◆ 鬼丸国綱 「誓いの言葉」
(「華ノ嘔戀」より)
――――それは、些細な出来事だった
もしかしたら、気のせいだったかもしれない
それとも、本当にそうなのかもしれない
出来る事ならば、思い違いで合って欲しい
そう願いたかった
沙紀が、いつもの様に書物を抱えて廊下を歩いていた時だった
ふいに、廊下の曲がり角を曲がった時
「おい、ちょっと待てよ!!」
「そんなこと言って、厚にいさんは僕からこれを取る気でしょう!?」
前田がそう叫びながら何かを抱えて走っていた
それを厚が追いかけている
「・・・・・・・・・・・?」
沙紀が意味が分からず首を傾げたその時だった
「・・・・・・おい」
「きゃっ・・・・・・!」
急に背後から誰かの声が聞こえてきた
あまりにも突然だったため、沙紀がびくりっと肩を震わせた瞬間――――
バサバサバサ――――!!
ものの見事に、沙紀が持っていた書物が無残にも廊下に飛散した
「あ・・・・・・」
沙紀が慌ててそれらを拾おうとした時、後ろからぬっと手が伸びてきたかと思うと、あっという間にその落ちた書物を拾われた
顔を上げると、そこには天下五剣の一振であり、刀工・粟田口国綱が造り出した鬼丸国綱がいた
「あ、鬼丸さん、ありがとうざ――――」
最後まで言い終わる前に、鬼丸は沙紀にその書物を渡すと、そのまま目の前であれこれ揉めていた厚藤四郎と前田藤四郎に話しかけて、頭を撫でていた
そして、そのまま3人で何処かへ行ってしまう
「・・・・・・・・・・・・」
残された沙紀は、何だか取り残された様な気分になった
そう、よね・・・・・・
さっきの声かけも、自分にではなくあの二人にしたものだと思えば納得いく
最初から、鬼丸の視界には自分の姿など入っていなかったのだ
彼はまだ顕現して間もない
最初だから、仕方ないのかもしれないが――――・・・・・・
沙紀は思わず、溜息を洩らした時だった
「沙紀殿?」
不意に、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた
振り返ると、一期一振がにっこりと微笑みながら、こちらへ歩いてきていた
「どうかされたのですか? その様な所に立たれたままで――――すごい量の書物ですね」
沙紀の持つ書物を見るなり、一期一振が驚いた様子でそう口にした
そして、何も言わずにすっと沙紀の持っていた書物を全部持つと
「どこまで運べばいいのですか?」
あまりにもそれが自然すぎて思わず、全部持たせてしまったが
はっと我に返り、慌てて沙紀が口を開いた
「あ、あの、一期さん。 自分で運べますので――――」
沙紀がそう言って、書物を受け取ろうとするが
一期一振はにっこりと微笑み
「このような量、貴女様に持たせる訳にはいきません。 私が運びますから」
「で、ですが・・・・・・」
尚も言い募ろうとした沙紀を、一期一振の手が伸びてきてすっと人差し指で沙紀の唇に触れた
「だめです。 女性が困っているのに見過ごせません。 それが貴女様なら尚更です」
「・・・・・・・・・・・・」
一期一振のあまりにも自然な動作に、思わず沙紀が言葉を失う
これ以上は、きっと押し問答になってしまうだろう
沙紀は、小さくい息を吐くと
「すみません、ではお言葉に甘えてもいいでしょうか?」
沙紀のその言葉に、一期一振が嬉そうに「はい」と答えたのだった
**** ****
「だめです。 女性が困っているのに見過ごせません。 それが貴女様なら尚更です」
鬼丸国綱が、元来た廊下を戻ろうとした時
不意に先ほどの場所から一期一振の声が聞こえてきた
思わず、鬼丸が廊下の影に隠れる
どうやら、沙紀が持っていたあの大量の書物を一期一振が持つと言っている様だった
最初は、断っていた沙紀だが・・・・・・
最後には折れたようで「すみません、ではお言葉に甘えてもいいでしょうか?」と、一期一振に語りかけていた
なんだ・・・・・・
結局、沙紀が頼ったのは一期一振だった
おれは、必要ないみたいだな・・・・・・
先ほどの沙紀の様子が気になって戻っては来たが
どうやら、取越し苦労だったようだ
「所詮、鬼を斬るしかおれには出来ない・・・・・・」
戦場で戦うしか能のない男など、彼女の眼中にはないのだ
きっと、そういうことだろう・・・・・・
それとも――――
あの時、気の利いた一言でも掛けてやるべきだったのか?
もしくは、一期一振の様にあの書物を持つべきだったのか?
考えても、答えなど見つからなかった
「おれは、なんの為にここにいるんだろうな・・・・・・」
だから、気づかなかった
一期一振がこちらに気付いていた事に――――・・・・・・
**** ****
――――― その日の夜
空には薄っすらと三日月が昇っていた
桜の花弁と雪が舞う幻想的な風景――――・・・・・・
最初、それがこの“本丸”の結界だと聞いた時は驚いた
絶対に交じり合う事のない2つの物が、こうして存在している
鬼丸は、ぼんやりと一人縁側に座っていた
粟田口の短刀達はすっかり、遊び疲れて眠ってしまっていた
そのせいか
静かな空間が、酷く心地よい
「沙紀、か・・・・・・」
彼女を初めて見た時、こんなにも心が清い人間がいるのかと驚いた
一切穢れていない魂とも言うべきか・・・・・・
そんな心を形にした彼女は美しく、一瞬で目を惹かれた
笑うと、どこか少しあどけなさも残るが、純粋に「綺麗」だと思ったのは、あの時が初めてだったのかもしれない
だが、どう接していいのか分からなかった
自分は鬼を斬る為だけに存在している
そんな穢れた自分が彼女に触れる事など、許される筈がない
そうだ――――
おれの手は血で穢れている
彼女には―――沙紀には相応しくない
思わず、握った拳に力が入った
と、その時だった
「ああ、こんな所にいたのですね」
不意に、別の部屋から一期一振が出てきた
「一期・・・・・・?」
微かに感じる一期一振から滲み出ている違和感と言うべきか
彼には似つかわしくない空気を漂わせていた
だが、一期一振は気にした様子もなく そのまま鬼丸の隣に座る
そして
「鬼丸殿。 昼間、あの場所にいらっしゃいましたよね?」
にっこりと笑いながらそう言うが、その目は笑っていなかった
思わず、その目に耐えかねて視線を逸らす
「・・・・・・なんの、話だ」
そう返すが、一期一振には全てお見通しなのか
「昼間、沙紀殿が大量の書物を持っていた時の事です。 貴方は、先に気付いておきながら あえて、彼女の書物を持とうともせず、弟たちの方へ行った―――違いますか?」
「・・・・・・・・・・」
きっぱりはっきり言い当てられて、返す言葉がない
「私には、貴方が沙紀殿を“あえて”避けられている様にお見受けしましたが、見間違いでしょうか?」
「・・・・・おれは、穢れている」
一期一振からの問いに、鬼丸の返した言葉はそれだった
「穢れている? それはどういう意味でしょうか?」
そう問われて、鬼丸は自身の手を見た
「・・・・・・鬼を斬るしか出来ない刀だ。 彼女の様な清い心の持ち主には毒にしかならない。 だから」
「だから、避ける――――と?」
「・・・・・・そうだ」
そうだ―――沙紀の様な純粋な者には自分の手は既に穢れきっている
毒以外のなにものでもない
だから、出来るだけ関わらない様に、相手をしなくて済む様に 避けた
だが、本当は――――・・・・・・
「・・・・・・それは、貴方の本心ですか?」
「・・・・・・どういう意味だ」
心を見透かされた様な一期一振の言葉に、鬼丸が思わずむっとする
だが、一期一振には全てお見通しなのか
「私には、貴方が“沙紀殿を傷付けたくないから近寄らない様にしている”という風にしか聞こえませんが」
「・・・・・・・・・・っ」
図星を突かれたように、鬼丸の表情が変わる
だが、直ぐにふいっと視線を外し
「・・・・・・それは、お前の思い違いだ」
「そうですか? 結構当たっていると思うのですが。 なら、いっその事私と“賭け”をしませんか?」
「賭け?」
「はい、もし沙紀殿が鬼丸殿を受け入れたら私の勝ち、拒絶したら鬼丸殿の勝ち。 如何でしょう?」
「そんなもの――――・・・・・・」
答えなど、分かりきっている
彼女が自分を受け入れる筈がない
その時だった
「・・・・・・? 一期さんと鬼丸さん・・・・・・?」
突然、たまたま通り掛かったのか
廊下の方から沙紀の声が聞こえてきた
縁側に座って話をしていた姿が珍しかったのかもしれない
普段の彼女ならば見て見ぬふりをして去っただろう
見かけたら必ず声を掛ける――――
彼女はそういうタイプではない
「ああ、沙紀殿 丁度良かったです。 こちらへどうぞ」
そう言って一期一振がさりげなく沙紀の手を引く
少し戸惑った様子だった沙紀だが、最終的には一期一振の手を振り払う事はしなかった
連れられてきて、鬼丸を見ると「あ・・・・・・」と声を洩らして、静かに視線を逸らした
やはりな、と 鬼丸は思った
彼女は自分を避けている
それが本能的なのか、自発的なのかは知らない
どちらにせよ、彼女の態度がそれを物語っている
鬼丸は小さく息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった
「一期、“賭け”はおれの勝ちだ」
そう言って、そのままその場を去ろうとするが――――
「鬼丸殿、お待ちください」
伸びてきた一期一振の手が鬼丸の腕を捉えた
そして、にっこりと微笑むと
「私は、少し席を外しますので。 沙紀殿、鬼丸殿を宜しくお願い致します」
「え・・・・・・?」
何を言われたのか分からず、沙紀が一瞬その躑躅色の瞳を瞬かせた
「お、おい、一期!!」
鬼丸が慌てて言葉を連ねようとするが――――
一期一振は人差し指を口にあてて「しー」と静かに言うと
「騒ぐと、弟達が起きてしまいますよ」
それだけ言い残し、本当にその場を去って行った
残された、鬼丸と沙紀はどうしていいのか分からず、お互いがお互いを見る事ができずに俯いていた
どうしろと言いうんだ!!
鬼丸が心の中でそう叫ぶが、この状況を打破できるような案は1つしか浮かばなかった
鬼丸は小さく息を吐くと、そのままその場を去ろうと踵を返した
「あ・・・・・・、ま、待ってください!」
瞬間、沙紀が慌てた様に叫んだ
まさか、呼び止められるとは露とも思わなかった為、思わず足を止めてしまった
「・・・・・・なんだ」
冷たく、突き放す様なその言葉に、沙紀が一瞬びくりと肩を震わせた
ああ・・・・・・やはりこうなったか・・・・・・
怖がらせるつもりはなかった
気が付いたら、そう返していた
だが、一度出た言葉は消せない
鬼丸は沙紀に背を向けたまま、動けなくなった
沙紀が少し、躊躇うかのようにゆっくりと鬼丸の方に手を伸ばした
「あ、あの・・・・・・鬼丸さ――――」
「――――っ、触るな!!!」
自分でも驚くぐらい大きな声が出た
瞬間――――
あ・・・・・・
沙紀の顔が、今にも泣きそうなぐらい哀しみに満ちた表情に変わる
じわりと、にじんだ躑躅色の瞳が鬼丸を見ていた
「・・・・・・のも、お嫌・・・、す・・・・か?」
「――――ち、違っ、いや、今のは・・・・・・」
どう言えばいいんだ
どうして俺は、彼女を悲しませるような事しか出来ないんだ
沙紀が震える声で、必死に涙を堪えようとするが、耐えられなかったのか――――
一滴
彼女の美しい躑躅色の瞳から雫となって零れ落ちた
「・・・・・・・・っ」
思わず彼女は顔を背けると、自身の着物の袖で涙が見えない様に隠した
「すみ、せ・・・・・・」
嗚咽を洩らしながら謝罪の言葉を出す沙紀を見ていると、酷く胸が痛んだ
思わず鬼丸がぐっと自身の胸元を抑える
謝らせたい訳じゃない
泣かせたい訳じゃない
おれは・・・・・・
おれは、ただ―――――・・・・・・
よく笑う彼女の顔を見るのが好きだった
たとえ、それが他の誰かに向けられたものだとしても
彼女が―――沙紀が笑ってくれさえいればそれでいいと――――・・・・・・
おれなんかに関わって、穢れる必要はないのだと
そう―――思い込もうとしていた
けれど
『・・・・・・それは、貴方の本心ですか?』
先ほどの一期一振の台詞が脳裏を過ぎる
おれの、“本心” それは―――――・・・・・・
「・・・・・・沙紀」
一歩、ゆっくりと彼女の方に歩を進めた
「・・・・・・おれは、鬼を斬ってきた。 ずっと、ずっと昔から―――それは、今も変わらないと思っている」
また一歩、彼女に近づく
「・・・・・・だから、おれは“穢れている”。 お前がもし、おれに触れてその“穢れ”に侵されてしまうかと思うと、きっとおれは耐えられない」
また一歩
「だから・・・・・・おれに構うな。 おれを・・・・・・遠ざけてくれ。 お前が、“穢れ”ない為に――――」
延ばしかけた手が、彼女に触れる前に止まる
そして、ぎゅっと拳を握りしめると、その手を下ろして背を向ける
「時間遡行軍が来た時だけ、俺を使え。 後は――――」
その時だった、降ろした筈の手に彼女の手の感触を感じた
「・・・・・・そんな、道具みたいな言い方はやめて下さい。 鬼丸さんは“穢れ”てなどいません」
そう言って、沙紀の手が鬼丸の手を両手で包み込んだ
「もし、“穢れ”れていたとしても―――私が“浄化”出来ます。 だから――――そんな、物みたいな言い方をしないで下さい」
穢れていない・・・・・・?
おれが・・・・・・?
思わず、もう片方の手を見る
今まで数えきれないほどの血を浴び、鬼を斬り、人を斬った
穢れていない筈がない
もし、本当に穢れていないのだとしたら――――・・・・・・
「・・・・・・いいのか?」
彼女の傍にいても
「・・・・・・後になって、やはり駄目などとは聞いてやれないぞ」
彼女に触れても
「・・・・・・大丈夫です。 今も後も―――言いません」
瞬間、鬼丸の手が彼女の手をぎゅっと握りしめたかと思うと、そのまま抱き寄せた
「あ・・・・・・」
流石に、ここまでは予想していなかったのか・・・・・・
沙紀の身体が強張るのを感じた
「言っただろう? “やはり駄目などとは聞いてやれない” と―――――」
そう言って、そっと彼女の漆黒の髪に口付ける
「沙紀――――・・・・・・これからは、俺もお前を守れる様になろう」
彼女の為ながら、幾万幾億の敵が来ようとも、必ず守りきってみせる
たとえ、この身が朽ち果てようとも――――・・・・・・
それが――――・・・・・・
おれが彼女出来る唯一の“誓い”だ
初、鬼さに
と言うか、鬼丸を真面目に観測したのは、初めてです笑
台詞チェクからスタートしましたwww
あ、一応 私の本丸にはLV99でカンストさせてますが・・・・・・
彼の会話している姿が全く記憶になかったのでwww
2022.08.22