◆ 天華天翔:1

 

 

夜だというのに、長江は赤かく染め上っていた

その河の上でごうごうと燃え盛る巨大な大船団

 

その火は、東南からの風にあおられ、瞬く間にこの大船団は火の海と化した

 

辺りは、煙と船団の燃える匂いが充満しており

至る所に、火の粉が散っている

 

凌統は、そんな火の海の中に一人立っていた

周りには、彼を狙う様に取り囲む敵兵の数々

 

「さて・・・・と」

 

そうぼやくと、獲物をヒュンッと軽く回した

ゆっくりと、周りを見渡し敵兵を吟味する

 

少し前、劉備が曹操により荊州を追われたという報が孫呉に届いた

次の曹操の狙いは、江東の地ではないか・・・・・・

という、まことしやかな噂が立ち始めたのはこの頃からだった

凌統などの孫呉の将兵も、その懸念を捨てきれなかった

 

そんな時、荊州を掌握した北の曹操がついに南下してきたのである

その圧倒的な兵力差に孫呉の内部は、降服論と主戦論に分かれた

 

そんな中に現れたのが、かの仁徳の人と呼ばれる劉玄徳の天才軍師

臥龍・諸葛孔明

 

彼は、あっという間に降服論と唱える孫呉の重臣を言い負かせ、孫呉の主・孫権に徹底抗戦を決断させた

 

そして、大都督となった周瑜率いる孫呉の船団と、曹操率いる大船団が激突したのが、この赤壁の地だ

 

だが、作戦は難航を示した

周瑜と諸葛亮

二人が提示した策は、“火刑“

しかし、これには二つ難点があった

 

一つは、風向きである

この時期、赤壁の地は常に北西の風が吹いていた

冷たく乾燥した風だ

 

このまま火を点ければ、北の対岸に布陣している曹操軍に有利な風となり

南に布陣している孫劉同盟軍の方に火が回ってしまう

 

しかし、諸葛亮はそれを祈祷により変えてしまったのだ

東南の風を起こしたのである

 

そして、もう一つ

どの時機に、何処で火を点けるか…

 

火を点けるにしても、時機と場所を誤っては効果半減である

敵の船団の近くで、一気に燃え広がる様にしなければならない

 

そこで、名乗り出たのが黄蓋だった

そして自ら曹操軍に対し偽りの降伏を仕掛けると

曹操軍が油断した隙をつき、油をかけ薪を満載した船に火を放ち敵船に接近させたのだ

曹操が気付いた時には、既に時遅し―――

折からの強風にあおられて曹操の大船団は瞬く間に燃え上がり、炎は岸辺にある軍営にまで達したのだ

 

こうなっては、曹操には勝ち目はない

曹操は、即座に撤退の指示を出すと、自身も対岸へと向かった

だが、この勝機を見逃す孫呉ではない

 

黄蓋は、そのまま烏林の曹操軍の本営まで攻め込んだ

 

凌統は、そんな黄蓋に同行していた

正確には、途中まで・・・だ

 

黄蓋が烏林を攻めている間、後から続いて来た孫呉の兵と共に燃える大船団の中で、曹操軍を足止めしていた

だが、迂闊にも味方の兵を庇い、利き足に傷を負ってしまったのだ

 

戦はあらかた、終息へと向かっていた

対岸を見れば、残っている曹操軍も残り少ない

そして、船団にいる者も、残りわずかとなていた

 

風のせいか・・・・

思ったよりも、火の回りが早い

 

味方の兵は逃がした

そろそろ、凌統も引かなければ、このまま曹操軍と心中する羽目になってしまう

それだけは、勘弁してもらいたかった

 

だが・・・・・・

 

「どうしたものかねぇ・・・」

 

少しも困った様には思えない口ぶりで、凌統はそうぼやいた

 

思ったよりも、怪我が尾を引いているらしく

この脚では、敵を蹴散らせながら退却するのは難しそうに思えた

 

このまま、曹操軍と心中って?笑えないっての

 

せめて、誰かの助けがあれば―――

 

そう思った時だった

 

ふわり・・・・・・と、柔らかな風が凌統の頬を撫でた

 

と、思った時だった

 

瞬間、凌統の横を何かが走り抜けた

 

「・・・・・・・・・・っ!?」

 

ぎょっとして、そちらの方を見ると―――視界に入るのは、鮮明な“紅”

それは、瞬く間に両の手に持っていた双剣を振りかざすと―――

 

「ぎゃぁ!」

 

「ぐぁぁ……っ」

 

あっという間に、目の前にいた曹操軍をなぎ倒してしまった

 

「・・・・・・・・・・」

 

凌統が、あまりの急展開に付いて行けずに唖然としていると

それが、ゆっくりと振り向いた

 

「・・・・・・・・・・っ」

 

凌統は、息を飲んだ

それは、美しい少女だった

 

整った顔立ちに、筋の通った鼻

さらさらと流れる、高く結い上げた絹糸の様な長い髪に

透き通るような、白い肌

そして、何よりも目を引いたのが、大きな蒼色と碧色の瞳だった

 

彼女の形のよい薄紅色の唇がゆっくりと動く

 

「貴方が、凌公績様?」

 

一瞬、問われたのが自分の名前だと気付かず、反応の遅れた

が、次の瞬間、ハッとして 慌てて言葉を連ねた

 

「あ、ああ。そうだけど・・・・」

 

それを聞くと、少女が一度だけ前を見た後、再度向き直り

 

「周瑜様の命でお迎えに上がりました。 ここは引き受けますので、どうぞお引きを」

 

「え・・・・? いや、でも、あんた・・・・・・」

 

引け、と言われても、こんな少女一人残していくには、流石の凌統も気が引けた

 

と、その時だった

曹操軍の一人が、彼女めがけて襲いかかってきた

 

「おい、あんた!! あぶな・・・・・・っ!!」

 

凌統が、そう言い終わるよりも早く

彼女は、兵を見る事もなく、一振り

 

ビュン…ッ!と、風が音を立てる

と、間髪入れずそのまま、一気に叩き伏せてしまった

 

「・・・・・・・・・・」

 

あまりの早業に、思わず言葉を失ってしまった

当の本人は、平然としたまま

 

「問題ありません。というか、早く引いていただけます? その足だと逆に足手まといなので」

 

と、何やらカチンと来ることを言われた気もするが…

彼女の言っている事は正しいので、反論出来ない

 

「・・・・・・分かったよ。 しゃくだけど、あんたの言う事は間違っちゃいないから、ここはその言葉に甘えさせてもらう」

 

凌統が観念した様にそう言うと、少女が蒼と碧色の瞳を一度だけ瞬かせた後、小さく息を吐いた

 

「賢明なご判断です。 ああ、私の連れて来た兵達も一緒に連れて行って下さい。 いないよりはマシでしょ」

 

話はそれだけ―――

と言うと様に、少女は再び曹操軍の方に向きなおした

 

凌統は、小さく溜息を付くと

 

「あんたも、無理するなよ」

 

そう言い残し、その場を離れる様に後退しだした

 

後ろの方で、剣戟の音が聴こえる

一瞬だけ、振り返る

 

彼女の長い髪が揺れていた

その髪は、まるでこの炎かと思う程に、赤く燃え上がっている様に見えた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ※               ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やー大勝利でしたな!!」

 

「まったくです」

 

柴桑の城の一角

わいわいと、皆が赤壁の大勝利を祝っていた

 

そう、赤壁は見事に孫劉同盟軍が勝利した

最初は、勝つ事など不可能と言われていた曹操の大船団に勝利したのである

しかも、完全勝利だ

皆が浮かれるのも無理がなかった

特に、黄蓋の手柄はそうとうなもので

それに微力ながらも加勢した凌統も誇らしげだった

 

凌統は酒を持つと、一緒に飲んでいた部下の元を離れ 上座に向かった

そこには、主である孫権や、周瑜・呂蒙・黄蓋なども揃っていた

 

「や、お疲れ様です」

 

そう言って、孫権から順番に杯に酒を注ぐ

 

「おお! 凌統。そなたもご苦労だったな!」

 

孫権に労いの言葉を貰い、凌統が笑みを浮かべる

 

「いえいえ、俺なんて黄蓋殿に比べたら全然」

 

「何を言うか、凌統! そなたの働きがあったからこそ、わしらは前線で思いっきり腕を振るえたというものじゃぞ!!」

 

わははははは!と笑いながら、黄蓋がバシバシと凌統の背を叩いた

 

若干…いや、かなり痛いが、ここは黙っておく

 

「うむ、紅夕からも聞いている。そなたの働きは見事だったと」

 

うんうんと頷きながら、周瑜が賛辞を述べた

 

“紅夕”

 

知らぬ名がでた

 

一瞬、誰だ? と思うも、ふとあの時の少女が脳裏を過ぎった

蒼と碧色の瞳をした、美しい少女

 

そういえば、彼女は周瑜の命で来たと言っていた

という事は・・・・

 

「あの、周瑜様。少しお伺いしたい事があるのですが・・・・・・」

 

凌統からの突然の問いに、周瑜が首を傾げる

 

「何だ?申してみよ」

 

「あ、はい。あの、赤壁で俺を助けに来てくれた子なんですが―――」

 

「ああ、紅夕の事か」

 

そこまで言い掛けた所で、合点がいったという風に周瑜がこくりと頷いた

 

やっぱり・・・・・・!

 

どうやら、彼女の名は紅夕と言うらしい

 

すると、周瑜が面白いものを見る様に口元に笑みを浮かべて

 

「なんだ、凌統。 紅夕の事が気になったのか?」

 

そう、冗談めかして問うてくる

 

言わんとする事の意味が分かったのか、凌統の顔がパッと赤くなった

そして、言い訳でも言っているかの様に慌てて手を横に振り早口で

 

「ち、違いますからね!! 周瑜様が考えている様な事じゃありません!! お、俺は・・・・っ! た、助けてくれた奴が何処の誰なのかと思って―――っ!!」

 

真っ赤な顔でそう言い募る凌統を見て、突然、周瑜や黄蓋達がぷっと吹き出した

 

「わははははははは!! 凌統は正直者じゃのうぅ!!!」

 

豪快に笑いながら、黄蓋がまたバシバシと背を叩いてくる

 

「ちょっ・・・・! そんなに叩かれたら痛いっですってば!!」

 

抗議するが、まったく意味を介していない

 

「そうかそうか、凌統は紅夕が気になるか。 ふふ、どうする呂蒙?」

 

「そうですなぁ・・・・どうしたものですかねぇ」

 

と、何やらにやにやしながら周瑜に話を振られた呂蒙が、顎に手をやりながら頷く

 

「ちょっ―――!! 周瑜様まで何言っちゃってるんですか!! ・・・・・って、え?呂蒙殿?」

 

何故、そこで呂蒙が出てくるのか

意味が分からない

 

だが、当人達には分かっているらしく

お互いに、顔を見合わせてにやにやと笑っている

 

何だっつーの?

 

周瑜は、くすりと笑みをひとつ零すと

 

「まぁ、面白い物も見れたし、教えてやろう。 紅夕は、呂蒙の姪御殿だよ」

 

「え…? 呂蒙殿の?」

 

「うむ。妃家に嫁いだ、一番上の姉上の娘だ。 名を、妃 紅夕という。 確か…歳は今年十七だったか…。 武芸にしか興味が無く、いささか協調性に欠けるが、腕は保障するので使って欲しいと姉上に頼まれてな」

 

どうやら、それで引き受けたらしい

 

呂蒙の縁者

 

ああ、だからか・・・・・・

 

と、納得してしまう

 

普通に考えたら、まったくの新参者が最初から周瑜に使われる筈がないのだ

だれかしら名のある武将や重臣の縁者でもない限り

 

「正確には、嫁ぎ先探しであろう?」

 

ふふふと、笑みを浮かべながら周瑜が問うと、呂蒙も困った様に苦笑いを浮かべた

 

「周瑜殿の仰る通りですな。 武芸にしか興味を持たない紅夕の一番興味ある事で本人を釣っておいて、実はそれなりの武将にでも見初められれば―――と、姉上の思惑はそんな所でしょう。 自分よりも、強い相手ならば紅夕も納得するかもしれませんしな」

 

困ったものです と呂蒙は頭をかきながら言った

だが、周瑜は気を悪くした気配もなく

 

「なに、使える者なら構わん。 少なくとも、彼女にはそのつもりがある様には見えぬしな」

 

「そこが、痛い所なのですがね」

 

と、談話を続けている

一向に終わりそうにないその会話に、凌統が少し躊躇いながらも口を開いた

 

「えっと・・・・・その紅夕って子は今どこにいるんですかね? この広間に見当たらないのですが・・・・」

 

一応、ここに来る前に広間をぐるっと見渡したが、あの美しい少女の姿はなかった

もしかしたら、この宴自体に参加していないのかもしれない

 

そう思ったが、答えは意外なほどあっさり返ってきた

 

「紅夕なら、広間を出て少し行った先にある庭園の見える石段の所で一人酒でもしているのではないか? あやつは、こういう人の集まる席は好まぬからな」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

外か・・・・・・

 

流石に、それは視野に入れてなかった
何故なら、今はもう十月も半ばで、外は肌寒くなってきているからだ

 

すると、周瑜がにやりと笑みを浮かべて凌統を見た

 

「おやおや、これは早くも候補その一が自分から寄って来たかな?」

 

「おお! それもありですな!」

 

周瑜と呂蒙の言わんとする事がすぐに分かり、凌統がまたパッと顔を赤らめる

 

「だから! 違いますってばっ!! れ・・・・礼! そう、礼を言いたいだけです!! 助けられたままじゃ気持ち悪いつーか・・・・・」

 

そう言い募るが、二人のにやにやは収まらない

凌統は、ますます顔を赤らめて

 

「と、とにかく外ですね!? 俺、行きますんで!」

 

それだけ言い捨てると、足早にその場を離れた

その後、周瑜達が笑っていたのは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まったく、周瑜様にも呂蒙殿にも困ったもんだぜ

 

明らかに自分をからかっていたであろう二人に、腹立たしくも思いながら、凌統は辺りを見渡した

呂蒙の言葉だと、彼女はこの辺に一人でいる筈なのだが―――

そう思って辺りを見回すと―――

 

「あ・・・」

 

柱の向こうに、それっぽい人影を発見した

 

あれか?

 

そう思って、その人影に近づく

そこには、片膝を立ててぼんやりと庭先を眺める一人の少女がいた

その横には、明らかな酒瓶の乗った盆と少しの灯り

 

どうやら、呂蒙の言った事は正しかったらしい

 

凌統はごくりと息を飲み、そっと彼女の近づいた

 

「あんたが、紅夕?」

 

そう語りかけると―――それまで庭先を眺めていた少女がゆっくりとこちらを見た

瞬間、凌統はどきっとした

あの時、燃える様な赤だと思っていた彼女の髪が違っていたからだ

 

蒼の様な、碧の様な、白銀の様な

不思議な色をしていた

 

どこかで見た事がある様な――――

そんな気がするのに、よく思い出せない

 

少女は、一度だけその蒼と碧色の瞳を瞬かせた後、またふいっと視線を庭先へ向けた

 

「凌公績様が、何の様ですか?」

 

丁寧語なのか、そうでないのか、いまいち微妙な言葉使いをした彼女は、凌統の事など興味ないという風に、またぼんやり庭先を眺めながら、杯に口を付けた

 

一瞬、むっとしてしまう所だが

そこは、大人になって対応する

 

「一人じゃつまんねぇだろ? 酒持って来たんだ、一緒にやらないか? それに、さっきの礼も言いたいしな」

 

そう言って極上の甘い笑みを見せる

凌統がこうすれば、大概の女は落ちる筈である

が・・・・・彼女の反応は、至って淡泊だった

 

もう一度、その大きな蒼と碧色の瞳を瞬かせた後、小さく息を吐き

 

「物好きですね」

 

そう言って、また静かに酒の入った杯に口付けた

どうやら、一応許可?は頂けたらしい

 

凌統は、紅夕の隣に座るとすいっと持って来た酒瓶を差し出した

 

「ほら、注いでやるよ。 光栄に思えよな? 俺が酌するなんてめったにないんだぜ?」

 

そう言ってニッと笑ってみせるが、やはり彼女の反応は淡泊だった

その大きな蒼と碧色の瞳を瞬かせた後、ぽつりと

 

「お酒なら、あるし」

 

「・・・・・・」

 

いや、彼女の言っている事は間違ってはいない

確かに、直ぐそこに酒瓶が一つある

が・・・・・・

 

ここで引けるかっての!!

 

「こっちは、それとは違って極上の杏露酒だって。いいから、飲んでみろよ」

 

そう言って、もう一度進める

すると彼女は少しだけ自分の持って来ていた酒瓶を見た後、すっと空いた杯を凌統の前に差し出した

それに満足したのか、凌統がその杯に持って来た杏露酒を注ぐ

 

紅夕は、一度だけその杯の中の杏露酒を見た後、くいっと一飲みした

 

「どうだ?美味いだろ?」

 

「・・・・・・まぁ、美味しいとは思いますけど」

 

あっさりと認めた所をみると、案外素直なのかもしれない

しかし・・・・・・

 

まぁ、確かに協調性はないかもな・・・・・・

 

と、呂蒙が言っていた事を思いだした

呂蒙は“少し欠けている”と言ったが、どっちかというと、“全くない”が正しいのではないだろうか

彼女からは、他人と合わせようとういう気配がまったく感じられない

現に今も、横に凌統がいるというのに会話の一つもしようとはしないのだ

 

普通なら、凌統が酌をした場合、向こうも酌を返してくれる筈―――なのだが

その気配は、まったく欠片も微塵も感じられなかった

それ所か、彼女は凌統の方を見向きもせず、一人 手酌で酒を飲んでいる

 

いや、だが、ここで下がっては凌公績の名がすたる!

 

「自己紹介まだだったよな? 俺は凌公績って言うんだ。 あんたは妃 紅夕って言うんだよな?」

 

と、気を取り直して、基本から攻めてみる

だから? と突っ込まれたら、そこで終わりなのだが・・・・

意外にも彼女は反応をみせてくれた

 

「・・・・・・誰に聞いたんですか? 周瑜様? それとも蒙兄様?」

 

お・・・・・・

予想外の反応に、凌統の顔が綻ぶ

 

「両方・・・・かな? あんたが、呂蒙殿の姪御だって聞いた」

 

凌統のその言葉に、紅夕が小さく息を吐いた

 

「・・・・・・余計な事を・・・」

 

紅夕は、そう呟いていたが

そこは、あえて聞き流しておく事にする

 

「とりあえず、礼を言わせてくれ。 紅夕、赤壁の時はありがとな。助かったよ」

 

凌統のその言葉に、紅夕が蒼と碧色の瞳を瞬かせた

瞬間、かぁっ・・・と彼女の頬が薄っすらと朱に染まる

それから、ふいっとそっぽを向く様に顔を背けた

 

「・・・・・・私は、命に従って凌公績様を助けただけですから」

 

淡泊にそう言うが―――彼女の赤い頬が全てを物語っていた

紅夕の表情にはあきらかな戸惑いの色が見て取れた

恐らく、礼を言われる事に慣れていないのだろう

 

「・・・・・・・・・・」

 

予想外の紅夕の反応に、凌統の心が浮足立つ

 

やばい…なんか、めちゃくちゃ可愛いんですけど・・・・・・っ

 

思わず顔が笑いそうになるのを、必死に押し留めた

 

しかし、見れば見るほど美しい少女だった

整ったその顔立ちも、真珠の様に透き通った白い肌も、宝玉の様な大きな蒼と碧色の瞳も

そして、何よりも目を惹くのが彼女の髪の色

蒼とも碧とも白銀ともとれる、美しい極上の絹糸の様に流れる様な髪

 

思わず、“触れてみたい“と、思わせる程の美しさ

 

これで、嫁の貰い手がいないとか、冗談だろう?と言いたくなる

黙って、静かに佇んでいれば、いくらでも言い寄る相手が寄ってきそうだ

 

だが、少ししか関わっていない凌統にも分かる

彼女は決定的に、何かが欠けている

協調性うんぬんの前に、もっと別の何かが

 

そして、凌統でも予想出来る

言い寄ってくる相手を、意味も分からず一刀両断にする紅夕の姿が

 

別段、深い仲になりたいと思った訳でもないが・・・・・

ここは、慎重に行けって事だよな?

 

と、長年培ってきた凌統の勘がそう囁く

 

「と、とりあえずさ、その“凌公績様”っての止めにしないか? なんか、姓と名を同時呼びされるのって、変な感じだし…。 凌統でいいって」

 

ここで急に“公績がいい”などと欲を出して字呼びを求めては駄目だ

順番にいかなければ

 

すると彼女は、凌統の言い分に納得したのか…

 

「・・・・・・では、凌統様で宜しいですか?」

 

「・・・・・いやー“様”も要らないんだけど・・・」

 

と言ったが・・・・・・

 

「それは、馴れ馴れし過ぎます。 私と貴方は知り合ったばかりだというのに、おかしいのでは?」

 

と、きっぱり断られた

 

「・・・・・・・・・・」

 

うーん

この場合は、ここで折れるしかないのか・・・・・・

 

そう思った時だった

 

「お! 紅夕!! こんな所にいたのかよー! 探したぜ!!」

 

と、何やら騒がしい声が聴こえてきた

聴くからに、耳障りなほど煩い声だ

 

この声の主は、間違いなく・・・・・

 

そう思って、バッと凌統が振り返ると―――金髪半裸に入れ墨の男がニッと笑いながら手を振りってやってきた

 

「甘寧・・・・・・っ」

 

そこには、凌統の永遠の宿敵・甘興覇がいた

甘寧は、凌統の父・凌操を殺した

つまりは、親の仇だ

あの時は、敵対していたとはいえ、許せる行為ではない

甘寧が、その後孫呉に迎え入れられる時も、凌統は納得出来なかった

 

だが、甘寧は凌統を気にも留めずに、そのまま紅夕の傍までやってきた

 

「てめぇは、相変わらず一人でちびちびやってんのな」

 

そう言って、けらけらと笑いながら、ぽんぽんと紅夕の肩を叩いた

 

いや、俺もいるんですけど・・・・・・っ!

と、言いそうになるのを、ぐっと堪える

 

紅夕にきっぱりと追い払われればいいと思った

が・・・・・・

 

「興覇、飲み過ぎではないの?」

 

彼女はそういいながら、すいっと甘寧の手を肩から退ける

 

「な・・・・っ!?」

 

が、凌統にはそんな事どうでもよかった

今、彼女は何と言ったか・・・・・・

 

興覇・・・・・だって・・・・っ!?

 

今、確かに、彼女は甘寧の事を“興覇”と名ではなく、字で呼んだ

自分は、“様”付なのに、甘寧如きが字呼びされているなんて・・・・・・

 

何なんだよ、この差は・・・・・・っ!!

 

馴れ馴れし過ぎるとか

知り合ったばかりでおかしいとか言ってたのは、どの口だってーの!!

 

いや、それ以前に・・・・・・

 

ギッと、凌統は甘寧を睨みつけた

 

あの甘寧の馴れ馴れしい話し方

紅夕もうんざり顔だが、嫌がっている風にはみえない

 

なんか、ムカつくんですけど・・・・・・っ!!

 

馴れ馴れしさうんぬんよりも、相手が甘寧という所が特に癪に障った

 

「ちょっと、甘寧。 俺もいるんだけど!?」

 

苛々した声でそう叫ぶと、甘寧がにやりと口元に笑みを浮かべる

 

「なんだぁ~? 凌統。相手にされなくて拗ねてんのか?」

 

「あんたと、一緒にするな! 大体、あんたが後から邪魔してきたんだろっ!!」

 

凌統のその言葉に、甘寧がますます口元の笑みを深くする

いや、もうにやけるの方が正しい

 

「なんだよー紅夕を取られて拗ねてんのかよ。 わりぃわりぃ」

 

「な・・・・っ! 違うっての!!」

 

全然悪びれた様子のない甘寧に、凌統が怒鳴り散らした

 

「す・ね・ん・な・よv」

 

甘寧がにや~と笑って、ぽむっと凌統の肩に手を置く

が、凌統は思いっきりその手を弾いた

 

「気安く触んな!!」

 

「お~こわ」

 

甘寧が、手をひらひらさせながら、おどけた様にそうぼやいた

そして、紅夕の傍までやって来ると、耳打ちする様に

 

「な、紅夕。凌統って俺に対して酷くね?」

 

「おい!」

 

そこで、紅夕にまで「酷い」と言われたら、流石の凌統も立ち直れない

だが、紅夕は同意する事も、批判する事のなく、ただ蒼と碧色の瞳を瞬かせた後

 

「今のは興覇が悪いのでは? 自業自得だと思うけれど」

 

まさかの紅夕の反応に、凌統が目を見張る

が・・・・・・

 

「なんだよー、紅夕は凌統の味方か? 凌統なんてやめとけやめとけ。もっと、他にいい男探せよ」

 

と言いながら、甘寧が紅夕の肩をぐいっと抱いた

瞬間、甘寧の言葉と態度に凌統の怒りが沸点に到達した

 

「てっめぇ―――!!! もう一度、言ってみやがれっ!! つか、紅夕に障んな!離れろっ!!!」

 

頭上で醜い攻防が始まったのを横目に、紅夕は無関係の様に小さく息を吐いた

 

・・・・・・静かにして欲しいのだけれど・・・」

 

と、呟きながら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続

 

 

今年、最後の最後で まさかの凌統www

ええ…ここ最近、どっぷり無双(NEXT&OROCHI2)やっていたので

間違いなく、その影響ですかね(笑)

や、でも、まだ凌統を旦那にした事は無いけどな!←NEXTは争覇で婚姻がある

 

夢主の髪の色

あれは、とあるものを例えた色となってます

まぁ、それが何なのかはその内…

勘の良い方なら、、あれだけで分かるかも?

 

甘寧ですが…

この時点では、まだ仲良くない筈…?でいいんだよね?

彼らが打ち解ける?のは、合肥前だと判断しておりますが…あ、演義ではな

間違ってるかな?

スマン…呉は詳しくなくって…(-_-;)

 

2011/12/31