◆ 弐ノ章 出陣 7
「まだか!!?」
目の前を飛ぶ式神を追いかけながら、大包平が叫ぶ
だが、そんな大包平達とは裏腹に、沙紀の飛ばした式はどんどん先へと飛んで行った
このままでは、見失ってしまう―――――……
それだけは、避けねばならなかった
沙紀は言っていた
この先に時間遡行軍がいる―――――と
俄かには信じがたい話だった
大包平も、それなりに場数は踏んでいた
その大包平ですら、あの時周囲の時間遡行軍は全て撃退した――――
そう思っていた
勿論、一期一振もそうだろう
だが、沙紀は違った
「まだいる」と、彼女は言ったのだ
もし、それが本当の話ならば、何なんでも見失うわけにはいかない
「おい! ついてきているか!?」
後ろを走っている一期一振に声をかける
一期一振も「は、はい!」と返事をすると、大包平の傍まで駆け寄ってきた
流石の大包平もここまでほぼ全力疾走した為、息も切れそうだった
思わず、樹に手をつき息を整える
「はぁ…はぁ……、おい、本当に大丈夫なんだろうな?」
流石の大包平も不審に思ったのか…一期一振にそう尋ねる
だが、一期一振は額の汗を拭うと
「沙紀殿が嘘を言うとは思えません」
そうきっぱりと、言い切った
だが、大包平はそれだけでは納得しなかった
小野瀬は言っていた
あの“本丸”には“鶴丸国永”がいると―――――……
だが、実際には大包平は鶴丸には会っていない
いたのは、胸糞悪い天下五剣が一振・三日月宗近だった
ここは、小野瀬に言っていた“本丸”なのか…?
そんな疑問が浮かんだ
もしそうなのだとしたら、先ほどの あの女が鶴丸の言っていた女だという事になる
七年前、わずか 齢十歳で鶴丸を顕現させたという少女――――………
“審神者”でもなく、“華号”も得ていない少女が、刀をひとがたへと顕現させる――――…
それが、どれほど“神業”なのか、流石の大包平でもわかる
もはや、それは人の業に非ず
それは、“神”の領域に近かった
それを、十の娘が成し遂げたのだ
それも、難業と呼ばれる、御物の業物を――――……
確かに、先ほどの沙紀の技は凄まじかった
あれだけの瘴気を一気に蹴散らかしたのだ
しかし――――……
大包平はふと思った
彼女が最初に唱えた祝詞は「祓詞(はらへことば)」と言われる、邪気を払うものだった
だが、その後続けて唱えた祝詞は「ひふみ神言」とも言われる、死者蘇生の言霊だった
それをあえてあの場で唱える―――それは何故か
もう、大包平の考えの及ぶ範疇を超えていた
少なくとも、あの場で彼女が判断して、「ひふみ神言」を唱えることにより、時間遡行軍は動きが鈍り縛術で縛られたのだ
それはつまり、時間遡行軍は死人になるのだろうか…?
だから、蘇生術を掛けられ苦しんだ……?
考えても答えなど見つからなかった
時間遡行軍については、まだまだ不明な点が多い
政府も全力で調べていると言うが…未だ詳しくはわかっていない
歴史修正主義者は、何をどうやって時間遡行軍を生んでいるのか……
それすらも、解明されていない
何にせよ――――………
大包平は、目の前でくるくると飛んでいる式を見た
あの女のいう事が本当なら、この先に―――――………
その時だった
「く、くるなぁぁぁぁぁぁ!!!」
「!?」
突然、前方から少年らしき叫び声が聴こえてきた
大包平がはっとして、刀に手を掛ける
瞬間、沙紀の作った式が「ピィ――――――」と鳴いた
「大包平殿!! きます!!」
一期一振が叫んだ
その瞬間、ゴゥ……! という風の音とともに、突風が前方から襲ってきた
「な、に……っ!?」
突然の風に大包平が視界を覆う
その瞬間―――――………
殺気!!?
はっとして、大包平が刀を構える
だが、風が強く目を開けていられない
しかし、そんな事を言っている場合ではなかった
「こんな…風ぇぇぇ!!!!」
そう叫ぶな否や、大包平が思いっきり刀を横に振りきった
と同時に、声にもならない時間遡行軍の断末魔が響き渡る
瞬間、視界が晴れた
そこで見たものは、小さな身体で必死に時間遡行軍に立ち向かう少年の姿だった
手に持っている、刀を振ってなんとかしようとしているが――――……
少年の刀の刃が時間遡行軍に届くはずもなく……
このままでは、あの子供は死ぬ
大包平がそう思い、体制を整えようとした時だった
「私が参ります!! 大包平殿、援護をお願いします!!」
そう言うが早いか、一期一振が囲まれている少年の方へ走り出した
「お、おい!」
一期一振のまさかの行動に、大包平が一瞬 呆気にとられる
が、一期一振はそのまま刀を腰から抜き切ると
「はぁ!!!」
ズバン!! という音と共に、背後から時間遡行軍を斬り倒した
斬られた時間遡行軍が断末魔と共に、霧となって消えてゆく
だが、一期一振はそれだけでは止まらなかった
時間遡行軍をなぎ倒すと、最短距離で少年の元へ駆けつけた
だが、少年は刀を持って現れた一期一振を敵かと思ったのか…
「うわああああ!!!」という、必死の抵抗の声を上げて刀を振りかざしてきた
が――――所詮は、小さな身体
その上、半分錯乱していて剣筋もめちゃくちゃ
それが一期一振に届くわけもなく―――――……
一期一振は軽く片手で、その少年の刀を凪ぐと、すっと少年の前に膝を追った
「大丈夫ですよ、私たちは味方です。 よく、一人で頑張りましたね」
そう言って、少年の頭を撫でた
瞬間、少年が大粒の涙を流しだす
「う…う……ぇ…」
一期一振はふわっと微笑むと、その少年の背を撫でた
「もう、安心してください。 後は―――――」
そう言って、ゆっくりと背後を見た
すると、そこには時間遡行軍を倒し切った大包平が、今にもキレそうに顔を引きつらせて立っていた
「お~ま~え~~~~~!!!!」
それを見た、一期一振はにっこりと微笑み
「おや、大包平殿。 どうかされましたか?」
あたかも、何も知らぬという風に さらっとそう流すと、今一度 少年の方を見た
少年が、涙を拭いながら一期一振達を見て
「あ、あの……た、助けて頂いてありがとうございました」
そう言って、丁寧に頭を下げた
「ほぅ……」
それに少し感心したかの様に、大包平が声を洩らす
だが、一期一振はそんな大包平と違って、にっこりと微笑み
「いえ、ご無事で何よりです」
そう言って、優しく少年の頭を撫でた
少年が気恥ずかしそうに、少し頬を染める
「あ………」
ふと、何かを思い出したように、少年がはっと顔を上げた
「そうだ! 玉!! 玉を知りませんか!!?」
「タマ? 猫か?」
大包平が、空気読まずにそう言うと、少年が大きな声で「違います!!」と叫んだ
「たま…殿ですか?」
一期一振が少し考えて、そう尋ねると
少年がこくりと頷いた
「僕の妹の玉子です」
そう言われて、ある事を思い出した
沙紀と一緒にいる筈の少女―――――名は聞いていなかったが、兄が危ないと言っていた
きっと、あの少女のことだろう
一期一振はにっこりと微笑み
「妹御も大丈夫ですよ。 今、私どもの主殿と一緒にいます」
「ある、じ?」
突然、出てきた「主」という言葉に、少年がぴくっと反応する
瞬間、ぼかっと大包平が一期一振を殴った
「(この、馬鹿正直が!! 警戒させてどうする!!?)」
「(え……? ですが……)」
嘘は言っていな
沙紀は一期一振にとっては主だ
だが、どうやら「主」という言葉が少年を警戒させたのは間違いなかった
確かに、ここが何処だかわからない今の状況で沙紀が主だと公言するのは警戒を煽るかもしれない……
「あ、あなた方は……?」
少年が、少し強張った顔つきで、一期一振と大包平を見た
「……………おい」
ふと、大包平が少年を見下ろし
「お前の、妹? の…玉だったか? それは、これくらいのガキか?」
そう言って、あの時の少女の身長を思い出しつつ、手でその高さを見せる
すると、少年「玉だ…」と言って、大包平の方を見ると
「玉はどこに―――――!!?」
慌ててそう、問いかけてくる
大包平は、「あ~~」と頭をかきながら
「俺たちの連れと一緒にいる。 安心しろ」
どうやら、子供が苦手なようである
どう対応していいのか、迷っている様だった
そんな大包平に、思わず一期一振がくすりと笑みを浮かべる
「……お前っ! 今、笑っただろう!!?」
すかさず大包平から突っ込みが入ったが、一期一振は華麗にスルーすると
少年と同じ目の高さになるように、今一度膝を折り
「私共と一緒にいた方が、今ご一緒にいます。 行きましょう」
そう言って、少年の手を取った
少年が嬉しそうにぱぁっと顔を緩ませる
一期一振が、すくっと立ち上がった辺りを見る
そして――――……
「大包平殿……」
「あ?」
不意に話しかけられ、大包平がそう声を洩らす
すると、一期一振は少し困ったように
「我々は、どちらから来たかわかりますか……?」
「は!?」
言われて、大包平がはっとする
ずっと、沙紀の式を追いかけていた為、周りをよく見ていなかった
しかも、その式もいつの間にかいなくなっている
周りを見ても、樹・樹・樹
樹しかない
「あ~~~~」
そこまで考えずに、ここにきてしまった事に失敗したと思った
が、既に後の祭りだ
「んん~~~~~」
大包平は唸ると、腕を組み考える
あっちから来たような気もするが…
こっちから来たような気もする……
「うむ、わからん!」
きっぱりとそう言い放つ、大包平に一期一振が「はぁ…」とため息を、洩らした
「大包平殿……」
一期一振がなかば、呆れた様にそう声を出す
「そういう風に、はっきりしているご性格なのは良きことだと思いますが…その、申し上げにくいのですが…」
言い辛そうに、一期一振が言い淀む
そしてちらりと、自身の手を握っている少年を見た
釣られて、大包平もそちらを見る
すると……
一期一振の手を握っている少年が、また今にも泣きそうになっている
それを見た大包平が、「あ~~」と声を洩らすと、キッと少年を見て
「泣くな!! 男だろうが!! しゃきっとしろ!!」
と、一括したのだ
驚いたのは他ならぬ一期一振だった
「大包平殿!!」
叱咤するように、一期一振がそう叫ぶが
大包平はお構いなしに
「いいか! 男たるもの涙は見せるな!! どんな時でもだ!! 武士の子なら尚更だ!!」
少年が大包平の言葉にはっとする
そして、ぐいっと自身の手で涙を拭と、真っ直ぐに大包平を見て
「ど、どうしたらいいですか?」
そう尋ねてきた
いい目をしていた
大包平はにっと笑みを浮かべ
「その顔だ!! その顔を忘れるな!!」
「は、はい!!」
少年がこくりと頷く
その時だった
「……お兄ちゃん…………?」
ふと、後ろから声が聴こえた
はっとして、振り返ると、先ほどの少女を連れ立った沙紀がこちらに歩いてきていた
「沙紀殿!!」
一期一振が少年の手を引いて、沙紀に駆け寄る
すると、沙紀の連れていた少女がぼろぼろと涙を流しながら、その少年に抱きついた
「お兄ちゃぁぁぁぁん!!!」
「玉!!」
少年がぱっと顔を綻ばせ、妹を受け入れる
「怪我とかないか?」
そう少年が尋ねると、少女はこくこくと頷き
「うん、このおねえちゃんが一緒にいてくれたから……」
そう言って、沙紀の方を見る
沙紀は、にっこりと微笑んで、すっと少女達の方に近づいた
そして、小さく目線を合わせる様にしゃがむと
「初めまして、沙紀と申します」
そう言って、微笑んだ
少年が、一瞬 かぁ…と、頬を赤く染める
それから、わざとらしく咳払いをして
「僕――――私は、亀山城が城主・明智十兵衛光秀が一子、十五郎と申します。 こちらは、妹の玉子です。 助けて頂いて…ありがとうございました!!」
そう言って、深々と頭を下げたのだった
だから、気づかなかった
大包平が、何か引っかかるように、顔を顰めたことに――――………
歴史に詳しい方とか、大河観てる方はお気づきと思いますが、ある事に
そこは、後で書くので、今はスルーしてください⸜(* ꒳ * )⸝
後で、わかるwwww
2020/04/26