華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~

 

 壱ノ章 刻の狭間 8

 

 

「え………リスト、ですか?」

 

沙紀が、驚いた様に目を瞬かせながら首を傾げた

すると、モニターの向こうの小野瀬は『そうだよ』と言いながら何かを転送してきた

 

が……

 

何やら、一部の箇所がチカチカ光っているが、これをどう受け取ればいいのか分からない

沙紀が困惑した様に、難しい顔をしていると

それに気付いたのか、小野瀬が『あ~』と答えながら

 

『審神者殿…もしかして、開き方…習ってない?』

 

言われて沙紀が「え?」と声を洩らす

 

開き方……?

 

何を…? という風に沙紀が首を傾げたものだから小野瀬は少し考えて

 

『あーうん、分からないんだね? 後で鶴丸君に教わっておいて。 今後、色々資料とか送るから…ファイル開けないと確認出来ないでしょ?』

 

そう言われてしまうと、何だか申し訳ない気持ちになる

 

「すみません……」

 

小さくうな垂れてそう言うと、小野瀬は少し困った様に

 

『うーん…別に怒ってる訳じゃないんだけどね? 審神者殿は勉強熱心だから直ぐに使える様になるとは思うけど…最初は仕方ないよ』

 

そう言われても、素直に頷けない

別に沙紀自身熱心にしているつもりはなかった

 

ただ、自身の知識のなさに流石に問題があると十分自覚している

それに、無知識のまま皆に迷惑を掛けたくない…

 

その想いだけで、動いているようなものだった

 

すると、小野瀬は小さく溜息を洩らし

 

『とりあえず、そのいくつか送ったファイルの中に 今現在、顕現が確認されてる刀剣男士の一覧表が入ってるから確認してね。 この本丸に顕現している者は白く文字が代わってるから。 じゃ、また連絡するよ』

 

そう言って通信が切れた

沙紀は切れた端末を机に置くと、小さく息を吐いた

 

「このままじゃ、駄目だわ…」

 

このままでは、皆の足を引っ張ってしまう……

それだけは、絶対に嫌だった

 

早く、この端末だけでも使いこなせる様にしなければ…

でないと、その都度その都度 鶴丸に迷惑を掛けてしまう

 

でも、どうしたらいいのか……

 

はぁ… と、沙紀がまた小さく息を吐いた

その時だった

 

「こーら、溜息ばかり付いてると“幸せ”が逃げるって言ってるだろう?」

 

ふいに、廊下の方片声が聴こえて 沙紀がはっとする

慌ててそちらの方を見ると、障子戸に寄り掛かる様に鶴丸が立っていた

 

「り、りんさん……」

 

どうしてここに? と思う反面、逢えた喜びの方が勝ってしまう

思わず、顔が綻ぶのを感じ 慌てて我慢する

 

それを見た鶴丸は、一瞬驚いた様な顔をした後、くつくつと笑い出した

明らかに自分の表情の変化で笑われたのが分かり、沙紀が思わずむっとする

それが更にツボだったのか…

鶴丸が今度こそ、本当に肩を震えさせて笑い出した

 

「も、もう! りんさん……っ。 そ、そんなに笑わなくても……」

 

なんだか、恥ずかしくなり 次第に頬が赤く染まっていくのが分かった

顔が熱い

溜まらず、沙紀が両の手で自身の頬を押さえる

 

その様子に、鶴丸はくすっと笑みを浮かべたまま

 

「沙紀、本当にお前は可愛いなあ」

 

そういって、部屋に入ってくると すっと手が伸びてきて頭を撫でられた

それが何だか子ども扱いされている様で、沙紀がむぅ…と頬を膨らます

 

すると鶴丸がにやっと笑みを浮かべ

すっと、ゆっくりと顔を近づけてきた

そして、沙紀の耳元で囁く様に

 

「沙紀……キスして欲しそうな顔してる…俺としては、嬉しいけどな」

 

一瞬にして、沙紀が真っ赤になった

慌てて首を横に振る

 

「そ、そんなつもりは――――……」

 

慌てて否定するも

これでは、肯定しているも同じだ

 

すると、鶴丸は「へえ…」と声を洩らし

 

「なんだ、いらないのか?」

 

にやりと笑みを浮かべてそう言うものだから、沙紀がついに本格的にむぅ…とし始めた

そして、ぷいっとそっぽを向いて

 

「もう、知りません!!」

 

虚を突かれたのは、鶴丸だった

が、それも結局一瞬の出来事で、またくつくつと笑い出した

 

完全にからかわれているのがわかり、沙紀が益々不機嫌になる

すると、その時だった

 

「はい、鶴さんの負けだね」

 

不意にまた廊下の方から声が聴こえた

てっきり鶴丸だけだと思っていたので、ぎょっとしたのは沙紀だ

慌てて廊下の方を見ると、燭台切と大倶利伽羅が何か手に菓子を持って立っていた

それを見た、鶴丸がそ知らぬ顔で

 

「光忠、大倶利伽羅も、いつからそこに居たんだ?」

 

その問いに、燭台切があははと笑いながら

 

「いつからも何も、三人でここに来たのに何言ってるんだか」

 

と言って、部屋に入って来た

驚いたのは沙紀だ

 

今、燭台切は何と言ったか……

 

”三人でここに来た“………?

ということは…ということは………

 

かぁ――と、沙紀の顔がどんどん真っ赤に染まる

 

ぜ、全部…

全部見られていた―――――――!!!!

 

もう、恥ずかしさのあまり顔が上げられない

完全に、俯いてしまった沙紀を見て、鶴丸がまた頭を撫でてきた

 

ううう………

恥ずかし過ぎる………

 

一体、どんな顔をして燭台切や大倶利伽羅を見ればいいのだ

その時だった

 

「沙紀、ほら口開けろ」

 

不意に鶴丸にそう言われ「え……?」と思う

何をどうしたら口を開けなければならないのか――――……

 

そう思い、恐る恐る顔を上げた時だった

ひょいっと口の中に何かを放り込まれた

 

「……………っ」

 

瞬間、口の中に甘みが広がる

それも、甘過ぎもせず、丁度良い甘さだ

 

「美味しい……」

 

思わずこぼれた言葉に、燭台切が満足そうに笑う

 

「本当? よかった、口に合った様で」

 

そう言って、にっこりと笑う

初めて食べる味だった、ほんのり香る馨りがまた何とも言えない

 

「あの…燭台切さん、これは……?」

 

沙紀がそう尋ねると、燭台切は待ってましたとばかりに手に持っていたお皿を机に置いた

そこには緑色の餅があった

初めて見る菓子だった

 

「これはね、“ずんだ餅”って言うんだ。 枝豆をすりつぶしてできたずんだ餡を餅にまぶした仙台の郷土菓子なんだ。 かの政宗公が名づけたなんだよ」

 

そう言って、嬉しそうに語る燭台切を見て、沙紀は「あ…」と思った

 

伊達 政宗

かつての、燭台切や大倶利伽羅の主だ

鶴丸も直接政宗公とは関わっていないが、伊達所有の刀だった

 

「これはね、僕と伽羅ちゃんで作ったんだよ。 なんか、沙紀君は最近色々 根を詰めてる様だったから、甘いものはどうかなって思ったんだ」

 

「燭台切さん……、大倶利伽羅さん……」

 

その気持ちがじんっと伝わって来た

嬉しいと、感じる気持ちが身体中を支配する

 

沙紀が、嬉しそうにふわりと笑みを浮かべる

 

「お二人共、ありがとうございます」

 

そう言って、にっこり微笑んだ

その様子に満足したのか、燭台切が嬉しそうに笑う

 

「よかった。 機嫌、治ったみたいだね」

 

「え……? あ……」

 

言われてみれば、先程のもやもやした気持ちはすっかり消えていた

これも、甘い物効果だろうか

 

「鶴さんは本当にごめんね、色々と迷惑掛けてるみたいで」

 

燭台切が申し訳なさそうにそう言うものだから、沙紀は慌てて首を振った

 

「そ、そんな事ありません。 ……りんさんには、よくしてもらってばかりです。 ……むしろ、私の方がいつもご迷惑掛けてないか心配で…」

 

沙紀が憂い意を帯びた表情でそう呟いた

そうだ、ずっと昔から傍に居てくれた鶴丸

それは、鶴丸に取ってよきことだったのか、迷惑ではなかったのか

それだけが、心配だった

 

すると、それまで話を聞いていた鶴丸がぽんっと突然 沙紀の頭を撫でた

 

「安心しろよ、沙紀。 俺は迷惑なんて思った事一度も無いぜ?」

 

「りんさん……」

 

そう言われるだけで、心が救われる

傍に居てもいいのかと、“錯覚”しそうになる

 

その時だった

 

「ずんだ……」

 

今の今まで黙っていた大倶利伽羅が机の上のずんだ餅を指さし

 

「食べていいか?」

 

と言い出したものだから、燭台切が「もー伽羅ちゃん!」と叱った

 

「伽羅ちゃんのは厨にいっぱいあるでしょ。 これは、沙紀君用に持って来たんだよ?」

 

燭台切がそう言うが、大倶利伽羅の視線がじーとずんだ餅に注がれていた

その様子に沙紀がくすっと笑いだす

 

「大倶利伽羅さんは、ずんだ餅がお好きなのですね。 どうぞ、私は気にせずに召し上がってください」

 

沙紀がそう言うと、大倶利伽羅は一度だけ沙紀を見た後、ずんだ餅を食べ始めた

 

「まったく伽羅ちゃんは…」

 

燭台切がそう言うが、何だが嬉しそうだ

その時だった

ふと、大倶利伽羅が沙紀を見て

 

「そういえば…あんたは、何に悩んでたんだ?」

 

と、突然核心めいた事を聞いてきた

一瞬、沙紀がぎくりと顔を強張らせる

それから、少し困った様に

 

「……大倶利伽羅さんは、鋭い方なのですね」

 

と、苦笑いを浮かべて答えた

 

「……その、悩んでいたというか。 どうしたものかと思いまして……」

 

言うべきか、言わざるべきか、悩んでいると鶴丸がまたぽんぽんっと頭を撫でてきた

 

「沙紀はひとりで何でも抱えすぎだ。 少しは俺達を頼ってくれてもいいんじゃないか? 俺達は、“仲間”なんだからさ」

 

「そうだよ、折角“仲間”になれたんだ。 助けられるところは助けあわないとね」

 

そう言って、燭台切も笑った

その気持ちが嬉しい

 

さきは、じん…と胸の奥に響いてくるその言葉に、心から「ありがとうございます」と答えたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****   ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファイル?」

 

「はい……」

 

沙紀は、先程の小野瀬とのやり取りを話した

小野瀬から“ファイル”という物を送っていただいた事

その中に、今現在顕現している刀剣男士の名前の一覧がある事

だが、その“ファイル”の開き方が分からない事

 

鶴丸は、「成程な」と答えると、沙紀に端末を立ち上げる様に言った

言われて沙紀は端末を起動させる

 

瞬間、ブ―――――ン……

という音と共に、いくつものモニターが立ち上がった

その光景に、燭台切と大倶利伽羅から「おお~」と声が上がる

 

見慣れないその光景に驚いているのだ

それはそうだろう

沙紀ですら最初戸惑いを覚えたぐらいだ

 

すると、鶴丸がひょいっとモニターを覗き込んだ

そして……

 

「ああ、これな。 これはこうして…こうすると―――――……」

 

と、手慣れた手つきでファイルを受け取ると、解凍してく

沙紀には、鶴丸が今何の操作をしているのかさっぱりだった

 

「あの…りんさん? これは……?」

 

目の前のモニターにはとある数字が並んでいた

 

「ん? ああ、ファイルが圧縮されて転送されてたから、解凍してるんだ。 こうしないと、中のファイルが確認できない」

 

「…………?」

 

鶴丸の言う意味が分からない

すると、鶴丸は丁寧に説明してくれた

 

大量のファイルなどを転送する場合、容量を小さくする為に圧縮して転送される時がある事

圧縮ファイルは解凍しないと中が見られない事

その為には、特定のソフトが必要な事

などなど

 

ひとつひとつ、沙紀にもわかりやすく説明してくれる

沙紀は、何度も同じことを聞かない為にも、一言一句聞き漏らさないように集中した

 

「で、これが例の刀剣男士に一番のファイルな」

 

そう言って、鶴丸が沙紀の前にファイルを送った

沙紀はそれを受け取ると、恐る恐るそのファイルに触れた

瞬間、ピィインと音がして何か開く音が聴こえた

どうやら、他者が開けられないようにロックが掛かっていたらしい

 

開くと、ずらっと現在確認の取れている刀剣男士の名前が表示されていた

思わず、隣で補助してくれていた鶴丸だけでなく、後ろにいた燭台切や大倶利伽羅も覗き込んでくる

 

「こんなにいるのかよ……」

 

鶴丸が思わず声を上げた

それもそうだろう…

見たことのない名前ばかりが所狭し並んでおり、一体何振確認されているのかすら見当も付かない

 

その時、一期一振の名前を発見した

その名は白く色が変わっていた

 

小野瀬の言葉を思い出す

 

確か、白く変わっているのがこの本丸のいる刀剣男士だと小野瀬は言っていた

 

「この白いのは?」

 

燭台切がそう尋ねてくる

 

「あ…白く変わっている名は、ここにいる方だそうです」

 

すると、燭台切は「なるほど」と答えた

 

「だから、僕や伽羅ちゃんや鶴さんの名前は白いのか……」

 

「でも、本当に太刀や打刀しかうち いないんだな」

 

鶴丸がそうぼやいた

そうなのだ

言われた通り、白くなっているのは太刀や打刀ばかりだった

 

だが、その時だった

沙紀はふと、とある事に気付いた

 

「あ、れ……?」

 

一瞬、見間違いかとも思う

しかし、どう見てもそれは……

 

「あの………」

 

沙紀が少し困惑した様に、“そこ”を指さした

そこに書いてあった名は

 

「三日月宗近……?」

 

そう―――

そこに書いてあった名は、三日月の名だった

しかし……

 

「名前が……黒いまま……?」

 

そうなのだ

三日月の名前だけ、黒いままだった

黒いまま…つまり居ないという事に他ならない

 

「おかしいですよね…? 三日月さん、ここにいますし……」

 

沙紀がそう尋ねると、鶴丸と燭台切、そして大倶利伽羅が顔を見合わせる

だが、答えなど持っている筈もなく……

 

「そうだなぁ…もしかしたら、政府のチェック漏れかもしれないしな。 一応、後で小野瀬に確認しておく」

 

「すみません、お手間を取らせて……」

 

鶴丸がそう言うので、勝手が分からない自分が連絡するよりもいいかもしれないと思い、素直に好意に甘える事にした

だが、いずれは自分で出来る様にならないといけない

 

少し落ち込んでしまった沙紀に、鶴丸がくすっと笑みを浮かべる

 

「まぁ、たまにはこういう事もあるだろうさ。 三日月の登場のしかた時点で既に予想外過ぎたからなぁ…」

 

言われてみればそうだ

本丸に来たら居たという時点で、予想の上のいっていた

 

誰も想像しなかったであろう

 

「だが、それ言ったら鶴さんも十分予想外の登場だと思うよ?」

 

ふいに、燭台切が笑いながらそう言った

すると、鶴丸は一瞬虚を突かれた様にその金色の瞳を瞬かせた後

 

「確かにな!」

 

と、笑った

 

「それ言ったら、お前等もだろうが。 いや、長谷部以外全員だな」

 

「……確かに」

 

鶴丸の言葉に、大倶利伽羅が頷く

 

彼等の会話の意図が分からず、沙紀が首を傾げていると

鶴丸が、くすっと笑い

 

「俺達、長谷部以外は全員、オリジナルの刀から顕現してるだろう? 普通に考えたら、“ありえない”事なんだよ」

 

「そう…な、のです、か?」

 

「そうみたいだね。 普通は長谷部君みたいに鍛刀で顕現するか、調査で発見されるからしいよ。 僕なんて沙紀君に命救われたしね」

 

そう言って、燭台切がにっこりと微笑む

 

「……俺は成り行きだ」

 

ぼそりと、ずんだ餅を食べながら大倶利伽羅が呟いた

 

「でも……そのお陰で、皆さんには早くお会い出来ました。 私は…嬉しいです」

 

確かに、例外なのかもしれない

それでも、だからこそ皆に会えた

 

それを嬉しく思うのは、何事にも代え難きことだと沙紀は思ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達組の回

ああ~~早く貞ちゃんも出したいですねぇ~(*’ω’*)

2017/04/05