PLATINUM GARDEN

     -Guardian of the ‟蒼穹”-

 

◆ サムシング・ブルー

 

 

「飛鳥~~! 飛鳥聞いて!!」

 

それは、梅雨に入る前の良く晴れた日だった。風鈴高校の屋上で本を読んでいると、突然、自分を呼ぶ声が聞こえたのだ。何事かと思い、蘭飛鳥が顔を上げると、男子校である風鈴の制服を着ているが、スカートを履いている、赤いツートンカラーの長い髪をした生徒が嬉しそうに駆け寄ってきていた。“ボウフウリン”の四天王の1人、椿野佑だった。

 

「椿さん?」

 

飛鳥が不思議そうに首を傾げる。すると、椿野はうきうきした顔で飛鳥の傍にやってくると、

 

「飛鳥! アタシ、6月の花嫁になる事になったの!!」

 

「え……?」

 

6月の花嫁? 話が、よく見えないのですが……? と、飛鳥がきょとんとしていると、椿野がキラキラの眼差しでうっとりしている。

 

「6月の花嫁……ジューンブライド! アタシ達 女の子の憧れよねえええ~~! 綺麗なウエディングドレス着てぇ~、素敵な旦那様の元へ嫁ぐの!!」

 

「え、あ、はい……」

 

ちなみに椿野は男だが、そんなことは本人にとっては重要じゃないらしい。彼の話によると、なんでも、商店街にある写真館のご主人が、宣伝用のPOPで、今度ウェディングをテーマに表に写真を飾りたいのだという。そこで、通りかかった椿野に是非、花嫁の役をやって欲しいと言われたそうな。

 

「そうなのね、きっと椿さんなら素敵な花嫁さんになれると思うわ」

 

飛鳥がにこっと笑ってそう言いうと、椿野が照れたように、「も~飛鳥ったら!」と背中をばんばん!と叩いてきた。流石にその力で叩かれると、痛い……。が、飛鳥はあえてそこは流すと、今だもじもじしている椿野を見た。

 

「?」

 

まだ何かあるのだろうか? そう思っていると、椿野がちらっと奥にいる“ボウフウリン”の総代の梅宮一の方を見る。つられて飛鳥もそちらを見ると、梅宮は、四天王の1人の柊登馬と何か話をしていた。それはいつもの光景で、特にもじもじするような内容でもない。そう思っていると、椿野がちらっと、飛鳥と梅宮を見た後、両手の人差指をちょんちょんっと合わせながら、

 

「ね、ねぇ、飛鳥。その……写真の花婿役なんだけどぉ~その、アタシ梅にお願いしたくてぇ~」

 

「……」

 

ああ、そういう事ね……。と、飛鳥は瞬時に理解した。つまり、椿野は飛鳥と梅宮に気を遣って言い出せなくなっているのだ。確かに、梅宮には顔を合わせれば「好きだ」と言われている。だが、飛鳥はそれに明確に返事をした事はない。別に梅宮の事を嫌っているとか、好きではないからだとかそういうのではないが――飛鳥にはどうしても、忘れられない人がいて、素直になれないのだ。

梅宮の事は嫌いではない。むしろ、「好き」に近い。でも……。口にしてしまったらもう戻れない気がして、それを口には出来なかった。そして、椿野もその事を知った上で、梅宮に好意を寄せている。

 

私が、はっきりと一さんに「好きじゃない」と言えたらよいのかもしれないけれど……。

 

それを言うのは憚られた。だから、周りに余計に気を遣わせてしまう。勿論、梅宮も飛鳥の事情をすべて知った上で好意を向けてくれている。いつまでも待つとも言われている。だから、余計に甘えてしまう――。そんな自分が酷く嫌で仕方がない。

飛鳥は、椿野に見えないように本で隠れたままの手をぎゅっと握りしめた。それから、にこっと微笑んで、

 

「一さんが良いって言うなら、いいんじゃないかしら。椿さんとならきっとお似合いね」

 

「ほ、本当にいいの!? 飛鳥、大好き―――!!」

 

と言うなり、椿野が抱き着いてきた。飛鳥はくすくすと笑いながらそれを受け止める。と、その時だった。

 

「なんだなんだ? 楽しそうだなぁ」

 

向こうでの話が終わったのか、梅宮と柊かこちらへやって来た。瞬間、椿野がはっと我に返って、慌てて飛鳥から離れると、ささっと、乱れた髪を整える。その様子が余りにも微笑ましくて、飛鳥はやはり笑ってしまった。

 

「あ、あの、ね、梅……ア、アタシと……」

 

「ん?」

 

椿野が顔を赤くして、もじもじとする。その様子に、梅宮が首を傾げた。すると、椿野はばっと右手を差し出して――。

 

 

 

 

「アタシと、結婚してください!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*** ****

 

 

 

―――まこち町・東風商店街 写真館

 

 

「やぁ、椿ちゃん。待ってたよ~~」

 

写真館のご主人が嬉しそうに椿野に挨拶をしていた。すると、椿野も嬉しそうに「来ちゃった」と返しながらその手を取っている。ふと、ご主人が椿野の後ろにいる、梅宮と飛鳥に気付いた。

 

「おお、梅君じゃないか! もしかして、椿ちゃんの花婿さん役かい?」

 

「ん、ああ、椿野に頼まれてな。世話になる!」

 

「そうかそうか! 良い絵になりそうじゃないか! と、君は――、確か、飛鳥さんだったね。いらっしゃい」

 

そう言ってご主人に飛鳥に声を掛けてくる。飛鳥はにこっと笑みを浮かべて、

 

「すみません、本当は来る予定なかったのですが――」

 

と、そこまで言った時だった。何故か梅宮と椿野が、

 

「何言っているんだ、飛鳥! 飛鳥もいないと意味ないだろう!?」

 

「そうよそうよ! 花嫁さんは、女の子の永遠のテーマなんだからいなきゃ!! 」

 

何故か、力説された。意味が分からないと半分思いつつも、飛鳥は苦笑いを浮かべた。ふと、視界にスチール撮影にでも使いそうな、カメラや機材、そしてセットがあった。奥の方には綺麗なドレスの衣装も並んでいる。思わず、飛鳥が見とれていると、椿野がにゅっと顔を出してきて、

 

「やっぱり、ああいうの飛鳥も好きみたいね」

 

「え……っ、あ、いえ、その……わ、私は――」

 

飛鳥が慌てて否定しようとすると、何故かご主人がにこっと笑って、

 

「そうだ、よかったら、君もどうかな? きっと似合うと思うんだ」

 

「え……?!」

 

ご主人の言葉に、飛鳥が慌てて首を振った。そんなつもりで付いてきた訳ではない。ただ、梅宮と椿野が是非一緒に行こうと言うから来ただけで――。そう思って「大丈夫です」と、断りを入れようとしたその時だった。

 

「お、飛鳥も着るのか! いいじゃないか、オレはお前のドレス姿見たいぞ」

 

「いいわね! 飛鳥も一緒に着ましょ」

 

と、ノリノリで梅宮と椿野がOKしてしまったのだ。飛鳥が、慌てて否定しようとするも――時既に遅し、ご主人も乗り気で、準備しだす。

 

そうして、どういう訳か3人の写真撮影が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃじゃーん!」

 

真っ白なウエディングドレスに身を包んだ椿野が、白いタキシードを着た梅宮の前に現れた。そして、もじもじと片手で のの字を書きながら、ちらっと梅宮を見る。

 

「ね、ねぇ、梅。アタシ、どう……?」

 

「ん? いいんじゃないか。似合ってるぞ」

 

「ほ、ほんと!?」

 

梅宮の言葉に、椿野が「きゃー」と嬉しそうに歓喜の声を上げた。ふと、飛鳥が一緒に着替えに行ったのにいないことに梅宮が気付く。

 

「飛鳥はどうした?」

 

「え? 飛鳥なら後ろに――って、なんでそんな所に隠れてるの? 飛鳥」

 

じっと、梅宮と椿野の視線の先の壁に何故か飛鳥は隠れていた。すると、椿野が

「もう!」と言いながらずんずんと飛鳥の方にやってくる。だが、飛鳥はそれ何処ではなかった。とてもこの格好で皆の前に出られる気がしなかったのだ。

 

「飛鳥~?」

 

椿野が、壁の前から覗き込んでくる。飛鳥は慌てて首を振ると、「無理!」と何度も繰り返していた。そんな飛鳥に、椿野がにや~っと笑うと、そのままぐいっと腕を引っ張ったのだ。

 

「ほら、何恥ずかしがってんのよ!」

 

「あ……ま、待っ……」

 

流石の飛鳥も、椿野の力で引っ張られたら抵抗など出来る筈もなく、そのまま梅宮の前に出てしまったのだ。そこには、純白のドレスに身を包んだ飛鳥がいた。その場にいた全員が一瞬、息を呑む。レースの袖に、すっと背筋が通ったシルエット。手には青い花のブーケが握られている。下ろされた黒髪が肩に掛かり柔らかく揺れ、頬を染めた飛鳥の表情は、普段よりも少し――ほんの少しだけ、儚くて、綺麗だった。

 

「……あー」

 

梅宮が、無意識に声を漏らす。いつもの気さくな笑顔はどこかへ消え、ただ真っ直ぐに、飛鳥を見つめていた。その表情に耐えられなくて、飛鳥がかぁっ頬を朱に染めて、視線を逸らす。

 

「へ、変よね……あの、あまり見ないで欲しいのだ、け、れど……」

 

飛鳥が恥ずかしそうに、そう言って顔を真っ赤に染め上げる。すると、梅宮は少し遅れて、ふっと笑った。

 

「変なわけない。……綺麗すぎて、見とれてた」

 

「――っ」

 

たった一言。それだけなのに、飛鳥の胸が酷く痛むように鳴った。そういう言葉に、慣れてしまいたくない。でも、聞きたくないわけじゃない。ただ……。

その瞬間だった。

 

「やーん! 2人とも、すっごくお似合いなんだけどぉ~~!!」

 

椿野が大げさに手を叩きながら叫んだ。

 

「ねえ、ご主人! せっかくだから、3人で一緒に撮りましょ! 花婿さんと、花嫁さん2人ってことで!」

 

「それも面白いかもねぇ。最近は自由な発想がウケるから、インパクトもあって良いかもしれない」

 

何故か、ご主人がご機嫌でカメラを構え始めると、飛鳥の返事を待たずに撮影の準備がどんどん進んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故、こんな事に……?

飛鳥は、半分頭を抱えたくなった。最初は梅宮を挟んで、椿野と飛鳥が並ぶように3ショットを撮られた。椿野がノリノリでポーズを決めていたが、飛鳥は恥ずかしくてとても顔が上げられなかった。何故なら、梅宮の愛おしむような視線をずっと感じるからだ。そっと顔を上げて彼の方を見ると、彼の空色の瞳と目が合った。その空色の瞳に、ずっと見つめられていたら……逃げたくなる。けれど、離れたくもないと思ってしまう。

 

「……っ」

 

どきん……っと、静かに心臓の跳ねる音が聞こえてくる。思わず視線を逸らすと、梅宮が笑ったような気配がした。

 

「じゃあ、次は2ショットで行こうか。どっちから行くかい?」

 

ご主人の提案に椿野が「あ! じゃあ、アタシから~!」と手を上げた。どうやら、少し梅宮から離れられそうだ。そう思うと、少しほっとした。

そうして、椿野と梅宮の2ショット撮影が始まったのだが……何故か、彼の視線はカメラの奥に座る飛鳥に向けられていた。それでは、駄目なのに、「駄目」という言葉が口に出来ない。

でも、椿野は幸せそうだった。大好きな梅宮の横にウエディングドレスで立てて嬉しいのだろう。そう思うと、酷く自分の感情が醜く思えた。心のどこかで、傍にいる椿野ではなく、自分を見てくれている梅宮に、安堵している。それが堪らなく嫌だった。

 

それから、飛鳥は自ら少し離れた位置に移動して、撮影を眺めていた。すると、休憩なのか、ご主人が近づいてきて、そっと飲み物を手渡してくれる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

そう言って、それを受け取ると、一口だけ飲んだ。じわりと温かさと甘さでほっとする。好きなのに応えられず、でも隣にいてくれるだけで嬉しくて――そんな自分が、どうしていいのか分からなくなる。まるで、心の奥に灯った火が、小さな焔のくせに、じわじわと胸の奥を焼いていくように。

 

思わず、渡されたカップをぐっと強く握った。その時だった。

 

「大丈夫だよ、梅君も、椿ちゃんも、きっと君の気持を分かってくれてるよ」

 

「え……?」

 

不意に、ご主人にそう声を掛けられて、飛鳥がはっとして顔を上げると、ご主人はにっこり微笑んで、

 

「ボクもね、大好きな奥さんに素直になれなくて、すごく悩んだけれど――それでも、好きになって良かったと思えてるよ。だから、君は君の気持を大切にしなさい」

 

「……あ……」

 

それだけ言うと、ご主人は椿野の方に行ってしまった。飛鳥はただ、そんなご主人の背中を見つめながら、静かに視線を落とした。と、その時だった。不意に「飛鳥」と名を呼ばれて顔を上げると、梅宮がそこにはいた。

 

「はじめ、さ……ん……?」

 

梅宮は飛鳥の横に座ると、じっと飛鳥を見つめてきた。それから、そっと顔に掛かっていた髪をその長い指で避けると、そのまま頬を撫でられた。

 

「……っ」

 

瞬間、また心臓が跳ねた気がした。飛鳥が慌てて顔を逸らそうとすると、ふと伸びてきた手が、そのまま飛鳥の唇をそっと指で撫でる。その仕草に、またどき……っと、心臓が音を立てる。

 

「あ、の……っ」

 

堪らず、声を上げようとしたその時、梅宮が飛鳥の名を呼んだかと思うと、そっとキスをしてきた。それは、ただ触れるだけの優しいものだったけれど、突然の出来事に飛鳥の思考回路が止まる。

 

え……?

 

今、何が……? そう思うも、言葉は出なかった。だが、キスをされたという事実がじわじわと意識に上ってくると、顔が信じられないほど赤く染まっていった。

 

「は、はじめさ……っ、こんな所で何、を――んんっ」

 

言い終わる前に、抱き締められたかと思うと、再び口付けられる。まさかの、梅宮の行動に飛鳥が戸惑っていると、くすっと微かに笑う声が聞こえてきた。

 

「飛鳥、顔。真っ赤だな」

 

「な……っ、だ、誰の所為だと……」

 

「別に、初めてじゃないだろ?」

 

「そ、そういう問題では……」

 

――ないのに。そう思っていると、梅宮はふっと笑みを浮かべたまま、

 

「見惚れるぐらい綺麗な飛鳥が悪いんだぞ?」

 

「な、ん……っ」

 

飛鳥が顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせる。すると、梅宮はすっと、飛鳥の耳元に唇を寄せると――。

 

「いっその事、このままオレの嫁さんになるか?」

 

そう言ったかと思うと、飛鳥の身体をぐいっと抱き上げた。

 

「きゃぁっ!」

 

驚いて、飛鳥が慌てて思わず彼の首にしがみつく。だが、梅宮はそのまま優しく彼女を抱き締めると、そっと瞼にキスを落としたのだった。

 

その様子を見ていた、ご主人と椿野だったが――。

 

「いいのかい? 椿ちゃん」

 

そう言うご主人に、椿野は「うふふ」と笑ながら、

 

「アタシね~勿論梅の事は大好きよ? だけど、ああしてる梅と飛鳥を見るのも好きなの。まぁ、飛鳥は気付いてないみたいだけど」

 

そう言って、にこっと微笑む。

 

「最初はちょっとズキッとしたわよ? でもね、梅の視線が本気で優しくなるの、あの子に向けてる時だけなんだもん。なら、あの子の幸せが、アタシの幸せでいいかなって――そう思ったの」

 

彼は知っていたのだ。飛鳥が梅宮の傍にいる時だけ、本当の意味での笑顔を向けている事を。そして、そんな飛鳥を幸せそうに見つめる梅宮の表情は、いつも以上に蕩けそうになっている事も。そのやり取りを見ている事が楽しくて嬉しくて仕方がないのだと……椿野は言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.06.23