PLATINUM GARDEN

    -Guardian of the Wind-

 

  第1話 風の守護者4

 

 

 

 

「あんたに、風鈴の“てっぺん”はとれない――絶対にね」

 

 

 

しん……と、ポトスの店内が静まり返る。ことはの言葉に、飛鳥はただ静かに目を伏せていた。だが、桜は違った。その金と青の瞳を大きく見開き、わなわなと震えていた。

そんな桜を見ても尚、ことは は続けた。まるで、彼に言い聞かせるかのように―――。

 

「今のままじゃ、てっぺんどころか、風鈴の誰にも相手にされないかも……」

 

瞬間――。

がたん! と、激しく桜が手を付いて立ち上がった。そして、ことはを睨みつけると、今にも噛み付きそうな勢いで――。

 

 

「んなわけあるか!! お前、オレがどれだけ強いか知らねーだろ!」

 

 

桜の言葉に、ことはがくすっと笑った。

 

「確かに、腕っぷしは強いのかもね。それでも――風鈴のてっぺんはとれないわ。だって、あんたは――」

 

すぅっと、ことはの手が桜の方に向けられる。そして、ゆっくりと人差指が桜に向けられると――。

 

 

 

 

「―――“ヒトリ”だから」

 

 

 

 

「……っ!?」

 

“ヒトリ”

その言葉を聞いた瞬間、桜の脳裏に過去の嫌な光景が思い出された。何も悪い事もしていないのに、指さされて悪者扱いされる。この髪と目を見て、気持ち悪いと罵られる。

誰一人、「桜遥」という人間を認めてはくれなかった。

孤独という、真っ暗な世界に1人残され、苛まれる日々。苦しくて、辛くて―――。だから桜は、1人を選んだ。

誰にも関わらず、誰にも必要とされない。何を言われても、気にしない。そう――まるで、心を殺したかのように生きてきた。

だから、強くなった。強ければ、弱者に苛まれることもない。自分を貫けると――そう、思って……なのに……。

 

「……ふ、ざけん、な……」

 

声が震える。いつもなら聞き流しているに違いない。でも……。

 

『―――あんたは、“ヒトリ”だから』

 

これだけは、この言葉だけは――。

 

 

 

「オレは……! 誰かに頼らなきゃ勝てねーほど、弱くねェ!!」

 

 

 

ガタ―――ンと、桜が叫ぶと同時に、椅子が倒れた。それでも、桜は無視して大股でことはのいる扉に近づいていく。そして、ことはを無視してその横を通り過ぎる。

すると、ことはが小さく息を吐き、

 

「物理的な話じゃないのよ。一度――風鈴の子たちに会ってみるといい。そうすれば、きっとわかるわ」

 

そう言った。だが、桜は聞く耳を持たないかのように、そのままポトスから出ていってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訳が分からねぇ

オレは今までずっと1人でやってきたんだ。それなのに、“ヒトリ”だから、てっぺんになれない? そんな訳あってたまるか……っ!

オレは、今までも、これからもずっと――。

 

 

「おーおー。お前から来てくれるとは思わなかったぜー。フーリン小僧」

 

 

その時だった。ふと顔を上げると、気のせいか……少し見覚えのある男が目の前に立っていた。一瞬、誰かと思ったが、脳裏に先程ことはを襲っていた男達が思い出された。それ以外にも、後ろに軽く見積もって20人ぐらいだろうか……、ガラの悪い男達がいた。

でも、桜には関係なかった。桜は小さく息を吐くと、そのままその男の横を素通りしようとする。と、男が突然 桜の肩を がしっと強く握った。

 

「おいおい、無視かよ。人には顔と名前忘れるな、なんて言ってたくせに。テメーは、忘れたのか?」

 

そう言って、男がにやにやと笑う。

 

「まぁ、そんなダセー見た目じゃ忘れたくても、忘れられねーぜ。カラコンにメッシュとか、コスプレかよ」

 

「……」

 

桜は、ポトスから出た時と同じく、険しい表情をしたまま、男の話には、一切反応しなかった。相手をする気にもならない。無言のまま、やり過ごそうとした時だった。ふと、男がある事に気付いた。

 

「ん? いや、まて。お前これ地毛か!? 目もカラコンじゃねーじゃん」

 

男がそう言うと、後ろの集団からも野次が飛んできた。

 

「え、マジ地毛なの?」

 

「ネコかよ!」

 

けらけらと、笑いながらそう言う。すると、男はくっと、まるで珍獣を見るかのような目で桜を見て、

 

 

 

「―――気持ちわりい」

 

 

 

刹那、桜の中で何かが壊れた音が聞こえた気がした。

 

ああ、そうだ――こっちが正しい……。

 

一瞬、脳裏に自分を否定しなかった、飛鳥やことはが思い浮かぶ。だが、桜はそれを捨て去るかのように、自虐的に笑った。

 

『―――気持ちわりい』

 

そう――これが、普通の反応だ。他者からは、いつも、拒否・拒絶・否定――。それはもういい。諦めた……。でも、せめて自分だけでも、価値があると思いたくて……、目の前の相手に勝てば、自分はそいつより上だと、価値があるのだと……。てっぺんを取れば、より強くそれ・・を感じられると――そう、思っていたのに……。

 

 

『あんたに、風鈴の“てっぺん”はとれない――あんたは、“ヒトリ”だから』

 

 

ことはの言葉が、何度も何度も頭の中で木霊する。

1人の何が悪い。オレは、ずっとずっと1人で―――。

 

ぐっと、握っていた拳に力が籠もる。

そうだ。いつも、そうだった。いつもいつもいつもいつも―――。

 

「殴った相手が悪かったな。頭殴られて黙ってるチームはいねぇ。これはもう、うちとフウリンの戦争―――ぐあ!!」

 

 

 

 

―――離れていくのは、他人そっちだろ!!!

 

 

 

 

ぐらりと、桜の拳を顔面で受けた男がそのまま倒れていく。それを見た、後ろの取り巻き達が大きく目を見開いた。

だが、桜にはどうでもよかった。

 

おかしい……? 妙なナリだと?

そんなの、自分が一番分かってる。でも、その事でオレがお前らに何をした……っ!

 

これが……。

 

 

―――これが、“オレ”なんだよ!!!

 

 

「てめぇ! 何してくれてんだぁ!!」

 

一気に、場が騒然となる。だが、桜はお構いなしだった。殴りかかって来た拳を横に凪って避けると、そのまま、相手の顔面を掴んで膝蹴りをかます。そうしたかと思うと、素早く跳躍し、取り巻き達に一気に襲い掛かった。

 

ケンカが強ければ……一番強ければ、てっぺんなんだろ!? “1人なこと”となんの関係がある……っ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――喫茶・ポトス

 

 

 

飛鳥は、ことはの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、小さく息を吐いた。脳裏に、吐き捨てる様に「弱くない」と叫んで去っていた桜の後ろ姿が浮かぶ。彼はどんな気持ちで、あの言葉を吐いたのだろうか。

まるで、過去の自分を見ている様な錯覚に捕らわれそうになり、飛鳥はコーヒーカップをソーサーごとテーブルに置いた。

 

「ねえ、ことはさん。どうして、あんな事言ったの?」

 

その言葉は、自然とでたものだった。すると、ことは は桜の使った皿などを洗いながら、

 

「……事実だからね」

 

そう呟くと、何事も無かったかのように、皿を拭き始めた。

 

「そう……かもしれないけれど――」

 

確かに、ことはの言う事は正しい。正論過ぎて反論出来ないぐらいだ。でも――。何も知らない今の桜にとっては、酷な言葉ではなかっただろうか……と、思ってしまう。だが、逆に桜には必要な事だったのかもしれないとも思う。

少なくとも、今の桜は見ていて痛々しかった。放っておけないとでもいうのだろうか。いつか、壊れてしまいそうなほど、張り詰めていて、少しの衝撃で全て粉々に崩れてしまいそうだった。

 

そう――以前の飛鳥の様に……。

 

「……」

 

「飛鳥?」

 

突然、押し黙ってしまった飛鳥を見て、ことはが心配そうに声を掛ける。飛鳥は、ただ静かに、もう一口コーヒーに口付けると、やはり、小さく息を吐いた。それから、

 

「……大丈夫。なんでもないわ」

 

そう言って、笑って見せる。だが、ことはにはそれが作り笑いだというのは、お見通しだった。ことはは、苦笑いを浮かべると、飛鳥のカップに追加のコーヒーを注いだ。

 

「相変わらずの、秘密主義というか、過去に囚われ過ぎなのよ、飛鳥は。もっと、“今”を見てもいいんじゃない?」

 

「今……」

 

そう――なのだろうか。でも、そう言われても、どうすればいいのか飛鳥には解らなかった。今でも、過去に囚われている自覚はある。きっと、このさきもずっとこのままなのだろう。忘れられないまま、彼を引きずっていくのだ。

と、その時だった。

 

 

『―――飛鳥!』

 

 

青い空の下で、満面の笑みを浮かべる梅宮の顔が浮かんだ。

飛鳥の全てを知った上で、その全てを受け入れてくれる人――。申し訳ない気持ちと、心地よい気持ちが入り混じって、どうしてよいのか、分からなくなる。

いっその事全てを忘れ、梅宮を受け入れればどんなに楽だろうか――。そう分かっているのに、わたし、は……。

 

ぐっと、飛鳥がカップを持つ手に力を籠めた時だった。

 

 

 

――――わああああああああ!!

 

 

 

突然、店の外からざわめきが聞こえてきた。はっとして、飛鳥が顔を上げる。ことはも、驚いて、扉の方を見た。

 

「なに?」

 

ことはが、眉を寄せて拭いていた皿を置く。そして、扉の方に向かって行くと、外の様子を見ようと扉を開けようとした。瞬間――。

 

「……っ、ことはさん!!! 開けては駄目っ!!」

 

飛鳥が慌てて叫ぶ。しかし――突然、ぐいっと何処からともなく男の手が伸びてきたかと思うと、そのままことはを羽交い締めにしたのだ。

 

「……っ、ちょっと! なにすんのよ!!」

 

ことはが、息を吞んで抵抗しようとする。が、完全に後ろ手でがっちり掴まれていて、身動きが取れそうになかった。しかも、男は刃物をことはに突きつけ――。

 

「おい、ボウズ! 手ぇとめな!!!」

 

そう叫んで、誰かに見せつけるかのようにしていた。そう――まるで、飛鳥の存在には気付いていないかのように――。

だが、そんな事、飛鳥には関係なかった。すっとその深緋色の瞳を細めると、

 

「手を離すのは――」

 

ひゅん……! と、風が凪る音と共に、飛鳥の長い脚が男を後ろから蹴り上げられたかと思うと、ス……パァン! という、音と共にそのまま男が顔面から隣の壁にめり込んだ。

 

「―――貴方の方よ」

 

「飛鳥!?」

 

さらりと、飛鳥の漆黒の髪が揺れるのと同時に、ことはの声が響く。飛鳥は、ことはを背に庇うと、目の前で起きている騒ぎの元を見た。すると、そこでは先程出ていった桜と“spaltipsスポイルティップ”の連中が戦っていたのだ。

 

「桜君……?」

 

どうして、“spaltipsスポイルティップ”と……?

いや、今はそんな事よりも――。

 

「ことはさん! 直ぐに一さんに連絡を――」

 

と、そこまで言いかけた時だった。男達の内数人がこちらに向かって襲い掛かって来たのだ。

 

「女を殺れ!! フウリンは街のやつ人質に取られっと、動けねーんだよなぁ!!」

 

そう叫んで、一気に飛鳥に殴りかかってくる。すかさず、飛鳥がことはを背に庇って、反撃しようとしたその時だった。

 

 

 

 

 

「―――飛鳥。後ろにも気を付けろといつも言ってる」

 

 

 

 

 

え……?

 

そう思った瞬間、後ろから誰かの手が伸びてきたかと思うと、そのままぐいっと飛鳥を抱き寄せた。そして、まるで彼女を護るかのように、後ろから襲い掛かって来た男を殴り飛ばしたのだ。刹那、赤く長い髪が目の前を横切る。

 

「……っ」

 

その髪を見た瞬間、飛鳥が大きくその深緋色の瞳を見開いた。

 

う……そ……。

 

赤い髪。

抱き締める腕の力。

耳に馴染む、声。

 

その全てが、忘れたくとも忘れられない、“あの人”の―――。

 

「―――りゅ……」

 

ざっ……!

 

その名を呼ぼうとした瞬間、ぱっと飛鳥を抱き締める手が離れた。はっとして慌てて飛鳥が振り返るが――もう、そこには誰もいなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024.11.17