華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 弐ノ章 出陣 39

 

 

―――――天正7年7月・丹波 山姥切国広部隊

 

―――山城・小竜寺城

 

 

「そうだ! 大変なんだ!! 髭切が――――」

 

「髭切?」

 

薬研の慌てぶりは尋常ではない、つまり髭切の身に何かあったという事だろうか……?

だが、あの髭切だ。

自分から、問題に首を突っ込んでいても、本人は気づいていない可能性も高い。

 

山姥切国広は少し考えた後、薬研を少し落ち着かせる様に水差しで湯呑に水を注ぐと、

 

「とりあえず、これでも飲め。水だ。それと、少し落ち着け」

 

「あ、ああ……悪い」

 

薬研が歯切れ悪そうにそう答えると、山姥切国広から差し出された湯呑を受け取った。

そして、それをぐいっと一気飲みする。

 

飲み終わると少し落ち着いたのか、薬研が「はぁ~」と溜息を洩らした。

どうやら、先程よりも少し顔色がましになっているという事は、少しは落ち着いたという事だろうか。

 

「悪い、旦那。世話かけた」

 

そう謝罪する薬研に、山姥切国広は「いや……」と答えた後、

 

「それで? 髭切の身に何が起きたんだ? ……膝丸もいないようだが――」

 

「それが―――」

 

薬研は仔細を話し始めた。

 

城下で聞き込みをしていたら、誰かに付けられている事に気付いた事。

そして、それは幼い少女だった事。

なので、気を利かせた髭切が少女を家まで送ると言って、一緒に行ったこと。

だが、その後待てども待てども髭切か帰ってこない事。

 

「膝丸は、今城下で髭切を探してる。俺っちは、とりあえず報告の為に、ここに来たのさ」

 

「髭切が行方不明……」

 

幼い姿の短刀ならいざ知らず、相手は髭切だ。

もし、その少女が物取りに誘い出す役をさせられていて、髭切が誘い出されたとしても、彼なら笑顔で一網打尽にするだろう。

と、考えると、物取りの類ではないだろう。

 

問題はその少女だった。

どこの子供だ……?

 

流石に、時間遡行軍が少女を使っておびき出すとは考えにくい。

となると、今回の件は時間遡行軍とは関係なく、全くの別件の可能性が高かった。

 

「……その子供は何処の子供だったんだ? 身なりや所作である程度は特定できないのか?」

 

山姥切国広にそう尋ねられ、薬研は少し考えこんだ。

言われてみれば、不思議な点はあった。

泣いて怯えている様だったがあの少女、身なりはとてもいいとは言えなかったが、どことなく、その所作は市井の単なる子供にしては違和感を覚えた。

 

そう――まるで、手習いをある程度分かる子供が、あえてあんな恰好をしていた様な……。

あれは――……。

 

「禿……?」

 

「……答えは出た様だな」

 

そう言って、山姥切国広は息を吐いた。

禿といえば、妓楼の妓女になる前の少女達の事を言う。

 

「探すなら、花街だな」

 

つまり、その少女が髭切を連れて行った場所は妓楼の可能性が高い。

客としてか……、それとももっと別の思惑があるのか――。

 

「……花街なら夜だと人が多い、探し出すのは困難だろう。取りあえず今夜は様子を見て、探すのは明日にした方がいいかもしれないな」

 

「……そう、だな」

 

なんだか少し、釈然としないのか……歯切れの悪い返事をして薬研は立ち上がった。

 

「薬研?」

 

「とりあえず、膝丸捕まえてくる。今頃、城下の外門の近くに戻ってきてるはずだ」

 

「そうか」

 

「あ、後、膝丸が戻った後で旦那達に話がある。多分、髭切はそれ・・に巻き込まれてる可能性もあるからな」

 

それだけ言うと、薬研は再び走って部屋を出て行った。

 

「話……?」

 

任務に関する事だろうか。

それとも沙紀の事だろうか。

どちらにせよ、薬研が最後に残した言葉が引っかかった。

彼は『髭切はそれ・・に巻き込まれてる可能性もある』と言っていた。

 

「はぁ……」

 

山姥切国広は頭を抱えながら天を仰いだ。

沙紀の事も、髭切の事も、薬研の言う何か・・も、それから――あの玉子という女の事も、全部何も解決の糸口が見つかっていない。

それに、時間遡行軍が何故玉子を狙うのかも――。

 

「……分からない事ばかりだ」

 

脳裏に浮かぶ。

長く美しい漆黒の髪に、躑躅色の瞳の彼女が『山姥切さん』と言って笑う――。

 

「沙紀―――」

 

彼女は無事なのか。

それとも、誰かと合流出来たのか。

それすらも分からない。

 

「……あんたは今、何処にいるんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 丹波・亀山城

 

 

「……つまり?」

 

大包平が頭を抱える。

沙紀……というか、三日月の話をかいつまんで説明すると。

祇園祭真っ最中の京の都で、立ち寄った先の太閤殿下――この時期で言うと織田信長傘下の羽柴秀吉が、天下五剣の二振「鬼丸国綱」と「童子切安綱」を本阿弥家に預ける為に、来たという。

そこで、三日月は秀吉と意気投合し、二振の内一振「鬼丸国綱」を譲り受けた―――と。

 

「……って!! ん訳あるかあぁ!!!」

 

と、大包平が叫んだのは最もで……、流石の鶴丸もそれには頭を抱えた。

 

「おいおい、史実では鬼丸国綱は本阿弥家に預けられるんだぞ? 三日月が受け取ったら歴史が――」

 

「変わっちまう」と言おうとしたが、ふと何かを思ったのか鶴丸が言葉を切る。

そうなのだ、この時空の歴史・・・・・・・は既に変わっている・・・・・・・・

 

なら、いいのか? とも思ってしまう。

中々、判断の難しい話だ。

 

「あの……」

 

その時、沙紀が口を開いた。

 

「とりあえず、鬼丸さんはもう三日月さんが受け取ってしまっていますし、顕現も緊急時とはいえ、させてしまいました。それに、今更この時空の京に戻る余裕はありません。それよりも先にあちらを何とかした方が―――」

 

といって、沙紀が言ったほうを見ると……、縄でがんじがらめにされた見知らぬ刀剣男士と思われる男性と、一期一振や燭台切、大倶利伽羅もいた。

 

「あちらの方は……?」

 

見た感じ、“普通ではない”気配を感じる――そう、あの“黒い力”の気配を―――。

それに気づいた、大包平が「ああ……」と声を洩らすと、ちょいちょいっと一期一振を呼んだ。

それに気づいた一期一振が、沙紀の存在に気付き慌てて駆けてくる。

 

「沙紀殿!! ご無事で―――」

 

「一期さん」

 

そんなに離れていた訳でもないのに、酷く長く感じる。

 

「ご無事な姿を拝見して、安心致しました。あの明智殿の言葉を聞いた時、どれほど貴女様を心配したか――」

 

と、今にもその手を取らんとした所を、さっと間に鶴丸が入り込む。

 

「おっと、挨拶はその程度にな。それよりも、お前らなんで本体持ってないんだ?」

 

そうなのだ、大包平も一期一振も、「本体」の「大包平」と「一期一振」を持っていなかった。

それを見て、沙紀は「あ……」と声を洩らした。

 

「沙紀?」

 

鶴丸が沙紀を見る。すると沙紀は言うべきか言わざるべきか悩んでいるのだろう。その顔色は少し困惑している様だった。

 

「どうした、沙紀――」

 

と、沙紀の手を伸ばそうとした大包平の前に、鶴丸がさっと沙紀の目線に合わす様にしゃがみ、彼女の頬を優しく撫でた。

 

「どうした? 言い辛い事か?」

 

「あ、それ、は……」

 

何かを言い掛けて、ちらりと大包平と一期一振を見る。

二振は沙紀がこちらを見た事に、顔を見合わせて首を傾げた。

 

鶴丸が一度だけ二振を見る。

それから、再び沙紀の方を見て、

 

「その、明智様が……お二方は邪魔だから始末したと仰られて、それで……その手に、刀があったのです。大包平さんと、一期さんの本体の刀が―――」

 

そう言う、沙紀の声も手も震えていた。

 

「沙紀……」

 

「も、勿論、そんな筈はないって思いました。けれど――お二方は現れないし、そうしている内に、あの見知らぬ方も追いついて来て、そのまま部屋に連れ込まれて……それで……」

 

未だに肌に残る。

あの男の手が自分の太腿や頬に触れ、舐め、そして唇に―――。

 

「…ぁ……っ」

 

知らず、身体が震えた。

そんな沙紀に気付いた鶴丸が、ふわりとまるで安心させるかのように抱きしめてくれた。

 

「りん、さ……」

 

「大丈夫だ、沙紀。あれ・・ならもういない。俺がぶっ潰したからな」

 

「……は、い……」

 

そう、あの土蜘蛛は鶴丸が倒した。

そう――分かっている。分かっているのに、震えが未だに止まらない。

 

「沙紀」

 

不意に、鶴丸が名を呼んだ。

「え?」と、沙紀が顔を上げると、ふわりと鶴丸の顔が近づいていきたかと思うと、そのままゆっくりと唇が重なった。

 

「り、りん―――……」

 

「りんさん」と、呼ぼうとした声は音にはならず、そのまま優しく口付けられる。

 

あ……。

 

一瞬の触れるだけの口付け。

でも、沙紀にはそれで充分だった。

溜まらず、沙紀が鶴丸の着物の袖を掴む。

 

すると、鶴丸はくすっと笑みを浮かべ、

 

「大丈夫だ。俺がいる」

 

そう繰り返した。

優しく頬を撫でられる手も、彼から感じる温もりも、全て――まるで沙紀にかかった“魔法”が解かれていくかの様に、落ち着いてくる。

 

ゆっくりと、鶴丸が唇を話すと、彼の美しい金の瞳と目が合った。

 

「りん、さ、ん……」

 

「言っただろう? 何者からもきみを護ると――そう誓ったのを」

 

「な?」と笑う彼に、沙紀の躑躅色の瞳から一滴、涙が零れ落ちる。

それから、鶴丸にぎゅっとしがみ付くと、小さな声で、

 

「は、い……」

 

と、答えたその時だった。

 

「あ~ごほんっ! 話をしてもいいだろうか?」

 

大包平が割り込んできた。

大包平の声に、沙紀がはっとする。

 

「あ……」

 

周りに皆がいる事を思い出し、かぁぁっと、顔を真っ赤にして慌てて鶴丸から離れた。

 

「す、すみません! あ、あの……っ、どうぞ、お話、を続けて―――」

 

は、恥ずかしい……っ!!

 

いつもなら、周りの目が気になる筈なのに……恐怖の方が勝って周りが全然見えていなかった。

その事実が、余計に恥ずかしさを増した。

すると、大包平がすっと沙紀の前に片膝をついてしゃがむと、

 

「別に、お前を咎めるつもりはない。怖い思いをしたんだろう? 俺達が不甲斐ないばかりに――悪かった」

 

そう言って、沙紀に頭を下げたのだ。

すると、一期一振もそれに続く様に、

 

「沙紀殿、私からも――申し訳ございません」

 

そう言って、頭を下げた。

驚いたのは沙紀だ。

沙紀は慌てて両手を振ると、

 

「い、いえっ! お二人はちゃんとして下さっていました……っ! むしろ、謝らなくてはならないのは私の方で―――……私こそ、不甲斐ない“審神者”で申し訳ございません」

 

まだ、“華号”の授与も受けていない。それはつまり、“審神者”としての力をちゃんと発現出来ていないに他ならない。

それがなんだか申し訳なくて――。

 

 

「ふむ……謝罪会はそのくらいにしたらどうかな? 主」

 

 

不意に、後ろから三日月の声が聞こえてきた。

はっとして、そちらを振り返るとにっこりと微笑んだ三日月と、呆れた様な顔をしている鬼丸がいた。

三日月は、すっと沙紀の傍に歩を進めると、

 

「主、反省も後悔も勿論大事だ。だが、それ以上に大事なことがあるだろう? 主なら、分かっていると思うが――」

 

それは

 

「……同じ過ちを二度と繰り返さない事……」

 

沙紀のその言葉に、三日月が笑う。

 

「うむ。分かっていればそれでよい」

 

そう言って、三日月が沙紀の頭を撫でた。

 

そうだ、反省も後悔も勿論大事だ。

でも、それを何度も繰り返すのは愚者の行いだ。

それらを次へ生かし、同じ過ちを繰り返さない事―――そう何度も、父である一誠に習った教えだ。

 

いつの間にか、忘れていた。

こんな事ではいけない―――。

 

ぎゅっと、沙紀が一度だけその躑躅色の瞳を閉じた。

そして、ゆっくりと開け真っ直ぐに前を見る。

 

それを見た、三日月は満足そうに頷き、

 

「うむ、良き眼だ」

 

そう小さく頷いた。

 

「皆様、混乱させて申し訳ありません。でも、私はまだ全然未熟で、またご迷惑を掛けてしまうかもしれない――それでも、付いてきてくださいますか?」

 

沙紀のその言葉に最初に答えたのは鶴丸だった。

 

「沙紀、きみが望むならば―――」

 

それに続く様に、大包平と一期一振も頷く。

 

「ああ、どこぞの自分の地位に胡坐をかいて、ふんぞり返ってる“審神者”とお前は違う。俺は、あんなやつより、お前を信じる」

 

「一期一振、身命を賭して貴女様に付いていく所存です」

 

そう言って、三人が沙紀に従う様に膝を折り、頭を下げる。

沙紀は、そんな彼らを見た後、ゆっくり目を閉じて、

 

「ありがとうございます」

 

と答えたのだった。

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

「では、話をまとめましょう。まず、大包平さんと一期さんの本体ですが――」

 

沙紀が見たのは、明智光秀がそれらを持っていたという事

そして、持ち主は殺したと彼は言っていた。

 

逆に、大包平達の話を聞くと、朝気付いたら地下牢に繋がれていて、沙紀が明智家の姫として細川家に嫁ぐことを了承したと言ったという。

そして、邪魔な自分たちを抹殺しようとした。

 

だが、光秀の宛は外れ、大包平は兵士を全員打ちのめし、地下牢から脱出。

しかし、城に入った時点で迷宮化していた為、何処をどう走っているか分からない状態だったという。

 

その部分は沙紀も同じで、細川忠興に変化した土蜘蛛に追われている間、城の中をぐるぐる走りながら逃げていたという。

そして、土蜘蛛の餌食になる前、間一髪で鶴丸が現れ土蜘蛛を倒した事。

 

しかし、城の迷宮化は解けなかったので、他に首謀者がいるという事だった。

それが――明智光秀。

彼で、ほぼ間違いないだろう。

 

現に、彼に操られたであろう地蔵行平も襲ってきた。

地蔵は彼の顕現の源になっていた“黒い力”との接点を切る事で、解呪され、刀に戻した。

すると、上空の“時空の穴”が発現し、今度は時間遡行軍が襲ってきたのだ。

鶴丸が応戦したが、数が多すぎて、沙紀の護りまで手が回らない状態だった。

そんな時に現れたのが「鬼丸国綱」を持った、三日月宗近だ。

 

三日月は「鬼丸国綱」を沙紀に預けると、鶴丸の加勢に向かった。

三日月の言葉に従い、沙紀は「鬼丸国綱」をひとがたへ顕現させる。

 

手数がそろった所で、鶴丸のサポートの元、“三神”の1柱である“布都御魂大神ふつのみたまのおおかみ”を沙紀自身の身に神降して、“時空の穴”を塞ぐことに成功。

その際に、発せられた神気により、辺り一帯が浄化された為、城の迷宮化が解かれたのだ。

 

一方、大包平達は廊下で、土蜘蛛の大群と、時間遡行軍の大群に「本体」ではなく。脱出の際に兵から奪った「ナマクラの刀」で応戦していたら、突然“時空間の移動”で燭台切光忠と大倶利伽羅が現れて加勢。

加えて、沙紀の浄化により、敵を殲滅する事に成功する。

 

そして―――

 

沙紀達の目の前には、縄でぐるぐる巻きにされた青年がいた。

 

「あの、彼は……?」

 

綺麗な金糸の髪に、紫水晶の瞳をした青年だった。

しかし、その瞳の奥は赤黒く染まっていた。

 

感じる―――彼から、地蔵行平から感じた同じ“黒い力”が

 

「彼は、小竜景光です」

 

一期一振の言葉に、沙紀が首を傾げる。

 

「小竜さん、です、か?」

 

「ええ……、以前太閤殿下の元で見かけたことがあります」

 

「…………」

 

どうやら、一時期豊臣家にあったのだろう。

でも、その刀が何故ここに……?

 

そして、地蔵といい、彼といい、

刀である“彼ら”を顕現させているのは誰なのか―――。

 

「…………」

 

少なくとも、明智光秀にそんな力があるとは思えない――。

 

 

   では、一体誰が……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ~無駄に、脱線というべきか……してしまったwww

いや、まぁ、謝罪記者会見みたいになてしまってな

何とか、無理くり本筋に戻して、ラストでようやくこりゅに触れましたww

 

2023.07.13