桜散る頃-紅櫻花-

 

 月と桜の理 7

 

 

 

風が吹く

木々がざわめく

 

諸葛亮はカタンと竹簡を置き、ふぅっとため息を付いた

そして、扉の前に立っている趙雲の方を向き

 

「では、彼女は魏の者であると認めたのですね」

 

「……はい」

 

「そうですか……では、やはり――――……」

 

おもむろにそう呟き、竹簡に視線を戻した

竹簡を開き、仕事の続きを始める

 

趙雲はごくりと息を飲み諸葛亮を見据えた

握っていた手に汗が滲む

 

「趙雲殿」

 

諸葛亮のトーンの低い声が部屋に響き渡った

 

「魏の者だと知った上で貴殿はどうしますか?」

 

淡々と問いかける

「私は――――……」

 

趙雲は少し息詰まり口を一度閉ざしたが、何かを決意したかの様に諸葛亮を見据え

 

「私は、あの者を…彼女を信じます」

 

きっぱりと言い切った

諸葛亮はふぅ…とため息を付き

 

「そうですか…」

 

そう言いながら、窓の外を眺めた

心地の良い春の日差しが窓の隙間から差し込んでくる

風が、諸葛亮の髪を揺らした

 

「彼女の事は貴方に一任していた事。貴方がそう言うのなら信じましょう」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

厳しい顔をしていた趙雲の表情がぱぁっと明るくなる

それを見た諸葛亮はふっと笑い

 

「私は殿に、ひいてはこの国に危害を加えない者であれば構わないのですよ」

 

諸葛亮はそう言うと再び竹簡に視界を戻した

もう、話は終わったという感じに仕事を再開し始める

 

趙雲は手を合わせて一礼し

 

「失礼します」

 

と言ってその場を退出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「趙雲殿」

 

諸葛亮の執務室を出た所で、姜維に呼び止められる

姜維はにこにこと笑いながら近づいてきた

 

「丞相は何と?」

 

「ああ、お許し頂いた」

 

「良かったですね!」

 

「ああ」

 

自分の事の様に喜ぶ姜維を見ていて、趙雲も嬉しくなる

姜維はふふふっと笑い、趙雲をじ~と見るとにやりと笑い

 

「じゃあ、これからは趙雲殿はらぶらぶ生活なんですねぇ~」

 

「待て、姜維。何故そうなる!」

 

うんうんと頷きながら、しみじみとそう語る姜維を見て、趙雲が待ったを掛けるが、本人は聞く耳を持たない

止める趙雲を無視してなにやら妄想を膨らます始末だ

 

姜維はにやにやしながら

 

「だって、趙雲殿は彼女の事が好――――」

 

「よぉ!趙雲!姜維! 2人してどうした?」

 

背後からがしっと趙雲の首に腕を回し、馬超が現れる

いきなり背後から腕を回され、趙雲は思わず前のめりになってしまう

 

「馬超……お前は普通に登場出来ないのか?」

 

「あ?」

 

半分呆れたように問いかける趙雲を、馬超は不思議そうに見た

 

「俺様の何処が普通じゃないって?」

 

趙雲は、はぁ-とため息を付き

 

「いや、いい」

 

と諦めたように呟いた

 

「紗羅殿の事、丞相がお許しになったらしいですよ」

 

嬉しそうに言う姜維の台詞に馬超がぴくっと反応する

にやりと笑い

 

「おお!そうか!良かったな~趙雲」

 

と言いながら、趙雲の頭をぐりぐりとやる

 

「こっ……こら!馬超!!」

 

趙雲が抗議するが当の本人は聞く耳持たず、更にぐりぐりと頭をやった

 

「”春”だなぁ……」

 

「”春”ですねぇ……」

 

2人が遠くの空を見ながらしみじみと言う

 

「? ……今は春だと思うが?」

 

趙雲は2人が何を言いたいのか分からず首を傾けた

その瞬間、2人の動きがぴたりと止まる

お互い顔を見合わせたかと思うと、一斉に笑い出した

 

趙雲は2人の意図する事が分からず、余計に不思議そうに首を傾けた

可笑しくて堪らないとばかりにお腹を抱えながら、馬超は趙雲の背中をばんばんと叩いた

 

「いい。お前はそのままでいろよ。な?」

 

くっくっくと笑いながら馬超が言う

趙雲は馬超の言う意味が分からず

 

「……何か変な事を言ったか?」

 

と、不思議そうに訊ねるも、馬超は笑いが止まらないらしく未だにお腹を抱えている

 

「趙雲殿は純粋なんですね」

 

笑いながら姜維が言う

馬超はくくっと笑いながら

 

「お前とは大違いだな?姜維?」

 

「どういう意味ですか!」

 

姜維が抗議しながら馬超に攻撃するも、馬超はさっと姜維の攻撃を避けた

そして、笑いながら逃げていく

 

「逃げるなんて卑怯ですよ!」

 

姜維は怒鳴りながら、逃げていく馬超を追いかけて行ってしまった

1人ぽつんと残された趙雲は、ふぅっとため息を付き くすりと笑った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、白芽奇蘭と言う青茶ですよ」

 

そう言いながら、佳葉が茶杯にお茶を注ぐ

紗羅はすぅっとお茶の香りを感じた

 

「良い香り……果実の甘い香りがするわ」

 

「はい。白葡萄の香りですよ」

 

くっとお茶を口に運ぶ

さっぱりしていてほのかに甘く優しい口当たりのお茶は、紗羅の口の中を潤した

 

紗羅は飲んで空になった茶杯を横の棚に置き、読みかけだった書物に再び目を移した

 

ぱらりと書を捲る

 

「その物語は?」

 

佳葉が不思議そうに訊ねる

 

紗羅は少し照れた様に頬を赤らめ そして、華の様な笑みを浮かべながら

 

「趙雲様から頂いたの」

 

と答えた

見惚れるかと思うほどのその笑みは、佳葉の悪戯心を付いたらしく 彼女はくすりと笑い

 

「ああ、あの書物ですか」

 

と言った

 

「? あの?」

 

不思議そうに訊ねる紗羅に佳葉はくすりと笑い

 

「趙雲様、自らが選ぶんだと仰ってご自身で買いに行かれた書物ですね」

 

「え!?」

 

てっきり佳葉が選んだものと思っていた紗羅は驚きを隠せなかった

 

「趙雲様が……?」

 

私の為に……?

 

思わず ほぅ…と笑みがこぼれる

趙雲が一生懸命選んでいる姿が思い浮かぶ

紗羅はくすりと笑った

 

佳葉はにっこりと笑い

 

「紗羅様。最近笑われる様になりましたね」

 

「え?」

 

予想外の事を言われびっくりする

自分ではそれほど笑ってる意識は無かったのか、それは余りにも唐突な言葉だった

 

「そう……かな?」

 

少し照れたように言う

佳葉はにっこりと笑い

 

「はい。良い事ですよ」

 

ふわっと風が窓から入ってくる

風は紗羅の美しい漆黒の髪を揺らした

 

「春ですねぇ…」

 

「春ね……」

 

2人して風に吹かれる

春の暖かい風は紗羅の頬を掠めるように吹いていった

白芽奇蘭の甘い香りが部屋中に行き渡り、心地良かった

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れ、辺りが月明かりに包まれた頃、紗羅の部屋の扉を叩く音が聞こえる

趙雲だ

この時間になると毎日の様に趙雲は紗羅の部屋を訪ねた

 

「今日は、趙雲様が選んで下さった物語を読みました」

 

紗羅の凛とした澄んだ声が部屋中に響き渡る

趙雲はふっ…と柔らかく笑みを浮かべ

 

「そうですか。どうでしたか?」

 

「はい。凄く面白かったです」

 

趙雲は安堵したかの様にほっとし

 

「それは良かった…この手の書には疎くて、何が良いのかよく分からなかったのですが……喜んで頂けたのなら――――…」

 

そこまで言いかけて 動きがはたっと止まる

思わず紗羅を凝視してしまう

紗羅は不思議そうにちょこんっと首を傾けた

 

「え……? 選んでって………」

 

「はい。佳葉から聞きました。趙雲様自ら選んで下さったのでしょう?」

 

「え!?」

 

趙雲がぱっと赤くなる

まさか、知られているとは思わなかったのか 余りにも予想外の事を言われ赤面してしまう

照れながら「佳葉の奴…」とぶつくさ言う姿が可笑しくて、紗羅は趙雲に気付かれない様にくすりと笑った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「————————・・・・・・っ!!!!」

 

 

ガシャ――――ン

 

 

「きゃぁっ」

 

鏡台を引っ繰り返され女官は恐ろしさの余り声を上げた

見事な蒼色に染められた衣装も、蒼と金の造の美しい装飾も何もかもが部屋中に散らばっていた

割れた鏡台の鏡の破片がいたる所に飛び散り、男の怒りを表しているかの様だった

 

 

 

 

「何故、莉維がおらぬ!!」

 

 

 

男の罵声が部屋中に響き渡った

女官は震え上がり声も出ない

 

「曹………きゃぁ!」

 

何とか声を振り絞って男の名を呼ぼうとしたが、その瞬間男に思いっきり突き飛ばされる

男が腰に佩いていた剣をスラッと抜きに掛かる

 

「どいつもこいつも役に立たぬ輩よ……」

 

そう言って、すぅ…と倒れている女官の方を見た

冷酷な憎悪に満ちた瞳が女官を捉える

 

「ひっ……!」

 

女官は恐怖の余り震えながら必死に目で訴えた

涙を流しながら首を横に振る

逃げようにも恐怖で動けない

 

だが、男にはどうでも良かった 何もかもがどうでも良かった

 

そう――――この女官の命など――――………

 

 

 

「孟徳!!」

 

 

 

今にも斬りかかりそうな男を制したのは1人の隻眼の男の声だった

男が抜きかけた剣のままゆっくりと声のした方を見る

 

「夏侯惇か………」

 

夏侯惇と呼ばれた隻眼の男はじっと男を見据えた

男はふんっと鼻を鳴らし

 

「興が冷めた」

 

そう言いうと、剣を収めバサッと衣をなびかせて夏侯惇の方に歩いてきた

夏侯惇と男がすれ違う

 

「……莉維を探せ」

 

「孟徳」

 

「国中に手を回し草の根を分けてでも探し出せ…………アレはわしの物だ。誰にも渡さん」

 

ギロリと夏侯惇を睨み付け ふんっと鼻を鳴らして去って行った

 

「孟徳………」

 

 

夏侯惇は男が去って行った方をずっと見ていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白芽奇蘭は本当は白ワインの香りがする青茶です

流石に、この時代にそれは無いな~って思い、私が飲んで感じた香りに変換させてもらいました_(‘ω’;」∠)

 

今回はちょっと短め?です

っていうか、夢主と趙雲の絡み少なっ∑( ̄△ ̄)!!

すいません すいません

次回はもうちょっと増える予定です

 

そして、ついに出てきたあの男(笑)

惇兄も大変だ( ;・∀・)

 

2008/05/05