和風10題

 

 02:歌声甘く宴 

(刀剣乱舞:『華ノ嘔戀』より:燭台切光忠)

 

 

「ばれん、た、いん……?」

 

聞き慣れない言葉に沙紀がきょとんと、その躑躅色の瞳を瞬かせる

それとは裏腹に、目の前のこんのすけは 「はいっ!!」 と、嬉しそうに尻尾をぱたぱたとぱたつかせながら

 

「主さま! 今年の ばれんたいん は、どなたに ちょこ をお送りするのですか? やはり、鶴丸殿ですかねぇ~。 いやいや、ここはもしや…三日月殿や山姥切殿という可能性も…!!」

 

「あ、あの…」

 

「はっ…! 燭台切殿や一期殿も十分にあり得ますな!! それとも、大穴で甘党っぽい大倶利伽羅殿にしますか?」

 

「えっと…こんのすけ…?」

 

「いやいや、わたくしめは、別に ”欲しい!!” などと申している訳では御座いませんぞ!? た、ただ…その…ちょこ~~と、ご相伴に預かれたらなぁ~と…思いまして~~」

と、もじもじとまでし始めた

その様子に、思わず沙紀がくすりと笑みを浮かべる

 

「こんのすけは、チョコレートが食べたいのね?」

 

とりあえず、こんのすけがチョコレートを食べたいというだけはよくわかった

沙紀のその言葉に、こんのすけが慌てて首を振る

 

「そ、そんなつもりは……っ た、食べたいです………」

 

否定しかけたが欲望が勝ったのか…

最後にはしゅんっとうな垂れて認めてしまった

 

その様子に、沙紀がくすくすと笑いだす

 

「ふふ…正直なのね」

 

そんなこんのすけが、可愛く見えて沙紀はくつくつと笑いながら

 

「でも、ごめんなさい…今、何も持ってないのよ…そうね、厨に行けばあるかも―――……」

 

もしかしたら、燭台切が買って置いているかもしれない

そう思って見に行こうかと立ち上がろうとした時だった

 

「え? 主さま、今日は十四日ですよ?」

 

「………え?」

 

言われる意味が分からず、沙紀が首を傾げる

そして、机に置いてあるカレンダーを見る

確かに二月十四日の様だ

 

「そうね…2月14日ね…??? どうかしたの、それが…」

 

不思議そうにそう問う沙紀に、こんのすけが驚愕の顔をする

 

「あ、あああ、主さま…? 今日が何の日か…ご存じ…ない!!!?」

 

ピシャーンと稲妻が走った様に、こんのすけが愕然とする

その様子に、沙紀が 「え…? 今日…??」 と素で返してきたものだから、こんのすけはものすごい形相で

 

「主さま!! お座りください!!!」

 

と、びしぃっと床を叩いた

突然、お説教モードのこんのすけにびっくりして、沙紀が慌ててその場に座る

 

「主さま!!!」

 

「は、はい…」

 

「本日は、”ばれんたんでー” という女性が好きな男性の愛を告白する日でございますよ!!!」

 

「え……」

 

今、こんのすけは何と言ったか…

”女性が好きな男性に愛を告白する日”……?

 

え……好きなって……

一瞬、脳裏に鶴丸の姿が過ぎるが―――――……

 

「こ……こく、はく……?」

 

告白と言ったか

それはつまり……

 

……………

……………

…………………

 

 

「ええええええええええええ!!!!?」

 

 

 

 

今までに出した事のない位大きな声で、沙紀が叫んだ

一瞬にして沙紀の顔が真っ赤に染まって行く

 

ぱっと、慌てて赤い顔を手で押さえると、沙紀はふるふると顔を横に振った

 

「無理! 無理です!! 告白なんて…そんな……っ」

 

言える筈がない

想像しただけで、顔から火が出そうだ

 

「なんでも、この日の本の国では ”ばれんたいんでー” には ”ちょこ” を渡すのが風習だそうです」

 

「ちょ、チョコレート…?」

 

「はい! 勿論、これは ”本命” 以外にもお世話になった人にと ”義理ちょこ” なる風習や、ご友人にあげる ”友ちょこ” なるのもあるそうで――――……」

 

と、なにやらこんのすけがつらつら説明してくれているが、もう頭に入ってこない

そんな風習がこの国にあっただなんて……

生まれてこの方、一度として聞いた事のないその ”風習” に沙紀の頭の中が混乱する

 

しかし、思い出してみれば……

石上神宮の巫女や侍女の方々が、この時期になるとそわそわしていた様な…気もしなくもない

つまり彼女達は……

 

そういう、こと、だった、のね……

 

まさか、そんな有名行事だったとは露知らず…

今までお世話になった父・一誠や、鶴丸にすら一度として渡した事なかった

 

やだ…

これじゃぁ、不義理もいい所だわ……

 

だからといって、その……”義理チョコ” はまだしも、”本命チョコ” なる物を渡すのにはやはり抵抗があった

 

すると、こんのすけがぽむっと沙紀の膝に手を添えて

 

「主さま! 今からでも遅くはありません。 これから皆さんへの ”ちょこ” を作りましょう!!」

 

「つく、る?」

 

「はい! やはりあげるからには、”手作り” ですよ!!」

 

と、こんのすけが、ぐっと力強くそう言うが―――……

 

「………こんのすけ…」

 

「はい…?」

 

「私………お菓子作りどころか、厨に立ったことも殆どないのだけれど――――……」

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、チョコレートを作りたいということだね?」

 

厨で、夕餉の準備に取り掛かろうとしていた燭台切の前に、小さくうな垂れる沙紀と、生き生きとしたこんのすけが立っていた

 

「はい! 是非、燭台切殿に御教授して頂きたく!!」

 

と、黙りこくっている沙紀の代わりに、こんのすけがはきはきと答えた

沙紀の様子に、燭台切は 「ふーん?」 と覗き込む様に

 

「沙紀くんは、急にどうしてチョコレートを作りたいと思ったのかな?」

 

「え……!?」

 

そう振られるとは思わず、沙紀がぎくっと顔を強張らせる

だが、このまま黙っている訳にもいかず……

 

赤くなる自身の顔を押さえながら、しどろもどろに

 

「その…み、皆様に…」

 

そこまで言い掛けて、言葉が出ない

頬だけが、恥ずかしさのあまりどんどん高陽していく

 

真っ赤になった沙紀の様子に、燭台切はくすっと笑みを浮かべ

 

「ごめん、ごめん。 からかい過ぎたね。 沙紀くんの反応があまりにも可愛くって、つい、ね」

 

そう言って、沙紀の頭を撫でると

 

「知ってるよ。 今日はバレンタインだからね。 みんなにあげたいんだろう?」

 

燭台切の言葉に、沙紀が真っ赤になりながら こくりと頷いた

すると、燭台切は腕をまくり

 

「僕は厳しいよー? 覚悟はいい?」

 

そう言ってにっこり笑った

燭台切のその言葉に、沙紀は 「宜しくお願いします」 と頭を下げたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 数時間後

 

 

「よし、後はこうしてお皿に乗せて…完成!!」

 

お皿の上には、小さな丸いチョコレートにココアパウダーの乗った菓子が置かれていた

 

「沙紀くんは、初心者だからね。 一番簡単なトリュフにしたんだ。 これなら、簡単だし、オススメだよ」

 

「トリュフ……というのですか…」

 

耳慣れない菓子の名前に、沙紀が じーとお皿の上のチョコレートを見つめる

もっと難しい工程を言われるとびくびくしていたのに、思ったよりは難しくなかった

 

「…美味しく、出来てるでしょうか……」

 

だが、初めて作る菓子に不安が過ぎる

すると、燭台切はにっこりと微笑み

 

「味見してみるといいよ」

 

「え……と、その………」

 

味見…困った……

 

沙紀が困った様に、固まってしまったので燭台切が不思議そうに覗き込んできた

 

「沙紀くん? もしかして、不安?」

 

「あ、いえ、その……私、チョコレート自体殆ど食した事なくて…正しい味がよく…」

 

わからないのだ

甘い菓子だとは聞いてはいるが…

きっと、和菓子の甘さとは別の甘さなのだろう

 

そう考えると、チョコレートの正しい甘さが分からない

沙紀は少し考えると

 

「あの…燭台切さん…ご迷惑でなかったら、食べてみてくださいませんか?」

 

沙紀からの提案に燭台切が 「え?」 という顔をした後

 

「いいのかな? 僕が ”最初” で」

 

「え……?」

 

燭台切の言う意味が分からない

沙紀は不思議そうに首を傾げた後、「はい」 と答えた

すると、燭台切はくすっと笑みを浮かべ

 

「そっか、じゃぁ、頂こうかな――――」

 

そう言って、皿に手を伸ばし掛けて―――ふと、その手を止めると口元を指さした

 

「沙紀くん、折角だし 食べさせてくれるかな?」

 

「え……?」

 

一瞬、燭台切の言う意味が分からなかったが……

口元を指さしているのを見て、気付いてしまった

瞬間、沙紀の顔がぱっと赤くなる

 

燭台切は、沙紀の手で食べさせて欲しい と言っているのだ

 

燭台切には恩がある

チョコレートの作り方を教えてもらった恩が……

 

で、でも……

 

思わず、無意識的に周りを確認してしまう

幸い、今 厨には燭台切と沙紀とこんのすけしかないな

 

「……………」

 

いい、わ、よね…

 

沙紀はそっと、一粒 トリュフを取ると、そっと燭台切の口元に運んだ

 

「あの……はい、どうぞ」

 

そのまま、そっと燭台切の口の中にトリュフを入れる

さっと手を引っ込めようとした瞬間、それは起こった

不意に、燭台切に手首を掴まれたかと思うと、ぺろっと軽く舌でトリュフを持っていた手を舐められたのだ

 

「あ……っ……ん」

突然の燭台切の行為に、思わず声が洩れる

すると、燭台切はくすっと笑みを浮かべ

 

「…駄目だよ、沙紀くん。 そんな声出されたら、煽られてる様にしか感じないよ――――」

 

そう言って、そのまま沙紀の掌に口付けを落とした

 

「あ……」

 

まさかの行動に、沙紀が慌てて手を引っ込めようとするが、びくともしない

そのまま燭台切の口付けが掌から手首へと降りてくる

 

「あ……ん、……しょく、だい、きりさ……ん……」

 

どうしていいのか分からず、沙紀が困惑していると

燭台切は、そのまま沙紀の首元まで顔を近づけて来て

 

「沙紀くん――――……、僕の ”気持ち” 知ってて、煽ってるのかな?」

 

「し……」

 

「ん?」

 

「し、らな………」

 

”知らない” と答えようとしたが、それは燭台切の指に止められた

 

「嘘だね。 知ってる筈だよ―――…? 僕が、いつも君と鶴さんを見てどう想ってたかも―――……。 意外と、残酷だよね」

 

それだけ言うと、するっと手を離してくれた

瞬間、沙紀がその場にへなへなとへたり込む

 

「おっと……」

 

その場に、崩れ落ちそうになった瞬間、燭台切の手が伸びて来てあっという間に沙紀を抱き留めた

 

「大丈夫?」

 

「…………っ」

 

燭台切の声が酷く脳裏に響いて、沙紀が かぁ…と頬を赤く染めた

 

「あ、だ、だい、じょう…ぶ、です」

 

なんとかそう絞り出す

 

「そう? ならいいけど」

 

そう言って、すっと燭台切が手を離す

そのまま、片付けを始めてしまった

 

沙紀は、酷く脈打っている心臓の音が頭に響いてその場から動くことすら出来なかったのだった――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バレンタインネタ その1です(^◇^;)

唐突に、うちの審神者子なら…まずバレンタインの説明からと思いましてwww

 

続きは、捌ノ題の70:月光のキス / その光に触れて、夢を見る

に続きまーす(*’ω’*)

 

2017/03/07