◆ 鶴丸国永 「桜まつり」
(「華ノ嘔戀 外界ノ章 竜胆譚」より)
――――“本丸・竜胆”
「桜まつり・・・・・・ですか?」
その日、沙紀は午後の執務を終えて部屋でゆっくりしていた
そこへ鶴丸がひょっこり現れると、「今夜、時間あるなら桜祭りに行かないか?」と誘われた
どうやら、現世では「桜まつり」なるものが今、各地で開催されているらしい
だが、沙紀にいまいちぴんっと来なかったのか・・・・・・
「あの・・・・・・お花見とは違うのですか?」
お花見も桜祭りも「桜」を見ながら楽しむものだ
どう違うのか・・・・・・
そう思っていると、鶴丸は笑いながら
「まぁ、どっちも似てるがな。 要は、“桜まつり”は桜の名所で開催される催し物のことで、そこで桜を見ることを“花見”と言うんだ。 花見の場合は、桜を見ながら食事をするのが一般的かな」
「それはつまり――――・・・・・・」
「花を見る以外の楽しみもあるって事だよ。 それが“桜まつり”だ」
「花を見る以外・・・・・・」
桜の花なら、昔から何度も見てきたし、この“本丸”には一年中枯れない桜が咲いている
それらを見て楽しむ事はあっても、それ以外の事はしたことなかった
なんだか鶴丸の話を聞いていると、すごく楽しそうな催し物の様に思えてくるから不思議である
「どうだ、沙紀。 試しに行ってみないか?」
「そうですね・・・・・・いくのは、私とりんさんだけですか?」
沙紀がそう尋ねると、鶴丸が苦笑いを浮かべながら
「本当はそうしたいのは山々だったんだが――――どこから調べて来たのか、光忠と大倶利伽羅も場所が場所なだけに行くといってな」
鶴丸のその言葉に、沙紀が首を傾げる
「場所・・・・・・? ですか?」
「ああ―――今回は、仙台の榴岡公園の桜まつりに行こうと思ってたからな」
「あ・・・・・・」
仙台と言えば、彼らの元主・伊達政宗公が治めていた地だ
きっと、だから二振も「行く」と言ったのかもしれない――――・・・・・・
「光忠なんて、“特性弁当つくる――――”とか言って、今朝から厨に籠ってるぞ? 花見じゃないってのにな」
そう言って、鶴丸が笑う
そう言いつつも、何だか鶴丸は楽しそうだった
そんな鶴丸を見ていたら、沙紀もくすっと笑ってしまった
「りんさんも、仙台にしたのは政宗公の影響ではないのですか?」
沙紀にそう言われて、鶴丸が「まあな」と答える
「どうせ行くなら、縁のある所の方が楽しめるだろう?」
そういう鶴丸に、やっぱり沙紀は笑ってしまったのだった
――――現世・仙台榴岡公園 桜まつり
四人が着いた頃は、沢山の人が夜空の下 桜を見ながら楽しんでいた
それは、幼いころから神宮の奥宮で過ごしてきた沙紀にとって、それは初めての経験だった
「物凄い、人の数なのですね・・・・・・」
少し、桜まつりを楽しんでいる人たちの大さに圧倒されてしまう
すると、すっと伸びてきた鶴丸の手が沙紀の手と重なった
一瞬、突然の事にどきんっとする
「あ、あの、りんさん? その・・・・・・手が――――・・・・・・」
顔を少し赤らめながらそういうと、鶴丸は何でもない事の様に
「人が多いから、逸れないように――――な」
そう言って、沙紀の指に自身の指を絡めてくる
「・・・・・・・・・っ」
絡められた指が微かに動く
それがなんだか、恥ずかしくて
沙紀は今度こそ、かぁっと頬を朱に染めてしまった
そんな様子の沙紀が可愛く見えて仕方ないのか・・・・・・
鶴丸が嬉しそうに笑う
「・・・・・・・・・っ」
そんな顔、反則だわ・・・・・・
そんな風に嬉しそうに微笑まれたら、「恥ずかしいので嫌」とは言えなくなってしまう
顔が熱い
火照る顔を抑える様に、沙紀が開いている片手を自身の頬に当てた
すると、そんな沙紀をみて鶴丸が突然
「・・・・・・沙紀」
「え?」
不意に、呼ばれて顔を上げた瞬間―――――ちゅっ という音と共に一度だけ、口付けが降って来た
「・・・・・っ、り、りんさ・・・」
沙紀が顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせていると、鶴丸は悪戯が成功した子供の様に笑いながら
「――――前を歩くあいつらには内緒な」
そう言って、しっと自身の口の前で人差し指を立てる
「~~~~~っ」
そんな嬉しそうに言われたら――――駄目だって言えないわ・・・・・
やっぱり、鶴丸は反則だと沙紀は思った
その時だった
「ちょっと、ふたり共――――、早く来ないといい場所なくなっちゃうよ?」
「・・・・・・さっさとしろ」
少し前を歩く燭台切と大倶利伽羅が呼んでいる
沙紀と鶴丸が顔を見合わせて、ふたりして笑い出した
「あいつら、花見と絶対勘違いしてるよな」
「ふふ、そうですね」
そう言いながら、二振の後に続く
夜に見る桜はいつも見てはいたが、やはり“本丸”の桜とは違って、自然の力で咲いている桜の樹は全然違うものだった
まるで夜に咲く花弁がきらきらと白く光って見えて、とても幻想的だった
ところどころに露店が並び、色々なものが売っていた
食べるものは勿論、それ以外にも綺麗な花飾りや織物、それに――――
「あ・・・・・・」
ふと、沙紀が足を止めた露店は雑貨を取り扱う所だった
「見てくか?」
鶴丸にそう言われて、沙紀が嬉しそうに「はい」と答える
すると、鶴丸は燭台切と大倶利伽羅に向かって
「先に場所取りに行っててくれ。 後から追い付く!」
そう言いと、燭台切がやれやれという風に溜息を洩らし
「わかった! じゃぁ、僕たち先に行っとくから―――――あ! 鶴さん!!」
「・・・・・・なんだよ?」
「“あれ”! “あれ”買ってくるのを忘れないでね!!」
言われて思いだしたかのように、鶴丸が「ああ―――あれな」と返事をする
あれ・・・・・・?
沙紀が首を傾げる
“あれ”とは一体何の事だろうか・・・・・・?
そんな沙紀の考えを余所に、鶴丸がぐいっと沙紀の手を引く
「ほら、見に行くんだろう?」
「え、あ・・・・・・は、はい」
とりあえず、“あれ”の事は置いておいて、今は目の物を楽しむことにした
鶴丸に連れられて雑貨屋の露店を覗くと、気前の良さそうな男性が「いらっしゃい」と向かえてくれた
沙紀が興味津々と言う風に、目の前の雑貨を見る
どれも桜をモチーフにした雑貨だった
「可愛い・・・・・・」
沙紀がそう呟きながらひとつひとつ見ていく
文鎮や筆入れ、それに小物入れや、根付けの様なものもあった
「どれか気にいるのはあるかい?」
鶴丸がそう尋ねてくる
沙紀は少し考えながら、すっと鈴の付いた桜の形をした根付けを手に取った
とても小さく繊細なのに、綺麗だった
そんな沙紀を見て、鶴丸がくすっと笑うと
「それが気に入ったのか?」
「あ、はい・・・・・・可愛らしくて――――、こういうのなら普段も使えるかな、と・・・・・・」
「――――そうか、ならそれは俺がきみに贈ろう。 店主、これをくれないかい?」
そう言って、店主に話しかけた
驚いたのは沙紀だ
自分で支払う気だったのに、鶴丸が払うと言い出したからだ
「あ、あの、りんさんっ。 自分で――――」
慌てて鶴丸を止めようとするが
ふと、店主が笑いながら
「お嬢さん、こういう時は彼氏さんに花持たせてあげな」
「え・・・・・・?」
「そういうことだ、だから俺が払うよ」
そう言って、あっという間に清算をしてしまった
いや、待って
今、この店主は何と言ったか・・・・・・
りんさんの事を「彼氏さん」って・・・・・・
瞬間、沙紀がかぁっと頬を朱に染めた
それに気づいた鶴丸がくすっと笑って
「どうしたんだ、沙紀。 それとも俺じゃきみの“彼氏”には役不足だったかな?」
「え・・・・・・っ!? あ、いえ、その・・・・・・そういうの、で、は・・・・・・」
と、どんどん真っ赤になって声が小さくなっていく
そんな沙紀を見た店主がにやっと笑って
「おっと、これは野暮な事言っちまったみたいだな」
そう言って笑っている
その言葉が何を意味するか、流石の沙紀にも分かる
ますます顔を赤らめると、とうとうそのまま俯いてしまった
すると、鶴丸が
「沙紀~? 顔上げろって」
そう言って、ぐいっと彼女の肩に手を回して抱き寄せる
ぎょっとしたのは沙紀だ
「あ、あの・・・・・・っ、りんさ――――!」
慌てて距離を取ろうかと思った瞬間――――
そのまま唇を重ねられた
「・・・・・っ、ぁ・・・り、ん・・・さ・・・・・・」
「ほら、沙紀――――もっと、こっち向けって」
そう言って、そのまま沙紀の唇をぺろっと舐めた
「ま、こういう事だ。 絶賛、アタック中でな」
そう言いながら鶴丸がにやっと笑う
それを見ていた店主は、一瞬ぽかーんとしていたが
次の瞬間、大笑いしだして
「ははははは! 面白い兄ちゃんだな! 頑張れよ!!」
「~~~~~っ」
沙紀は今度こそ本当に顔が上げられなくなってしまった
「さてと、そろそろ光忠に頼まれてた物を――――って、沙紀~? なんだ、まだ不貞腐れてるのか?」
「・・・・・・不貞腐れてなんていません・・・」
とは言ったものの、彼女は顔を赤くし頬を少し膨らましたままだった
そんな沙紀に、鶴丸がよしよしと頭を撫でる
「まぁ、機嫌直せって。 いつもしてる事じゃないか」
「・・・・・・そういう問題ではなくて、その・・・」
「その?」
「そ、その・・・・・・ひ、人前は・・・・・・」
それ以上言葉に出来なくて、黙りこくってしまう
すると、鶴丸はくすっと笑って
「それは、あれかい? “人前じゃなかったらしてもいい”って意味に取っていのかな?」
「え!? あ、いえ、そういう、意味、で、は――――って、きゃっ」
不意に伸びてきた鶴丸の手が、そのままぐいっと沙紀の腰を抱き寄せた
「あ、ああ、あの・・・・・・っ」
沙紀が真っ赤になりながら口籠もる
すると鶴丸は、すっと沙紀の顔に自身の顔を近づけると
「沙紀――――、幸い今は人目がない。 この状態なら、してもいいって事だよな?」
そういって、くいっと顎を持ち上げられる
そのままするりと、鶴丸の手が彼女の唇に触れる
「あ・・・・・・」
「――――待ったは、なしな」
そういうと、そのまま唇を重ねてきた
「・・・・・・っ、ぁ・・・・ンン・・・っ」
先程までとは違う
それよりもずっと深い口付け――――
「沙紀――――」
鶴丸に甘く名を呼ばれ、沙紀が肩をぴくんっと震わせた
「・・・・・・っ、り、んさ・・・・ン・・・・っ」
沙紀がたまらず鶴丸の衣をぎゅっと握りしめる
それで気分をよくしたのか、鶴丸が更に深く口付けしてきた
「ふ、ぁ・・・・・・んっ、ぁ・・・・・・」
舌と舌が絡まり合い、甘噛みされ、なぞられ、重なっていく
どんどん、熱を帯びてくる口付けに沙紀がたまらず声を洩らす
どう、し、よう――――
このままじゃ、私・・・・・・
と、その時だった
「あ―――――!! いた! いたよ!! 伽羅ちゃん!!」
燭台切の声が聞こえてきた
瞬間、沙紀がはっと我に返り、慌てて鶴丸から離れる
だがその顔は真っ赤だった
そんな沙紀に、鶴丸は自身の唇を軽く舐めると、振り返って
「どうしたんだ? 光忠―――――」
「どうしたんだじゃないよ、鶴さん!! いつまでたっても来ないから探しに来て見たらこんな人気のない所に――――って、沙紀君? どうかしたの? 顔、赤いけど・・・・・・」
ぎくりと沙紀が肩を震わせた
すると、鶴丸がさりげなく沙紀を背に庇う様に動くと
「ほら、お望みの品だ」
そう言って、ずいっと燭台切の顔めがけて押し渡す
「ちょっ・・・・・・ぶっ! 鶴さん!!!」
「なんだよ、それじゃ足りないのか?」
「それは伽羅ちゃん次第だけど――――じゃなくて!!」
「はいはいはい、足りなかったらまた追加で買って来てやるよ」
そう言って、落ち着けと言わんばかりに燭台切の肩を叩いた
沙紀は顔の火照りが治まるまで鶴丸の影に隠れていたのだった
ちなみに、燭台切が鶴丸に頼んでいたものは――――
仙台の名物「ずんだ餅」だった
「やっぱ、本場では本場の味しっかり食べて研究したいし!」
とのことだったが・・・・・・
実際、ほとんど大倶利伽羅が食べたのだった
「桜まつり」の一環が「花見」です
ちなみに、「花祭り」=灌仏会(かんぶつえ)というもので
お釈迦様生誕の日ですから、意味が変わってしまいます~~
2023.03.30