華ノ嘔戀 外界ノ章
    大侵寇「八雲」

 

◆ 最終話 鎮魂の灯篭 

 

 

 

―――― 月齢1.9:三日月 大鳥居前・最前線防衛ライン――――

 

 

ぎぎぎぎぎぎぎ

 

耳障りな音と共に、止まっていた時間が動き出す―――――

瞬間、一緒に時間が止まっていた燭台切と大倶利伽羅も動き出した

 

突然、攻撃が通る様になったバケモノに、二人が違和感を覚える

先程までは、まったく刃が通らなかったのが、通る様になっているのだ

 

「これは――――沙紀君達がやってくれたのかな?」

 

沙紀がこの戦いが始まる前に言っていた

 

あのバケモノと繋がっている三日月の魂を分離に成功したら、後はあのバケモノはたやすく倒せると――――――

 

きっとそれが成功したのだ

とどのつまり、遠慮は要らない――――という事だ

 

「行くよ! 伽羅ちゃん!!!」

 

ぐっと、燭台切が刀を持つ手に霊力ちからを籠める

それに呼応する様に、大倶利伽羅も、刀に霊力ちからを籠めた

 

 

「―――――いつでも、来い!!!」

 

言うが早いか、二人が息の合った動きで一気に、バケモノへ斬りかかった

 

ざしゅ!!! という音と共に、二振の刃の残像が交わる

 

 

 

グアアアアアアア!!!!

 

 

バケモノが今までにないぐらい大きな雄叫びを上げると、身体を仰け反った

 

「攻撃が・・・・・・」

 

燭台切はその瞳を大きく見開いた

 

「効いてるな」

 

大倶利伽羅も小さく頷く

 

その時だった

横から、いつの間に来たのか長谷部と一期一振も加わる

 

「お前らばかりにいい格好はさせられんからな!!!」

 

そう言って、長谷部が物凄い勢いでバケモノに斬りかかっていた

 

「微力ながら、私も加勢いたします」

 

そう言って、一期一振も刀を抜くと、バケモノの足めがけて斬りかかった

刹那、バケモノがぐらりと態勢を崩す

 

その瞬間を逃すほど、皆馬鹿ではなかった

一斉に、バケモノに斬りかかった

 

 

 

 

グオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

 

 

 

 

先ほどとは非にもならない大きな声でバケモノが断末魔の様な雄叫びを上げた

四振からの同時攻撃に、バケモノも成す術がないのが

その攻撃は単調なものになりつつたった

 

最早、こちらの優勢は明確だった

 

「さて・・・・・・」

 

それまで見ていた三日月がすっと刀を抜く

 

「俺達も参戦するか・・・・・・」

 

そんな三日月に続く様に、鶴丸と大包平も刀を抜く

 

「国広、お前はここで沙紀を護っていてくれ」

 

鶴丸の言葉に、山姥切国広が「・・・・・・わかった」と、小さく頷く

 

その言葉を聞くと、鶴丸も頷きそのまま三日月らと共にバケモノの方へと向かった

 

正直に言うと、山姥切国広は先ほどの“睡蓮の審神者”の引き起こした、あの技を消滅させた時の負荷がまだ収まっていなかった

参戦したのは、山々だが足を引っ張る訳にはいかない

 

それに――――――

 

ちらりと、沙紀を見る

沙紀は真っ直ぐにバケモノたちと戦う彼らを見ながら祈っていた

 

彼女の護りも重要な役目だ

そう思うと、少しだけ誇らしく思えた

 

その時だった

 

「大将!!」

 

後ろから薬研が歩いて来た

 

「こっちは終わったぜ、そっちの状況はどうだ?」

 

そう言いながら、軽く血の付いた手を拭いていた

薬研には髭切の治療や、他の負傷したものの応急処置に当たってもらっていたのだ

 

「髭切さんは―――――」

 

沙紀がそこまで言うと、薬研は何でもない事の様に

 

「大丈夫だ、少し霊力ちからを使いすぎただけだ、後で“手入れ”頼む。 膝丸は今、髭切に付いてる」

 

その言葉に、少しほっとしたのか・・・・・・

沙紀は、少しだけ顔を誇ろばせ

 

「わかりました。 ありがとうございます、薬研さん」

 

髭切にはかなりの無理をさせてしまった

仕方なかったとはいえ、一人であの分離前のバケモノと対峙するのは、どれほどのものだっただろうか・・・・・・

軽傷で済んだのがせめてもの救いだった

 

後で、謝らないと・・・・・・

 

そう思っていた時だった

ふと、薬研の視界に“睡蓮の審神者”の姿が入った

 

「・・・・・・? 大将? あれは・・・・・・?」

 

「え・・・・・?」

 

言われて、そちらを見ると

未だ、“睡蓮の審神者”が半分泣きながらぶつぶつと何か呟いていた

 

どう説明したものか、考えあぐねたが・・・・・・

 

「薬研さん、もうひとつお願いしてもいいですか?」

 

「ん?」

 

このままにしておくわけにもいかないし――――・・・・・・

 

「お手間を取らせてしまいますが、睡蓮様を安全圏まで送って差し上げて頂けますか?」

 

「あの、お嬢さんをかい?」

 

そう言って、沙紀と山姥切国広を見ると

二人は何とも言えない表情をしていた

 

あまり深く聴いてほしくなさそうな雰囲気に、薬研は小さく息を吐くと

 

「わかった、俺っちに任せてくれ」

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

薬研の返答に沙紀がほっとする

その時だった

 

 

 

 

 

ガアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

 

 

 

 

前線の方から、あのバケモノの断末魔が聞こえてきた

はっとして、そちらを見ると――――――

 

三日月の刀がバケモノの喉をその刀で貫いていた

そして、そのまま縦に両手で持つ刀で引き裂く

 

「―――――もう、眠れ」

 

三日月がそう呟いた時だった、ぱり――――ん と、硝子が割れたかのように、あのバケモノが粉々に砕けた

それらが、きらきらと銀色に光りながら辺り一帯に飛散していく

 

「終わったの、か・・・・・・?」

 

鶴丸がそう言うと、三日月は静かに頷き

足元にある、折れた刀を拾うと

 

「ああ・・・・・・終わったのだ」

 

そう呟いたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― 月齢7.4:上弦 “本丸・竜胆”――――

 

 

あの襲撃事件から1週間後

沙紀はばたばたと後処理に追われていた

 

ただ、あのバケモノの正体と三日月の関係を上に言う訳にいかず、そこをどう伝えるかなど皆と相談した

そして――――・・・・・・

 

その日は、よく晴れた日だった

朝早く、三日月が沙紀の部屋を尋ねてきた

 

「三日月さん・・・・・・? 一体どうし――――」

 

そこまで言いかけて、沙紀は彼の持つそれを見てはっとした

三日月のその手にはあの日、バケモノとなり果てた“折れた筈の三日月宗近”があった

 

丁寧に布で隠されていたが、直ぐに気づいてしまった

三日月はふっと、笑みを浮かべ

 

「主、頼みがある」

 

いつになく、真面目な顔の三日月はその“折れた筈の三日月宗近”にそっと触れ

 

「こやつを、“供養”してやりたいのだ」

 

三日月の願いに、沙紀は静かに頷いた

 

「そうですね。 ちゃんと“お別れ”しましょう」

 

 

 

――――1時間後

 

“鍛刀部屋”には正装の巫女装束に着替えた沙紀と

後ろに三日月や鶴丸など全員が揃っていた

 

沙紀は、三日月から“折れた筈の三日月宗近”を受け取ると、すっと目の前にある飾台の上に置いた

そして、その手に神楽鈴を持つと一度だけ“しゃん!”と音を鳴らす

 

 

 

「では――――、鎮魂の儀を始めます」

 

 

 

そう言うと、沙紀はゆっくりと立ち上がり、二歩後ろへ下がると、礼の姿勢を取った

そして、その手に持つ神楽鈴を“しゃん!”ともう一度鳴らす

瞬間、“鍛刀部屋”の篝火たちが一斉にぼう!と音を立てて赤から蒼い炎へと変わる

 

そして、そのまま流れるような動きで舞を舞い始めた

 

 

畏支也 賢所爾(かしこきや かしこところに しずまります)

八柱大神 及 櫛玉饒速日尊 天細女命平(やばしらのおほかみ くしたまにぎはやひのみこと あめのうずめのみことの)

招奉令坐奉天 恐美 恐美毛 白久(ちきまつりませまつりて かしこみ かしこみも まらさく)

 

高天原爾 神留坐須(たかまのはらに かむづまります)

神漏岐 神漏美乃命以氏(すめらがかむろぎ かむろみのみことをもちて)

饒速日尊丹 十種乃 神寶平(にぎはやひのみことに とくさの かむたからを)

授天 事教給久 汝此天霊乃(さずけて ことおしえ たまわく いましこの あまつするしの)

瑞乃 神寶平 以氏 豊葦原乃(みづの みたからをもちて とよあしはらの)

中津国爾 天降天(みづほのくにに あまくだりて)

顕身蒼生乃 為爾 鎮祭氏(うつしき あちびとくさの ために しずまりて)

 

若痛所 有婆(もし いたむところ あらば)

此十種乃 神寶平 以天(このとくさの かむたからをもちて)

 

一 二 三 四 五 六 七 八 九 十(ひ ふ み よ いつ む な や こ と)

登(と)

布瑠部由良々々登(ふるべゆらゆらゆらと)

 

布瑠部 如此為天婆 死人毛(ふるべ かくなしてば しにびとも)

更爾 返生牟登 事教給比之隋爾(さらに かへりいきむと ことおしへたまひしまにまに)

饒速日尊波 天磐船仁 乗天 河内乃(にぎはやひのみことは あめのいはふねに のりて かわちの)

国河上孝峯仁 天降着天(くにのかわ かみのいかるかたけに あまくだりて)

倭国 鳥見山麓乃 白庭仁(やまとのくに とみのやまもとの しらにはに)

 

遷奉斎奉給比(うつしまつり いはひまつりたまひて)

石上大神登 御号平 讃奉利氏(いそのかみの おほかみと みなを たたへまつりて)

大朝廷爾毛 毎年乃(おほみかどにも としことの)

十一月仁 永世乃 例登(とちまりひとつきに なかきよの ためしと)

 

鎮魂能 御祭仕奉良世(たましづめの みまつりつかへまつらせ)

給邊留 事平 思比(たまへる ことを おもひ)

尊美 今日乃 生日乃 足日爾 由貴乃(たふとみ けふの いくひの たるひに ゆきの)

大御酒 大御膳 雑々乃 物平(おほみき おほみけ くさぐさのものを)

置足波之氏 供奉良久平(おきたらはして そなへまつらくを)

相賞丹 聞食氏 仕奉留(あひなべに きこしめして つかへまつる)

布瑠部乃 神事平 賛給比(ふるべの かむわざを たすけたまひ)

 

幸給給比 給比氏 何某等我 家内野(さきはへたまひたまひて なにがしらが いへぬちの)

親族波 諸々乃(うからやからは もろもろの)

病平 速爾 癒之 給皮(やまひを すみやかに いやしたまひ)

諸々乃 紛事爾 忽爾(もろもろの まがことを たちまちに)

掃給比 直支 正支 固有乃(はらひたまひ なほき ただしき もとよりの)

御霊平婆 寛仁 静仁(みたまをば ゆたに しずかに)

身禮乃 中府爾 鎮之米(みの たまなかに しづめしたまひて)

給比氏 浮禮 漂泊事無久(うかれたまようことなく)

外国乃 異教爾 惑事無久(そとくにの けしきおしへに まどうことなく) 

心柱弥堅良爾(こころのはしら いやたかに)

 

夜守日守爾 護恵美(よのまもり ひのまもりに まもりめぐみ)

幸閣 給閉戸(さきはへたまへと)

 

 

沙紀の持つ神楽鈴が “しゃん!!”と音を鳴らした瞬間―――――

装台にあった“折れた筈の三日月宗近”が

ぱあああああ と、まばゆい光を放ち―――・・・・・・

 

 

畏美 畏美毛 白須(かしこみ かしこみも まをす)

 

 

きらきらと光の中へと消えていった――――

 

すぅ・・・・と、舞が終わると、沙紀は静かに感謝の意を伝えるかのように、正面に向かって膝を折り頭を下げた

 

 

し――――――ん・・・・・・

と、辺り一帯が静かになった

篝火の炎もいつの間にか赤に戻っている

 

そう、これですべて終わったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――数日後

 

のどかな昼下がり

沙紀は一人、珍しく縁側に座って風にあたっていた

 

ここ数週間で、一年は軽く業務をこなした気分だ

でも、それもひと段落付き、政府の方もある程度落ち着いて来たらしい

 

“睡蓮の審神者”に関しては 降格処分は免れないのでは――――

と聞いてはいるが、実際のところはよくわからない

 

あのバケモノと大量の時間遡行軍に関しては現在も調査中らしい

だが、一部真相を知っている身としては、なんだか申し訳ない気分になる

しかし、その事実を言えば“三日月宗近”の処分も免れないだろう―――

自分としては、そんな事は望んでいない

それに、この本丸の他の刀達もそれを望んでいない

故に、相談の末、黙秘する事にした

 

「沙紀!」

 

不意に名を呼ばれ顔を上げると、鶴丸がこちらに手を上げて歩いて来た

 

「りんさん」

 

その姿を見た瞬間、沙紀が嬉しそうに顔を綻ばせる

鶴丸は沙紀の隣に座ると、そっと彼女の髪に触れた

 

「・・・・・・りん、さん?」

 

沙紀が不思議そうに首を傾げる

すると、鶴丸がすっとそのまま沙紀を抱きしめてきた

 

「・・・・・・・・・っ」

 

突然の抱擁に、沙紀が かぁ・・・・っと、頬を赤く染めた

知らず、顔が熱を帯びる

 

「あ、あの・・・・・・っ」

 

しどろもどろになりながら、沙紀がなんとか言葉を紡ぐと

鶴丸は、沙紀の背をぽんぽんっと撫でながら

 

「・・・・・・疲れただろう? ご苦労さん」

 

そう言って、労わってくれた

その心遣いに、沙紀は知らず くすっと笑ってしまった

 

「沙紀?」

 

「いえ・・・・・りんさんも、お疲れさまでした」

 

そう言って、そっと鶴丸の背に手を回す

 

さああああ・・・・・・

と、心地の良い風が吹いた

 

さらさらと、沙紀の美しい漆黒の髪が揺れる

 

「そういえば――――」

 

ふと、鶴丸が何かを言いかけたが、途中で言葉を切った

それが余りにも不自然で、沙紀が首を傾げる

 

「りんさん?」

 

「・・・・・・いや、なんでもない」

 

「・・・・・・・・・・?」

 

彼が何を言おうとしたのか――――

後日、身を持って知る事となるが・・・・・・

 

 

 

それは、また別のお話で―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

(完)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 

お、お、終わった~~~~~!!!

お疲れ様でした!!!

後は、【あとがき】へどうぞ~~

 

 

2022.06.15