華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 5

 

 

 

「それにしても………」

 

そう言いながら、沙紀は辺りを見た

見た感じ、どうやら町から離れた山の中の様だが……

 

「ここは、どこなのでしょうか…?」

 

周りにあるのは、木々ばかりで人の気配すらない

時折、動物がひょっこりと顔を出しているほどだ

 

確か、つい先ほどまで本丸にいたはずだ

それが、転送装置に入った途端、装置が稼働してどこかへ飛ばされた

 

そういえば―――――……

 

大包平は、装置を見て何か叫んでいなかっただろうか……

それに確か、一期一振が装置を見て“行き先が固定されている”と―――――

そう思い、ちらりと大包平と一期一振を見る

 

一期一振は、辺りを見渡して様子を見ている風だった

そして、大包平は――――……自身の端末を出して、小さくため息を洩らしていた

 

「………………?」

 

どうしたのだろうか?

沙紀が不思議に思い首を傾げたときだった

 

「TS1579.07.07」

 

「?」

 

何の暗号だろうか……

 

沙紀が「あの……」と声を発しようとした時だった

 

 

 

 

 

「うわあああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

「!!!?」

 

どこからともなく、子供の叫ぶ声が聞こえてきた

一期一振がはっとして、慌てて沙紀の元に駆け寄ってくると、そのまま自身の背にかばう様に立ち、腰の刀の鞘に手をかける

 

違う、これは――――……

 

この感覚、この感じ

これは―――――………

 

石上神宮で襲われた時のことが脳裏を過る

 

「一期さん! 違います! これは―――――」

 

沙紀が言い終わる前に、大包平が動いた

 

「馬鹿か!!! 時間遡行軍だ!!!!」

 

そう言うが早いか、即座に刀を抜き切ると、声のした方へ走り出した

一期一振が一瞬、困惑したように沙紀を見る

 

それはそうだろう

一期一振は顕現して一度として、時間遡行軍とは対峙していない

感覚が追い付かないのも無理のない話だった

 

「沙紀殿、大包平殿は――――」

 

一期一振の言わんとすることが分かったのか、沙紀はこくりと頷き

 

「すぐ、大包平さんを追いましょう! この感覚、間違いありません。 時間遡行軍です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が着いた先では、すでに大包平が時間遡行軍と交戦中だった

その異形の姿の敵を見て、一期一振が大きく目を見開く

 

「あれが……時間遡行軍…」

 

その時だった

時間遡行軍の内の一振が、こちらに気づいた

グウウウ……と唸り声をあげると、その赤い目をギラリと光らせた

 

「…………っ」

 

沙紀が、一瞬ひるむ

その瞬間を、敵は見逃してはくれなかった

 

オオオオオオオ

 

と、凄まじい雄叫びを上げると、一気にこちらに向かって そのボロボロの刀を振り上げてきた

 

「――――……っ」

 

避けなければ―――――!!!

咄嗟にそう思い、避けようとした時だった

 

「う…うう…ひっく…」

 

え―――……

 

背後から子供の泣き声が聞こえてきた

はっとして、振り返ると、小さな女の子が泣いていた

 

「っ…………」

 

避ければこの子に当たる!!

もうその時、自分がどう動いたのか記憶にない

 

足が勝手にその泣いている少女の方に動いた

 

 

 

「沙紀殿!!!」

 

 

 

一期一振の声が聞こえたような気がした

だが、沙紀はその声に応える余裕はなかった

 

咄嗟に、その少女をかばう様に抱きしめる

まるでそれをわかっていたかのように、時間遡行軍が一期一振を無視して沙紀めがけてその大きなボロボロの刀を振り下ろしてきた―――――

 

「―――――――っ」

 

斬られる――――――………

 

そう覚悟を決めた時だった

 

 

 

   ギイイイイイイイイイン

 

 

 

激しい剣戟の音が辺り一帯に響き渡った

 

え………

 

はっとして、そちらを見ると

いつの間にこちらに来たのか………

 

大包平が大きく振り下ろされた太刀をギリギリの所で抑えてくれていた

 

「馬鹿が!!! 早くどけ!!!」

 

「は、はいっ」

 

叱咤されて、沙紀が慌てて立ち上がると

泣いている少女の手を引いて、その場を離れる

 

沙紀が背後に居なくなったのを確認した後、大包平は支えていた太刀をそのまま力の原理で横に流す

 

ドオオオン

 

という、轟音と土煙がもうもうと舞う

一瞬、その土煙に時間遡行軍がひるむ

その瞬間を、大包平は見逃さなかった

 

「はぁ!!!」

 

そのまま、一気に自身の太刀を反転させ、そのまま敵の喉元を貫いた

瞬間、時間遡行軍の断末魔と一緒に、その姿が塵となって消えていく――――

 

「……………」

 

沙紀がその大包平の姿を見て、唖然としていると

大包平は ふんっと鼻で息をし

 

「どうした、恐ろしくなったか? ――だが、これが戦場だ。 油断は自分のみならず、他者をも危険にさらす。 戦場に立っていいのは、その“覚悟”がある者だけだ」

 

「―――――っ」

 

正論を真正面から突き付けられ、言い返すことなど沙紀には出来なかった

 

私は……まだ、甘かったのだわ……

 

神代三剣の守護があるから、大丈夫だと思った

でも、それだけでは駄目なのだ

 

ぐっと、唇を噛みしめると、大包平を見た

 

「ここにいて」

 

泣いていた少女にそう告げると、沙紀は素早く紋を切った

瞬間、少女を中心に神紋が出現する

 

「お、おねえちゃん……っ!!」

 

びっくりした少女が思わず、沙紀の手を握る

すると、沙紀はすっとその手を包み込むと、にっこりと微笑んだ

 

「大丈夫、ここに居れば安全だから ここで待っていて?」

 

すると少女は、泣きながら

 

「お、お兄ちゃんが……っ」

 

その言葉で、先ほどの子供の叫び声を思い出した

 

「貴女のお兄様もここにいるのね? わかったわ、お兄様も呼んでくるから待っていて?」

 

沙紀の言葉に、少女がこくこくと涙を拭きながら頷く

その様子に、沙紀はくすっと笑ってそっと、少女の頭を撫でた

 

「ここまで、一人で頑張ったわね」

 

「おねぇちゃぁん……」

 

ぐすっと、また少女が泣きそうになる

本当なら、傍に居てあげるべきなのだろう

だが、“審神者”である、今の私のすべき事は―――――……

 

沙紀はもう一度、少女の頭をなでると、そのまま すくっと立ち上がり

 

「大包平さん、一期さん、今から私が敵を一か所に封じますので、その後はお願いしても宜しいですか?」

 

「どうするつもりだ?」

 

大包平がそう問うと、沙紀はすぅ…と息を吐き

 

「敵の数も多いですし、本当は禹歩うほを踏む方法が確実なのですが……おそらくそんな余裕を与えてくれないでしょうから、三神の力を借りようと思います」

 

「三神?」

 

耳慣れないその言葉に、大包平が首を傾げた

 

「説明は後程、では――――参ります!!」

 

そう言うなり、沙紀がぱんっと両の手を叩いた

 

布都御魂大神ふつのみたまのおおかみ布留御魂大神ふるのみたまのおおかみ布都斯魂大神ふつしみたまのおおかみ……その力をもって、我が身に宿りし剣にその霊力ちからを顕現させよ」

 

瞬間、それは起きた

沙紀の胸元がまぶしい嫌いぐらいに光りだした

思わず、大包平と一期一振が目を覆う

 

ぱぁぁぁぁという、光とともに沙紀の胸元から三振の剣が姿を現した

 

「なっ―――――」

 

驚いたのは、外ならぬ大包平だった

それもそうだろう、沙紀が本来 この日ノ本最高位の姫巫女“神凪”であることを知らないのだから――――

 

「なんだ、あの剣は!!?」

 

「あれは―――おそらく、沙紀殿のお身体に宿るという神代三剣でしょう」

 

「はぁ!? 神代三剣と言ったら、石上神宮の隠し巫女が保管しているという神剣だろうが!? なぜ、あいつが持っている!!」

 

瞬間、一期一振がはっとする

 

「沙紀殿!! 来ます!!」

 

見ると、時間遡行軍がこちらに目星を付けたように、その赤い目をぎらぎらさせていた

すぐさま、沙紀は紋と祝詞を唱え始める

 

掛けまくも畏き(かけまくもかしこき)

伊邪那岐大神(いざなぎのおほかみ)

筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に(つくしのひむかのたちばなのをどのあはぎはらに)

禊ぎ祓へ給ひし時に(みそぎはらへたまひしときに)

生り坐せる祓戸の大神等(なりませるはらへどのおほかみたち)

諸々の禍事・罪・穢(もろもろのまがごとつみけがれ)

有らむをば(あらむをば)

祓へ給ひ清め給へと(はらへたまひきよめたまへと)

白すことを聞こし召せと(まをすことをきこしめせと)

恐み恐みも白す(かしこみかしこみもまをす)

 

 

刹那、ひゅうぅうう…と何処からともなく風が吹いてきた

それ同時に、辺り一帯の空気が変わった

 

あれだけあった時間遡行軍の放っていた瘴気が一瞬にして消えたのだ

 

大包平と一期一振が驚く間もなく、沙紀は更に続けて唱えた

 

 

一二三四五六七八九十(ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり)

布留部 由良由良止 布留部(ふるべ ゆらゆらと ふるべ)

 

沖津鏡(おきつかがみ)、辺津鏡(へつかがみ)

八握剣(やつかのつるぎ)、生玉(いくたま)

死返玉(まかるかへしのたま)、足玉(たるたま)

道返玉(ちかへしのたま)、蛇比礼(おろちのひれ)

蜂比礼(はちのひれ)、品物之比礼(くさぐさのもののひれ)

 

 

沙紀がそこまで唱えた時だった

目の前の三振の神剣が、まるで生き物のように飛んだのだ

そして、東西南の方角へと向かい、地に刺さった

 

「いや、だめだ」

 

大包平が叫んだ

 

肝心の“北”がない

北は”鬼門“と呼ばれる霊道である

そこを塞がなければ意味がない

 

違う――――

 

そこまで考えて大包平は はっとした

 

彼女が――――沙紀が北の柱なのだ

 

 

左青龍、右白虎、前朱雀、後玄武、前後扶翼

 

 

 

   「霊縛!!!」

 

 

 

 

瞬間、それは起こった

バリバリバリっと雷のような音とともに、一斉に時間遡行軍の動きが止まったのだ

 

「今です、大包平さん、一期さん!!」

 

沙紀の声に、大包平が はっと笑った

 

「やるじゃないか!」

 

そう言って、楽しそうに刀を構えると、すぐさま結果内の時間遡行軍を切り伏せていった

時間にして、数分――――

 

気が付けば、そこにいた時間遡行軍はすべて二人の手によって霧となって消えていた

流石というべきか……

 

でも………

 

おかしい

何かがおかしいのだ

 

先ほどの、いやな感覚がまだ消えていない

だが、ここにいた時間遡行軍はすべて縛術で動きを止めたはずだ

 

何か見落としている――――………

 

そんな気がして、ならなかった

 

その時だった

ふいに、刀を収めた一期一振が「沙紀殿 術を解かれないのですか?」

と、尋ねてきた が―――――………

 

「一期さん、それが………」

 

解いていいものか、悩んだ

あの少女の兄もまだ見つかってない

そして、あの時の叫び声――――

 

それは、少女の兄が時間遡行軍と遭遇していた可能性が高い

加えて、この嫌な感覚――――――

 

まだだわ

まだ、いる

 

直感というべきか

それとも、“神凪”としての感じるのかはわからない

わからないが、まだ終わってない――――――………

 

「式を飛ばします」

 

「は?」

 

沙紀の言葉に、素っ頓狂な言葉を上げたのは他ならぬ大包平だった

それはそうだろう

彼らの中では、すべて撃退した筈なのだから―――

 

だが、沙紀は違った

まだいる

 

何かが、そう確信させた

 

沙紀は宙に何か紋を描いた

すると、神紋から一羽の神鳥が姿を現した

 

「行って」

 

沙紀がそういうと、その神鳥はくるりと沙紀の周りを回った後、まるで呼んでいるかのように

ある一方向へ向かって飛び始めた

 

「あの方角に、恐らくあの子のお兄様と―――時間遡行軍がいます」

 

沙紀のはっきりと断言した様な言葉に、一期一振と大包平が はっとする

沙紀はちらりと、防御結界内の少女を見て

 

「彼女がいますし、術の維持も行いますので、私はここに残ります。 お手間を取らせて申し訳ありませんが、お二方で追ってくださいますか?」

 

その言葉に、二人は一気に式を追いかけていった

 

二人の背が見えなくなったところで、沙紀は小さく息を吐いた

杞憂ならいい

でも、もしもあの子のお兄様が襲われでもしていたら―――――

 

駄目だわ、そんなことを考えては……

大丈夫

そう、だって一期さんも、大包平さんも強いもの―――――………

 

「おねえちゃん……大丈夫?」

 

ふいに、結界内の少女から手が伸びてきて、袴を掴まれた

瞬間、はっと我に返る

 

いけない……

顔に出ていたのかもしれない

 

沙紀は小さくかぶりを振ると、にっこりと微笑んだ

そして、少女の頭を撫でる

 

「大丈夫。 今、貴女のお兄様を探しに行っているから、もう少し待ってね?」

 

そう言って、微笑んだ

だが――――

 

なぜかしら………

なにか、大きな渦に巻き込まれてしまったような

そんな感覚に捕らわれたのを、拭い去ることが出来なかった

 

後に知る――――

 

 

 これが、単なる“始まり”に過ぎなかった事に――――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか、本丸側も入れたかったのに……入らなかった( ;・∀・)

さて、あの子供たちはなんですかね???www

 

しかし、そろそろ更新速度上げたいぜwww

 

2019/10/18