群青-蒼嘩月影- 

 

 我は欲す 闇夜の瞳を 3

 

 

 

「お父様・・・・・・? 大丈夫?」

 

小さな手が、そっと父の手に触れた

その手は、ごつごつとしていて、“働いている人”の手だった

 

「朔夜・・・・・・、そろそろ、ここを出て違うところで商売をしようと思うんだ」

 

「え・・・・・・?」

 

突然の父からの言葉に、幼い少女―――朔夜がその翡翠色の瞳を瞬かせる

 

「そう、なの? ここじゃ、だめ――なの?」

 

幼い朔夜がそう問うと、父は苦笑いを浮かべて

 

「う~ん、ここもいいところなんだけどね。 でも―――父さんは、もっと西の方の流通を出来る手段を探したいんだ」

 

「にし・・・・・・?」

 

「そうだよ、荊州の更に向こうの西蔵などから、流通出来たならば凄いと思わないかい?」

 

「せいぞう・・・・・・???」

 

「そうだよ、荊州の更に西にある、こことは違う国だよ。 父さんはね見てみたいんだ。 西蔵にはきっと見たことない物が沢山あるよ」

 

そう語る父の顔はとても、老年の顔ではなく、十代の青年の様なわくわくした様な顔をしていた

 

「だから、朔夜には大変かもしれないけれど、父さんと一緒に行こう」

 

そう言って、父が朔夜の髪を撫でる

そんな朔夜に拒否する権利はなかった

それに、そんな青年の様な父が大好きだったから・・・・・・

 

朔夜は、迷わず頷いたのだった

 

だが、この時既に歯車が狂いだした事に、まだ気づくことはなかった――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――なつかしい、夢を見た

まだ、成都に行く前の時の夢だ

あの時は―――最初どこにいたのだっただろうか

 

元々、父は交易商であっちこっち移住していたので、この会話をしたとき

何処の土地にいたのか、よく覚えていない

 

ただ、とても何か寂しかった様な気がする

何故、寂しかったのかは、わからない

 

ただただ、何かが――――・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

はぁ・・・と、ため息を洩らすと、朔夜はゆっくりと寝台から起き上がった

曹魏の捕虜になってから、既に数日が経過していた

 

部屋から出たくとも、部屋の前には衛兵

唯一の開いているのは露台へ続く開扉だけだが

 

この部屋は予想外に高い位置にありすぎて

降りられなくはないが・・・・・・降りたところで、辺りを見回っている衛兵に見つかるのが、目に見えていた

それぐらいこの部屋の配置は、監視――――言い方を変えれば見張るにはもってこいの部屋だった

逆に、賓客を迎えれば警護がしやすい配置と間取りになっているのだ

 

だが、別に自分は賓客ではない

ならば、監視しやすい部屋に押し込まれた―――と、思うのが妥当だろう

 

しかし、流石にここ数日、何も出来なくて、なんだか落ち着かない

身体を動かしたくとも、部屋の中で出来る鍛錬などたかが知れている

だが、このままでは身体が鈍ってしまう

せめて、槍だけでも――――・・・・・・

 

そこまで考えて、朔夜ははっとした

 

「あ…れ? 私の槍は――――」

 

そうだ、いつも肌身離さずもっていたあの槍がないのだ

と、そこまで考えて

 

普通に考えて、捕虜の武器は押収されるのが当たり前だ

だが、あの槍は・・・・・・

 

あれは、城に上がって趙雲に指南して貰った時

初めて1本取れた時に、頂いたものだ

 

あれだけは、あの槍だけは――――なくせない

 

どうにか言って返してもらえないだろうか・・・・・・

そんなことを考えるが、それは、普通に考えれば無理に等しかった

 

その時だった

扉を叩く音が聴こえた

返事をすると、水差しを持った少し幼げな少女が入ってきた

 

「おはようございます。 朔夜様」

 

そう言って、その少女はにっこりと微笑んだ

彼女の名前は「愛鈴」

曹丕の指示で私の世話係―――とどのつまり、侍女を任されたらしい

 

何故、捕虜に侍女??

という、疑問は早々に捨てた

 

世話係は要らないと答えると、愛鈴は泣きそうになるし

呼び方も「様」は要らないといったのに、頑なにそれだけは出来なという

 

自分は捕虜の筈なのに・・・・・・

この扱いは何なのだろか?

と、疑問しか浮かばない

 

曹丕は曹丕で、なんだか無駄に触れてくるし・・・・・・

なんというか、これでは捕虜ではなく―――――・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

そこまで考えて、考えるのをやめた

脳裏に浮かんだ言葉を、気のせいだと自分に言い聞かす

 

気のせいよ

そう―――気のせいなはず

 

なん、だ、けど―――――・・・・・・・・・・・・

 

ちらっと、横を見ると、愛鈴いそいそといつもの様に衣装を選んでいた

 

「朔夜様、本日のお召し物はいかがいたしますか?」

 

そう愛らしく言われても、朔夜は困ったように

 

「えっと、ね、毎朝言うのも、あれなんだけれど・・・・・・私は、そんな豪勢な衣は似合わないし、着る気もないから、仕舞ってくれる? 動きやすい格好の方が好きなの」

 

「ですが――――」

 

「後、身の回りの事も必要最低限で大丈夫だから。 自分の事は自分で出来るし・・・・・・それに、曹丕になんて聞いているか知らないけれど、私は”客将”でもなんでもないの。 だから、本当なら誰かに世話される理由もないの―――――って」

 

見ると、愛鈴がその瞳に涙を目一杯浮かべて、今に泣き声を上げて泣き出しそうだった

ぎょっとしたのは、朔夜だ

 

きつく言いすぎたのだろうか

慌てて愛鈴に駆け寄ると

 

「な、泣くことでもないでしょ!? も~なんでそんなに世話がしたいの? 愛鈴みたいな可愛い子なら侍女なんてしなくても、逆に―――その、どっちかというと される側でしょう? なのに、どうして―――」

 

そうだ

宮中に使える侍女に平民は少ない

どちらかというと、身分は低くとも良家の子女が多いはずだ

だが、曹一族の関係者にかかわる者なら、それなりの身分の者が多いはずだ

少なくとも、愛鈴を見ていれば分かる

まさに、「箱入り」といった感じで、身分もそれなりにある家の子女である事が容易に想像出来る

 

商家生まれの平民出の朔夜からしたら、とてもじゃないが想像の範疇を超えている

 

愛鈴は嫌じゃないのだろうか?

仮にも敵国の捕虜の世話など・・・・・・

 

そう思うも、それは流石に怖くて聞けなかった

 

もしかしたら、捕虜という事を知らされてないのかもしれない

ううん、その可能性の方が高かった

かといって、自分から言うのもなんだか憚られた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

困った・・・・・・

殆ど、泣かしてしまったにも等しい愛鈴に、どう接していいかわからない

 

その時だった

 

「侍女苛めか・・・・・・? それは、感心せんな」

 

不意に、扉の方から声が聴こえた

曹丕だ

 

朔夜は慌てて

 

「人聞きの悪い事言わないでよ!!」

 

と、叫んだ

そして、つかつかと曹丕に近づくと、小声で

 

「ちょっと、あの子・・・・・・その、どうにか任を外せないの?」

 

「・・・・・・? なんだ? あの娘が、お前に粗相でもしたのか?」

 

「違うわよ!! そう言う意味じゃなくて――――ああ、もう!!」

 

なんでこう説明しなくてはいけないのか

曹丕なら少し考えればわかりそうなものを・・・・・・

 

曲がりにも自分は彼女にとって敵国の人間なのだ

そんな人の傍に居るのは、彼女としても本位ではないだろう

 

「えっと、だからね・・・・・・ああ、もう! ちょっと、こっち来て!!」

 

そう言って、無理やり曹丕の腕を取り部屋に隅に行く

 

「ふっ・・・・・・、今日はやけに積極的だな」

 

などど、ふざけた様な事を言うので、キッと曹丕を睨んだ

 

「いいから、ちょっとこっち!!」

 

そして、愛鈴から視角で見えない位置まで行くと、その手を離した

 

「あのね、私は――――」

 

そう言い掛けた時だった

不意に曹丕が、しっと人差し指を立てた

 

え・・・・・・?

 

突然のその行動に、朔夜がその翡翠色の瞳を瞬かせる

 

何・・・・・・?

 

曹丕が何かを示すようにくいっと顎をしゃくった

思わず、それが示す方法を見る

すると、そこには無表情の人形の様な愛鈴の姿があった

 

え・・・・・・

 

なにか、違和感を覚え 朔夜が顔を顰める

 

な、に・・・・・・

何か変だ・・・・・・

 

まるで、朔夜が視界からいなくなると、突然表情が消えた

そう―――言い換えるならば、“朔夜”にだけ反応を示しているかのように―――・・・・・・

 

ふと、曹丕を見る

すると曹丕は小さく頷く

 

「・・・・・・少し待っていて」

 

そう言って、曹丕を残し愛鈴の元へ行く

瞬間、スイッチが入ったかのように愛鈴がぱっと顔を綻ばせて駆け寄ってくる

 

「朔夜様!!」

 

これ、は――――・・・・・・

 

朔夜は少し考え

 

「えっとね、後で呼ぶから・・・・・・その、お茶の用意してもらえる? 愛鈴の淹れたお茶飲みたいし」

 

そう、申し訳なさそうに言うと、愛鈴がぱぁっと顔を明るくさせ

 

「は、はい! お任せください!!」

 

そう言って、ぱたぱたと扉の方に駆けっていく

 

「では、一旦失礼いたしますね?」

 

そう言って、部屋から出ていく

扉がぱたんと閉められた後、朔夜は扉の外の気配を探った

 

監視以外の気配はない

愛鈴はどうやら、行ったようだった

 

「これでいいんでしょ?」

 

朔夜が声を大きめに出して曹丕を呼ぶ

すると、曹丕は何事も無かったかのように、部屋の隅からこちらに向かってきた

 

「どういうこと? あの子―――なんか、おかしかったけれど・・・・・・」

 

そう尋ねると、曹丕は少し考えるそぶりを見せ

 

「ああ、あの娘は・・・・・・元々 私の元に遣わされた娘だ」

 

「はぁ・・・・・遣わされたって・・・・・・・」

 

 

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「え? ・・・・ええ!!?

 

 

 

 

え? それってつまり――――・・・・・・

愛鈴は曹丕の・・・・・・?

 

まさかの、事実に朔夜が卒倒しそうになる

 

いや、まてまてまて

なんで、その子が自分の所の侍女に回されているのだ!!?

 

まったくもって意味が分からない

 

「あの娘の正式な名前は、陶 愛鈴。 陶謙の孫娘だ」

 

「え・・・・・・、陶謙って、劉備様に徐州を譲った人・・・・・・よね?」

 

確か、麋竺に劉備に徐州を譲ると遺言を残して亡くなった人だ

でも、劉備は陶謙には二人の息子がいた為、自分が徐州牧になるのはおかしいと、何度も断っている

しかし、その時 徐州は曹操に攻められており、その息子たちにそれを制する力はなかった

だから、陶謙は亡くなる時 州牧に劉備を推挙したのだ

 

でも―――・・・・・・

 

あれ、待って

どうして徐州は曹操に攻められたんだっけ・・・・・・?

 

「確かに、劉備にとっては恩ある人物かもしれん。 しかし、わが父にはそうではなかった」

 

「・・・・・・どういうこと?」

 

「陶謙の配下が、わが父の父―――つまり、私の祖父に当たる曹嵩を殺したのだ」

 

「え!?」

 

「だから、父は激怒し徐州を攻めた。 つまり、我ら曹一族にとっては敵なのだ」

 

「・・・・・・・・・じゃぁ、愛鈴は・・・」

 

「その息子の娘になる。 陶謙には陶商と陶応という二人の息子がいたが、どちらも無能だったが故に官吏にも付かせていない。 だから、陶謙は徐州牧を息子には継がせず、劉備に任せようとしたというのが事実だ」

 

「待って、なんで愛鈴がそこに出てくるの!?」

 

「面白くないからだろう。 確かに徐州にしてみれば劉備はわが父の猛攻を防いでくれた恩人かもしれぬ、しかし、その為に自分たちは牧にもなれなかった。 ―――これが、面白いわけがない。 だが、劉備の周りは既に関羽や張飛などで固められていて手が出せぬ。 しかも娘を使おうにも年が離れすぎていて違和感を相手に思わせただろうな」

 

「・・・・・・劉備様には迂闊には手が出せない、でも、曹操ならば―――」

 

「父だと、劉備と同じで年が離れすぎているし、そもそも父の好みとする娘ではない。 そこで二人は考えたのだろう――年齢的にも違和感なく近づける人物として・・・・・・」

 

 

 

 

「――――曹丕を選んだ」

 

 

 

 

にやりと曹丕がその口元に笑みを浮かべる

 

「――――愚かにも、私を、な。 滑稽で笑しか出ぬがな」

 

娘を使って曹一族に近づき・・・・・・、運よく気に入られれば、内部に入り込める

そうすれば、曹操を討つことだって――――

 

「―――可能、と 考えたのだろうが・・・・・・生憎と、そう事は運ばなかった」

 

「曹丕が気に入らなかったから?」

 

「・・・・・・それもあるが、陶の性を持つ者の時点で、受け入れ難いな。 本人は知らぬようだがな・・・・・・・・

 

「え? どういうこと?」

 

「―――あの娘には、呪い師による暗示が掛けられている。 私や父に過敏に反応するようにな。 だから、自分が陶性という事も覚えていない・・・・・・。 見ていれば分かる、演技ができる様な器用な娘ではない。 だから、その関係者にも過敏に反応する―――お前などにな」

 

「あ――――・・・・・・」

 

じゃぁ、さっきの違和感は・・・・・・

 

「逆に、周りに関係者が一切いなくなると無反応になる。 暗示のせいでな」

 

なんだか、話を聞いているとふつふつと怒りがこみあげてくる

要は親の都合で、意に添わぬ扱いを受けているという事だ

しかも、本人には暗示までかけて

 

「・・・・・・その馬鹿二人、今すぐとっちめに行きたいんですけど」

 

「それが出来たら、苦労はしない」

 

「居場所、分からないの?」

 

「今、調べさせている。 ―――その間、あの娘の相手をしていろ」

 

「それは構わないけれど・・・・・・なんで、私なの? ああ、もしかして捕虜だから? 捕虜なら万が一死なれても困らないから―――」

 

そこまで言いかけた時だった、不意に曹丕の手が朔夜の頬に触れた

 

え・・・・・・

 

一瞬、何故そんな行動に出たのか読めずに、朔夜が困惑の色をその瞳に示す

 

曹丕はすっと、顔を近づけると囁く様に

 

 

 

「―――お前にだから、任せるのだ」

 

 

 

「え・・・・・・そ、うひ?」

 

それはどういう――――と、問う前にその言葉が遮られる

 

一瞬

触れるだけの口づけ

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

朔夜が思わず、その翡翠の瞳を大きく見開いた

 

 

 

「―――死ぬことは私が許さん」

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

まさかの曹丕からの言葉に、朔夜が今度こそ言葉を失った

 

 

 

 

「――――あの娘を、助けてやれ」

 

 

 

 

それが、曹丕からの言葉だった――――・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

んんん???

なんか、全く違う話になってきたよwww

まぁ、最初だからな~こんなもんよね(原型? そんなものありません(`・∀・´))

この後の<我は迎える 反する咎人を>はこれまた、ややこしい話になってますけど…

こっちもややこしくなってしまったwwww

まぁ、いいや~

 

前:2008.09.08

※改:2020.10.01