そこにいたのは、銀髪に碧色の瞳をした――。

 

 

 

俺の・・凛花を泣かせてるやつは、何処のどいつだ」

 

 

 

絶対零度に近いぐらいの低い声が響く。

 

「え、ええ……!? ご……」

 

それは――ここにいる筈の無い……。

 

 

 

 

「五条先生!!?」

 

 

 

 

  ―――現代最強の呪術師・五条悟だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スミマセン……尺の関係で分断しています(残りは、次回)

後、ちょ~~~と、夢主の立ち位置が、アレ汗(理由は、これまた次回w)

 

 

2024.01.20