華ノ嘔戀 外界ノ章
    大侵寇「八雲」

 

◆ 第八話 八重のしだれ桜

 

 

意識が沈む・・・・・・

ずっと、ずっと下へと

 

どこまで続くか分からない深淵の中

沙紀はゆっくりとその躑躅色の瞳を開けた

 

視界に広がるのは――――― 一面の闇

 

 

 

ぴちゃ――――――ん・・・・・・

 

 

 

と、静かな空間に水の滴る音が響いた

沙紀が、ゆっくりとした動で、自分の周りを見渡す

 

何処までも続く闇の中――――――

底・・・・・・いや、足元に広がる水面にいくつもの折れた刀が散らばっていた

 

その刃は、とても綺麗で美しかった

 

「・・・・・・・・これ・・・」

 

沙紀がそっと、その折れている刀に触れようとすると―――――・・・・・・

形を保っていた刀が崩れ落ちる

 

手を遠ざけると、また元の形に戻った

 

そういう・・・・・・こと、なのね

 

ここのある刀たちはすべて異なる次元に存在しているのだ

だから、この世界の人間には触れられないのだ

 

でも・・・・・・

 

気のせいだろうか・・・・・・

全て同じ刀・・・の様に見えた

 

そう――――同一の折れた刀が幾つもの次元に存在する

それはすなわち

 

「何度も、繰り返しているという事・・・・・・?」

 

同じ道を何度も何度も辿ってきているという事だろうか

どの次元でも、同じ道にしか進めなかった――――それが、この結果ということだろうか

 

少なくとも、この刀は 当てもない“未来”を変えようと

もがき、あがき、そして――――

 

 

 

 折れた

 

 

 

折れるしか、なかった

それが“彼”の“望み”とは異なっていたとしても―――――・・・・・・

 

ふと、どこからか桜の花びらが舞い降りてきた――――

一枚だけ、ひらひらと舞い落ちてくる花弁・・・・・・

 

その花弁は、そっと沙紀の掌に落ちてくると――――そのまま光となって消えた

 

沙紀がゆっくりと、花弁が落ちてきた方を見る

すると、また一枚 また一枚と、ひらひらと花弁が舞い落ちてきては消えていった

 

「これは・・・・・・」

 

その桜の花弁は、どんどん増えてゆく

だが、その内の一枚も沙紀が触れる事は叶わなかった

触れる前に、光となって消えてゆく―――――

 

そうして、最後の一枚がゆっくりと落ちてきた

 

はらり、はらりと舞いながら――――

落ちてくる

 

「あ・・・・・・」

 

思わず沙紀が手を伸ばすと

その花弁はひらひらと舞いながら沙紀の手の中に落ちてきた

 

薄紅色の美しい桜の花弁だった

 

消え、ない・・・・・・?

 

その花弁は消えなかった

沙紀の手の中でふわふわと揺れていた

 

気のせいか

なぜ、そう思たのか―――それは、は分からない

だが、何故かそう確信めいた言葉で沙紀はその名を呼んだ

 

 

 

「・・・・・・三日月、さん?」

 

 

 

すると、その花弁がふわふわと舞いながら沙紀の手から離れようとした

 

「あ・・・・・・みかづ―――――・・・・・・」

 

 

 

 

 

『・・・・・・時が来た』

 

 

 

 

 

 

沙紀の脳裏に声が響いた

 

三日月宗近の声が―――――――・・・・・・

 

「時・・・・・・?」

 

まるで、今から起きる事を知っているかのようなその言葉に、沙紀がその躑躅色の瞳を一度だけ瞬かせる

 

 

 

『花占いは・・・・・、記憶では一度・・・・・』

 

 

 

花占い・・・・・・?

それは先ほどの桜の花弁の事だろうか

 

幾つも幾つも舞い降りて来ていた桜の花弁

それらがすべて、「花占い」の花びらだった・・・・・・?

 

 

『・・・・・・その内、数えるのを止めた』

 

 

諦めにも似た声が、頭に響く

 

瞬間、沙紀の手の中にあった桜の花弁がはらりと、舞い上がる

 

「待っ――――――」

 

 

 

『これ以外、方法が・・・・・・』

 

 

 

方法?

貴方は“何を”しようとしているの・・・・・・?

 

 

 

 

『ともに、過ごした日々を思い出す・・・・・・』

 

 

 

 

まるで、今生の別れの様なその言葉に、沙紀が小さくかぶりを振った

 

「三日月さん!! 貴方は何を知っているのですか・・・・・・っ、何を―――――」

 

 

 

まもろうとしているの・・・・・・?

 

 

 

沙紀が手の中から消えゆく、花弁に手を伸ばそうとする

瞬間――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――来るな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全な拒絶の言葉に、沙紀が一瞬躊躇う

だが、沙紀はそれを否定する様にかぶりを振り

 

 

「・・・・・・その言葉は、きけません」

 

 

 

 

『――――来てはならぬ』

 

 

 

 

「・・・・・・嫌です」

 

 

 

 

『・・・・・・そなたは・・・・そなただけは――――・・・・・・』

 

 

 

 

「三日月さ―――――」

 

瞬間、視界に光が差し込む

眩しすぎて目を開けていられない

 

それでも、沙紀はなんとかその躑躅色の瞳を開けようとした

そして一瞬 ほんの瞬きの合間に見えたのは―――――

 

 

 

 

青い衣に、三日月色の瞳をした―――――・・・・・・

 

 

 

 

「み、か・・・・・・」

 

その名を呼ぼうとした時、微かに彼が笑った

そして――――・・・・・・

 

 

 

 

『・・・・・・手遊びは終わりだ』

 

 

 

 

光が一層強くなる

 

 

 

 

『沢山・・・・・・折ってきた。 ――――折れるには・・・・・・、良い日だ』

 

 

 

 

 

「三日月さん―――――・・・・・・」

 

 

そのまま沙紀の意識は遠ざかって行った

深く、深く 

ずっと、深い底へ――――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

    『沙紀・・・・・・さらばだ・・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――月齢1.9:三日月 京都・椿寺――――

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・っ」

 

誰かの声が聞こえる・・・・・・

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・い!」

 

 

 

聞き覚えのある、声・・・・・・

 

 

「・・・・・・・・・・おい!」

 

 

そう

ずっと、ずっと一緒にいた声・・・・・・・・・

 

 

 

 

「―――――——沙紀!!!」

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

ぼんやりと、意識が覚醒する

まるで、靄の中にでもいた様な気分だ

 

沙紀がゆっくりと、その躑躅色の瞳を開けると――――

視界に、自分を心配そうに見下ろしている鶴丸の姿が目に入った

 

「り、ん、さん・・・・・・?」

 

掠れる声で、彼の名を呼ぶ

 

「沙紀・・・・・・っ!」

 

不意に、彼にぎゅっと抱きしめられた

だが、沙紀には彼が何故そんなに必死になっているのか、その時は理解出来なかった

 

が、次第に意識がはっきりしてくると

ああ、心配をかけてしまったのだ という事実に気付いた

 

沙紀は、ゆっくりとした動作で、鶴丸の背に自分の手を回した

 

「だい、じょう・・・・・・ぶ、です、から・・・・・・」

 

掠れる声で、何とか返事をしようとするが

上手く、言葉が紡げない

 

「いい、ゆっくり深呼吸しろ」

 

そう言って、鶴丸が優しく背中をさすってくれる

沙紀は言われた通りに、ゆっくりと息を吸って吐いた

次第に、意識がはっきりしてくる

 

「りんさん、私は・・・・・・」

 

「ああ、前にもあっただろう? 時間跳躍を生身の人間がするんだ。 負荷が掛かって一時的に、意識が渾沌としてるはずだ。 無理はするな」

 

しかも今回は、“本丸”の転送装置を介していない

それだけ、転送装置に掛かっていた負荷が、まるごと自身の身体に掛かってきているのだ

普通なら、立つことすらままならないだろう

 

だが、自分達には時間がなかった

タイムリミットまで1時間・・・・・・いや、もう1時間もないだろう

 

本当ならば、沙紀の回復を待ってから動きたい所だが

そんな悠長な事は言ってられそうになかった

 

「立てるか?」

 

鶴丸の言葉に、沙紀が「はい・・・・・・」と、小さく頷く

そして、ゆっくりと辺りを見渡した

 

そこは、八重のしだれ桜が満開に咲く美しい場所だった

こんな時でなければ、ゆっくりとしていきたいと思わせる場所だが―――――

 

なぜ、三日月は“ここ”を選んだのか・・・・・・

 

いつも見る、夢見もそうだ

彼の傍にはいつも“桜”があった

 

だからなの?

最期の場所にいつも“ここ”を選んでいたのは―――――・・・・・・

 

夢の中、彼は何と言っていたか

 

 

『沢山・・・・・・折ってきた。 ――――折れるには・・・・・・、良い日だ』

 

 

“何”を折ってきたのか

 

彼は――――三日月さんは・・・・・・

 

 

 

   何度この道を繰り返していたの・・・・・・?

 

 

 

きっと、夢の中であった無数の折れた刀――――

そして、何十枚何白枚と舞い降りていた桜の花弁――――

 

 

 

それは、すべて彼の―――――・・・・・・

 

 

 

そこまで考えて、沙紀は小さくかぶりを振った

今は、過去など、どうでもいい

“今”彼を生かす為にはどうするのかを考えなくては・・・・・・

 

「りんさん・・・・・・三日月さんの探す前にお話があります」

 

沙紀は、先ほどの夢の話を鶴丸に全て話した

無数の折れていた“三日月宗近”

何百枚も“花占い”で使われた桜の花弁

そして――――・・・・・・

 

「きっと、彼は自分を犠牲にしてでも、今度こそ“今”を守ろうとしている――――でも、そんな結末誰も望んでいません。 三日月さんの犠牲の上に成り立つ“未来”などあってはならない―――――」

 

沙紀の言葉に、鶴丸が「ああ」と頷く

 

「んな、胸糞悪い“未来”なんて、突き返してやろうぜ」

 

鶴丸のその言葉に、沙紀が思わずくすっと笑う

 

「ふふ・・・・・・りんさんが言ったら、本当に突き返しそうですね」

 

冗談めかしてそう言うと、鶴丸がふっと笑みを浮かべ

 

「こんな時に、冗談なんて言わねーよ。 時間もない、とっとと三日月ひっ捕まえて“本丸”に戻るぞ」

 

そう言って、ぽんぽんと沙紀の頭を撫でると

鶴丸は、手を差し出してきた

 

「ほら、偏屈じじいを探しに行くぞ」

 

沙紀が小さく頷き、その手を取る

 

三日月さん・・・・・・

三日月さんが何を考えているのかとか、何者なのかとか

今は、関係ありません

 

 

 

私が・・・・・・私達が “知っている三日月宗近” は、貴方だけですから―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――月齢1.9:三日月 大鳥居前・最前線防衛ライン・本陣―—――

 

 

かちかちかち と、時計の音が嫌にうるさく聞こえる

沙紀と鶴丸がここから出て既に30分は経過していた

 

だが、戻ってくる気配どころか、連絡すらない

 

落ち着かないのか、山姥切国広は腕を組んだまま、壁に寄り掛かり指をとんとんとん・・・・・・と、鳴らしながら、時計をずっと見ていた

 

薬研や燭台切、大倶利伽羅ももう本陣に戻ってきていた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

山姥切国広が、近寄りがたい雰囲気でいるのが辺り一帯に伝わってくる

あれは、かなり苛々しているのだろう

自分に対して――――・・・・・・

 

しかし、現状「待つ」こと以外出来ない自分たちに腹が立つのも頷けた

 

待っている方からすれば、一分・・・・・・いや、一秒でも早く戻ってきて欲しいものだ

しかし、その兆しはまるでない

 

「待つ」という行為がこれほどまでに苦痛だったとは――――と

きっと、誰もが思っただろう―――――

 

だが、山姥切国広だけじゃない

燭台切や薬研、大倶利伽羅も無言のまま「待つ」事しか出来なかった

 

それが、酷くもどかしい――――・・・・・・

 

その時だった

前衛の様子を見に行っていた大包平が戻ってきた

 

「・・・・・・なんだ、この通夜みたいな空気は」

 

と、半分冗談めかして言うが――――

誰も反応しなかった

否、反応出来なかった

 

すると大包平は呆れた様に溜息を洩らし

 

「まったく、お前たちは自分の“本丸”の“審神者”である沙紀が信じられないのか? あいつは、必ず帰ってくる。 だから、信じて待ってやれ」

 

そう言って、燭台切が用意していたおはぎに手を伸ばすと

それを掴んで、つかつかと山姥切国広の方に向かい――――・・・・・・

 

「ほら、甘いものでも食え。 少しは落ち着くだろ」

 

そう言って、山姥切国広の口元におはぎを押し込もうとするが

山姥切国広が苛立ったように、それを手で払った

 

ぽたり・・・・・と、おはぎが地に落ちる

 

 

「・・・・・・・・・・・・だ」

 

 

「あ?」

 

瞬間、キッと山姥切国広が大包平を睨み付けると、その襟元を鷲掴みにして

 

 

 

 

「―――――あんたに、何が分かる!! あんたは、他の“本丸”の刀だからそんな事が言えるんだ!!! 俺達は――――――っ!!!!!」

 

 

 

 

そこまで言いかけて、山姥切国広が唇を噛みしめた

大包平の襟元を持つ手が震えていた

 

「・・・俺、たち・・・は・・・・・・」

 

ぐっと、空いてる手を握りしめると、山姥切国広は乱暴に大包平の襟元を掴んでいた手を離した

 

「俺は―――・・・・・・」

 

山姥切国広がそこまで言って、言葉を切った

大包平は、何でもない事に様に襟元を直すと

 

 

 

「俺は? はっ・・・・! 笑わせるな!!!」

 

 

 

瞬間、今度は大包平が山姥切国広の肩をだんっ!とそのまま後ろの壁に押し付けた

 

 

俺達・・ではなく“お前”が、一番拗ねてるだけだろうが!! 違うか!!? 山姥切!!!!」

 

 

「・・・・・・っ、はなっ・・・・」

 

「そうだよなぁ!? 鶴丸さえいなければ、お前があいつの1番でいられたかもしれないからな!!!」

 

「ちょ、ちょっと二人とも止め――――」

 

今にも取っ組み合いが始まりそう雰囲気に燭台切が慌てて仲裁に入る

が―――――

それでは収まらなかった

 

「お前は!!! 俺が今の“本丸”に居たくているんじゃないって事も知らないくせに―――――!!! だから、『他の“本丸”の刀だからそんな事が言える』なんて、軽い言葉が言えるんだよ!!!  俺があの“本丸”でどんな仕打ちに合っているかも知らない甘ちゃんが――――偉そうな口叩くな!!!」

 

「ちょっと、大包平君!! 待って待って!!! 伽羅ちゃんも、おはぎ食べてないで二人を止めてよ!」

 

あわや取っ組み合いになりそうな所を、燭台切と大倶利伽羅が寸前で止める

 

「おい、落ち着けよ。 ・・・・・・あんた、そういうタイプじゃないだろう」

 

大倶利伽羅が山姥切国広を押さえながらそう言うが、山姥切国広はキッと大包平を睨んだまま

 

「—――ああ、知らないさ!! あんたの事情なんて知る訳ないだろう!!?」

 

「あいつは――――!!! ・・・・・・・・・・・・っ」

 

大包平が燭台切に抑えられながら叫ぶ

 

「沙紀は・・・・・・違ったんだよ・・・・。 あいつだけは、他の“審神者”とは違ったんだ! お前らは運が良かったんだよ! 沙紀みたいな“審神者”は他にはいない――――俺の知る“審神者”は傲慢で、貪欲で、自分が全部正しいと思ってやがる! でも・・・・・・沙紀は、あいつはそうじゃなかった・・・・・・」

 

そう――――沙紀だけは違った

自分を「大包平という刀」ではなく「大包平というひと」として接してくれた

彼女だけだった

いや、彼女と最初の“審神者”だけだった――――

 

俺を俺として見てくれたのは――――・・・・・・

 

それが、ここの“本丸”の刀たちは当たり前みたいに思ってやがる

それがどんなに“特別”な事かも知らずに――――・・・・・・

 

不意に、ばっと大包平が燭台切の腕を払った

 

「・・・・・・悪い、頭冷やしてくる」

 

そう言って、本陣から出ていてしまう

 

その後ろ姿を、見送る事しか今の山姥切国広には出来なかった――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前半:椿寺で、本当はあそこで切りたかったんですが・・・・・・

余りにも文字数少なかったんで~

本陣の風景入れたら・・・・・・大変な事にwwww

でも、絶対喧嘩するよね!? あの場合www

まぁ、大包平関連は本編でやりたいので、あれ以上は割愛しまーす

 

 

2022.05.07