PLATINUM GARDEN
-Guardian of the Wind-
◆ 第1話 風の守護者1
ざあああああああ。
雨が――酷く降っていた。雨の音に混ざって“彼女”の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。まるで悲鳴の様な、音にならない声。悲愴と絶望の混じった声。その声は、数歩下がった所で“彼女”の背中を見ている梅宮一の胸に、酷く突き刺さる様に響いてきた。
噎せ返るような、鉄錆の匂いが辺り一帯に充満している。コンクリートの足元は真っ赤な血で染まり、周りには動かなくなった者達が散乱としていた。その中央で、彼女は泣き崩れていた。
血だまりの中で泣く彼女のその背中は、震えていて、そして、その腕の中にはもう二度と動かなくなった“彼”の躯があった。
「……して……」
彼女の深緋色の瞳が涙で滲み、視界を遮っていく。
「どう……し、て……っ」
悲痛な叫び声だけが、雨の中で木霊した。
「なん、で……」
彼女の長い金の髪が雨の中揺れる。
「どうしてよ……、竜二……っ!!」
ぎゅっと抱き締めた躯を前に、彼女はその名を呼び、問いかけた。しかし、その躯から声が発せられることはなく、ただただ彼女の声だけが、雨の中響いていた。
動かぬ躯を抱き締め泣く彼女に、何をどう声を掛けて良いのか……今の梅宮には解らなかった。でも、ひとつだけ。どうしても、ひとつだけは言いたい事があった。
「……飛鳥」
ごくりと息を吞み、彼女の名を呼ぶ。瞬間、ほんの一瞬だったが、彼女の肩がぴくりと震えた。それでも、梅宮に背を向けたまま、その躯から離れようとはしなかった。
梅宮はゆっくりと雨の中、彼女の方へと足を進めた。一歩、また一歩と彼女に近づくにつれ、その背中が酷く小さく見えていくような気がした。まるで、小さな子供の様な、放っておけない様な、そんな錯覚に捕らわれる。
手を伸ばせば、彼女に届く所まで近づいた後、梅宮はもう一度彼女の名を呼んだ。「飛鳥」――と。そして、
「――オレを利用しろ」
瞬間、ぴくっと彼女の肩がまた揺れた。それでも、構わず梅宮は彼女に手を伸ばすと、そのまま彼女を後ろから抱きすくめた。動かぬ躯を抱き締める彼女の深緋色の瞳が、大きく見開かれる。
「……っ、梅宮さ……? な、にを……」
梅宮の突然の行動に、戸惑いの色を見せてきた。「嘆く」以外で、初めて見せた感情――それでもいいと、梅宮は思った。彼女が希望を抱けるなら、何だって構わないと。
「オレは風鈴の総代になる。だから、飛鳥――お前はオレ達を利用したらいい」
「な、に言っ……て……」
彼女の声が震える。それでも、梅宮は彼女を抱き締める手に力を籠めた。
「……頼む、飛鳥」
―――泣かないでくれ。
お前に泣かれたら、オレはどうしていいか解らなくなる。お前の哀しむ顔を見たくない。お前には笑っていて欲しい。
たとえ、それがオレに向けたものじゃなかたとしても――オレは……。
PLATINUM GARDEN
-Guardian of the Wind-
―――4年前
「きゃっ……」
ガシャ―――ンという音と共に、長い金の髪の少女の身体が、フェンスに打ち付けられる。そんな彼女を、周りの男達はにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべて見ていた。少女は、キッとその深緋色の瞳で男達を睨み付けた。すると、その内の1人がにやりと笑みを浮かべると、少女の顎をぐいっと掴みあげて、上を向かせる。そして――。
「オレ達さ、知ってんだぜ?」
そう囁いた。男のその言葉に、少女の肩が微かに揺れる。だが、その表情に動揺の色は無かった。彼女は、ふっと微かに乾いた笑みを零し、
「知っている? 貴方達が何を言っているのか意味が分からないわ」
そう返すと、男はくつくつと笑いながら、
「おいおい、とぼけたって無駄だぜ? その目に、その髪――お前“BLOOD”の“紅蓮”だろ?」
「……」
少女は答えなかった。すると、男がイラついた様に少女の長い金の髪をぐいっと引っ張った。突然髪を引っ張られて、少女の顔が微かに歪む。だか、男は気にした様子もなく、続けた。
「その血の様に赤い目は“紅蓮”のトレードマークだもんなぁ? 一体、今まで何人殺ってその目をそこまで“赤”にしたんだ?」
男がそう言った瞬間――バシッと少女が自身の髪を掴む男の手を、激しく横に弾いた。そして、乱れた髪を何でもない事の様に整えると、その深緋色の瞳で男達を睨んだ。それから、くすっと微かにその形の良い口元に笑みを浮かべ――。
「ああ……“そっち”? 何だったら、貴方達もその中に入る?」
そう言って、その綺麗な顔でにっこりと微笑んで見せる。だが――それが癪に障ったのか、男の顔が醜く歪んだ。
「は……っ。だったら、望み通りそのお綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてやるよ!!!」
刹那、少女の目の前の男が、彼女の顔面目掛けて拳を振り上げてきた。だが、少女は顔色一つ変えず、一度だけその深緋色の瞳を瞬かせた後――。
「……遅」
聞こえないぐらい小さな声で、そう呟いた。瞬間、ガシャ―――――ン!! という、激しい音が辺り一帯に響き渡った。周りの男達の誰しもが、少女が潰されたと思った。だが……。
「……!?」
拳を振り上げた筈の男は、驚愕する様にその目を見開いた。男は確かに、目の前の少女の顔面目掛けて殴った筈なのに――何故か自身の拳は、少女が居たであろう筈のフェンスに撃ち付けていたのだ。
と、その時だった。
「――だから、遅すぎるって言っているの」
自身の背後から、少女の声が聞こえたのだ。男がぎょっとして振り返ろうとした刹那――彼女の放った風よりも速い剣の様な足蹴りが、男の顎めがけて放たれた。パァアン!! という音と共に、その場に男がそのまま倒れ込む。
驚いたのは、他でもない周りにいた男達だ。口々に「なんだ、今の蹴り……」「神谷さんが一撃でのされちまった……」「速過ぎんだろ――」とぼやいていた。そんな男達を少女は、ぐるっと一瞬見てから、
「次は? こちらか行ってもいいけれど――」
そう言って、少女が乱れた金の髪を整えると、その鋭い深緋色の瞳で男達を睨み付けた。男達に動揺が走る。だが、少女は一度だけその瞳を瞬いた後、
「ああ、悪いけれど――貴方達には聞きたい事あるから、逃がさないわよ」
そう言ってにっこりと微笑んだ時だった。
「―――飛鳥!!!!」
突然、男達の後ろから誰かが自分の名を呼ぶ声が聞こえた。少女が、はっとして顔を上げる。
「竜――って、………………え?」
「竜二」とその声の主の名を呼ぼうとしたが――そこに現れたのは、待ち焦がれる人ではなく……。
「飛鳥! 無事か!?」
「……………………う、梅宮、さん……?」
そこにいたのは、彼女が呼ぼうとした名の主とは似ても似つかない、銀髪に翠色の瞳をした少年――梅宮一だったのだ。梅宮は彼女――飛鳥を確認するなり、周りを囲んでいる男達を睨み付けた。
「……これ以上、彼女に手を出してみろ。お前ら、ただじゃおかないからな」
そう言う梅宮を見て、男達が顔を見合わせた後、にやにやと笑い出した。そして、その内の1人が、威嚇してくる梅宮の肩に腕を置くと、あざ笑うかのように、
「“ただじゃおかない”って、どうしてくれるんだ? つか、コイツ誰?」
「あー最近“BLOOD”に出入りしてるといかいうヤツじゃね?」
「“BLOOD”のメンバー?」
「さぁ?」
そんな会話を、けたけたと笑いながら話す。だが梅宮は、そんな小馬鹿にしてくる言葉には一切反応しなかった。真っ直ぐに飛鳥の深緋色の瞳を見つめると、そのまま肩に乗せられた手を払い除ける。男が「お?」と、面白そうに声を上げるが、やはり梅宮は一切そちらには目もくれず、そのまま飛鳥の方へと歩いて行った。
「梅宮さん……どうして、ここに……」
飛鳥がそう言葉を発すると、梅宮はさも当然の様に、にかっと笑い、
「飛鳥を護るのはオレの役目だからな」
「え……いや、それは……」
「違う」と言い掛けた時だった。突然男達が、飛鳥と梅宮を囲むように、陣形を取った。
「なんだよ、正義のヒーローの登場ってか!」
「たった1人で、この人数相手に出来るとでも?」
けらけらと笑いながら、男達が梅宮を退かそうと手を伸ばしてくるが、梅宮は「はぁ……」と、小さく溜息を付くと、そのまま男達を無視して飛鳥の手を取った。
「行こう、飛鳥。た――じゃない、不動が待ってる」
「ちょ、ちょっと、待っ……」
飛鳥が手を引っ張られて、慌てて口を開きかけた時だった。不意に男達が飛鳥と梅宮の間に入って来たかと思うと、飛鳥の手首を掴んだのだ。
「おいおい、勝手に連れていかれちゃ困るねぇ。まだ話は終わってな――」
「こっちは、お前らに用はないんだよ」
ばっさりと、梅宮にそう言い捨てられて、男の頭にかっと血か上ったかのように、逆上しだした。
「は? こっちだって、てめぇには用はねぇんだ、――よ!!」
そう言うが早いか、その拳を梅宮の顔面目掛けて振り上げてきたのだ。飛鳥が、はっとして梅宮の名を呼ぼうとした時だった。ガンッ! と激しい音が辺り一帯に響き渡った。思わず、飛鳥が手で口元を覆う。しかし――。
「……はぁ、手ぇ出してこなかったら、そのまま放置してやったのに」
男の拳を片手で受け止め、梅宮は呆れにも似た溜息を付いた。その綺麗な顔には、傷ひとつ無く、むしろ男を憐れんでいる様にも見えた。
飛鳥がその深緋色の瞳を大きく見開く。それは、ほんの一瞬の出来事だった。気付けば、男達は全員その場に伸されていた。梅宮によって――。
「……」
飛鳥が言葉を失っていると、梅宮が笑って手を握って来た。そして、さも当然の様に、
「不動の所へ帰ろう」
そう言って、手を引いて歩きだした。飛鳥はただ言われるがまま、その手に引かれて付いて行くしか無かったのだった――。
「飛鳥、また派手にやらかしたようだな」
いつもの場所に梅宮に連れられて戻ると、そこには“BLOOD”のメンバーが集まっていた。ふと、飛鳥がその中心に赤毛の男を見つけて、ぱっと表情を明るくさせる。
「竜二!」
そのまま、梅宮の握る手を離れると、その男の方に駆け寄って行く。梅宮がぼんやりと飛鳥から離された、自身の手を見てた時だった。ふと、その赤毛の男が梅宮の方を見た。それから、一度だけその金の瞳を瞬かせると、ふっと微かに細める。
「梅宮、ありがとな」
その男が、飛鳥の肩を抱き寄せると、一言そう言ったが、梅宮は何も答えなかった。否、答える事が出来なかった。そんな梅宮の心情を知って知らでか、赤毛の男は、一度だけその金の瞳を瞬かせると、ふっと微かに笑みを浮かべ、
「――梅宮。飛鳥がそんなに欲しいか」
そう言い放ったのだ。だが、驚いたのは梅宮ではなく、飛鳥の方だった。かぁっと顔を真っ赤にさせて、口をぱくぱくさせた。
「竜二……っ。な、何を急に――っ!」
飛鳥が慌ててそう口走ると、赤毛の男は、くっと喉の奥で笑った。そして、するっと彼女の金の髪に自身の長い指を絡めると、引き寄せ――。
「……ぁ……」
そのまま飛鳥の瞼に口付けを落とした。ぴくんっと、飛鳥が肩を震わす。それでも、赤毛の男は止める事はせず、ちゅっ、と音を立てながら、額、頬、鼻、と、順にキスしていき、最後に彼女の唇に自身の唇を重ねた。そして、視線だけ梅宮に向けると――。
「悪いな。こいつ、オレのなんだ」
「……」
「それとも――」
ふと、赤毛の男が梅宮の方を見て、
「こいつをオレから奪ってみるか?」
「……っ」
ぴくりっと、梅宮の翠色の瞳に怒りの色が見え隠れし始める。握っていた拳に力が籠もった。そんな梅宮の様子を見て、赤毛の男はくつくつと笑い始めた。
「まぁ、無理だろうが。――お前は、オレには勝てない。喧嘩も、こいつの事も、全てオレに劣っているお前じゃあな」
瞬間、図星を突かれたかのように、梅宮の瞳が見開かれる。だが、赤毛の男はそれすら気に留めることなく、飛鳥の金の髪を自身の指に絡めて遊んでいた。
「……竜二。何、人を戦利品みたいに言ってるのよ」
飛鳥が不満そうに、そう言う。それを見た赤毛の男はくっと笑って、飛鳥の頭を撫でながら、
「悪かった。だが、オレは事実しか言ってない」
「……そういう問題では……」
「はいはい。うちの“華姫”は、よほどオレが良いらしいな」
「だ、誰もそんな事――っ」
かぁっと、飛鳥の顔が真っ赤に染まる。それでは肯定している様なものだった。
そんな赤毛の男と飛鳥のやり取りを、梅宮はただじっと見ている事しか出来なかった。ぐっと拳を握り締めて――。
やっと、始められた笑
ちなみに、あの赤毛の男は……フフフ
2024.08.11