桜散る頃-紅櫻花-

 

 月と桜の理 3

 

 

ピチャ ―――― ン……

 

水の音がした…

 

 

 

 

したような気がした

 

ピチャ ―― ン……

 

 

「……………」

 

水の…水の跳ねる…………音…?

 

ゆっくりと重い瞼を開ける

 

ざぁ……

 

風が鳴いた…

 

 

 

 

『母様っ!!』

 

 

 

 

 

 

突然聞こえた幼い女の子の叫び声

一気にぼやけた意識が覚醒する

その瞬間、ゴォ…と下から勢いよく風が彼女を襲った

 

「………っ!?」

 

訳が分からず、目を塞ぐ

彼女の腰まである長い漆黒の髪が風に巻かれてなびいた

羽織っていたはずの着物も風に巻かれ、上空に高く舞い上がっていく

 

それは一瞬の出来事だった

 

風は止み、舞い上がっていた着物がひらひらと彼女の目の前に落ちてくる…

だが次の瞬間、彼女は目を見開いた

 

 

それは目の前に広がる光景 ―――――――――………

 

 

びしょ濡れになって倒れている女性

そして、その横で泣き叫んでいる漆黒の髪をした一人の幼い女の子…

 

…これは……

 

少女は息を飲んだ

 

周りには、静謐さを保つかのように青々と生えわたる樹木

目の前に広がる大きな湖

その湖のそばに1本だけある、樹齢数百年の巨大な桜の木

風に煽られ舞ったであろう、淡い桜色の花たち

そして、そこに映し出される大きな丸い月………

 

 

知っている

 

私は、この場所を…この光景を知っている ―――――――――……

 

花びらが落ち、水面に波紋がゆっくりと広がっていく…

そして、そこにあった月がその形を崩していった

ゆらゆらと揺れ、どんどん崩れていく…

 

 

 

 

『…紗羅…』

 

 

 

倒れていた女性が呟いた

びくっ と少女達……女性のそばで泣いていた幼い女の子と、それを見ていた少女が反応し

 

「『……母様……』」

 

2人の少女の声が重な

 

『母さ…まぁ……っ』

 

そばに居た、紗羅と呼ばれた幼い女の子が泣きながら、母の身体を揺さぶった

その女性は弱々しく、それでもにっこりと微笑み女の子の頭を撫でた

 

そうだ

 

それを見ていた少女は、自分の手をぐっと握り締めた

そして息を飲む

 

 

あれは…私…

15年前…の私…だ…

 

そう……

 

向こうの茂みから聞こえてくる複数の馬の蹄の音

幼い紗羅が、何かを感じたのか音のする方を見た

 

それを見ていた少女は無意識に一歩後ずさった

握っていた手がにわかに汗ばむ

 

あの人と………

 

『むぅ…遅かったか…』

 

茂みの奥から聞こえてくる決して忘れることの無いあの独特な声

それと同時に現れた黒い馬に乗った1人の男

そして、その後ろにいた隻眼の男…

 

 

『あなたは・・・生きなさい』

 

そう呟き、息絶えた母………

 

 

これは……

 

ここは…私があの男に出会った場所 ―――――――――……

 

 

 

いや…だ…

 

幼い紗羅があの男と話している

 

だめよ…

 

声に出したいのに声が出ない

分かっている

これは過去の出来事…夢の世界…

今、止めた所で何かが変わってしまう訳ではない

 

 

それでも…

 

男の手が幼い紗羅を抱き上げた

 

 

 

    その手を掴んではいけない ―――――――――……

 

そう強く思った瞬間、男が少女の方を向いた

目が合う

 

「…………っ!?」

 

気のせいなのかもしれない

だが、もはやそんな事はどうでも良かった

 

一歩…

男がゆっくりと少女に向かって歩みだす

 

 

 

 

 

  いやだ!!!

 

 

 

 

そう思った瞬間だった

ふいに足元が消えてなくなった

 

 

「!?」

 

次の瞬間、急降下する感覚に捕らわれた

足場を失った己の身体が宙に浮いたかと思うと、

今度は ザン…!! という音と共に何かに全身を絡め取られるような感覚に襲われた

 

……………!? 何っ!?

 

一体自分に何が起こったのか……!?

理解できず、少女は混乱していた

冷たい”何か”が全身に伝わってくる

動こうにも、上手く身動きがとれない

 

ゴボ…

 

息が苦しい…

 

口から次々と丸い泡になって空気が漏れていった

 

「 ――――………っ!」

 

重く思うように動かない身体で、少女は必死にもがきながらその出口を探した

 

早く…早く上へ…

 

何故、そう思ったのかは分からない

ここが何処なのか…何の中なのか分かっていてそうしたのか

でも、そうしなければならないと思った

 

うっすらと”上”の方から漏れる”光”を必死に求めた

 

あそこに行かないと…

 

「……っはぁっ」

 

勢いよく、バシャンという音とともに少女はそこから這い上がってきた

 

「……っ…げほっ」

 

口の中に入った何かを吐き出しながら苦しそうに口元を押さえた

ポタ…ポタ… と何かが彼女の髪から滴り落ちてくる

 

……水…?

 

肩で息をしながら、少女はゆっくりと辺りを見回した

 

そこは、夜の森の中…

底から見たときはもっと明るい所だと思ったのに、それは脆くも打ち破られた

空に昇った月が異様なほどに そして、不気味なほどに青く光を放っている

 

今にも全てを飲み込んでしまいそうなくらい鬱蒼とした樹木たち

遠くに微かに見える夥しい数の松明の火……

木々の間から聞こえてくる不気味な風の音

自分が動くたびに、バシャン…と音を立てて反応する湖

 

 

「……………」

 

少女は息を飲んだ

額からいやな汗がつぅー と流れ落ちてくる

動揺を隠すかの様に強張った身体に反応してか、腰の辺りまで浸かった水に波紋が浮かび上がる

 

ガタガタ と、にわかに彼女の身体が震えた

 

 

あ………

 

脳裏に蘇る過去の光景 ――――………

 

がさっ と音がし、少女は慌てて視線をそちらに向けた

一人の男が樹木の間から姿を現す

 

「――――……っ!?」

 

動揺を隠せず、ばしゃ と、音を立てながら一歩後ずさる

男は少女に気づき、その口元に笑みを浮かべた

 

『ほぅ…こんな所におったのか、莉維よ』

 

一部の者しか呼ぶことを許されていないその名を呼び、男はゆっくりと彼女の方に近づいてきた

ゆっくりと…まるで、そこに湖など無いかのように踏み入ってくる

莉維と呼ばれた少女は びくっ として、再び後ずさった

そして、その口を開く…

 

「……ここには、来ないというお約束です。 貴方様ともあろうお方がお忘れになったのですか」 と

 

それは、あの日…

もう二度と思い出したくも無いあの夜、この場所で自らが目の前の男に投げかけた言葉…

そう…そして笑うのだ あの男は

滑稽だと言わんばかりに

 

「何がおかしいのですか」

 

そう訴える少女を見て、男はくだらない事を聞くなといわんばかりに

声を上げて笑い出した

 

『この儂に命令するか? 中々面白いのう……』

 

周りの空気が引いていくような感覚に襲われる

 

あ………

いけない………っ!!

 

何故かそう思った

一気に全身の血の気が引いていくのが分かった

 

その瞬間、まるで身体が勝手に動いたかの様にその場から逃げようとした

”ここにはいてはいけない…っ!!” と”何か”が警告する

 

”危険だ” と

 

バシャン と激しい水音がしたかと思うと、少女の左腕が”何か”に引っ張られた

 

「………………っ!?」

 

ぐん と引き寄せられ、抵抗するもそのまま後ろから伸びてきた男の腕に絡めとられる

 

「っ……離して…っ!!」

 

吐くように訴える彼女の声だけが響き渡った

がっちりと止められたその腕が彼女の行動を制限する

暴れようとするも、再び伸びてきたもう片方の手が彼女の腕を押さえた

 

ふいに自分の首筋に触れてくる生あたたかい感触…

 

 

 

 

「――――……っ!!」

 

背筋がぞっとした

 

全身に鳥肌が立つ

 

『莉維……』

 

頭に響いてくる あの独特な声…

徐々に自分の首筋を這うように伸びてくる手…

 

い…や………

 

恐怖が……宿る

 

『莉維』

 

「…や…………」

 

 

 

 

 

 

 

    ヤメテ ―――――――――……っ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ………はっ」

 

少女は覚醒と共に飛び起きた

 

はぁ…はぁ…

 

肩が呼吸で揺さぶられる

嫌な汗が額からつぅーと流れ落ちた

 

「…………う……」

恐怖のあまり声が上手く出せない

喉元に手をやった 汗でぐっしょりだ

パサ…と音をたてて彼女の漆黒の長い髪が垂れてくる

 

夢…………?

 

そう自覚するまで数分の時間を費やした

否、そんなに時間は経ってなかったのかもしれない

だが、そう錯覚せずにはいられなかった

 

わた…し………は…?

 

記憶がはっきりしない 頭がぼう…とする

少女はゆっくりと辺りを見渡した

 

見慣れない天井

見慣れない調度品

見慣れない装飾

 

何もかもが自分が今まで”居た”場所とは違うものだった

だが、悪くはなかった

むしろ、落ち着ける雰囲気を持った 優しい感じのする部屋だった

 

西側の窓辺から日差しが差し込んでいる

サワサワと優しい風が吹いてくる

 

風が少女の髪をなびかせた

 

気持ちがいい……

 

風が心地よかった

さっきの悪夢がまるで嘘の様だ

 

ゆっくりと目を閉じた

草原に居るような感覚に囚われる

 

風がなびく

木々が囁く

鳥がさえずる

 

すぅーと息を吸い そして吐く

 

大丈夫……

 

そうすると意識がはっきりしてきた

 

確か…あの男から逃げるように森の中を逃亡していて……

雨が降り出して……

自分はどうしたのだろうか?

 

あれは夜だった

今は日差しの角度から考えても夕方だ

自分はどれだけの間、意識を失っていたのだろうか……

 

記憶が曖昧だ

 

 

 

そう、確か追っ手に捕まったんだ

 

捕まったんだと思った

だが、周りを見る限りそれも違う様に思えてきた

捕まって連れ戻されたなら行く場所は決まっている あの男の元だ

しかし、現状は違っていた

ふと、もう一つの可能性が脳裏を過ぎる

 

 

敵方に捕まった…?

見知らぬ部屋に通されて…寝かされて… だが、軟禁してる様にも見えない

警備は見るからに手薄だった

”捕らえた”というよりは手厚く保護を受けているような感覚だ

 

ますます訳が分からない

その時だった、扉の向こうから戸を叩く音が聞こえてきた

 

少女はぎくっとし、反射的に武器を探す

だが、そこには武器になりそうなものは何一つなかった

 

私の剣がない……!!

 

いつも肌身離さず持っていた倚天の剣が無かった

扉がゆっくりと開く

 

緊張が走る

少女はごくっと息を飲み開く扉の方を見た

 

 

「まぁ!気が付かれたんですか!?」

 

 

入ってきたのは若い1人の侍女だった

歳は少女より少し上だろうか

侍女は少女に駆け寄り手を伸ばす

 

思わずさっと身構えてしまう

それを見た侍女は はたっと伸ばした手を止めると くすくすと笑い出した

 

「大丈夫ですよ。安心して下さい 体温を見るだけですから」

 

そう言って額に手が当てられる

 

「熱は完全に引いたようで安心しました」

 

持ってきた水差しを寝台の横に置き、「もう、冷えますから」と言いながら窓を閉めた

 

「……………」

 

「どうかしましたか?」

 

視線に気付いた侍女は不思議そうに少女に尋ねた

少女は少し考え ゆっくりと重い口を開いた

 

「ここは、何処なのか?」と………

 

侍女はにっこりと笑い

 

「ここは成都ですよ。”蜀”の首都の成都の中にある さるお方のお屋敷です」

 

蜀!?

 

一瞬少女の顔が強張った

だが、侍女はそれには気付かず

 

「貴女様は5日間も眠ったままだったんですよ?だからまだ無理は禁物です」

 

そう言いながら、少女を寝台に寝かせた

少女も逆らうことなく それに従う

 

それを見た侍女は満足そうに頷き

 

「兎に角、目を覚まされてよかったです。皆、ずっと心配してたんですよ?」

 

「……心配?」

 

「ええ。でも、もう安心ですね。まだ、足の怪我もありますからしっかり静養してくださいね」

 

そう言って部屋を後にする

 

 

1人残された少女は、寝台の布団を深く被った

 

蜀……

 

あのお方の主、劉備様の治める国…そして、あのお方の居る国 ―――――……

 

そう考えるだけで頬が赤く染まる

今まで、ずっと話を聞くだけだったあのお方と同じ国のに居るのだ―――

だが、それと同時に恐怖心も芽生えた

 

 

私は”月夜叉”……

 

蜀の…あのお方の敵―――――…

 

もし知られたら?

あのお方はどんな眼差しを向けるだろうか…

怒りに満ちた趙雲の顔が浮かぶ

 

ぐっと布団の下にある手を握り締めた

 

怖かった…

きっと”月夜叉”は憎まれている―――――……

 

今まで、何千人という数の蜀軍の兵士達を斬ってきたのだ

もしかしたら、その中に彼の私兵も含まれていたかもしれない

私は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

「佳葉!!」

 

屋敷に青年の声が響く

するとバタバタと走る音と共に家人が慌てて出てきた

 

「お帰りなさいませ 趙雲様」

 

皆が声を揃えて言う

 

「ああ、ただいま」

 

趙雲と呼ばれた青年は家人に挨拶し目的の人物を探す

だが、出迎えてくれた家人の中には居ないようだった

 

「佳葉は居るか?」

 

「佳葉様ですか?佳葉様なら―――――…」

 

「趙雲様 そう大声をお出しになさらなくても聞こえていますよ」

 

そう言いながら、1人の若い侍女が奥から現れた

 

「お帰りなさいませ 趙雲様」

 

「ああ…彼女は?」

 

返事もそこそこに目的の事を聞く

佳葉と呼ばれた侍女はくすくすと笑いながら

 

「趙雲様。よほど彼女が気になるので御座いますね」

 

「佳葉!!」

 

「ご安心なさいませ。夕刻 目を覚まされましたわ」

 

「本当か!?」

 

趙雲の顔がぱっと明るくなる

佳葉はくすくすと笑いながら「はい」と答えた

 

「今は休まれているご様子。お部屋を訪ねるなら後ほどになさいませ」

 

今にも飛んで行きそうな趙雲を見かねて、佳葉が言う

趙雲は自分の行動が読まれている事に恥かしくなり、かぁと赤くなる

それを見た佳葉がまたくすくすと笑い出した

 

「佳葉…」

 

「はい。失礼しました」

 

悪びれた様子もなく、佳葉は笑いながら謝罪の言葉を述べた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザァ…と庭の木々がざわめく

外灯の明かりがぽぅ…と廊下を照らしていた

 

趙雲は1人とある部屋の前に居た

そっと、扉に手を当てる…

 

この中に彼女が居る―――――………

 

そう思うだけで胸が高鳴った

 

発見した時は嘘かと思った

尋常な状態では無かったという事もあるが、何より”彼女”だった事に驚いた

 

初めて見かけた時の事が脳裏に過ぎる

 

蒼い装飾を身に纏い、まるで踊っているかの様に剣を振るう彼女の姿に思わず足を止めてしまった

返り血1つ浴びる事無く舞っているその姿はまるで天女の様で

彼女が動く度に月の光に呼応するかの様に長い漆黒の髪がキラキラと光を放ち…綺麗だと思った

 

彼女が、死屍累々と横たわる兵士達の真ん中に立ち尽くし、天を仰ぐ

 

 

 「・・・・ごめんなさい」

 

 

そう呟き、閉じていた瞳からつぅ・・・・と涙を流し、月の光に照らされその涙がキラリと光ると地へと落ちていった

 

 「・・・・・・・っ!!」

 

その姿を見て趙雲は言葉を失った

まるで何かに魂を吸い取られたかの様に彼女から目を離す事が出来なかった・・・・

 

だから、彼女を発見した時驚きを隠せなかった

そして、彼女から発せられた言葉…

 

 

 『・・・・・・趙・・雲・・・・・・・様・・・・』

 

 

「……………」

 

趙雲はぐっと手を握った

彼女は自分の事を知っているのか…?

それとも―――――………

 

「どなたかいらっしゃるのですか?」

 

不意に扉の向こうから凛とした澄んだ声が聞こえた

趙雲はギクっとし、息を飲んだ

そして、一瞬思いとどまるが、その扉をゆっくりと開けた

 

キィ……

扉の軋む音が響き渡る

 

部屋の中を見る

そこには寝台に寄りかかるように起きている彼女の姿があった

彼女が動く度に長い漆黒の髪がさらりと垂れる

 

趙雲は意を決したように、部屋の中に入った

 

少女は驚いた様に 無言のまま趙雲を見ていた

視線が痛い…

 

趙雲は寝台の横にある椅子に座り

 

「目覚めたと聞きましたので…お加減は如何ですか?」

 

「…………」

 

少女は目を見開き、何かを言わんとするが、その瞬間ぱっ と視線を逸らした

にわかに彼女の頬が赤く染まる

 

それはそうだろう

まさか、ここにきて彼女にとっての「あの方」が現れるとは露とも思わなかったからだ

いつもなら平常心で居る事には慣れているのに…

あの男の前では常に無関心で居る事に慣れていた筈なのに

 

だが、「憧れ」とも取れる感情は彼女の心を揺さぶった

 

まさか…あの侍女が言っていた”さるお方”が趙雲だとは夢にも思っていなかったのだ

鼓動が跳ねる

それと同時に必死に落ち着かせようと努力した

 

 

 

  この感情を知られてはならない―――――………

 

 

無意識に感情をセーブしようとする

それは、今まで彼女がしてきた事そのものだった

 

誰にも悟られてはならない

誰にも気付かれてはならない

誰にも感情を露にしてはならない―――――………

 

 

でなければ…待つのは…その者の”死”―――――

 

 

 

 

  『おまえはワシの物だ・・・他の誰にも心許す事も、その名を刻ませる事も許さん・・・・よいな?』

 

 

 

あの男の言葉が脳裏を過ぎる

身体が震えた

無意識に両の手で肩を掴む

 

 

「あの…」

少し困った様に趙雲が尋ねた

 

「私は趙子龍と申します。失礼でなければお名前を聞いても宜しいでしょうか?」

 

少女は趙雲を見た

そして、再び目を逸らす

 

名―――――

 

 

あの男にすら教えなかった 私の名―――……

あの男は私を”莉維”と呼んだ

あの国では”蒼の姫”とも呼ばれた

本当の名は誰にも言わなかった…

 

言いたく無かった

 

 

母が付けてくれた本当の名前

 

 

”綝 紗羅”

 

それが私の名前…

私の本当の―――――……

 

 

紗羅は息を飲んだ

そして―――――……

 

 

「……紗羅……です……」

 

その名を口にした

初めて

 

「紗羅殿ですか。良い名ですね」

 

そう言って趙雲は微笑んだ

 

 

   ”紗羅”

 

 

誰かにそう呼んでもらうのは何十年ぶりだろう

もう忘れてしまいそうになるくらい遠い昔の事の様に思えた

 

それが、こんなに嬉しい事だなんて―――――………

 

つぅーと涙が零れ落ちた

 

「紗羅殿!?」

 

急に泣き出した紗羅に驚き趙雲が声を荒げる

紗羅は顔を手で覆い隠し「何でもありません」と答えた

 

「しかし…」

 

「本当に、何でもないんです」

 

そっと趙雲の手が紗羅の頬に触れた

鼓動が跳ねる

 

「何でもないって事はないでしょう?」

 

「……………」

 

そっと、趙雲の優しい手が紗羅の涙をぬぐう

手が暖かい…

趙雲の”優しさ”が心に染み渡る様だった

 

「趙雲様…」

 

趙雲は自分がしている事にはっと気付き、慌てて手を引っ込めた

恥かしさのあまり頬が赤らむ

 

「すみません!女性に…」

 

「あ、いえ……………」

 

お互い無言になってしまう

 

 

 

先に口を開いたのは趙雲の方だった

 

「本当は、聞きたい事もあったのですが、今日はお暇します。ゆっくり休んでください」

 

紗羅は無言のまま趙雲を見た

そして、ゆっくり頭を下げる

 

 

それを見た趙雲は少し安堵した様に微笑み

 

「では、失礼します」

 

そう言って部屋を後にした

 

 

部屋に1人

紗羅はそっと頬に触れた

趙雲の手が自分の頬に触れた瞬間を思い出す

身体が熱い……

あの方の熱が、身体を支配していく

ほんの少し…

ほんの少し触れられただけのに……こんなにも————……

 

 

趙雲様……

 

 

 

そして、ゆっくり目を閉じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予定の所まで進まなかった∑( ̄口 ̄)

本当はもうちょっと進んだ所で終わる筈だったんですけどねぇ~

 

でも、ちょっといい感じ?

だけど、まだ打ち解けさせませんよ!!(笑)

 

2008/04/14