桜散る頃 外章
   -櫻花異聞-

 

 月の舞姫 

 

 

 

桜が舞っていた

 

 

四月――――

 

 

ザン

 

「ぐわぁぁ」

 

趙雲は槍を薙ぎ払った

青紫の鎧の兵が叫び声を上げながら絶命する

 

「この辺りは、粗方片付いたか……」

 

辺りを見回すと死屍累々と倒れた敵兵の屍が横たわっていた

 

正直、見ていて気持ちの良い物ではなかった

 

だが、ここは戦場

倒れるか、倒されるかどちらか

これが当たり前だ

 

趙雲は、頬から伝う汗を拭いはぁーと息を吐いた

 

「趙雲様」

 

すると、向こうの方から緑色の鎧を着た味方の兵が駆け寄ってきた

 

「丞相がお呼びとの事です」

 

「諸葛亮殿が?」

 

………?何だ……?

 

呼ばれる覚えがない

 

「諸葛亮殿は何と?」

 

「いえ…内容までは……」

 

恐らく何も聞いてないのだろう

兵は言い淀み、少し困った風に目を泳がせた

 

ここでこの兵を問い詰めた所で何も解決しない

なら、諸葛亮が居る本陣まで一度戻る必要がありそうだ

 

「分かった。お前はこのままここの守備にあたってくて」

 

「はっ」

 

兵は一礼すると、そのまま味方兵の元へ走って行った

 

とりあえず、諸葛亮の指示を仰ぎに本陣に戻るしかない

だが、ここの守備も怠れない

 

「……………」

 

趙雲は少し考え、すぐさま副将を呼んだ

子細を話し、副将にその場を任せると趙雲自身は愛馬に跨りその場を後にした

 

 

 

 

今、思えばこの時戻らなければ”彼女”には会わなかっただろう

 

 

 

 

趙雲は馬を走らせ森の中を突っ切っていた

 

夜空には真っ白な満月が昇り、妖艶なほど光輝いていた

 

キィイン

 

不意に風に乗って何かの音が聞こえた

 

「………?」

 

キン

 

キィィン

 

どうやら刃物の擦れる音らしい

 

誰かが近くで戦っているという事だろう

 

敵かもしれない

今、気付かれると面倒なだ

 

だが、戦っているという事は、だ

味方が居るという事に他ならない

 

このまま見ぬ振りをするという選択肢もあった

諸葛亮に呼ばれている以上、無駄な戦闘は避けるべきだ

 

だが……

 

味方が苦戦していたら、ここで見捨てる訳にはいかないな

 

「はっ!」

 

趙雲は馬を反転させると、音のする方へ向った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは開けた場所だった

森の中でぽっかりそこだけ開け放たれた様に空間が出来ていた

 

その中で――――

 

ザシュ……!

 

最初に目に入ったのは、赤い血だった

 

それから、漆黒の揺れる長い髪に蒼い瞳――――

 

「………!」

 

ザァ…と周りの桜が舞い散り視界を遮る

 

キィイン

ザン!

 

再び剣戟の音が聞こえて来た

 

目を凝らすと――――

 

 

1人の少女が―――居た

 

長い漆黒の髪に蒼の瞳

蒼の装飾に身を纏い、翡翠の耳飾が音を立てて揺れる

両の手に二振りの剣を持ち、自在に操る

その姿はまるで舞いを舞っている様で…さながら戦女神が降臨したかの様だった

 

思わず、足が止まった

 

言葉が出ず、まるで魅入られた様に視線が彼女に吸い付く

 

返り血一つ浴びる事無く舞っている様なその姿は、まるで天女の様で

彼女が動く度に、月の光に呼応するかの様に長い漆黒の髪が揺れ、翡翠の耳飾がキラキラと光を放つ

 

こ…れは………

 

趙雲は声を上げることも、動く事も出来ず、ただただじっと彼女に魅入っていた

 

今までにない経験だった

 

恐れからじゃない

何か魔物に魅入られたかの様に足が動かないのだ

 

言葉も遮られ、声すら発せられない

 

それぐらい彼女の覇気は凄まじかった

 

顔は逆光になって良く見えない

 

ただ、蒼い瞳が妖艶に光っていた

感情の読めないその瞳がまるで意志の無い人形の様に時折揺れる

 

ザシュ

 

また1人斬られた

 

助けにいかなければ…と思う、反面、もっと見ていたという感情が浮かぶ

 

この時、趙雲は ハッと気付いた

 

彼女こそが魏の鬼神と言われる”月夜叉”だという事に

 

 

“蒼き衣に身を纏い、まるで踊っているかの様に剣を振り回す・・・月夜の舞姫”

”情けも慈愛もない月夜の晩に現れる鬼夜叉――――『月夜叉』”

 

 

そこには、彼女の剣先には何も感情が感じられなかった

 

でも、美しい――と思った

妖艶で光輝き、綺麗とさえ思った

 

いや、でも…女……?

 

まさか、”月夜叉”が女だとは思わなかったので、そこで一瞬躊躇する

しかし、彼女の剣捌きを見て確信する

 

恐らく、彼女こそが大陸中で恐れられる”月夜叉”なのだと―――

 

死屍累々と横たわる兵士達の真ん中に立ち尽くし、少女は天を仰いだ

彼女の髪が風に揺れ、桜の花弁と交じり合う

ゆっくりと蒼い瞳を閉じる

 

 

 

 

「・・・・ごめんなさい」

 

 

少女は悲しそうにそう呟き、閉じていた瞳からつぅ・・・・と涙をながした

月の光に照らされその涙がキラリと光り、地へと落ちていった

 

「………っ!!」

 

その姿を見て趙雲は言葉を失った

まるで何かに魂を吸い取られたかの様に彼女から目を離す事が出来なかった

 

この時まで趙雲の”月夜叉”の認識は残虐非道で情けも慈悲もない魏の武将だった

その姿を見たものは生きていない―――彼の者の通る道には屍しかない

そう聞かされていたし、そうだと思っていた

でも、実際見た彼女は―――死を嘆き、贖罪を乞う様に涙を流す

 

残虐非道・・・?情けも慈愛も無い?彼女が本当に・・・?

 

趙雲の中で疑問が生まれた

 

彼女は本当に望んでやっている事なのか・・・?

 

シャランと彼女の耳飾が揺れた

ゆっくりと彼女がこちらを見る

その瞬間、ザァ…と風が吹いた

桜が一斉に舞い、視界を遮る

 

 

「……………っ」

 

 

思わず、趙雲は視界を手で覆った

 

 

一斉に舞った桜はくるくると空を舞い、辺りに嵐を引き起こした

 

 

ザァァァァァ

 

風が吹き

花弁が舞う

 

「………くっ」

 

趙雲は、手で覆いながら何とか前を見ようと目を開けた

 

ふわっと風が止み、視界が開ける

 

「……………!」

 

 

ハッとした時、彼女の姿はもう何処にもなかった――――

 

 

 

ま、ぼろ、し……?

 

一瞬、そう思ってしまう

だが、彼女が居た其処には確かに彼女が屠った屍があった

 

「……………」

 

趙雲は、言葉を失い頭を抑えた

 

なんだ…?今の、は……

 

錯覚かとも思わない現象が、今、この目の前で起こっていた

 

確かに、彼女は”居た”

”居た”筈なのに、消えてしまった

 

”月夜叉”と出会って、生き延びた者は居ない

 

そう聞かされていたし、もし対峙した時はそれなりの覚悟はあった

勿論、やられる気はなかったし、死ぬ気はなかった

無かったが……

 

私は…見逃された……?

 

確かに、彼女と目が合った―――気がした

 

が、それは気のせいだったのか…

それとも、彼女に自分は見逃されたのか…

 

答えなど分からなかった

 

聞こうにも、もう彼女は居ない

 

ただ、彼女が無下に剣を振るっているのではない―――という事は何となく分かった気がした

まるで狐につままれた感じだった

 

「……ああ、諸葛亮殿に呼ばれているんだったな…」

 

ふと、用を思い出した様に趙雲は呟いた

 

馬を反転し、もう一度振り返る

 

「……………」

 

何故か、もう一度会いたい―――そう思った

どうしてそう思ったのかは分からないが、彼女に会って真実を確かめたいと思った

 

彼女がどうして剣を握るのか

それ故に何故悲しそうにに涙を流すのか

 

知りたいと 思った

 

 

 

だが、それ以降会う事は叶わなかった――――

 

目を閉じると蘇る

彼女の蒼い瞳と揺れた髪

 

幻の様に蘇っては消えた―――

 

 

 

そして、出会う――――

 

 

 

     彼女と再び―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すいません。名前変換無いです

いや、まぁ内容的に名前変換は無理なんですけど・・・ね

昔、趙雲が見かけたって話

時期的に、長坂よりも前かなー

 

とりあえず、本編の過去話が解禁になったので公開です

 

※これは本編前の話になります

 

2010/04/03