華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 40

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

「小竜景光、さん……?」

 

目の前にいる、縄でぐるぐる巻きにされている青年を見て、沙紀はそっとその名を呼んだ。

すると、小竜景光と呼ばれた青年が、ふと顔を上げる。

 

視界に入る、美しい金糸の髪に紫水晶の瞳。

しかし、その紫水晶の瞳の奥は赤黒く濁っていた。

 

間違いない。

それは、地蔵行平が纏っていた“黒い力”の気配と同じものだった。

 

という事は、やはり彼も明智様が……?

 

そう思うのが、妥当なのだが……どうも腑に落ちない。

「小竜景光」が明智光秀の手にあったなど、聞いた事もないからだ。

 

では、何故彼がここに……?

 

「…………」

 

思わず、沙紀が後ろにいた鶴丸や、三日月達を見る。

だか、彼らにも分からないのか……顔を見合わせると首を捻っていた。

 

確かに、一期一振は以前 豊臣秀吉の元で見た事があると言っていた。

だが、それはあくまでも「豊臣」秀吉であり、「羽柴」秀吉ではない。

 

今はまだ、秀吉は織田信長配下の「羽柴」秀吉であり、「豊臣」秀吉ではないのだ。

 

しかし――――。

 

「ここの時間軸は、既に捻じれている……」

 

そう――ここは、既に「放棄され世界」。

それはつまり、「本来の歴史とは異なる時間軸で動いている世界」に他ならない。

 

現に、この世界の細川忠興に嫁ぐはずの明智家の玉子姫は死んでおり、いない。

玉子姫が居ない――それは後の細川ガラシャのいない世界だ。

 

それが、どう「歴史」に影響を及ぼすのか……。

 

「その、玉子様がお亡くなりになっているとなると、その先ここの時間軸の辿る道はどうなるのでしょうか?」

 

沙紀が、ふとそう口にすると、鶴丸が「ああ、それは――」と口を開いた。

 

「りんさん? 何か思い当たるのですか?」

 

正直、玉子よりも明智光秀や、その君主である織田信長をここで亡き者にしてしまった方が歴史に影響がでそうなのに、なぜ玉子を狙ったのか、正直謎だった。

 

すると、鶴丸は辺りを見渡した後、

 

「あくまでもいくつかある内の一つの仮説だがな、最悪の場合ガラシャがいなかったら関ヶ原がひっくり返る可能性がある」

 

「関、ヶ原……だと!?」

 

最初に声をあげたのは大包平だった。

それはそうだろう。

まさかこの時代の改変で、二十一年後の「関ヶ原の戦い」に影響可出るかもしれないというのだ。

 

「おい、鶴丸。それはいくらなんでも飛躍し過ぎじゃないか?」

 

大包平はそう言うが、一期一振は何か気付いたのか、

 

「それは――もしや、西軍の細川屋敷の襲撃の結果が変わるからでしょうか……?」

 

「細川屋敷の襲撃の結果?」

 

「はい、明智玉子殿――つまり、後の細川ガラシャ殿の居ない世界。そうなると、関ヶ原の前に起こる西軍の細川屋敷の襲撃で、ガラシャ殿はいらっしゃらないから自害なさらないので―――」

 

「ええい! それが何だというのだ!!」

 

大包平が業を煮やしたように、叫ぶ。

すると、鶴丸が小さく息を吐きながら、

 

「ガラシャが居ないないって事は、後に起こる“関ヶ原の戦い”にて、石田三成が“妻子の人質”を禁じていない世界に繋がるんだよ」

 

「“妻子の人質”を禁じていない世界だと?」

 

「ああ」

 

すると、そこまで静かに話を聞いていた三日月が「ふむ……」と声をあげた。

 

「なるほどな。鶴の言う事も一理ある」

 

そう言って、三日月が頷く。

それを見た鬼丸が首を傾げながら、

 

「どういうことだ? 三日月宗近」

 

「ん? 何、簡単な話よ。石田三成が西軍に“妻子の人質”を禁じた原因は、細川屋敷の襲撃でガラシャが投降せずに自害を選んだからに、他ならないからな」

 

――――そう、西軍には“関ヶ原の戦い”において、その時代では当たり前の様に行われていた“妻子の人質”を禁じていた。

逆に、東軍は禁じておらず、その為西軍からの東軍への“寝返り”が多く発生している。

 

故に、ガラシャの生存が“関ヶ原の戦い”に影響を及ぼすのは必須であり、その為 時の政府はこの世界を「放棄」した。

 

それが、鶴丸の考えだった。

 

「まぁ、あくまでも“もしかしたら”の話だ。沙紀がいつも言ってるだろう? “歴史は改変しても抑止力が働く”って。だから、代わりの誰かが自害して、もしかしたら“史実通り”になる可能性もある」

 

「抑止力?」

 

大包平が首を捻りながら、沙紀を見る。

その反応に、沙紀は少し不思議に思いながら、

 

「ええ、基本的に“歴史”を長い目で見て大きく変えることは不可能なのです。これは、小野瀬様にも説明したのですが――世界には“流れ”というものが存在します。たとえ過去を改変したとしてもその力……つまり“抑止力”が作用し、元の歴史の流れにいずれ戻るのです。長い目で見れば歴史は変わりません。運命を変える事は不可能なのです。そういうお話は……、その、大包平さんの所の“審神者”様は仰られていませんでしたか?」

 

「初めて聞いた」

 

「え? あ、そう、なのです、ね……」

 

あまりにもきっぱりはっきり「初めて聞いた」と言われて、少し驚いてしまう。

もしかしたら、この話はあまり“審神者”の間では出ない話なのだろうか……? と、少し不安になってしまう。

 

すると、鶴丸がぽんっと沙紀の頭に手を乗せて、

 

「まぁ、歴史改変を目論む“歴史修正主義者”と相対する、“審神者”の間じゃぁ、あまり知られてないかもしれないな。じゃないと、“なら、放置してもいいのでは?”って思う奴も出てくるかもしれないだろう?」

 

「それは――――……」

 

確かに、鶴丸の言う事はもっともだった。

そう言う考えの“審神者”が出てもおかしくない。

 

だから、あえて政府は言っていないのかもしれない。

 

「でも、そうなると今回の件は、鶴さんの意見だけだと、ちょっと“放棄”するには“弱い”よね?」

 

そう言ったのは、燭台切光忠だった。

 

「……だが、光忠。ガラシャが死んでるなら、ここの“歴史”は既におかしいんだろ?」

 

大倶利伽羅がそう言うと、燭台切がうーんと唸りながら、

 

「まぁ、伽羅ちゃんの言う事も、もっともなんだけど……」

 

と、燭台切が考え込んでしまった時だった、ふと鶴丸が「それだけじゃないだろ?」と言い出した。

 

「鶴さん?」

 

「光忠、大倶利伽羅。ここの時間軸は“おかしい”んだ」

 

「え? おかしいって……?」

 

燭台切が、首を捻って沙紀を見る。

沙紀は、鶴丸を見た後、

 

「その……、この世界の明智様は何だか“おかしい”のです。普通の人間の成せる業ではない出来事を、幾つも起こしていて――――」

 

「それって……」

 

すると、鶴丸が指を折りながら、

 

「まず、土蜘蛛の使役。それに城の迷宮化。そして――謎の“黒い力”と、刀剣男士の顕現。これだけでも、充分“おかしい”に値すると思わないか?」

 

「……とてもじゃありませんが、明智光秀殿お一人の仕業とは思えませんね……」

 

一期一振の意見に、沙紀も頷く。

 

「時間遡行軍も関わっていましたし、それに、あの“黒い力”もどこから得たのか気になります。そもそも、刀剣男士の顕現を“審神者”以外の者が可能なのでしょうか?」

 

沙紀がそう言った時だった。

何故か鶴丸や、一期一振、燭台切達の視線が沙紀に集中した。

 

「え……?」

 

思わず、沙紀が驚いてその躑躅色の瞳を瞬かせる。

 

「俺は――一人知ってるな」

 

と、鶴丸。

 

「私も、存じ上げています」

 

と、一期一振。

 

「……ごめん、僕達も知ってる、かな? ねぇ? 伽羅ちゃん」

 

と、燭台切の言葉に大倶利伽羅が頷く。

 

「え? あ、あの……?」

 

「そういえば――沙紀はまだ“華号”を授与されてないんだったな」

 

と、とどめの様に大包平がぼやいた。

 

「ええ!? あ、あの……っ。わ、私は何も――――何もしていません!!」

 

し――――ん……

 

辺りが、静まり返る。

何もしていないのに、なんだか居たたまれなくなり、沙紀は今にも泣きそうだった。

 

その時だった。

 

「ぷはっ! はは! ははははは!!」

 

突然、鶴丸が笑い出した。

 

「え……?」

 

すると、つられて一期一振や燭台切達も笑い出す。

 

「え? え? あ、あの……」

 

沙紀はもうこの時、パニックになっていたかもしれない。

その躑躅色の瞳を瞬かせながら、おろおろと辺りを見渡す。

 

「悪い、沙紀。冗談だよ! お前が“神凪”だから成せるのを俺達は知ってる。それにしても、ぷくくっ。さっきの沙紀の慌てぶりは面白かったな!」

 

「な、な、なん……」

 

瞬間、からかわれていたのだとわかり、沙紀がかぁぁっと真っ赤にその顔を染める。

 

「も、もう、そういう冗談はやめてくださ……っ」

 

そこまで言いかけた時だった。

我慢していた涙が、零れた。

 

「…………っ」

 

沙紀がぱっと、泣いているのを見られたくなくて、慌てて皆に背を向ける。

そんな沙紀を見て、鶴丸がくすっと笑いながら、

 

「沙紀、悪かったよ、からかったりして。だから機嫌直せ、な?」

 

そう言って、沙紀の後ろからそっと彼女を優しく抱きしめると、その手で彼女の頭を撫でた。

 

こんな時に、卑怯だと沙紀は思った。

そんな風に言われたら、怒るに怒れないし。

それに、一度こぼれた涙が優しくされたら止まらない。

 

「そ、んな……っ、わた、し、は……ぅ……」

 

「馬鹿、泣くなよ」

 

「な、泣いてません……っ」

 

「嘘つけ、ほらこっち向け」

 

そう言って、鶴丸に促されて彼の方を向かされる。

それでも、沙紀は鶴丸の顔が見る事が出来なくて、俯いたまましゃくりを上げていた。

 

すると、

 

「あ~あ、鶴さんが沙紀くん泣かして~」

 

「国永、最低だな」

 

「鶴丸殿、沙紀殿を泣かせるのは如何なものかと……」

 

「鶴丸、お前酷い奴だな」

 

と、何故か四振に責められた。

お前らがそれを言うか!? と、言いたい所だが、今は沙紀の方が優先だった。

 

「はいはい、俺が悪かったって。ほら、沙紀も泣き止め、な? 泣き止まないと――“この場で”口付けしてもいいんだぜ?」

 

「…………っ」

 

沙紀が、びくっと肩を揺らす。

これ以上皆の前で醜態を晒すのはごめんだった。

 

沙紀が慌てて手で目を擦ろうとした瞬間、鶴丸がその手を掴んできた。

そして、

 

「馬鹿、目を擦るやつがあるか。ほら、顔上げろ」

 

そう言って、そのまま上を向かされたかと思うと、そのままそっと目じりに溜まっていた涙を、ぺろっと舐められた。

 

「……っ!?」

 

余りにも突然の事で、沙紀がどんどん顔を真っ赤にさせていった。

 

「あ、ああ、あの……っ」

 

「ん? どうした?」

 

「あ、いえ、その……」

 

「ほら、沙紀――こっち見ろ」

 

そう言って、鶴丸が沙紀の瞼に口付けを落とす。

しかし、沙紀はもうそれどころではなかった。

 

「あ、ああ、あの、な、涙! その、涙止まりましたので――――」

 

「いいから、こっち見ろって」

 

「り、りんさ―――」

 

と、その時だった。

突然、大包平がぐいっと鶴丸の肩を掴んだかと思うと、後ろへ引っ張った。

 

「ほら、そこまでにしろ。鶴丸。見るに堪えん。沙紀が困ってるだろうが!」

 

「なんだ、大包平。“やきもち”はみっともないぜ?」

 

「はぁ!?」

 

鶴丸がにやりと笑う。

すると、見かねた一期一振が「はぁ……」と溜息を洩らしながら、

 

「お二人とも、そのぐらいにして下さい。沙紀殿が困っているじゃありませんか」

 

そう言って、二振から沙紀をぺりっと剥がすと、自分の背に庇った。

 

「一期……、お前―――」

 

「私は、“ここ”では沙紀殿の“兄”ですので」

 

そう言って、すごむ鶴丸に一期一振がにっこりと返す。

すると、それに便乗する様に大包平が、

 

「おう! なら俺様は“婚約者”だな!」

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

と、一等低い鶴丸の声が響いた。

 

「婚約者? お前、頭平気か?」

 

「至って正常だ」

 

と、ふんぞり返ってそういう大包平に、鶴丸が突然ぐわしっ!と、その襟を鷲掴みにして引っ張った。

 

「この俺を差し置いて、沙紀の婚約者名乗るとは、いい度胸だなぁ? 大包平」

 

「……鶴丸、笑顔が怖いぞ。そして、足! 足踏んでるぞ!!!」

 

「わ・ざ・と、踏んでるに決まてるだろう?」

 

「痛い痛い痛い!!」

 

ぐりぐりと笑顔のまま、踵で足を踏む鶴丸に、大包平が抗議したのは言うまでもなく――――。

沙紀が、はらはらしながらその様子を見てると、

 

「ちょっと、ちょっと! なにやってるのさ!! ほら、鶴さんも、大包平くんも、落ち着いて! 沙紀くんが困ってるでしょ!!」

 

と、燭台切が慌てて間に割って入ってきた。

その時だった。

 

「あのさぁ、キミ達の“それ”、いつまで続く訳? 俺の事忘れてない?」

 

「え……?」

 

突然、違う方向から声が降ってきて、思わず全員がそちらを見る。

そこには、不機嫌そうにこちらを睨む、縄でぐるぐる巻きにされたままの小竜景光がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

―――山城・小竜寺城 花街・“杏寿楼”

 

 

「う~~~ん」

 

髭切が通された部屋で、少し困ったように頭を抱えていた。

目の前には、綺麗な着物や、簪、櫛や化粧道具などが所狭しと並んでいた。

 

周りには忙しなく動く禿達。

そして、目の前には七十過ぎている筈なのに、二十代にしか見えない詞羽がいた。

 

詞羽は、くいっと髭切の顎を持つと、左右に確認する様に振った。

 

「ふむ、肌も白いし、肌理も細かい。顔もべっぴんさんだし、申し分ないね。あの三人の中で一番の上玉を連れてきたことは褒めてやるよ、由良」

 

「由良」と呼ばれて、部屋の外にいた先程の少女がぴくっと、肩を震わす。

 

「あ、あ、の……ご飯……」

 

震えながらそういう由良に、詞羽がふーと煙管を吸いながら、

 

「仕方ないね、今回は許してやるよ。食べてきな」

 

詞羽のその言葉に、由良がぱぁっと嬉しそうに顔を上げた。

そして、たたた……と、急ぐようにその場を離れたのだった。

 

その様子を見ながら、髭切は「なるほどね……」と思いながら、由良の姿が見えなくなるまで待ってから、

 

「えっと、詞羽さんでしたっけ? 僕に何の用かな?」

 

と、話を切り出した。

すると、詞羽は煙管を吸いながら、

 

「なに、あんたには、期待してるよ」

 

そう言ってにやりと笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放置されてた、こりゅ

や、とりあえず情報をな、ガラシャいない場合可能性の話しとかにゃ思って……

だって、この可能性思い浮かべたのは、鶴とまんばだけだもの

おかげで、話す進んでな~い笑 スマセン

 

2023.08.06