PLATINUM GARDEN

    -Guardian of the Wind-

 

  第1話 風の守護者6

 

 

何なんだ? どうなってやがる……。

なんで……、なんで風鈴が風鈴オレを助ける……っ!?

 

何が起きているのか――頭が追い付かない。桜は信じられないものを見る様に、自分を庇った柊を見た。その背中は、今まで桜が見たもののどれとも違って見えた。今まで見てきたものは、いつも敵意と拒絶の背中。ただそれだけだった。でも、これ、は……。

 

「フウリンだ……フウリンの“柊”だ……!」

 

spaltipsスポイルティップ”の連中が、ざわざわと動揺する様に、ざわめきだす。すると、リーダー格の男が、ギリッと奥歯を噛み締めた後、

 

「ひよってんな! たかが4人増えただけだろうが!! 行け!!!!」

 

そう叫んだかと思うと、“spaltips”の連中がこっちに襲い掛かって来たのだ。柊は微動だにせず彼らを睨み付けた後、くいっと顎をしゃくる。そして、

 

「松本、梶、柳田! あいつらをここより一歩でも奥に進ませてみろ! ぶっ飛ばすからな!!」

 

そう言った瞬間、柊の後ろに控えていた3人が一気に、“spaltips”に攻撃を仕掛け始めた。そのままその場が乱戦になる。桜はただそれを、唖然と見ていた。何が起きて、何が起こっているのか――頭が付いていかない。

 

と、その時だった。あの3人の攻撃の隙をぬって来たのか、“spaltips”の連中が、呆然としたままの桜に向かって拳を振り上げて来たのだ。はっとして、桜が避けようとするが、瞬間、ずきりと先ほどナイフで刺された右足首が痛み、態勢が崩れる。その隙を狙ったかのように、その男がにやりと笑って殴りかかってきた。

 

やっべ……! 当た――。

 

「桜君! しゃがんで!!」

 

刹那、後ろから飛鳥の声が飛んできたかと思うと、肩に手が乗せられた。桜がしゃがむと同時に、そこを軸に飛鳥が桜に襲い掛かってきた“spaltips”の男に向かって中段蹴りを放ったのだ。急所に入ったのか、その蹴りを受けた男が思いっきり後方へと吹き飛ぶ。

だが、それだけではなかった。もう1人いたのか、その男が飛鳥の長い髪を掴もうとして、結っている蒼いリボンを引っ張ったのだ。刹那、彼女の高く結っていた髪が解ける。それにより、相手の視界が遮られたかと思うと、飛鳥はそのままくるっと反転して、軸足を変えると、そのまま後ろ回し蹴りで相手の顔面を蹴り飛ばした。

――どごぉ!! という音と共に、男が後方へ吹き飛ぶ。さらり……と桜の前で彼女の美しい髪が靡いた。桜がそれを見て、大きくその瞳を見開く。

 

瞬間、桜がはっとして叫んだ。

 

「……おいっ! お前、後ろっ!!」

 

そう声が響いた時だった。飛鳥がゆっくり振り返るとの、柊が飛鳥と襲ってきた“spaltips”の男の間に入るのは同時だった。そのまま柊が、その男に思いっきり飛び蹴りをかます。すると、男がその威力に抗えずに、遥か後ろの方へと飛んでいった。そんな柊の姿を、飛鳥は顔色一つ変えず真っ直ぐに見据えていた。まるで、それは絶対的な「信頼」から来るもののように――。

 

「飛鳥! 下がってろ!! 危ねぇ!!」

 

柊の声が響く。すると、飛鳥は小さく息を吐くと、「……分かったわ」と大人しく引き下がった。それから、柊は右足を庇っている桜を見て、

 

「お前もだ! ケガしてんなら、後ろにいろ!!」

 

「……なっ。か、勝手に言ってんな!! オレの相手だ!!」

 

柊のまさかの言葉に、桜が思わず反発する。すると、柊がそれに抗議する様に――、

 

「ボケ!! じっとしとけ!! よろよろ動かれっと――」

 

その時だった。柊の後ろから、ぬっと“spaltips”の1人が拳を振り上げてきた。が、柊は振り向くこともなく、そのまま――。

 

 

 

「―――守りきれねぇ!!」

 

――ひゅごぉ!! という音共に、柊の強烈な回し蹴りが炸裂する。

 

 

……は?

 

彼は今、桜に何と言っただろうが。「守る」そう言わなかっただろうか。まるで、それが当然の様に、彼はそう言ったのだ。

 

「なに、が……」

 

どういう、こと、だよ……っ。

 

桜には、「守られる」理由も、「庇われる」理由も、「加勢される」理由もなかった。いつも1人で、自分だけで解決してきた。誰かに庇われたり、頼ったりする事の無いように、「独り」で……。そう、思ってここまでやってきたのに……。それなのに、あの柊という男は、当然の様に桜を「守り」、「加勢」してくる。

 

何故――。

 

そう思った時だった。突然、頭上から「わああああ!!」という歓声が聞こえてきた。桜がはっとして顔を上げると、今まで鳴りを潜めていた街の人達が一斉に声を張り上げてきていたのだ。

 

「いけ――っ!!」

 

「やっちまえ――っ!!」

 

窓という窓から、人々が一斉に顔を出し、“spaltips”と戦う彼らに声援を送ってくる。その異様な光景に、桜は言葉を失った。

 

「なん……」

 

何が、どう、なってる――。

 

すると、そんな光景に驚いている桜を見た飛鳥が、くすっと笑みを浮かべた。

 

「この街はね、少し前まで色々なチームの喧嘩や抗争で荒れていて、街の治安は最悪だったのよ。でも――2年前、ある人達が立ち上がって変えたの。それが、“風鈴高校の生徒達”なのよ」

 

「はぁ……?」

 

それは、桜にとって信じ難い話だった。何故なら、桜の知っている風鈴高校とは、似て非なるものだったからだ。すると、飛鳥は街の入り口の方角を見た。

 

「この街に入るとき、見なかったかしら? 変な看板があったでしょう」

 

「入り口?」

 

そういえば、何か言葉が書いてあったのを思い出す。そう――確か……。

 

 

 

「これより先! 人を傷付ける者、悪意を持ち込む者、何人も例外なく――」

 

 

 

「最初は、“風鈴高校の名のもとに”って書かれていたんだけれどね。いつの間にか街を守る・・為に喧嘩する彼らに、街の人が名前を付けたのよ。防風ボウフウリン”――ウィンドブレイカーこの街の盾って」

 

 

 

「―――ボウフウリンが粛清する!!!」

 

 

 

「……」

 

言葉が――出なかった。街を守る盾? 街の為のケンカ? そんな事をする奴らがいるっていうのか……? 俄かには信じ難かった。少なくとも、桜の知っている“人”は、異物を嫌い、嫌悪する。そういうやつらしかいなかった。でも……。

“spaltips”を撃退しきった彼らの元に、街の人達が駆け寄っている。まるで、街の正義の味方ヒーローのように、囲まれて笑う彼らに、桜は目が離せなかった。

 

「……」

 

「ド底辺の嫌われ者……確かに、2年前まではそうだった」

 

声のした方を見ると、いつの間にかポストから出てきたことはがいた。ことはは、驚く桜を見て、微笑みながら、

 

「ケンカしていることに、変わりはいないけど……今では、皆に愛されて、必要とされてる」

 

「……」

 

ことはの言葉に、桜はぐっと握っていた拳を握りしめた。知らず、歯を噛み締める。

 

なんだよ、それ。そんなのまるで……正義のヒーローじゃねーか……。あんなナリでケンカして、それでも怖がられたり、避けられたりせず……。

 

 

――認められてるって!?

 

 

そんなの……。

 

「あんちゃんも、凄かったな!!」

 

「最初は、よく1人で頑張ってたね!!」

 

その時だった。突然わっと街の人が桜に声を掛けてきた。まさかの街の人達からの声に、桜がぎょっとする。思わず、つい警戒して臨戦態勢に入ってしまう。すると、すっと1人の年配の女性が救急箱を持って、桜の足に手を伸ばしてきた。

 

「ぼうや。足、怪我してんだろう? 早く、手当しないと……」

 

瞬間――。脳裏に、自分を拒絶してきた人々の言葉がよぎった。

 

 

 

『……気持ち悪い』

 

 

 

「や……やめろ!!」

 

気付けば――そう叫んでいた。年配の女性が驚いたように、目を丸くする。そんな桜の姿は、何かに怯えている様にも見えた。飛鳥は、その深緋色の瞳を一度だけ瞬かせると、ふっと笑みを浮かべて、そっと桜の背を叩いた。

 

「大丈夫よ、桜君」

 

そう言って、安心させる様に声を掛ける。だが、桜は小さく首を振ると、一歩、また一歩と後退した。それを見た飛鳥が、桜の背を摩りながら見かねたようにことはに視線を送る。すると、ことはがすっと桜に近付いて、怪我をしている右足の制服をたくし上げた。そして、丁寧に消毒していく。

 

「桜……私は、あんたは“ヒトリ”だって言った……だけど、なりたくてなったんじゃないのは、見てわかる……つもり」

 

「……」

 

「でも、この街の人は、桜を必要とするわ」

 

「な……」

 

桜の瞳が大きく見開かれる。そして、ばっと飛鳥の手を跳ねのけると叫んだ。

 

「か、勝手な事言ってんな!! オレは誰も必要じゃないし、誰とも関わらない!!!」

 

「……じゃあ、なんで山じいの忘れ物、持ってきてくれたの? なんで、私や飛鳥を庇ったの? なんで――最初、私を助けたの?」

 

「……っ」

 

ぐっと、ことはの言葉に桜が言葉を詰まらす。なんで? 違う、あれはただ単に――。

 

「あんたは、他人を諦めてない。諦めなくていいのよ。少なくとも、私は桜を向いてる」

 

きゅっと、怪我をしている右足首に包帯を巻くと結ぶ。そして、ことはは立ち上がると、真っ直ぐに桜を見た。

 

「だから――あんたも、こっち向きな。そうすればきっと……」

 

「……」

 

桜がごくりと息を呑んだ。それから、下を向いてから、恐る恐る顔を上げると――。

 

 

「――あんたが、望んだものになれるよ……」

 

 

「――っ」

 

誰かと、いられ、る……?

独りじゃなくて、他人と……?

 

「桜く――」

 

飛鳥が桜に手を伸ばし掛けた時だった。突然、桜がその場から駆け出したのだ。そして、柊たちの方へと向かうと――、

 

「――不良がヒーロー気取りかよ!! ケンカに勝つくれぇ、オレにだって出来んだよ!! 何が“ボウフウリン”だ!! 何が、街の盾だ!! そんなの……」

 

桜が、一気に跳躍する。そして……、

 

 

 

「―――めちゃくちゃ、かっこいいじゃねぇかあ!!!!」

 

 

 

―――どごぉ!!!

 

思いっきり、柊の背後からナイフを持って襲い掛かろうとしてた“spaltips”の最後の1人を蹴り飛ばしたのだった。

そんな桜を見て、飛鳥がくすっと笑う。

 

「やっぱり、一さんの言ってた事は正しかったみたい。これから楽しくなりそうね、1年生」

 

そんな事を言っていた時だった。突然、ことはがぎろっと飛鳥を見た。

 

「飛鳥~~~~!!!!」

 

「え?」

 

いきなり矛先を向けられ、飛鳥がぎくりと顔を強張らせる。すると、ことはが大股でずんずんと、近付いて来ると、

 

「あんたねぇ! 私だけ逃がすとか何考えて――!!」

 

「あ、あーえっと……その……」

 

どうやら、ことはだけをポトスの中に避難させた事に対して怒られそうな気配を察知したその時だった。ぴりりりっと、飛鳥の持つスマホが鳴った。

 

「あ、こ、ことはさん、電話が鳴ってるから――」

 

と、その場を誤魔化すかのように、飛鳥がスマホを見せる。が、その画面を見た瞬間、ことはが、ジト目で「なんだ、梅じゃん」と言った。言われて、飛鳥も画面を見ると、そこには“梅宮一”と書かれていた。

 

「……」

 

思わず、柊を見る。すると、柊が慌てて何かジェスチャーを大振りでしていた。どうやら、誤魔化せ!!と言っているようである。そういえば、梅宮にはこの場に、自分やことはがいる事は内緒――の予定だったなと、思い出し、飛鳥はその場から少し離れてからスマホに出た。

 

「あ、あぶねええええええ」

 

と、その様子を見ていた柊が懐から何かを取り出して飲んでいる。まあ、飛鳥自身もここで大立ち回りをしていた事を知られると、後々面倒なので、きっと上手く誤魔化してくれるだろうと信じ……るしかない。

 

そう柊が思っていた時だった。電話の終わった飛鳥が戻ってきた。だが、その表情は少し困ったような雰囲気を醸し出していた。嫌な予感をひしひしと感じる。すると飛鳥が苦笑いを浮かべながら、

 

「えっと、柊さん……。ごめんなさい。ことはさんは誤魔化せるけれど――私がこの件に関わってるのは、気付かれたかもしれないわ」

 

「んなっ!!?」

 

がーん!!!と、柊が驚愕の声を上げる。それから、かたかたと震える手でまた懐から何かを取り出すと、一気に飲み込んでいる。

 

「ど、どどういうことだ?! 飛鳥!! なんで! 梅宮が!!?」

 

明らかに動揺している。飛鳥はやはり、少し困った様に、

 

「どうって……その、今から風鈴の屋上に直ぐ来て欲しいって……」

 

「なん……っ」

 

「ほら、私今こんな格好だし、髪も乱れてしまっているし、それに――右腕をね……」

 

と、飛鳥が切れている制服を抑えた。そこは明らかに血が滲み、白のブレザーが赤く染まっていた。こんな格好で行って「なにもなかった」が通用するとは思えない。かといって、マンションに着替えに戻っている時間は無さそうだった。

 

「柊さんも、今から報告に行くのでしょう? だから、一緒に行きましょう。あ、ことはさんは関わってないという体で、ね」

 

そう言って、にっこり微笑んで見せたが――柊が胃を抑えて蹲ったのは、いうまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.05.13