桜散る頃 外章
   -櫻花異聞- 

 

 時の迷宮 地の狭間 前編

 

 

ヒュゥゥゥゥゥゥゥ・・・・・・

強い風が吹いていた

月が頂上に昇り、夜も更けてきていた

 

パタパタと天幕が揺れる

幾つも張られた、天幕の中央に、一際大きく豪華な天幕が張られていた

 

曹孟徳

その男は、その天幕の中に居た

どしっと中央の椅子に腰を下ろし、配下の武将を見据えていた

その曹操の後ろには、彼の右腕ともいえる隻眼の男 夏侯惇

そして、曹操の懐刀ともいえる”月夜叉”と呼ばれる人物が控えていた

 

目の前には曹操の親衛隊・許褚、典韋

そして、曹仁、曹洪、曹叡、夏侯恩など猛将が控えていた

 

その中で、蒼に金糸の刺繍の入った見事なまでの戦袍を頭からすっぽりと身に纏い、身体の一切を露にしていない”月夜叉”は異様な空気を放っていた

唯一見える、口元だけが、ピンク色に輝いていた

 

その時だった

バサッと天幕の扉が開き、1人の男が入ってくる

偵察の放っていた男だ

 

男は曹操の前に傅き、頭を垂れ、両の手を合わせた

 

「申し上げます。新野城、荊州城未だに気付いた様子は無し!」

 

曹操がのっそりと頬杖をつく

 

「新野城に劉備。荊州城は蔡瑁と蔡夫人の手にあります」

 

「ふ・・・情報通りだな」

 

曹操はくつくつと笑い、男に手で指示を出す

男は一礼し、天幕を後にした

 

「曹仁、曹洪」

 

「は!」

 

名前を呼ばれた2人が前に出る

曹操は2人を指差し

 

「お前達は新野城を攻めろ。劉備を炙り出せ」

 

「はっ!」

 

「了解した」

 

曹仁と曹洪の2人が一礼し、天幕を出て行く

 

蒼子そうし

 

不意に曹操が呟く

蒼子と呼ばれた”月夜叉”はぴくっと反応し、スッと曹操の口元に耳を傾けた

シャラン・・・と蒼い耳飾が揺れる

 

曹操は蒼子に呟くように

 

「お前は、荊州城を攻め、蔡瑁を押さえろ」

 

蒼子がこくっと頷く

そして、バサッと戦袍を翻すと、コツコツと武将達の間を縫って、天幕の外に出て行った

その瞬間、一気に天幕内の気温が上がった様な気がした

武将たちが、はぁーと息を漏らす

 

「はぁー奴が居ると気を張りますな」

 

「うむ・・・一体奴は・・・」

 

皆の視線が曹操に集まる

曹操はフッと笑い、「さぁな」と答えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

莉維りい

 

ブルルルル・・・

月毛色の愛馬の準備をしている時に、1人の男が蒼子に話しかけてきた

 

この名を知っているのは・・・2人だけ

 

「・・・・・・・・・・・」

 

蒼子はフッと・・・笑い頭から被っていた戦袍をパサッと脱いだ

バサッと漆黒の長い髪が露になる

蒼玉の2つの瞳がその男を捕らえた

 

蒼子から紗羅の顔になる

 

「元譲様。戦場では”蒼子”と呼んで下さい」

 

そう言って、紗羅はにっこりと笑った

夏侯惇がスッと手を伸ばし、紗羅の頬に触れる

紗羅はスッと目を閉じた

 

「・・・・・大丈夫か?」

 

そっと夏侯惇の手に触れる

 

「・・・・・はい。大丈夫ですよ」

 

そして、ゆっくりと目を開けた

 

「心配性ですね?元譲様は」

 

夏侯惇は躊躇いがちに、目を細めた

紗羅はにこっと笑い、スッと愛馬の手綱を持ち、鐙に足を掛けた

そのまま、馬に乗り脱いでいた戦袍を深く被る

紗羅から蒼子の顔になる

 

「・・・・・・行きます」

 

「・・・・・・ああ。気をつけてな」

 

「はっ!」

 

紗羅は愛馬の腹を蹴った

馬が、ダッと走り出す 暗闇に向かって

 

夏侯惇は、彼女が見えなくなるまで、その場に立っていた

 

「・・・・・・気をつけろよ・・・」

 

彼の声だけが、夜の闇の中 消えていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・お母様・・・」

 

ガタガタと風で窓枠が揺れた

部屋の油台の明かりも、ジジ・・・と音を立てて揺れた

 

「怖いよ・・・」

 

幼い少年がギュッと自分の母親にしがみ付いた

 

「大丈夫ですよ。単なる風です。こんな事で怖がってはいけません。劉琮、貴方はいずれは荊州王になるのだから」

 

「でも・・・・・・」

 

劉琮と呼ばれた少年はギュッと母にしがみ付いた

その時だった、バタバタと外が俄かに騒がしくなる

 

「・・・・・・?」

 

劉琮の母 蔡夫人は顔を顰めた

 

扉の外を見ると、バタバタと人が行き交う姿が見える

すると、バンッと扉が開き、兵の1人が慌てて入ってきた

 

蔡夫人はその入り方が気に入らなかったのか、ムッとし

 

「何事ですか!?騒がしい!劉琮が眠れないでしょう!」

 

と声を荒げた

入ってきた兵士は、はぁ・・・はぁ・・・と肩で息をしながら

 

「も・・・申し上げます!賊が・・・!!」

 

「なっ・・・・・賊ですって!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒュゥゥゥゥゥゥゥ・・・・

 

その日は風が強かった

紗羅は、荊州城の城門の前に、たどり着いていた

 

「・・・・・・・・・」

 

馬から降り、固く閉まった荊州城の城門を見上げる

紗羅はスゥ・・・と息を吸い

 

「開門せよ!我は曹孟徳の使者である!!」

 

ザワリと城門の上の方で人がざわめいた

 

「曹操の使者?」

 

「聞いてないぞ?」

 

などと聴こえてくる

 

聞いてない?

当然の答えだった

教えていないのだ。知る由が無い

 

「何用で参られた?」

 

「・・・・・・・・荊州城を明け渡してもらおう」

 

紗羅は低い声でそう呟いた

 

「なっ!!」

 

城門の兵士に動揺が走る

 

「その方らの意見は聞かない。明け渡すか否か」

 

カチャリッと紗羅は腰にある双剣に手を掛けた

シャラン・・・と蒼い耳飾が揺れる

 

「こ・・・こんな夜更けに来て、明け渡せとは、勝手ではないか!」

 

「ふ・・・それが、答えか・・・」

 

ヒュオ・・・と風が吹く

 

サラッと・・・紗羅の漆黒の髪が戦袍から抜け出して、揺れた

 

「女・・・?」

 

兵士の1人がそれを見て呟く

 

「はっ!女1人で何が出来――――っ!?」

 

そこまで言いかけて、兵士は言葉を失った

剣を構えた紗羅が目の前に居た

 

月に重なり、顔は見えない

だが、その美しいそ蒼玉の瞳が兵士を捕らえていた

 

シャラン・・・・

耳飾が鳴る

 

 

 シュッ・・・! ザン!!

 

 

「が・・・はっ・・・・・・・」

 

兵士が声を漏らし、グラッと倒れる

紗羅は何事も無かったかの様に、ストン・・・と優雅に着地した

フワッ・・・と蒼い戦袍が揺れる

 

「なん・・・・・・っ!」

 

シュッ・・・!

 

すぐさま、紗羅は振り返りながら剣を振った

剣が風を切る

 

兵は言葉を発する事無く絶命した

 

スッと立ち上がり、残りの兵士達を見据えた

月の光りが、彼女の美しさを露にしていた

漆黒の髪が揺れる

 

「う・・・わ・・・わぁぁぁぁ!!」

 

何人かの兵士が弓を構えた

矢を放ってくる

 

「・・・・・・・・・・・」

 

紗羅は無言のまま、両の手に持つ二振りの剣で矢をなぎ払った

彼女を恐れてか、はたまた兵の動揺か、彼女に当たる事は無かった

紗羅はスッと目を細めると、矢をなぎ払いながら一気に弓兵に突っ込んだ

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

兵の声など無視して足元を狙い剣で打ち払う

バランスを崩した弓兵はバタバタと倒れだした

 

 

シュン ドッ!

 

 

そこを狙って剣を喉元を狙って振る

 

「ぐぁ・・・・・っ!」

 

「ぐぅ・・・!」

 

「ぎゃぁ・・・・・・っ!!」

 

ポタポタ・・・

紗羅の剣から真っ赤な血が滴り落ちる

 

スゥ・・と残った1人の兵士を紗羅は見据えた

 

「ま・・・まさか・・・”月夜叉”・・・」

 

「・・・・・・・・・・」

 

無言のままカツカツと靴の音だけが、夜の闇に響き渡る

 

紗羅は剣をシュッと靡き、血を払いのけた

そして、残った1人の兵士に近づき、ピタッとその喉元に剣を突きつけた

 

「蔡瑁の所に案内しろ」

 

兵士は震えながらこくこくと頷き、慌てて城内へ走り出した

 

「・・・・・・・・・・・下衆が」

 

忠義の欠片も無いのか・・・

 

紗羅は無言のまま、その兵士の後に続いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザン!

 

「ぐぁ・・・っ!」

 

ドサッと兵士が倒れる

目の前を走る兵士は”案内している”というより、”逃げている”様だった

 

紗羅はフッと笑いカツカツと歩き続けた

 

「このっ!」

 

命知らずが、その間襲ってくる

 

「・・・・・・・・・」

 

紗羅は無言のまま、それをなぎ払っていた

シュッと剣を打ち上げ、確実に一撃で急所を狙う

 

襲い掛かってこなければ、命が助かるものを・・・

 

そう思うも、襲い掛かってくる兵士は後を絶たない

それだけ、蔡瑁への忠義が厚いという事だろうか・・・?

もしくは、単に蔡瑁を恐れているのか・・・

 

どちらにしても、障害は排除するしか無かった

 

もはや躊躇いなど・・・・・・無い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何事だ!?」

 

蔡瑁は部屋の中から声を荒げた

先ほどから城内がバタバタしている

 

「申し上げます!

 

バンッと扉が開き、1人の兵士が部屋に入ってきて、傅いた

 

「賊が侵入との事!蔡瑁様は――――ぐあっ!!」

 

ドサッと兵が倒れる

 

「どうした!?」

 

蔡瑁はサッと寝台の傍に置いていた、剣を取り、兵士に駆け寄ろうとして、その動きを止めた

 

カツン・・・

 

兵士の後に人影がうつる

 

カツン・・・カツン・・・

 

近づく足音

 

蔡瑁はごくりと息を飲み、剣を抜いて構えた

スッと扉に人影が現れる

 

「・・・・・・・・・っ!?」

 

蔡瑁は息を飲んだ

 

そこには、蒼い戦袍に身を纏い、両の手に白銀の剣を持った1人の少女が立っていた

月が・・・彼女を照らす

シャラン・・・と彼女の耳飾が揺れた

戦袍から覗けている漆黒の美しい髪が揺れる

 

「お・・・んな・・・?」

 

蔡瑁は眉を歪めた

 

彼女の――――紗羅の両の蒼い瞳が蔡瑁を捉えている

 

紗羅は無言のまま、蔡瑁に近づく

蔡瑁は動けないまま、グッと剣を持つ手に力を込めた

 

何だ・・・?この威圧感は・・・?

 

蔡瑁の額に嫌な汗が流れる

 

彼女から――――紗羅から何ともいえない有無を言わさない威圧感が感じられた

それは、十代の少女が持つそれとは全く異なる物だった

蔡瑁の心臓がドクドクと脈打つ

 

蒼い戦袍

白銀の双剣

月夜の晩に現れるという――――

 

「ま・・・さか・・・」

 

蔡瑁は震える身体を必死に押さえていた

 

まさか・・・まさか――――!!

 

カツン・・・

 

紗羅が蔡瑁に近づく

 

「う・・・うわあああ!」

 

蔡瑁は無我夢中で紗羅に襲い掛かってきた

だが、紗羅はそれを物ともせず、シュッと片方の剣で打ち上げた

蔡瑁の持っていた剣が、打ち上げられクルクルと空中を回って、紗羅の背後にドスっと突き刺さる

 

その時、すでに紗羅はもう片方の剣を蔡瑁の喉元に突きつけていた

蔡瑁を見据え

 

「貴様が、蔡瑁か?」

 

「う・・・あぁ・・・・・・」

 

恐れで言葉が出ないのか、蔡瑁はへなへなとその場にへたり込んだ

その時、だった

扉の向こうからバタバタと誰かが走ってくる音が聞こえてくる

 

「兄様!曹操の賊が・・・・・・・・きゃっ!」

 

 

シュッ!

 

誰とも確認せず、紗羅は片方の剣を投げつけた

駆けつけた蔡夫人の顔の横をすり抜けて、剣がビィィィィンと音を立てて、壁に突き刺さる

 

「夫人か・・・丁度良い。探す手間が省けた」

 

蔡夫人は兄の状況を見て、力なくその場にへたり込んだ

それで終わりだった

 

 

 

 

 

 

「明朝。孟徳様がこちらの城に来城される。丁重にお持て成ししろ」

 

クイッと剣先で蔡瑁の顎を上げた

頷けない兄の代わりに、蔡夫人が泣きながらこくこくと頷く

 

紗羅ははぁ・・・と息を漏らし、剣を収めた

蔡瑁と蔡夫人がほっと安堵する

 

「私は、孟徳様が来られるまで、ここに居させてもらう。いいか?」

 

「は・・・はい」

 

こくこくと蔡瑁が頷く

 

「死体も片付けておけ。丁重にな」

 

「は・・・はい」

 

「それから――――」

 

スッと紗羅が蔡瑁を見た

 

蔡瑁はぎゃっとなりながらビクリと後退った

 

「湯の用意をしてくれ。後人払いを――――」

 

「い・・・今すぐに!」

 

蔡夫人が慌ててバタバタと走っていく

蔡瑁は震えたままその場にへたり込んでいた

 

イライラする・・・

 

紗羅はイラ付く感情を抑えるかの様にギンッと蔡瑁を睨み付けた

 

「ひっ・・・・・・!」

 

蔡瑁が震えながらビクンッとする

その態度が、紗羅を更にイラ付かせた

 

紗羅は顎をしゃくり

 

「・・・・・・・・お前も行け!」

 

「う・・・は、はい!!」

 

蔡瑁はわたわたしながら、慌てて部屋から出て行った

 

 

 

 

 

 

部屋に1人になり、紗羅は目を瞑り、壁にもたれ掛かった

 

はぁ・・・・・・

疲れた・・・・・・

 

もう慣れたと思った、人を斬る感触

肉を絶つ感触が今もこの手に残る――――

 

「ふ・・・私もまだまだだな・・・」

 

手を見る

 

微かに震える手を紗羅はギュッと握り締めた

 

「あの・・・」

 

おずおずと侍女らしき女がお湯を持ってきた

 

「ああ・・・そこに置いてくれ」

 

「は・・・はい」

 

侍女はビクビクしながら、部屋の中にお湯の入った桶を置いていった

 

扉を閉め、錠を掛ける

人の気配が無い事を確認し、紗羅は戦袍を脱いだ

バサッと寝台に置く

そして、袖を捲り上げ湯の中に手を入れた

ポチャン・・・と水の音が部屋の中に響き渡る

 

スッと肘まで湯を掛けて、手を洗う

 

本当は湯浴みがしたい所だが、こんな所でする訳にはいかなかった

 

血の・・・匂いがする

 

紗羅はゴシゴシと見えない血を洗い流す様に、手を洗った

何度洗っても消えることの無い、血の匂い

 

己に染み付いた血の匂いが、紗羅には堪らなく嫌だった

 

ゴシゴシと手を洗う

手を洗い続けた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・ん・・・?」

いけない・・・眠っていたのか・・・

 

紗羅はゆっくりと目を開けた

もし、人の気配があったのならば、紗羅は直ぐに目を覚ましていただろう

それが無いと言う事は・・・

 

蔡瑁と蔡夫人は「人払い」を守ったという事か・・・

ならば、曹操のもてなしも守るだろう と紗羅は思った

 

窓の隙間から朝日の光りが差し込んできていた

 

「朝・・・か・・・・」

 

寝台に寄り掛かかったまま、片手で目を覆い光を遮る

あの男は明朝と言った・・・

 

「・・・・・・・・・・・」

 

出迎えなければ・・・

 

重たい身体を起こし、紗羅は寝台に置いていた戦袍をバサリと纏った

長い髪が見えない様に後ろにやり、戦袍を深々と被る

 

腰の剣を確認し、ギィ・・・と部屋の扉を開けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数刻もしない内に、城門に一騎現れる

 

「荊州国王、劉琮に伝える!まもなく曹操様がここにお着きになる。城門を開いてお出迎えせよ!」

 

城門からその様子を見ていた蔡瑁は「わ・・・分かりました」と言い城門を清め開けさせた

程なくして、曹操一行が訪れる

後が見えない程の大群だ

 

劉琮、蔡瑁、蔡夫人一行は城門まで出迎え、礼を尽くして、曹操を城内に招きいれた

その後ろに紗羅は居た

 

馬上からすれ違い様に曹操が目で合図を送る

紗羅は手を合わせて一礼し、曹操が通り過ぎるのを見守った

一行が城門を通り過ぎるのを見届けて、紗羅もその後に続いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蔡瑁に案内され、曹操は城内の一番豪華な部屋に通された

部屋の中央に椅子が用意されており、そこに、どっかりと腰を下ろす

 

「うむ。ご苦労であった」

 

「はっ」

 

曹操に言われ、蔡瑁は1歩後ろに下がり、傅き頭を下げる

そこに、紗羅が現れた

紗羅はさも当然の様に、曹操の後ろに回り、待機する

反対側には夏侯惇の姿もあった

いつもの、体制だ

 

「蒼子」

 

曹操に呼ばれ、紗羅は腰を屈めた

 

「ご苦労であった。後で褒美を与えよう」

 

紗羅は無言のまま、手を合わせ頭を下げた

後に下がる

 

「さて、蔡瑁。荊州の軍馬、金銀食糧、兵船はどのくらいある?」

 

曹操は悠然と構え、頬杖を付いた

 

「はっ。騎兵8万、歩兵20万、水軍10万、兵船は70隻。金銀食糧の大半は江陵城に蓄えて御座います」

 

曹操は少し考え

 

「蔡瑁。そなたに水軍の大都督を命じる。水軍を手足の様に操ってみよ」

 

「え!?」

 

予想外の展開に蔡瑁は驚きを隠せなかった

まさか、曹操から大都督の位を貰うとは・・・

 

「あ・・・有難う御座います!!」

 

蔡瑁は感謝の意味を込めて、深々と頭を下げた

 

「劉琮殿。そなたは青州に行って青州を守ってもらいたい」

 

「え・・・・・?」

 

幼い劉琮は明らかに、顔色を変えた

蔡夫人が慌てて割って入る

 

「お待ちください、曹操様。劉琮はまだ幼い。この住み慣れた土地を離れるのは・・・」

 

「ふ・・・まだまだだな。青州は都。大きくなられたら、朝廷に申し上げ官人にして差し上げる用意がしてある。黙って行かれるが良かろう」

 

「・・・・・・はい」

 

劉琮と蔡夫人は気落ちした様子で、すごすごと下がっていった

曹操はため息を付き、疲れきった様子で

 

「わしは疲れた。皆、下がるがよい」

 

曹操が手で合図をする

蔡瑁一行はそのまま、部屋を後にした

 

「丞相。あの様な男に水軍を任せるのですか?」

 

曹操の配下の1人が疑問に思っていた事を投げかけてきた

曹操はニヤリと笑い

 

「ふ・・・我が北国の兵は野平山兵であり、水軍の法、兵船の構造など知る者はおらぬ。我等が水軍の法を学ぶまでは大都督に祭り上げておく方が何かと都合がよかろう」

 

「な、成る程」

 

「于禁」

 

「はっ」

 

そんな事はどうでも良いという感じに、曹操は配下の1人于禁を呼んだ

 

「わしにとって劉琮など用の無い男。青州に行かせるまでもあるまい?」

 

曹操はニヤリと笑い、于禁を目で促した

それを察したのか、于禁は「分かりまして御座います」と一礼すると下がって行った

 

「・・・・・・・・・っ!?」

 

紗羅は曹操を見た

まさか・・・・・・

 

自分が恐ろしい事を考えていると自覚するが、この男ならやりかねなかった

曹操は立ち上がると

 

「さて、これから忙しいぞ。この荊州の土地の守りを固めねばならぬからな。暫くは、将の配置に忙しいからな」

 

そう言いながら、部屋から出て行く

紗羅と夏侯惇も無言のまま、その後に続いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「孟徳様!!」

 

部屋を出て少し、経った所で紗羅は声を荒げた

ここなら誰にも聞かれないから大丈夫だろう

 

「どうした?莉維よ」

 

曹操が不思議そうにこちらを見る

紗羅は息を飲み、先ほど自分が考えていた最悪の事態を想定して話す

 

「・・・・・・孟徳様は、劉琮、蔡夫人をどうするおつもりなのですか・・・?」

 

「・・・・・・どう・・・とは?」

 

曹操はフッと分かりきっているだろう?という感じに笑みを作った

紗羅はギュッと拳を握り締め

 

「・・・殺す・・・おつもりなのですね・・・」

 

「・・・・・・奴等はそなたの姿を見たのではないのか?」

 

「・・・・・・・・っ!」

 

冷酷なまでに低い声が廊下に響いた

曹操はフッと笑い

 

「元より、もう用の無い男よ。生かしておいても為にならぬ。蔡瑁も今はいずれは・・・な」

 

殺す――――

そう聴こえた

 

曹操はそう言い残すと、踵を返した

 

「待っ・・・・・・!」

 

「莉維」

 

肩に手を乗せられ、夏侯惇に止められる

 

「元譲様・・・っ!だって、劉琮はまだあんなに小さいのに・・・・・っ!!」

 

夏侯惇はプルプルと首を横に振った

 

「蔡瑁だって・・・見たって言っても・・・殆ど見えてないし、蔡夫人だって・・・・・・っ!」

 

ポロポロと涙が零れる

 

どうして・・・・・・っ!

 

いつか、曹操が言っていた言葉が蘇

 

 『そなたのその下の真の姿を見たものは敵、味方問わずに許さぬ・・・たとえ逃しても草の根を割ってでも探し出して今以上に残虐な殺し方をしてやろう・・・・意味がわかるな?』

 

私の・・・せいで・・・・・・

 

「っく・・・っ・・・・・うぅ・・・・・・っ」

 

紗羅は嗚咽を漏らしながら夏侯惇にしがみ付いた

涙が次から次へと溢れて・・・止まらない――――

 

「う・・・あぁ・・・・・・ああ・・・・・っ」

 

「莉維・・・」

 

夏侯惇の背を撫でる優しい手が、紗羅には辛かった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殿」

 

「おお、趙雲か」

 

劉備が待っていたかの様に振り返る

 

「趙将軍。首尾は?」

 

傍に居た、諸葛亮が趙雲に訊ねる

趙雲は手を合わせて一礼し

 

「上々です。全て諸葛亮殿の作戦通りに」

 

「そうですか」

 

諸葛亮は満足したかの様に羽扇をパサリと鳴らした

そして、劉備を見て

 

「殿。時期に、関羽将軍も張飛将軍も戻って来るでしょう。そうしたら、樊城に向かいます」

 

「・・・うむ」

 

劉備は樊城に向かう船を見た

新野に居た民や女子供達だ

彼らは劉備と一緒に行く事を望んだ

 

これから、最も過酷で苦難な道のりが待ち構えていよう等とはその時、誰も思わなかった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続

 

 

全然予定の所まで入りませんでした・・・(-_-;)

駄目だなぁ・・・上手くいかない・・・

 

名前の呼び名は久々に出てきたので一応、ルビをふっておきましたw

”そうこ”じゃなく、”そうし”です お間違えなく~

 

2009/01/13