桜散る頃-紅櫻花- 

 

 月下の舞姫と誓いの宴 15

 

 

 

確か…この道を真っ直ぐ……

 

紗羅は不安に思いながらその道を歩いていた

あの武器屋の情報屋は、十字路のこの道を真っ直ぐ行った先に求めるものがあると言っていた

だが、進めば進むほどどんどん郊外に近くなっている

 

あの賑わっていた市はもう通り過ぎ

周りにはぽつぽつと明かりが灯されているだけで、他には何もない

所々に、人が座っておりこちらをじっと見ている

 

「………………」

 

まさか、嘘を教えられたのだろうか……

 

いや、彼は情報屋だった

情報屋は信用第一だ 嘘を言う筈が無い

 

だが……

なんだか、暗い所……

 

あの江夏の街とは思えないぐらい郊外が寂れていた

屋無しの様な人が、崩れかかった家に寄り掛かって座っている

彼らから見たら、自分はとんだ場違いだろう

 

確かに、魏に居た頃のような華美な恰好はしていないとはいえ

それでも、趙雲の用意してくれていた衣はどれも質の良いもので

彼らの恰好とは、天と地ほど差があった

そんな自分が、こんな郊外をあるいているのだ

 

彼らからすれば、不快でしかないだろう

 

その時だった

一人の少年が目の前に現れた

 

「おねえちゃん…たべものちょうだい…」

 

骨の様に細くなった手が、必死に紗羅に向かって向けられる

 

「え……」

 

襲われるかもという可能性は考えていた

そこら辺の男程なら、自分で何とかできると高をくくっていた

だが、襲ってきたのは少年だった

 

身なりも、身体もボロボロの幼い少年

 

「おねえちゃん…いもうとがお腹空かしてるんだ……」

 

そう言って、紗羅の衣に手を伸ばした

 

「……………っ」

 

手を貸してあげたい

そう思うものの、紗羅は食べる物など何も持っていなかった

周りの視線が痛い

 

きっと、ここでこの少年になにか渡せば、他の人達も押し寄せてくる

それが分からない紗羅ではなかった

 

だが――――……

 

 

ぎゅるるるるるるる

 

少年のお腹が鳴った

 

「―――――………」

 

少年もお腹を空かしているのだ

それでも、妹の為に食べ物を貰おうと必死なのだ

その思いを、無下にする事は紗羅には出来なかった

 

紗羅はゆっくりとしゃがむと、少年の前に付けていた耳飾りの片方を差し出した

 

「ごめんね、今は食べ物は無いの…これで、何か買って妹さんと一緒に食べて?」

 

そう言って、そっと少年の細い手にその耳飾りを乗せる

すると、少年は嬉しそうにぱぁっと笑みを浮かべると

 

「ありがとう、おねえちゃん!」

 

そう言って、パタパタと走って行った

 

紗羅は小さく息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった

 

ここは豊かだと思った

物資の行き来も、交通の要所としても重要な位置にある

故に、多方面からの品物が入りやすい

 

だが、それは一部の人達だけだった

大半の人間がこうして外に追いやられている

 

呉の方々は知っているのかしら……

 

今、孫呉を収めているのは孫仲謀だ

彼は、この現実を知っているのだろうか……

 

せっかく呉圏内にいるのだ

このまま直訴に行きたい所だが…

生憎と、紗羅にその権限はなかった

 

紗羅の今の身分など無いに等しい

単なる、劉備や趙雲に世話になっている客人でしかない

身分としては、魏に居た頃の方が高かった

あの時ならが、少しはこの現状を孫権に伝える事が出来たかもしれない

だが――――……

 

あの時の私には発言権は無い

それに、もう戻りたくない

 

あの鳥籠の中に戻るぐらいなら死んだ方がましだ

 

結局は、何も出来ないのだ

 

紗羅が小さく息を吐いた時だった

気が付くと、周りの屋無しの大人たちがぞろぞろと紗羅を囲む様に近づいて来た

 

「あんた…金もってるのかい?」

 

「あたしたちにも、おくれよ……」

 

「ずっと食べてないんだ……俺達も腹空いているんだよ……」

 

気付いた時には遅かった

完全に取り囲まれる形となり、紗羅が困惑に色を見せる

 

群がって来た人達が我先にと手を伸ばしてくる

 

「あ………」

 

紗羅は困惑した様に、辺りを見渡した

 

皆、お腹を空かせている

食べ物を欲しがっている

 

こうなるのは、あの少年に耳飾りを渡した時に想像できたはずだ

だが、どうしても渡さずにはいられなかった

 

「あの…やめてください…!!」

 

紗羅が声を上げると、人々が更に集まって来た

そして、我が我がと紗羅に向かって手を伸ばしてくる

 

「あの子にはあげたじゃないか!」

 

「あたしらにもおくれよ!!」

 

「―――――……!!」

 

彼らの言葉が耳に痛い

身体に針が刺さったかのように軋む

 

「ごめんなさい…本当に何も無いの……」

 

その時だった、伸びてきた手が紗羅のもう方の耳飾りを引きちぎった

 

「…………っ」

 

無理矢理引きちぎられ、耳にピリッという痛みが走る

 

「これはおれのだ!!」

 

「あんたずるいよ!!」

 

わぁっと一部の人達がその耳飾りに群がりだす

じんじんとする耳が彼らの痛みの様にキシキシする

 

「あたしにもちょうだいよ!!」

 

わぁっと、人々の手が凶器の様に紗羅に襲いかかてきた

髪を引っ張られ、衣を引きちぎらんばかりに引っ張られる

 

「いたっ…!やめ……止めて下さい…!!」

 

これが、そこらの柄の悪い男などなら簡単にのせた

だが、相手は一般人だ

 

手は出せない

 

それでも、彼らはお構いなしに紗羅に襲い掛かって来た

「私が!」「私にも!」と叫んでくる

 

心が痛い

何もしてあげられない

なんと、無力なのだろう

 

紗羅が諦めた様にその蒼い瞳を閉じようとした時だった

 

 

 

 

 

 

 

「あんた達!いい加減におし!!」

 

 

 

 

 

 

 

突然、凛とした声が響いた

その声に反応する様に、彼らの攻撃がやむ

 

「莉闇だ……」

 

「莉闇だよ……」

 

人々が口々に「莉闇」と洩らした

 

莉闇……?

 

聞いた事のない名だった

ゆっくりと瞳を開けると、真っ赤な布を纏った煌びやかな女性がこちらに向かって歩いて来た

 

「でも、莉闇……」

 

紗羅に群がっていた一人が、その女性に話し掛ける

莉闇と呼ばれた女性は、キッとその人を睨むと、そのままつかつかと紗羅の方へやってきた

 

莉闇を避ける様に、群がっていた人たちが紗羅から離れていく

 

「あの………」

 

紗羅は事態が呑み込めず、困惑していると

莉闇と呼ばれた女性は、すっと紗羅に手を伸ばすと、突然その手を掴む

そして、するりと身に付けていた指輪を抜いた

 

「これは貰うよ」

 

「え……」

 

意味が分からず紗羅が困惑の色を見せると

 

「張さんははいるかい?」

 

そう叫んだ瞬間、奥の路地から初老の老人が現れた

老人は、そのまま紗羅と莉闇の前に歩み出ると、紗羅に向かって小さくお辞儀をした

 

「すまないね、お嬢さん。うちの連中が迷惑を掛けた」

 

老人の言葉に、紗羅は小さく首を振った

 

「いえ…私こそ軽率な事をしてしまって、混乱を招いてしまい申し訳ありません」

 

紗羅の言葉に、初老の老人は一度大きく目を見開いた後、ほっほっほと笑みを浮かべた

 

「構わぬ、陸達を助けてくれて感謝するよ」

 

あの少年は陸と言うのか…

その時だった、莉闇が張と呼ばれた老人に 先程 紗羅から捕った指輪を渡した

 

「これならいい値で売れるだろうよ、この辺りの連中に食い物配ってやりな」

 

張は莉闇からその指輪を受け取ると、大切そうに握り締めた

 

「ありがたい……ありがとう、お嬢さん」

 

「あ…いえ………」

 

紗羅にはそう返すしか出来なかった

その時だった、莉闇がぐいっと紗羅の腕を掴んだ

 

「あ、あの……?」

 

意味が分からず、紗羅が困惑の色を見せる

 

「あんたは、あたしと来な。あんたみたいな人にこの辺りうろつかれちゃ迷惑だ」

 

「あ……」

 

そうだ

すべて、紗羅がここに来てしまった為に招いた混乱だ

紗羅は、「はい……」とだけ答える事しか出来なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連れて来られた場所は、一風変わった天幕の中だった

真っ赤な天幕の外には、不思議な印の旗が立っている

双頭の龍に剣の印

 

意味が分からないまま、紗羅はその天幕の中に押しやられた

中は、むせ返る様なほどの香が焚き染められていた

 

莉闇は、紗羅を近くにあった椅子に座らせると、自身は大きな椅子に腰かけた

 

「あんたも、周りを見て行動して欲しいもんだね。あそこで陸に物を与えればどうなるかぐらい想像付くだろう」

 

ふーと煙管を吸いながら莉闇が言い放つ

 

彼女の言う事は正しい

正しいが……

 

「すみません……それでも、何かしてあげたくて……」

 

助けてあげたかった

少しでも飢えを癒して欲しかった

一時の気休めかもしれない

それでも、放っておけなかった

 

紗羅の言葉に、莉闇が煙管の吸殻をぽんっと落としながら小さく息を吐いた

 

「そういうのを、“偽善”ていうんだよ。どうせするなら全員賄えるぐらいの物を持て来てから言いな」

 

「……………」

 

余りにも正論すぎて、紗羅には言い返せなかった

莉闇の言う事は正しい

 

あんなの紗羅の単なる自己満足だ

偽善と言われても仕方ない

 

「……すみません…私、無力ですね…」

 

助けてあげたいのに、助けてあげられない

どうにかしてあげたいのに、そんな力も無い

 

紗羅が押し黙ってしまったのを見て、莉闇は小さく息を吐いた

 

「ま、でも、あんたの耳飾りで陸達は助かった。そして、張さんに渡した指輪であそこの連中は今日飯にあり付ける。……そのことに関しちゃ、礼を言うよ」

 

そう言って莉闇は立ち上がると、奥の室へと手招きした

 

「あの……?」

 

言われるがままに辿り着いた先は、水晶や占星盤など、色々な占星術の道具が所狭しと並んでいた

 

「あたしは、占い師なんだ。あんたがここに来るのは、分かってたよ」

 

そう言って、水晶に手をかざす

すると、先程の情報屋での風景が映し出された

 

「これで視てたからね」

 

そう言って、莉闇はにやりと笑みを浮かべた

 

「あの、では貴女が……?」

 

「ああ、あんたのお望みの”本物“はあたしが作ってるんだ」

 

そう言って、傍にあった箱をもち出すと机の受けに広げた

中から、不思議な石が色々と出てくる

 

「この石にはそれぞれ意味がある、想いを叶える石、健康を願う石、厄災を退ける石、人を呪い殺す石―――色々ね」

 

呪い殺す

その言葉に、背筋がぞくっとした

 

「あの……では、これが……?」

 

「あっと、勿論これだけじゃない。この石にあたしの術式を練り込んで完成さ」

 

そう言って、莉闇は1つ術式が施されている石を見せた

それは不思議な感覚のする石だった

だが、悪い気はしない

 

「あんたは、何をお望みだい?」

 

「………………」

 

莉闇の言葉に、紗羅はじっと箱の中の石を見つめた

この中に……

 

「――――守護の石を。あらゆる危険から護ってくれる、守護石が欲しいです」

 

「……ふうん」

 

紗羅の言葉に、莉闇が意味深に笑みを浮かべた

その反応に、紗羅が首を傾げる

 

「莉闇さん…?」

 

「いや、似た様な客がいたなって思ってね」

 

そう言って、くつくつと笑って見せた

そして、莉闇は箱の中からいくつかの石を取り出した

 

「あたしはね、ちょっと驚いてるんだ。まさかあんたの様なお嬢さんがここに辿り着けるとは思ってなかったからさ。見ての通り、ここはあそこを通らなきゃいけない。大概はあそこで逃げ帰るさ」

 

そう言いながら、1つ1つ石を並べていく

 

「あんたのその度胸―――気に入ったよ」

 

そう言って、いくつかの石を並べ終わると、紗羅の方に手を差し出した

 

「ここに並べたのは、守護の力を持つ石さ、一つおまけしてあげるよ―――この中から三つ選びな」

 

「三つですか……」

 

指輪にそんなに石を付けたら、流石に華美ではないだろうか…

そう思った瞬間、まるで心を読まれたかの様に莉闇が口を開く

 

「安心しな、表に出るのは一つだけで、後の二つは裏に埋め込むから」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、じゃないと派手だろう?」

 

そう言って、ニッと笑うと、「選びな」と紗羅に促した

紗羅は、言われてじっとその石を見比べた

 

どれも綺麗な石だった

 

「あ……」

 

その中で、一際美しく碧く輝く石があった

まるで、趙雲そのものの様な美しい石

 

「あの、これは……」

 

紗羅の指さした石を見て、莉闇がにやりと微笑む

 

「これかい?これは、翠石だね。古代羅馬の女神に捧げられた石で、意味は “最愛の者の誠実さの証” 魔除けや自然の豊穣や生命、再生力を象徴し、高い治癒力を持つと言われているよ」

 

「…誠実の証…」

 

本当に、趙雲の様だ

 

「勿論、守護の石としての意味も持つよ、なにせ翠石は“聖なる石”と称されてきた石だからね」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、大事なのは贈りたい相手に相応しいかどうかだよ」

 

「……………」

 

それなら、この翠石は趙雲に合っている気がした

だが、残り二つが決まらない

 

紗羅はもう一度 石を見た後

 

「あの、莉闇さん。この中から一番守護として力が強い石はどれでしょうか?」

 

「一番?」

 

「はい、あの人を護ってくれる石が良いのです」

 

「ふーん…」

 

莉闇は少し思案した後、じゃらじゃらと石を掻き分けた

 

「……渡したい相手は、あんたの恋人かい?」

 

「え!?」

 

まさかの突然の質問に、紗羅がかぁっと頬を赤く染める

それで、肯定と取ったのか、莉闇はにやりと笑みを浮かべると

 

「成程ねーああ、そういうこと」

 

「え?」

 

莉闇が何に納得したのか分からず首を傾げていると、突然すっと一つの石を差し出された

 

「だったらこれにしな」

 

それは透明なきらきらした美しい石だった

 

「あの、これは……」

 

「金剛石。世界で最も硬いと言われてる石だよ。心身を浄化し、精神的、肉体的な強さを与え、論理的な思考ができるようになり、自信と勇気を与えて、潜在能力を引き出してくれるんだ。 不運や邪悪なものから身を守る最強の護符とされてきたんだよ。意味は――――“変わらぬ愛” “永遠の絆” “純潔” ぴったりだろ?」

 

「え!?」

 

まさかそんな意味があるとは知らず、紗羅の頬が益々高揚する

 

「きまりだね、翠石を主にして、裏に金剛石を二つ織り込んでやるよ。で、お代だけど―――」

 

「あ……その、高いんですよね?」

 

紗羅のその言葉に、莉闇が一度だけ瞬きさせた

そして、にやりと笑みを浮かべると

 

「それでいいよ。あんたもそのつもりだったんだろう?」

 

言われて胸に抱えているそれを見た

 

確かに、これで交渉するつもりだったが…

恐らく、足りない筈だ

 

でも―――……

 

「よろしいのですか?」

 

紗羅の言葉に、莉闇がニッと笑みを浮かべた

 

「ああ、あんたには あいつらの借りがあるしね。それに、それ。大事なもんだろう?それを差し出そうって言うんだ。報酬としちゃぁ、充分さ」

 

「……………」

 

莉闇の言葉に、紗羅はもう一度それを見た

そして、意を決した様にすっと莉闇に差し出す

 

「では、お願いします」

 

莉闇は、それを受け取ると、奥の部屋に仕舞った

そして

 

「じゃぁ、待っときな。とっておきのを作ってやるよ」

 

そう言って、天幕の奥へと消えて行ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あーやっと先へ進めそうですよー

石つくりもなんとか終わりそうですね!

まぁ、その前に呉の現状が暴露されてしまいましたけれど…

まぁ、それは後々回収しますww

 

さて、次回やっと蜀へ帰れそうですよ!

・・・・・・佳葉の小言が待ってますけど…

 

ちなみに、今回出た占い師さん(オリキャラ)は莉闇(りあん)と読みます

 

2013/06/28