桜散る頃 外章
   -櫻花異聞-

 

 短編弐:花菖蒲 

 

 

紗羅が来て1ヶ月が過ぎた

私は・・・彼女に何をしてあげられただろうか――――

 

 

「趙雲様」

 

凛と透き通るような声で呼び止められた

紗羅だ

 

にっこりと微笑み横にちょこんと首を傾げた愛らしい姿

薄紅色に桃の花が薄っすら刺繍された衣を纏い、漆黒の髪に刺された紅玉の簪がシャランと音を鳴らした

 

「……………」

 

言葉を失った

 

桜色の唇から言葉が発せられる

 

「どうかなさったのですか?」

 

紗羅が心配そうに趙雲を覗き込む

 

趙雲は慌てて手をブンブンと振り

 

「いえ・・・何でもありません」

 

まさか、見とれていたとは言う訳にもいかず、趙雲は笑って誤魔化した

 

「?」

 

紗羅はクスリと笑い、首を傾けた

 

「何か、用事があったのではないのですか?」

 

さっき、自分は呼び止められたのだ

きっと、何か用事があったに違いない

 

必死に話を変えようと趙雲は自分に言い聞かせた

 

「あ、はい」

 

紗羅はにっこりと微笑み

 

「佳葉が趙雲様を探してたので――――」

 

「佳葉が?」

 

家人の名を出され首を傾ける

 

はて?何か用を言いつけてあっただろうか?

それとも、火急の用事なのだろうか?

 

「もう――――桜は散ってしまったのですね・・・」

 

不意に紗羅が呟いた

 

紗羅が来た頃は満開だった庭の桜の木は当に見頃を過ぎてしまっていた

 

風が吹き、紗羅の漆黒の髪を揺らした

 

「……そう―――ですね」

 

趙雲も庭の桜の木を見る

もう、花の散ってしまった木は寂しくも感じられた

 

「寂しいですか?」

 

「……はい。少し…」

 

寂しげに言う紗羅の横顔は憂いを帯びていて美しかった

 

 

でも、まだ春は来たばかりだ

木蓮や花水木や雪柳などこれから咲く花はいっぱいある

 

「今度――――」

 

紗羅が趙雲の方を見た

 

趙雲はにっこりと微笑み

 

「今度、遠乗りに行きませんか?貴女に見せたい風景があるんです」

 

「遠乗り?」

 

「はい。如何ですか?」

 

紗羅はにっこりと微笑むと

 

「はい、是非」

 

と答えた

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「どうどう」

 

馬を止める

 

「わぁ……」

 

紗羅は思わず、声を洩らした

 

辺り、一面に咲く菖蒲

薄紫色の剣形の葉に、真っ直ぐ花を咲かせている

 

「綺麗……」

 

思わず零れた言葉は、趙雲の心を温かくさせた

 

「降りて見ますか?」

 

「はい」

 

すると、趙雲はスッと先に馬から降りると、紗羅の方に手を伸ばした

 

「失礼します」

 

「え?あ……」

 

スイッと腰を持ち上げられ、馬から降ろされる

 

「あ、ありがとうございます」

 

恥かしくなり、思わず頬を赤く染める

 

「いえ、これくらいは当然です」

 

趙雲がにっこりと微笑んだ

そして、スッと手を伸ばしてくる

 

「手を……」

 

「あ、はい…」

 

趙雲の手を取る

 

「足元に気を付けてください」

 

そして、ゆっくりと歩き出した

なんだかとても気恥ずかしい

 

菖蒲の傍まで来て、もう一度一面に咲く菖蒲に目をやった

 

サァ…と風が吹く

 

「……趙雲様」

 

「はい?」

 

紗羅がふわっと花の様に笑った

 

「連れてきてくれて、ありがとうございます」

 

そう言った、紗羅は今までで見た花の中で一番輝いて見えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日のひとコマ

桜が散る時期ですから、4月下旬です

 

本編:<月下の舞姫と誓いの宴>前の話です

 

※これはweb拍手に加筆した物です

 

2010/06/06