華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 42

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

「…………」

 

ここは、どこなの……?

真っ暗な通路を歩かされながら、沙紀は先を歩く小竜を見た。

しかし、小竜が教えてくれるはずもなく……何処かも分からない道を歩くしかなかった。

 

結局、何も出来ずにあのまま小竜に連れ去られてしまって、鶴丸達とも離れてしまった。

 

りんさん……。

 

心配、しているだろうか……。

やっと再会出来たというのに、またこうして別々に分かれる事になってしまった。

 

沙紀は、きゅっと手を握り締めると、小さく息を吐くと先を歩く小竜を今一度見た。

小竜は振り返ることなく、一定の距離を保ったまま歩いていた。

 

あの時、小竜は『キミは怖がるふりでもしてた方がいいよ』と言っていたが……。

あれは、どういう意味なのだろうか?

 

あれでは、まるでわざと鶴丸達を遠ざける為に、沙紀に「小竜景光」を突き付けていたと言っている様なものだった。

だが、そんな事をする理由が分からない。

 

この“小竜景光”は間違いなく、あの“黒い力”によってひとがたに顕現させられている刀だ。

そして、あの力によって顕現した刀に“まともな自我”はなかった。

少なくとも、あの時襲ってきた地蔵行平には――。

 

だが、この小竜はどうだろうが?

まるで“自我”がある様に見える。

 

「あの……」

 

沙紀が、小竜に話しかけようとした時だった。

沙紀が続きを言う前に、小竜が口を開いた。

 

「……言っておくけど、何も俺は知らないよ」

 

「え?」

 

小竜のその言葉に、沙紀が一瞬その躑躅色の瞳を瞬かせる。

すると、小竜はゆっくりと振り返ると――、

 

「だから、キミの知りたい事に関して、俺は何も知らないって言ってるの」

 

「…………」

 

「聞くだけ無駄だよ。キミは俺の主じゃないからね。答える義理もないし?」

 

主……?

その言い方だと、まるで―――。

 

「貴方様に、“主”となる方がいらっしゃるのですか?」

 

「……さぁね」

 

小竜は両手を上げると、再び歩き始めた。

完全に、はぐらかされた感じだった。

 

もしかして、触れてはいけない事だったのかしら……?

そう思うも、今更謝るのも変な気がして、言い出せなかった。

 

その時だった。

ずっと続くと思っていた暗い通路の先に、少しだけ灯りが見えた。

 

「あれは……?」

 

思わず、沙紀がそう口にした時だった。

ふと、小竜がその足を止めると――すっと、その灯りに向かって手をかざした。

瞬間――ぐにゃっと、視界が揺れた。

 

「……っ」

 

三半規管を刺激する様なその感覚に、沙紀が立っていられなくなり、頭を押さえてよろめく。

倒れる――と思った刹那、伸びてきた手が沙紀を支えた。

 

はっとして顔を上げると、小竜が半分呆れたように溜息を洩らしながら、

 

「……まったく。キミは……これぐらい耐えなよ」

 

「す、すみません……」

 

思わず謝ってしまうと、小竜が一瞬きょとんとした様にその紫水晶の瞳を瞬かせた。

が、次の瞬間 お腹を抱えて笑いだしたのだ。

 

突然、笑いだした小竜に、沙紀が驚いていると……、

小竜はくつくつと笑いながら、

 

「キミ、面白いね」

 

褒められているのか、貶されているのか分からない様な言葉を発してきた。

沙紀がどう反応していいか困っていると、小竜はくすっと笑いながら何かに納得した様に「ああ……」と声を洩らした。

 

そういう所・・・・・が、あいつらがキミを気に入る理由かもね」

 

「え……?」

 

気に、入る……?

小竜の言う意味が理解出来ず、沙紀が首を傾げていると、

ふと、小竜が先ほど手をかざしていた方を見た。

そして――。

 

「ああ、着いたよ」

 

そう言って、その扉を開けると――――一気に光が押し寄せてきた。

 

「……っ」

 

沙紀が思わず、手をかざして目を瞑る。

ずっと暗い通路だったのに、突然 光が視界に入ってきて、目が開けていられない。

 

…………

………………

それから、どれくらい経っただろうか……。

漸く目が光に慣れてきた頃だった。

沙紀が、そっとその躑躅色の瞳を開けると――視界に一面の緑に包まれた庭が入ってきた。

 

「え……」

 

そこは、何処かの庭園の様だった。

季節は7月で夏だというのに、桜の樹が花を満開にしており、池にはその花びらが浮かんでいる。

そして、その中央に小さな庵があった。

質素ながらも、綺麗な面持ちを残したその庵からは、風情すら感じる。

 

どうして……?

 

確かに、自分は城の中にいた筈なのに―――。

どうして、暗い通路を抜けた後が外なのか……。

それとも、あの通路は隠し通路で、外に繋がっていたのか。

 

すると、小竜は何でもない事の様にその庵に向かって歩き始めた。

 

「あ……」

 

沙紀がどうしていいのか迷っていると、ふと小竜が振り返り、

 

「キミ、何してるの? 早く来なよ。それともここ・・で浮流でもしたいの?」

 

それだけ言うと、また歩き始めた。

 

「浮流……?」

 

聞き慣れない言葉に、沙紀が首を傾げる。

「迷う」ではなく、「浮流」と小竜は言ったのだ。

 

どういう、こと……?

 

そう思っていると、小竜の背がどんどん小さくなっていっていた。

このままでは、見失ってしまう――。

 

沙紀は一瞬 戸惑いながらも、小竜について行くしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――同時刻・亀山城 廊下

 

 

「はわわわわわ。鶴丸殿ぉ~! あ、主さまがぁ~~~!!」

 

こんのすけが、鶴丸の肩でおろおろとしながら叫んでいた。

それを耳元で聞きながら、鶴丸は器用に片手でこんのすけの頭を撫でると、

 

「落ち着け、こんのすけ。沙紀は俺が必ず助けるから―――“約束”しただろう?」

 

「……っ、はい……っ」

 

こんのすけが、今にも泣きそうになりながら、こくこくと頷く。

鶴丸は、もう一度こんのすけの頭を撫でると、自身の端末を見た。

 

それから、ぱぱっと端末を立ち上げると、何枚ものパネルを出す。

 

「鶴丸? 一体何を―――」

 

不思議に思った大包平がそう問うが、鶴丸は軽く片手でそれを制すると、パネルの操作に集中した。

それから、数分も経たない内に鶴丸が何かを見つけたかの様に、「これを見ろ」と指さした。

 

皆がそのパネルに集中する。

そこには、こんのすけのMAPとそっくりなMAPが開かれていた。

 

「少し、見づらいな」

 

鶴丸がそう言うと、こんのすけの開いていた城のMAPと、自分の開いたMAPを重ねた。

重ねると、それは 似ているが、微妙に違っていた。

 

そして、相違している一か所を指さす。

そこは、竜胆の印と蒼い光が点滅していた。

 

「ここに、沙紀がいる」

 

「え?」

 

鶴丸の断言したような言葉に、一期一振や燭台切達が声を洩らす。

それはそうだろう。

まるで、最初から彼女に何か細工をしていたかの様に居場所を特定したのだ。

ハッキング―――だとしても、幾らなんでも早すぎる。

 

「えっと、鶴さん? 沙紀くんに何かしてたの?」

 

燭台切が思わずそう聞くと、鶴丸は平然としたまま、

 

「あーなんか誤解があるようだが、特に何もしてないぜ? ただ……」

 

「ただ?」

 

「ほら、覚えてるか? 沙紀の端末を初期設定する時に俺の認証も一緒にされてしまった事」

 

言われてみれば、大広間で設定をしていた時、確かに誤って鶴丸のも一緒に彼女の端末に認証されてしまっていた。

そして、沙紀はそのままでいいとやり直さなかったのだ。

 

「あれが、まさかこんな形で役立つとはなぁ。要は単に沙紀の持つ端末を調べただけだ」

 

「な、なるほど……」

 

燭台切が説得力あり過ぎて、反論出来ないでいると、

ふと、大倶利伽羅が何かに気付いたかの様に……。

 

「……最初から、それで探せなかったのか?」

 

言われてみればそうだ。

最初に、沙紀と一期一振と大包平が何処かへ飛ばされた時、それで沙紀を探せばよかったのでは―――?

そう思ってもおかしくない。

 

だが、鶴丸は少し表情を曇らせて、

 

「それが出来たら、苦労しなかったんだがな……」

 

「……?」

 

燭台切と大倶利伽羅が顔を見合わせると、それまで黙っていた三日月が口を開いた。

 

「うむ、流石に別時空の主の居場所をそれで探すのは、いささか厳しいだろうなぁ」

 

「ああ、今回は同じ時空内だから探せたが――万が一、移動されたら厄介だ。それに――」

 

とんっと、鶴丸がこんのすけのMAPの赤黒く光っている所を叩いた。

瞬間――、その場所が揺れたかと思うと、鶴丸の出したMAPの蒼い光と重なった。

 

「丁度いい、沙紀は明智と同じ場所にいるみたいだな」

 

「どういう事だ? 赤黒い光が……動いた?」

 

大包平が首を傾げるが、鶴丸は「いや」と答えると、自身の開いたMAPを垂直に反転させた。すると――……。

 

「あ!」

 

元からあった、赤黒い光の場所と、沙紀のいる蒼い光の場所が重なるのだ。

 

「明智は、最初から“ここ”にる。ただし、この城を反転した“奥の間”の場所にな」

 

沙紀は、最初から“奥の間”としか言わなかった。

つまり、彼女の言った事は間違っていなかったのだ。

 

「ややこしい……」

 

大包平が、苦虫を潰した様な顔をしていると、鶴丸がくすっと笑いながら、

 

「まぁ、そう言うな。向こうも無い知恵絞ってるんだからよ。――どちらにせよ、沙紀に手を出した事を後悔させてやるよ」

 

そう言った鶴丸の声は何処までも、冷たかった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

―――山城・小竜寺城

 

 

あれからどのくらい時間が経っただろうか。

夕日の沈みかけた空を見ながら、山姥切国広は小さく息を吐いた。

 

薬研に進言した後、薬研は再び膝丸と合流する為に城下へと戻った。

てっきり、直ぐに城に戻って来るかと思われたが―――、

一向に戻ってくる気配はなかった。

 

何か問題でも起きたのだろうか……?

 

そんな不安が微かに過ぎる。

こんな時、一緒に行けない自分の身体が恨めしかった。

 

たかが、時間遡行軍を一人で相手にしただけでこのざまだ。

山姥切国広は自分の掌を見ると、ぐっと拳を握った。

 

「……鶴丸なら、違ったのかもしれない、な」

 

あいつなら、こんな怪我などせず、一人でも立ち向かえたのかもしれない――。

彼女の――沙紀の為に、動くことが出来たのかもしれない。

 

そこまで考えて、はっと渇いた笑みが浮かんだ。

 

「俺は、何を言っているんだ……」

 

比べても仕方がないのに―――。

鶴丸は鶴丸。

自分は自分だ。

 

比べた所で、自分は“鶴丸国永”にはなれない――。

そんな当たり前の事を、何を今更……。

 

「はぁ……」

 

思わず、重い溜息が出てしまう。

そんな風に、考えてしまう自分が情けない。

 

山姥切国広は、何とか立ち上がると、庭の方へと出た。

さぁ……と風が吹き、山姥切国広の綺麗な金髪の髪を揺らす。

 

身体中が軋む様に痛い。

だが、こんな痛みなどに構っている暇などないのだ。

 

あの時の、時間遡行軍の目的もそうだが、

行方不明の髭切の身も気になる。

 

それに―――……。

 

「沙紀……」

 

誰にも聞こえないぐらい小さな声で、彼女の名を呼ぶ。

彼女は一体どこにいるのか……。

 

この時空にはいなくて、他の時空に飛んだやつらがもう見つけただろうか……。

それとも、まだ彷徨っているのだろうか。

 

得る情報がなく、不安しか浮かばなかった。

 

「早く……、見つけて、やら、ないと―――」

 

初めて顕現した時から、ずっと傍にいて見てきた。

彼女が誰を見ているかなど、分かっている。

勿論、自分を見てくれていない事も……。

 

それでも、俺は……。

 

「俺は、あいつを――沙紀を護るだけだ」

 

それが、俺の出来る 唯一の“役目”だから――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――― 同時刻 山城・小竜寺城 城下町

 

 

薬研と膝丸は、銀に続くように歩いていたが、

気が付けば、どんどん裏道に入っている様だった。

 

「なぁ、薬研」

 

膝丸が小さな声で薬研に話しかける。

薬研がそちらを見ると、膝丸は耳打ちする様に、

 

「大丈夫なのか? このままこの男について行って」

 

「…………」

 

薬研は一度だけ銀の背を見た後、

 

「まぁ、怪しい所はあるが――情報屋の本拠地に行こうってんだ。こんなもんだろ?」

 

「それは……そうかもしれんが――」

 

「とりあえず、ここで見失うと厄介だ。あの銀って男が俺達を待つとは思えないしな」

 

膝丸が不安になるのも、理解出来た。

それぐらい、この裏路地は不気味だった。

 

行く先々に、浮浪者の様な者たちがいるし、

光りも差さず、夕方とはいえ不気味で独特な雰囲気を漂わせていた。

 

と、その時だった。

突然、銀がこちらを見たかと思うと―――。

 

「……抜けるぜ」

 

「「は?」」

 

瞬間――視界が開けた。

 

    そこは――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、あっちもこっちも謎のまま終わってるww

とりあえず、全4か所のシーンを全部出しました

まぁ。まんばの所は今「待ってるだけ~」なので、あまり書くことが……。

 

2023.10.09