深紅の冠 ~鈺神朱冥~

 

 第1話 紅玉 8

 

 

 

―――呪術高等専門学校・東京校 地下

 

 

 

「―――神域・月読。“解除”」

 

凛花が、そう言った瞬間だった。

五条の出していた手の平がぱぁっと紅く光ったかと思うと、そこに“ある物が”出現したのだ。

 

「これは……」

 

そこには、どくどくと脈打つ“人間の心臓”の様なものがあった。

 

「これは、虎杖君の心臓です」

 

「悠仁の……心臓?」

 

五条の言葉に、凛花が小さく頷く。

そう――それは、先程 宿儺が“人質”として取り出した、虎杖の心臓だった。

 

「あの時――」

 

凛花は、そこにいる人たちにも分かる様に説明した。

 

宿儺が、虎杖の心臓を“人質”として、抜き取って投げ捨てたこと。

それを伏黒が回収した事。

そして、その回収した心臓を凛花が“神域”に留め置いた事を―――。

 

「“神域”って、神妻家のみに使えるって言う特殊な領域、よね?」

 

家入の言葉に、凛花が静かに頷いた。

 

「“神域領域”は神妻の血が無ければ展開出来ません。ただし、それなにのリスクを背負うものが多いですが――」

 

そう言って、凛花が五条の手の中にある“神域”で包まれた虎杖の心臓を見る。

 

「今、解除した“月読”は、その指定した“もの”の“事象を無かった事”にする事が可能です。勿論、全てではありません。限界はあります」

 

凛花の説明を聞いた瞬間、家入と伊地知が何故か五条を見る。

すると、五条は「はぁー」と小さく溜息を洩らしながら、

 

「なんで、僕を見るかな。神妻家の“神域”は謎が多い。種類も多すぎて僕だって全てを把握している訳ではないよ。まぁ、凛花ちゃんの言った“月読”は簡単に言うと、缶ジュースを一口飲んだとする。その缶ジュースに“月読”を掛けると、飲む前に戻るんだ」

 

「じ、時間が戻るという事ですか?!」

 

伊地知の言葉に、凛花が小さく首を振る。

 

「時間は戻せません。その“事象”自体が、最初から起きていなかった事になるだけです」

 

「えっと、つまり……?」

 

「先程の悟さんの例えを借りるならば――」

 

まず、缶ジュースを飲む。

そこへ、缶ジュースに“月読”を掛ける。

すると、缶ジュースだけが、飲む前の最初の位置にあるが――飲んだ本人には、飲んだ感覚も缶を持った感覚も残る。

 

「――という事なんですが。分かりますでしょうか?」

 

「は、はぁ……」

 

と、伊地知はいまいちわかってない様子だった。

すると、五条が呆れたように、

 

「伊地知、理解力低いんじゃない?」

 

「ええ!?」

 

理不尽だとばかりに、伊地知が声を上げるが……五条は構わずとんでもない“例え”を言い出した。

 

「僕が伊地知を殴っても、“月読”掛けられてしまったら、伊地知は痛いままだけど、僕は伊地知を殴ってないし、殴った場所にもいないって事になるんだよ。殴った手には感触残るけどね」

 

「物騒な例えしないで下さい!」

 

伊地知が突っ込んだが、家入には分かったのか「なるほど」と頷き、

 

「今の例えは分かりやすかったな」

 

「でしょー? やっぱり、僕って天才だね」

 

と、五条が満足げに言う反面、伊地知はショックを受けていた。

だが、家入は気にした様子もなく、五条の手の中にある虎杖の心臓を見た。

 

「で、これは今どういう状態なんだ?」

 

「……虎杖君の心臓は今、宿儺に取り出された直後だと思っていただければ――そこまでしか無かったことに出来ませんでした」

 

凛花が申し訳なさそうに、視線を落とす。

本当に時間を戻せるなら、宿儺が取り出す前に戻せばいい。

だが、“月読”にその力はない。

 

時間を戻すというのは自然の摂理に反する事。

そういう“大きな作用”には適応出来ないのだ。

 

「つまり、今 戻せば身体は元に戻るという事だな?」

 

家入の言葉に、凛花が静かに頷いた。

後は――。

 

ちらりと、虎杖の方を見る。

虎杖の今の身体の状態だ。

 

果たして、それで意識が戻るかと、問われると――おそらく無理だろう。

それは、家入も分かっている筈だ。

 

「家入さんの言いたい事は分かっています。身体が元に戻ってもそれで虎杖君が目覚めるわけではない――そこは理解しています。ですが、これは私の憶測ですが……恐らく虎杖君の意識はまだ死んでいないのではないかと」

 

「凛花ちゃん?」

 

五条が凛花を見る。

凛花は、一度だけ五条を見た後、家入をもう一度見て、

 

「時間が経過すればする程、可能性が低くなります。お手数ですが、家入さんは直ぐ手術に入れますか? 無理なら私が――」

 

そこまで言った時だった、家入がふっと微かに笑った。

 

「誰に言ってんの? 出来るに決まってるでしょ」

 

そう言って抗菌手袋とマスクをすると、すっと五条の手の中の虎杖の心臓を取った。

 

「今すぐ始める。これ、完全に術解いて」

 

「はい」

 

言われて凛花がぱちんっと指を鳴らすと、心臓を包んでいた膜が消える。

瞬間、家入の手の中にどくどくと脈打つ感覚が伝わってきた。

 

「……なるほどね」

 

家入が小さな声でそう呟く。

確かに、この状態なら戻しても問題ないだろう。

 

「で? 君達、もう始めるけど……そこで見てるつもりか?」

 

家入の言葉に、凛花と五条が顔を見合わせる。

 

「私は、この後の工程がありますので、残ります」

 

「僕も残るよ。凛花ちゃんをこんな所に1人残せないしね」

 

「あ、そ。で、伊地知は?」

 

と、皆の視線が伊地知に集中する。

すると、伊地知があわあわなりながら、

 

「わ、私は――」

 

「ま、いいや。邪魔だけはするなよ」

 

と、ばっさり伊地知の言葉を家入が切る。

伊地知がショックを受けていたが、家入は気にした様子もなく術式を展開し始めた。

 

そんな様子を凛花は静かに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? 貴重な1本を使ってまで確かめたかった事は分かったのか? 宿儺の実力」

 

頭が火山の様になっている異形の“それ”が問う。

すると、横を歩いていた袈裟に額に傷のある男が、くすっと笑いながら、

 

「それなりにね、収穫はあったさ。中途半端な当て馬じゃ意味ないからね。それに――面白い“もの”も無事見る事が出来たしね」

 

男の予想した通り、なかなか面白いものが見れた。

宿儺が興味を示したあの少年に、それから――。

 

脳裏に、先程 式神を通して視た女性の姿がよぎる。

漆黒の長い髪に、宝石の様は美しい紅い瞳。

 

間違いない。

あれは……。

 

「フンッ! 言い訳でない事を祈るぞ!!」

 

と、考えを遮る様に、頭が火山の様になっている異形が吐き捨てた。

その時だった。

もう1人の、花を付けた異形が何かを喋ったが、音が言葉になっていなかった。

 

それを聞いた、頭が火山の様になっている異形がイラっとした様に頭を噴火させながら叫んだ。

 

「貴様は喋るでない!! 何を言っているか分からんのに、内容は頭に流れてきて気色悪いのだ!!」

 

そんな話をしている内に、他の異形含め4つ・・の影が、ファミレスに入った。

カランカランと、ドアベルの音が鳴る。

 

すると、店員がやってきてにっこりと微笑みながら、

 

「いらっしゃいませ。1名様のご案内で宜しいですか?」

 

そう言ってきたので、袈裟に額に傷のある男が指を1本立てて、

 

「はい、1名・・です」

 

そう言ってにっこりと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「つまり、君達のボスは今の人間と“呪い”の立場を逆転させたい、と。そういう訳だね?」

 

袈裟に額に傷のある男がそう言うと、頭が火山の様になっている異形がテーブルをとんとんっと、叩きながら、

 

「まぁ、大体はな。だが、少し違う」

 

「違うとは?」

 

男がそう問い返すと、異形はファミレスの周りの人間達を見て、

 

「人間は嘘で出来ている。表に出る正の感情や行動には、必ず裏がある。だが、負の感情――憎悪や殺意などは、偽りのない真実だ。そこから生まれ落ちた我々“呪い”こそが……」

 

異形の1つしかない目が大きく見開かれる。

 

「真に純粋な、本物の・・・“人間”なのだ! 偽物は、消えて然るべき!!」

 

異形は、さも当然の様にそう言うが――。

男は、小さく息を吐くと「なるほど」と呟きながら目を閉じた。

 

「でも、現状。消されるのは君達の方だ」

 

「だから、貴様に聞いているのだ。我々はどうすれば呪術師に勝てる?」

 

異形の問いに、男がその瞳をゆっくりと開けながら2本の指を立てて、

 

「戦争の前に――2つ。条件を満たせば勝てるよ」

 

「なんだ? その2つの条件とは」

 

異形のその言葉に、男が微かに笑みを浮かべる。

そして、1本ずつ指を折りながら、

 

「1つ目は、呪術師最強と言われる男・五条悟を戦闘不能にする事。2つ目、両面宿儺――虎杖悠仁を仲間に引き込むこと。後は――」

 

「ん? ちょっと待て」

 

突然、異形が男の言葉を遮った。

それから、異形が少し考え込み、

 

「死んだのであろう? その虎杖悠仁というガキは」

 

すると、男がにやりと笑い。

 

「さぁ、どうかな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――呪術高等専門学校・東京校 地下

 

 

「つまり、悠仁はまだ生きてる可能性があると?」

 

五条の言葉に、凛花が小さく頷いた。

 

「はい、よく考えてみてください。そもそも、宿儺はたかだか指3本といえ、失えば全盛期の力は取り戻せない――そう考えれば、口で何と言おうと、指3本を無駄に消すとは思えません。それは宿儺にとってなんのメリットもないのですから」

 

「悠仁が死ねば、宿儺の指3本は消えてしまう――成程ね」

 

何かが合点いったのか、五条が頷く。

だが、伊地知には理解出来なことがあったのか、

だが、これを聞いていいのか、よくないのか判断付かず迷っていた。

 

すると、目を泳がせる伊地知を見て五条が不審そうに目を細めた。

 

「何、伊地知。言いたい事は、はっきり言いな」

 

「あ、えっとですね……その――それなら、今 虎杖君の意識はどこにあるのかなっと……」

 

伊地知の言葉に、凛花と五条が顔を見合わせる。

そして、

 

「それは――」

 

「決まってるでしょ」

 

凛花と、五条の声が重なる。

 

 

 

  「「宿儺の“生得領域”」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴちゃ――――ん……。

水の音が響き渡る。

 

澱んだ空気に、息が詰まりそうな程の圧力。

呼吸をしているのか、していないのかすら分からない。

 

無数の骸骨が積み上げられ、巨大な怪物の骨の様な柵が何重にも折り重なっている。

 

少年は1人・・そこに立っていた。

 

オレンジのフードの付いた呪術高専の制服を着た少年は、無言のまま積み上げられた骸骨の遥か上を睨み付けていた。

 

すると、その上から不愉快極まりない威圧的な声が聞こえてきた。

 

 

 

「許可なく見上げるな。不愉快だ――小僧」

 

 

 

その声の主がにやりと口元に笑みを浮かべる。

すると、少年が口元をひく付かせながら、

 

「だったら、降りてこい。見下してやっからよ!」

 

そう叫んだ。

 

   それは――虎杖悠仁だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回、少し短めです(スミマセン)

切りが悪かったんやw

 

2023.12.28