PLATINUM GARDEN

    -Guardian of the Wind-

 

  第1話 風の守護者2

 

 

――この街の入り口には看板がある。強きものが掲げた、看板が。

 

 

これより先

・人を傷つける者

・物を壊す者

・悪意を持ち込む者

 

何人も例外なく、“ボウフウリン”が粛清する―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――4月

 

 

さああああああ。

風が吹き、桜の花びらが舞う。

 

そんな桜が舞う東屋の木陰で、静かに本を読むものが1人。

腰まである漆黒の髪を、長めの蒼いリボンで高く結い上げた髪が、心地の良い風に吹かれてさらさらと靡く。時折睫毛で隠れる血の様に赤い深緋色の瞳が、瞬かれると、1ページ、また1ページと本のページを、その白く長い指で捲っていった。

白いブレザーに蒼いチェックのリボン。そして、ハイウェストのチェックのスカートに、黒いハイソックスと、ローファーを纏った彼女は、無言のまま、ただ静かに本のページを捲っていた。

 

その時、ふと彼女の読んでいるページに、桜の花びらが迷い込んできた。彼女はその1枚を手に取ると、くすっとその薄紅色の唇に笑みを浮かべた。そして、桜の舞ってきた方を見る。

 

「今年もまたこの時期が来るのね――」

 

あれから3年――。毎年この時期になると、訪れる“新しい風”。一体、今年はどんな人達がやってくるのか。そう、彼女が思っていた時だった。

 

「飛鳥!!」

 

不意にもう耳慣れた声が響いてきた。ふと声のした方を見ると、銀髪の髪に翠色の瞳をした青年が、何かを持って駆け寄ってくる。彼女――あららぎ飛鳥は、それを見やると、くすっと笑みを浮かべた。

 

「一さん、いつも精が出ますね」

 

そう言って、青年――梅宮一の方を見る。すると、梅宮は両手にしている軍手に何かの苗を持って、にこにこ笑いながら、

 

「見てくれよーどの子も可愛いだろ?」

 

そう言いながら、飛鳥に手に持ってきた苗を見せてきた。正直な話、最初は全然区別が付かなかった。が、流石に3年もこの“行事”に付き合っていると、嫌でも目が肥える。

 

「……トマトと、ナス?」

 

「そう! トマトとナス!! 流石は、飛鳥だな! ちゃんと、分かってる」

 

うんうん、と梅宮が嬉しそうに頷く。

 

「そ、そう、ね……」

 

いや、別に解りたくて分かるようになった訳ではないのだが。そう――梅宮が持ってきたのは、トマトとナスの苗だった。去年は苗からだったので、今年は種から育てているらしい。

野菜作りは、梅宮の趣味だった。正確には、収穫後皆と一緒の食べるのも含まれているらしいが……。

飛鳥は小さく息を吐くと、そっと目の前のトマトの苗に触れた。少しざらっとした感触が、不思議と心地よく感じられる。知らず、顔が笑ってしまう。そんな飛鳥の様子に、梅宮が嬉しそうに、また笑った。

 

「飛鳥は、どんどん笑う様になってきたな。いい傾向だと思うぞ」

 

「……っ」

 

不意に投げかけられた言葉に、飛鳥が かぁ……っと少しだけ顔を赤らめた。それから、ふいっと苗から手を離すと、

 

「べ、別にそんなのでは、ないから――」

 

そう言って、軽く咳払いする。その時だった。ふと、梅宮の前髪が気になった。最近長くなってきた所為か、彼は前髪を上にあげているのだ。その前髪が夢中になって苗と戯れていた所為だろう、少し乱れて落ちてきていた。

 

「一さん、前髪が――」

 

飛鳥がそう言うと、梅宮がそれに気付いたのか、「あーなんっか視界に入ると思ったら」とか言って、その軍手のまま前髪を掻き上げようとした。ぎょっとしたのは、飛鳥だ。今の今まで土いじりしていた軍手のまま、髪を触ろうとしているのである。

 

「ちょ、ちょっと待って……っ。そのまま触ったら髪が土まみれになってしまうでしょう!?」

 

そう言うなり、飛鳥は梅宮の手を止めると、自身の手を彼の髪に伸ばした。そして、丁寧にその柔らかい銀色の髪を直していく。すると、梅宮がまた嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがとな、飛鳥。やっぱり、お前は優しいよ――昔から」

 

「……何言ってるのよ。別に、優しくなんて――」

 

飛鳥が照れた様に顔を赤らめつつ、そう返した時だった。いつの間に軍手を外したのか、梅宮の手が、飛鳥の頬に触れた。

 

「いや、優しいよ。今も、昔も」

 

そのまま梅宮の手が、するっと優しく飛鳥の頬を撫でる。そして、気が付けば唇を重ねられていた。

 

「ぁ……」

 

ぴくんっと、微かに飛鳥の肩が揺れる。が、それだけだった。梅宮は飛鳥を腕の中に閉じ込めると、更に深く唇を重ね合わせた。

 

「ん……っ、はじ、め、さ……」

 

吐息交じりに、飛鳥の声が零れる。それでも、梅宮はそのまま飛鳥の腰を掻き抱くと、「飛鳥」と、甘く名を呼び、何度も口付けをしてくる。

そして、ふっと唇を離すと、飛鳥を抱き締めたまま、梅宮はそっと彼女の耳元で囁いた。

 

「飛鳥――今も昔も、最初に出逢った時から、好きだ」

 

「……っ」

 

もう、あの日から、何度目か分からない告白。彼はいつも、自分の事を「好きだ」という。でも、飛鳥にはまだ自分が彼をどう思っているのか、解らなかった。違う。まだ解ってしまうのが怖かった。ここで、梅宮の気持ちを受け入れてしまえば、それは――。

 

「わ、私、は……」

 

飛鳥が答えに困っていると、そんな飛鳥を見て梅宮が笑った。

 

「ははっ。飛鳥、顔がトマトみたいに真っ赤だ」

 

「……野菜に例えるのはどうかと思うの」

 

「ん? 苺の方が良かったか?」

 

「いや、あの……どっちも一緒だから。この……菜園馬鹿!!!」

 

飛鳥がそう叫ぶと、梅宮が面白そうに笑っていた。ふと、そんな2人の間を桜の花びらが舞っていく。それを見て梅宮が「ああ……」と何かを思い出したか様に呟いた。

 

「もう、桜の時期か……」

 

そして、ふっと口元に笑みを浮かべ、

 

 

 

 

「今年もいよいよ始まるんだな……歓迎するよ、一年―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――まこち町 東風商店街

 

 

 

ちりん、ちりん……。風が吹き、商店街の入り口にぶら下げてある風鈴が揺れて音を鳴らす。そんな商店街の中を見慣れない青年が歩いていた。

黒と白の髪に、青と黄のオッドアイの青年は、この辺りでは有名な風鈴高校の制服を着ていた。青年が通るだけで、街の人達の視線が集まる。

その視線の意味は知らない。でも、青年には不愉快なもの以外でしかなかった。いつもそうだ、この生まれつきの外見の所為で、周りは普通に見てくれない。不気味で、気持ち悪い物と決めつける。そんな彼らに青年はうんざりしていた。

 

『ねぇ、また喧嘩だって』

 

『うっそ、マジで迷惑なんですけど』

 

煩い。

 

『またなの? だからわたしは反対だったのよ!』

 

煩い煩い。

 

『関わらない方がいいよ』

 

『見るからに、ヤバいでしょ』

 

煩い煩い煩い。

 

『しょうがいないだろう? 他に引き取り手がいないんだから――』

 

『あんな、気味悪い見た目じゃ当然ね』

 

 

 

『おい! 髪、黒くして来いって言っただろう! 何回言ったら分かるんだ!!』

 

 

 

『え? 財布ないの?』

 

『アイツじゃね?』

 

『えーマジ最悪』

 

『って言うかさ、何あの髪』

 

『いや、目の方がヤバくね?』

 

『ほんと、疫病神だな!』

 

煩い煩い煩い煩い。

 

 

 

 

 

  『―――気持ち悪い』

 

 

 

 

 

 

黙れ―――――――!!!!!

 

 

「ちっ……」

 

制服のポケットに手を入れたまま、やっぱりアパートで大人しくしておくんだったと後悔の念が押し寄せてくる。視線が忌々しい。

そう思っていた時だった。

 

「ねぇ! だから、どいてってば!!」

 

何処からか、見知らぬ女の声が聞こえてきた。青年が徐に顔を上げると、商店街の一角で1人の女が5人のヤバそうな男達に囲まれていた。男達はにやにやしながら、その女に向かって、

 

「そんな事言わないでさー。行きたいと事かさー、やりたい事とかさー」

 

そう言って。にやりと笑みを浮かべる。すると、その女は不愉快そうに顔を顰めると、ぎゅっとエコバックに入っている、今買ってきた玉子を見た。

 

「あんたらの顔に……」

 

女が何か言おうとしていた。その言葉を今か今かと待つように、男がにやりと笑う。だが、女から出た言葉は、男の期待する言葉では無かった。

 

「玉子、ぶつけてやりたいけど。手、塞がってるし、もったいないから――やらないっ」

 

そう言って女が男を睨み付ける。すると、男は面白いものを見たかのように、くっと喉の奥で笑って、

 

「気の強い女の子は好きだけど、あんまり強気でいると痛い目見るよ?」

 

そう言うなり、立ち去ろうとした女の腕を掴んだ。余りにも強く握られ、女が顔を顰める。

 

「ちょっ……、痛い!!」

 

 

―――好きなモノは、“強い”ヤツ。

 

 

「まぁまぁ、一緒に行こうぜ」

 

 

―――弱いヤツには、興味が無い。

 

 

「離っ……離してよ!!」

 

 

―――そして、弱いのに“強い”と勘違いしてるヤツは……。

 

 

ぽんっと、ふいに男の肩に後ろから手が乗せられる。その手に、「あ‟?」と、男が違和感を覚えて振り返った。

 

「おい。真昼間から、ダッセー事やってんじゃねーよ」

 

その声の主を見て、男が「はっ」とあざ笑う。そこには白黒頭に青と黄のオッドアイの青年が立っていたからだ。

 

「んだ、お前。舐めたナリしやがって――邪魔すんじゃ、ねぇ!!!」

 

そう言うなり、男が青年めがけて拳を振り上げた。が――それをあっさり青年は避けると、そのまま―――。

 

 

 

 

―――ヘドが出る。

 

 

 

 

 

*** ***

 

 

数秒後、そこに立っていたのは、青年だけだった。青年は「はっ」と乾いた笑みを浮かべると、もう聞こえないであろう男達に向かって、

 

「こんなんで、自分が“強い”って勘違いできる頭、どうなってんだよ……」

 

そう言うと、青年はぐいっと男達のリーダー格っぽい奴の襟首を掴みあげ、

 

「いいか、オレの顔と名前よく覚えとけ。弱いヤツはオレを避けるように、“強い”ヤツはオレを見つけるように。オレは――風鈴高校、桜遥だ!」

 

「……」

 

桜遥と名乗った自分を助けてくれた青年を、女はぽかんっと見ていた。すると、青年――桜遥は、何事も無かったかのように、制服のポケットに手を突っ込むと、そのまま去ろうとしていた。女は唖然としていたが、次の瞬間はっとして慌てて桜を追いかける。

 

「ねぇ!」

 

女がそう声を掛けるが、桜は気付いてないのか、そのまま去って行こうとする。だが、女はめげずに桜の腕を掴むと、

 

「ねぇってば! ちょっと待ってよ!! ――ありがとう!」

 

「……は?」

 

一瞬、桜が首を傾げて周りをきょろきょろと見回した。まるで、他の誰かを探すかの様に。それを見た女が半分呆れたような声で、

 

「いや、あんたに言ってるんだけど……」

 

「………………え……、オレ?」

 

「あんた以外、誰がいるのよ……」

 

そう女が突っ込むと、桜はきょとんっと、そのオッドアイの瞳を瞬かせた後、一気に顔を真っ赤に染めた。そして、まるで捲し立てるかのように、

 

「べ、べ、別に、お前を助けたわけじゃねーし!! さっきのヤツが気にくわなかっただけだし……っ!!」

 

「……」

 

余りにも、面白いくらい豹変した桜に、女が一度だけその瞳を瞬かせた後、ふっと微かに笑った。

 

「ねぇ、あんたお腹空いてない?」

 

「はぁ!? べ、別に、空いてねーし!!!!!」

 

そう言った桜の顔は、照れのあまり真っ赤だったのは言うまでもない。

 

 

 

*** ***

 

 

 

―――喫茶・ポトス

 

 

「へぇ、じゃぁ桜は外の人間なのか。どうりで見た事ない訳だ」

 

そう言って、女はポトスの厨房でさっと作ったオムライスを、桜の前に差し出した。桜はというと、展開に付いていけてないのか、唖然としたままその作りたてのオムライスと、それを作った女を交互に見ていた。それから、この状況に落ち着かないのか、周りをきょろきょろと見ては、そわそわとしていた。だが、女は気にした様子もなく、ナプキンとスプーンを引き出しから取り出す。

 

「こんな街に来るなんて、珍しいからさー」

 

「……どうせ、オレは変人だよ」

 

「変人? あー違う違う、桜がどうのって訳じゃなくてさー」

 

そう言って、女が笑いながら手を振った。

 

「この街は、ちょっと前まで色んなチームやら、ギャングやらのケンカや抗争で治安。最悪だったからさ。普通の人はまず近寄りたがらない。ゆーて、私も元は外の人間なんだけどね」

 

そう言って女は、用意したオムライスの横にナプキンとスプーンを置いた。そして、にっこりと笑って、

 

「私は、橘ことは。よろしくね」

 

「な……」

 

桜は、この時かなり変な顔をしていただろう。それはそうだ。今まで関わってきた人は皆、桜を勝手に“ヤバいヤツ”と認識し“気持ち悪い”と言っていたのだから――。だが、この女――橘ことは は違った。そういうのを全く気にしてないというか、気にも留めていない様だった。

 

こいつ……。なんでこんなに馴れ馴れしいんだよ。普通ビビるだろ。目の前で男5人ボコボコにしたヤツだぞ!? それに――。

 

「あれ? 食べないの? オムライス、嫌いだった?」

 

「え‟!? あ、いや……く、食うよっ!! 今から食うんだよ!!」

 

今までこんな風に、メシくれたヤツなんて1人も……。

ことはの言葉に、桜が慌てて目の前のオムライスをスプーンで取ると食べた。瞬間――。

 

―――うまっ!

 

初めて食べるその感覚に、思わず顔が緩む。次から次へとオムライスを口に運ぶ桜の姿に、ことはが面白そうに笑った。

 

「この店って、テイクオフ出来んのか!?」

 

「は? テイクアウトだろ? できねーよ」

 

と、その時だった。突然、ポトスの扉がカランカランと、音を立てながら激しく開いたかと思うと――。

 

「ことはさん、襲われたって聞いたけれど大丈夫?!」

 

腰まである漆黒の髪を、長めの蒼いリボンで高く結い上げた、ことはとは違う雰囲気を纏った深緋色の瞳の少女が入って来たのだ。それを見たことはが驚いたかのように、その目を瞬かせる。

 

「え……飛鳥?」

 

だが、それは桜も同じで―――。

 

 

え、だ、誰だ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続けて2話目~

 

2024.08.11