漆ノ題 色彩の題

 

◆ 03:桜色の恋 / 始まりの季節に咲いた花

 (薄桜鬼SSL:『櫻歌日記』より、土方歳三

 

 

あの日――――・・・・・・

ただの“偶然”だと思っていた

 

出会ったのも、名前を知ったのも“偶然”だと思っていた

その時だけ

その時だけの、最初で最後の出逢いだと思っていた

 

それなのに――――・・・・・・

 

“彼女”は再び、自分の前に現れた

しかも、学園の生徒として

 

まさか、と思った

 

年に割に大人びた雰囲気の彼女を見つけるのに、そう時間は掛からなかった

いや、直ぐ視界に入った

 

桜吹雪の降る4月

この学園の象徴である大きな桜の木の下に彼女はいた

 

ぼんやりと、桜の木を見つめていた

まるで、そこにいるのが“当たり前”の様に

 

ただただ、そこに立って桜を見ていた

それがとても神秘的で、話しかけるのを忘れるぐらい

 

そんな彼女に見惚れるぐらい目が離せなかった

 

さらさらと流れる艶やかな漆黒の髪

透き通るような白い肌

そして、ひときわ目を惹く、真紅の瞳――――

 

全てが、神様からの“贈り物”の様な

そんな雰囲気が、彼女から感じられた

 

話しかける事など――――出来る筈がなかった

 

その時、ふと彼女が――――さくらが、こちらを見た

自分を見るなり、その真紅の瞳を大きく見開いかと思うと、優しく微笑んで

 

「土方さん・・・・・!」

 

嬉しそうにそう自分の名を呼び、花の様に顔をほころばせた

 

「また、お会いできるなんて・・・・嬉しいです」

 

そう言って、駆け寄ってくる

 

「さくら・・・・・・? お前・・・・・・なんでここに」

 

自分がそう尋ねると、さくらはサプライズが成功したかの様に、くすっと笑った

 

「ふふ・・・・・・土方さん、いえ、土方先生を驚かせようと思いまて」

 

そう、彼女はこの学園の制服を着ていた

ネクタイの色からして、今年入って来た新入生と同じ色――――

それはつまり・・・・・・

 

「この学園に入学したのか・・・・・・」

 

まさかの事実に、驚きを隠せずにいると

さくらは「はい」と笑いながら答えた

 

そして、再び桜の木に視線を向けて

 

「やはり、ここの桜は素敵ですね。 とても綺麗・・・・・・」

 

そう言って、目を細める

 

「あ・・・・・・」

 

さくらが何かを思い出したかのように声を洩らす

 

「そういえば、あの後なのですが・・・・・・」

 

「あの後?」

 

「はい、昨年土方さんとお会いした後です。 あの時お父様にお願いしてうちの庭にも桜を植えさせて頂いたのです。 ・・・・・・気候的に上手く咲くかはわかりませんけれど・・・。 でも、咲いたらきっと綺麗だろうなって」

 

「気候・・・・・・?」

 

日本ならばどこでも時期はズレていても咲くであろう桜だ

なのに、気候を気にするのが引っかかった

 

だが、そんな彼にさくらはすっと丁寧に頭を下げた

 

「あの時は、急な呼び出しの為にご挨拶もまともに出来なくて申し訳ありませんでした」

 

そう言って、膝を曲げて小さくカーテシーの仕草をした

 

「改めて、ご挨拶申し上げます。 私は、ブラッド・フェラージーンの娘。 さくら・アシュリー・八雲・フェラージーンと申します」

 

「フェラージーンって・・・・・・」

 

庶民の自分でも聞いた事がある

アメリカのニューヨークシティに大きな本社ビルを持つ多国籍大企業(コングロマリット)だ

世界ニュースによく名前が挙がっている

 

なんでも、現在の総帥のブラッド・フェラージーンはかなりのやり手で

色々な事業展開をし、成功を収めている第一人者だ

 

そのブラッドが父だと・・・・・・?

という事は、こいつは・・・・

 

つまり、さくらはそこらのお嬢様とか言うレベルではなく、世界的なお嬢様と言える

が・・・・・・

 

正直、自分にはその規模も、世界規格も分からないし

比較対象もいないので、イマイチぴんっとこなかった

 

“フェラージーン”の名前を聞いても、特に動じた様な態度を見せない土方に

さくらは少しほっとしたのか、顔を綻ばせ

 

「やはり、土方さんは変わっています」

 

「変わってる?」

 

「はい――――皆、私の本名を聞くと態度が変わってしまう方々が多くて・・・・・・、だから、賭けだったのです。 貴方様が私の本名を聞いてどう変わるのか――――と」

 

ざあああ・・・・・・

 

と、風が吹いた

 

「・・・・・・もし、俺の態度が変わるんだったらどうするつもりだったんだ?」

 

「・・・・・・その時は――――」

 

さくらが、桜の木を見上げた

風が彼女の髪を揺らしていた

 

「賭けは、私の負け。 その場合、このまま国へ帰る事になっていました」

 

「帰るって・・・・・・」

 

 

「私、今回の件で父に幾つか条件を付けられているのです。 その条件のうちの1つです。 “もし、その者がフェラージーンの名を聞いて態度を変えるならば、お前は負けを認めて大人しく帰ってこい” ――――それが、父の最初の出した条件です」

 

そう言って、さくらは寂しそうに笑った

もし、“フェラージーン”の名に土方が臆したり、目の色を変えるようならば

きっと、それまでだったのだろう――――・・・・・・

 

でも、彼は違った

動じる事も、目を輝かす事もなかった

ただ普通に、単なる話の様に聞いていただけだった

 

「お、おい」

 

不意に、土方がさくらを見て心配そうに手を伸ばしてきた

 

「あ・・・・・・」

 

知らず、さくらはその真紅の瞳から涙を流していた

 

「す、すみません・・・・・・安心したら、つい・・・」

 

「だからって、泣くやつがあるか」

 

そう言って、そっと伸びてきた土方の手がさくらの涙を拭う

 

「・・・・・っ、う・・・・・・」

 

だが、一度流れた涙は中々止まってくれそうになかった

すると、土方が諦めにも似た溜息を洩らしたかと思うと

 

不意に、ぐいっとさくらを引っ張った

 

「あ・・・・・・」

 

そのまま土方の腕に包み込まれる

 

「ひ、じかたさ・・・・ん・・・・・・」

 

「今、だけだ。 次にあったら生徒と教師だからな」

 

「・・・・・・っ、はい・・・・」

 

桜の花びらが、はらはらと二人を祝福する様に舞う

 

最初で最後かもしれない――――

土方の腕の中で、さくらはそんな風に思いながらゆっくりとその真紅の瞳を閉じたのだった――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SSL編の書かれていない冒頭の入学式の話です

本編では、2年生からスタートなので、書いてませんwww

深い意味はない!!

 

 

2022.12.20