深紅の冠 ~鈺神朱冥~

 

 第1話 紅玉 7

 

 

―――呪術高等専門学校・東京校 地下

 

 

「わざとでしょ」

 

静かな、地下霊安室に淡々とした五条の声が響いた。

伊地知は、ごくりと息を呑むと、

 

「わ、私は……対敵した時の選択肢は、逃げるか死ぬか。まずは、絶対に戦わない事と彼らに忠告したのですが……」

 

「だから、わざとだろって言ってるんだよ」

 

びりっとした怒気の混じったその言葉に、伊地知が顔を強張らせた。

 

「あ……その、と、仰いますと……?」

 

声が震える。

立っているだけで、足が竦みそうだった。

 

すると、五条は小さく息を吐くと、

 

「特級相手。しかも、生死不明の5人の救助に、一年生派遣はあり得ない。それに―――」

 

そこで一旦言葉を切ると、五条は虎杖が眠っているベッドの方を見た。

そこには、白い布で覆い隠された虎杖がいた。

 

「悠仁は、僕が無理を通して死刑に実質無期限の猶予を与えた。それを、面白くない“上”が僕のいぬ間に特級を利用して、体良く彼を始末したってとこだろう」

 

「……そ、れは……」

 

「他の2人が死んでも、僕に嫌がらせが出来て一石二鳥とか思ってんじゃない?」

 

五条の言葉が針の様に伊地知に突き刺さる。

 

「いや……しかし……、派遣が決まった時点では、その……本当に特級に成る、と、は……」

 

伊地知は、がたがたと震えながら、必死に訴えた。

しかし―――。

 

「犯人探しも面倒だ。いっその事“上”の連中―――全員殺してしまおうか・・・・・・・・

 

五条の声が冷淡に響いた。

今にも、言葉だけで殺しかねないぐらい、その声は冷たかった。

 

伊地知は、顔を真っ青にして、声を出す事すら叶わない。

死ぬ―――そう思った時だった。

 

 

「……珍しく感情的だな」

 

 

そう言って、自動ドアが開いたかと思うと、五条と同じぐらいの年の白衣を着た女性が入ってきた。

伊地知が、はっとして慌てて頭を下げる。

 

「お、お疲れ様ですっ、家入さん……っ」

 

それは、呪術高専の医師・家入硝子だった。

家入は、虎杖の方を見た後、髪を触りながら、

 

「彼の事――随分と、お気に入りだったんだな」

 

「僕は、いつだって生徒思いのナイスガイさ」

 

五条のその言葉に、家入は小さく息を吐くと、

 

「あまり、伊地知をイジメるな。私達と上の間で苦労してるんだ」

 

家入の言葉に、伊地知がきゅんきゅんしていたが、五条はそれをスルーするかのように、

 

「男の苦労なんて、興味ねーっつーの」

 

「それもそうか」

 

と、家入がばっさりと淡白に返事をした。

伊地知が、がーんと半分ショックを受けていると、家入は気にした様子もなく、ツカツカと布の掛かった虎杖の方に向かうと、その布をぐっと持った。

 

「で? コレが――」

 

ばさっと布をそのままはぎ取る。

 

「宿儺の器、か」

 

そこには、心臓に穴の開いた虎杖が眠る様に横たわっていた。

そう――あの時、死んだ 虎杖の死体が。

 

「……好きに解剖バラしていいよね」

 

「しっかり、役立てろよ」

 

「役立てるよ。―――誰に言ってんの」

 

一瞬、家入の瞳が鋭く光る。

と、その時だった。

 

かつかつと廊下を走る足音が聞こえてきた。

瞬間、自動ドアが開いたかと思うと―――。

 

 

「―――悟さん! 待ってくださいっ!!」

 

 

「「え?」」

 

家入と伊地知の声が重なる。

驚いたのは、2人だけではなかった。

 

五条も、少し驚いたのか、一瞬言葉を失ったかの様にそちらを見ていた。

 

「凛花……ちゃん? 何でここに―――」

 

本来、ここは関係者以外は立ち入り禁止だ。

なのに、そこにいたのは、神妻凛花だった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

―――呪術高等専門学校・東京校 校内内境内

 

夏が近づいているのか、蝉の鳴き声が鳴り響いていた。

空は青く澄み渡っていて、太陽の日差しが眩しいぐらいだ。

 

そんな中、境内の石段に座った伏黒恵と、釘崎野薔薇の姿があった。

2人は無言のまま、ぼんやりと石段を眺めていた。

 

そんな時だった。

 

「“長生きしろよ”って……。自分が死んでりゃ世話ないわよ」

 

釘崎がぽつりとそう呟いた。

そして、一瞬だけ伏黒の方を目線だけで見た後、

 

「……アンタ、仲間が死ぬのは初めて?」

 

同級生タメは、初めてだ」

 

そう返した、伏黒はよく読めない顔をしていた。

無表情とでも言うべきか。

ただ、静かに自身の手を見ていた。

 

「ふーん。その割には平気そうね」

 

「……オマエもな」

 

「当然でしょ。会って2週間やそこらよ。そんな男が死んで泣き喚く程、チョロい女じゃないのよ。……ったく」

 

そう淡々と返す釘崎だったが、その唇か微かに震えていた。

だが、伏黒はそれに気づかない振りをして、再び自身の手を見た。

 

あの時―――。

脳裏に虎杖が死んだ瞬間が蘇る。

 

なんで、俺は凛花さんを止めたんだろう―――。

 

あの瞬間、凛花は虎杖を助けようとしていた。

でも、伏黒が凛花を離さなかった。

 

もし、あの時凛花を行かせれば虎杖は今ここにいたのかもしれない。

笑って、「大変だったなー」と話していたかもしれない。

 

だが、伏黒は凛花が虎杖の所へ行くのを止めた。

その手で抱きしめ、彼女が虎杖の元へ行けない様にした。

 

何故かは分からない。

だが、そうしなければいけない気がしたのだ。

 

虎杖の意志を――無駄にしてはいけないと、思ったから―――。

 

虎杖は自分が死ぬのが分かっていて、表に出てきた。

最期の言葉を、伏黒に伝える為だけに―――。

 

そして、果てた。

 

それが、正しかったのか、間違っていたのか―――今の伏黒には分からなかった。

 

『オマエの真実は正しいと思う。でも、俺が間違ってるとも思わん』

 

虎杖アイツはそう言って笑っていた。

俺なんかよりも、ずっと生き生きとしていた。

 

「…………」

 

でも、結局俺は……。

虎杖アイツを、見捨てたんだ―――。

 

ぐっと握っていた拳を強く握り締めた。

 

蝉の鳴き声が、酷く耳障りに聞こえてくる。

まるで、自分を責めているかの様に。

 

 

 

「なんだ、いつにも増して辛気臭いな。恵」

 

 

 

突然、足音と共に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「お通夜かよ」

 

冗談の様にそう言ってくるその人物の方を見ると、そこには眼鏡を掛けて、長めの髪を高く結んだ長身の女が仁王立ちで立っていた。

 

「……禪院先輩」

 

それは、二年の禪院真希だった。

横に居た釘崎が「誰?」という風に、首を傾げている。

 

だが、真希は「禪院」と呼ばれたのが不愉快だったのか、イラっとした様に、

 

「私を苗字で呼ぶんじゃねえ!」

 

と、言った時だった。

真希の背後の狛犬の石像の影から……。

 

「真希。真希!!」

 

と、小さな声で呼ぶ声に、真希が更にイラっとして、

 

「今、話し中だ!!」

 

と言い切ったが、そこにいた謎のパンダと小柄で口元を隠した青年がそっと影から、

 

「知らないのか? アイツらが暗いワケ……!」

 

「は? 何の事だ?」

 

「まじで死んでるんですよ! 昨日!! 一年坊が1人!!」

 

「おかか……」

 

パンダと青年がそう言うと、真希がぎょっとしたような顔をして、ぎぎぎぎっと2人の方に振り返りながら―――。

 

「(は・や・く・言・え・や!!!)」

 

と、だらだらと冷や汗を流しながら小声で叫んだ。

 

「これじゃ、私が血も涙もねえ鬼みてぇだろうが!!!」

 

「実際、そんな感じだぞ!?」

 

「ツナマヨ」

 

「ちげーよ! 知ってりゃぁ、ちゃんと心配ぐらいしてやるよ!!」

 

「えーホントかー?」

 

「おかか」

 

と、何やら目の前でぎゃーぎゃー言い合いが始まって冷静さを取り戻したのか……、

釘崎が、半分しらけた様に伏黒を見ると、前方を指さして、

 

「……何、あの人(?)達」

 

「二年の先輩」

 

と、伏黒も半分呆れた様な目で前方を見ながら答えた。

すると、パンダが真希に言い聞かせるように、

 

「後輩にはもっと優しく接しないとー」

 

「は? 甘やかすだけが優しさかっての」

 

「えっと……、禪院真希先輩。呪具の扱いなら学生一だ」

 

そう言って、一番叫んでいる真希の説明をする。

 

「あっちにいるのは、呪言師・狗巻棘先輩。語彙がおにぎりの具しかない」

 

そう狗巻の説明をすると、「すじこ」と返された。

 

「でも、憂太といる時は、少し丸くなるよな~」

 

と、少し赤くなって好奇心の塊の様に語るパンダを、

 

「パンダ先輩」

 

とだけ、紹介した。

 

「後、乙骨憂太先輩って、唯一手放しで尊敬出来る人がいるが、今は海外」

 

「待って。アンタ、パンダをパンダで済ませるつもりか!?」

 

と、素早く釘崎の突っ込みが入った。

すると、パンダが一歩前に出て手を合わせると、

 

「いやースマンな、喪中に。許して! このとーりだ!!」

 

と、頭を下げてきた。

そう謝られると、怒るに怒れなくて、釘崎が覇気を抜かれた様に肩を透かしていると、

 

「実は、オマエ達に“京都姉妹校交流会”に出て欲しくてな」

 

「京都姉妹校交流会ぃ? 何それ」

 

聞きなれない、名前に釘崎が首を傾げた。

すると、伏黒が小さく息を吐きながら、

 

「京都にある、もう1校の高専との交流会だ」

 

だが、そこでふとある事が引っ掛かった。

伏黒は真希達の方を見て、

 

「でも、交流会は二・三年メインのイベントですよね?」

 

そうなのだ。

今まで交流会は、基本一年は出てない事が多い。

……例外はあるが。

 

すると、真希が半分呆れたように、

 

「その三年のボンクラが停学中なんだよ。人数が足んねぇ。だから、オマエら出ろ」

 

もはや、決定事項の様に言われた。

すると、釘崎が首を傾げて、

 

「交流会って何するの? スマブラ? Wii版なら負けないわよ。メテオで復帰潰すの」

 

そう言って、にやりと笑った。

すかさずパンダが、

 

「なら、3人でやるわ」

 

と、さも当然の様に答える。

 

「東京校、京都校。それぞれの学長が提案した勝負方法を1日ずつ2日間かけて行う。つっても、それは建前で、初日が団体戦。2日目が個人戦って毎年決まってる」

 

「しゃけ」

 

パンダの言葉に、狗巻が頷く。

だが、釘崎は一瞬その瞳を大きく見開いた後、言葉を失ったかのように唖然とした。

 

「個人戦……団体戦って……」

 

まさか……。

 

「戦うの!? 呪術師同士で!?」

 

釘崎のその言葉に、真希がニッと笑いながら、

 

「あぁ。殺す以外なら何してもいい呪術合戦だ」

 

「逆に殺されない様に、ミッチリしごいてやるぞー」

 

そう言って、パンダがしゅしゅっと拳を振り回していた。

唖然としていた釘崎だが、そこである事に気付いた。

 

「……ん? っていうか、そんな暇あるの? 人手不足なんでしょ? 呪術師は」

 

そうなのだ。

伊地知の話だと、呪術師は常に人手不足だと言っていた。

とてもじゃないが、“交流会”など呑気なことをしている暇など、ない気がした。

 

すると、パンダが得意げに、

 

「い~い、質問ですね。今はな」

 

パンダの話だとこうだ。

冬の終わりから、春の終わりまで、冬季憂鬱や、自律神経の乱れ、それに環境の変化や五月病などの人間の“陰気”が初夏にドカッと“呪い”となって現れるのだという。

それが、所謂“繁忙期”というものだ。

今の時期が、まさにそれだという。

 

「年中忙しいって時もあるが、ボチボチ落ち着いてくると思うぜ」

 

真希はそう言いながら、ぐいっと肩に掛けていた呪具の入った鞄を掛け直した。

 

「へぇ~~」

 

釘崎が納得した様に頷くと、真希がニヤッと笑って、

 

「で、やるだろ? 仲間が死んだんだもんな」

 

瞬間、伏黒と釘崎が、目と目で合図したかのように合わせると―――

 

 

「「やる」」

 

 

そうきっぱりと、言い切ったのだった。

 

 

私は―――。

 

俺は―――。

 

強くなるんだ。

その為ならなんだってやってみせる!!

 

 

「その代わり、しごきも交流会も意味ないと思ったら、即やめるから」

 

「同じく」

 

釘崎と伏黒の言葉に、二年組が面白いものを見たかのように笑った。

 

「ハッ」

 

「まあ。こん位生意気な方が、やり甲斐があるわな」

 

「おかか」

 

こうして、二年による一年の“しごき”が始まろとしていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

―――呪術高等専門学校・東京校 地下

 

 

「凛花……ちゃん? 何でここに―――」

 

五条の言葉に、一瞬だけ凛花がそちらを見ながら家入の方へと向かった。

 

「貴女――。神妻の妹さん、よね?」

 

家入の言葉に、凛花がすっと丁寧に頭を下げる。

 

「ご無沙汰しています、家入さん。その節は、兄がお世話になりました」

 

「それはいいんだけど――どうしてここに?」

 

そう思われるのはそうだろう。

本来なら、高専に通っていた兄と違って高専関係者ではない凛花は、ここに立ち入ってはいけないのだ。

 

だが、今回はそうもいかなかった。

これだけは、どうしても伝えなければならなかったからだ。

 

「家入さん、虎杖君を解剖するのは少し待ってもらえますか?」

 

「……理由は何?」

 

家入が「何故?」という風に首を傾げた。

すると、凛花は五条の方に向かうと、すっと五条の手を握った。

 

「えっと、凛花ちゃん? 積極的なのは嬉しいけど、ここではちょっと……」

 

「何、訳の分からない事を言っているのですか」

 

それだけ言うと、凛花はそっと五条の手を前に出したまま、

 

「そのままでいてください」

 

「え?」

 

「―――神域・月読。“解除”」

 

凛花が、そう言った瞬間だった。

五条の手の平がぱぁっと紅く光ったかと思うと、そこに“ある物が”出現したのだ。

 

「これは……」

 

そこには、どくどくと脈打つ“人間の心臓”の様なものがあった。

 

「これは、虎杖君の心臓です」

 

そう――それは、先程 宿儺が“人質”として取り出した、虎杖の心臓だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二年生登場~

真希さんは「禪院」は大量にいるので、「真希」です

 

2023.12.17